『「三日三晩寝ずに働けないバフ師は無能だ」と追放された俺、前世の敏腕コンサル知識を思い出す。~極悪バフでゾンビ化していた聖女様を引き抜き、世界最強のギルドを設立します~』 作:うずつるぎ
ダンジョン第48層。
そこは現在のダンジョン攻略における前線部。強大なる魔物が蔓延り、冒険者へ迫り来る危険地帯。
本来なら、一歩間違えれば死が待つ地獄の深部だ。
が、今の俺の視界は、先ほどまでとは全く別物になっていた。
「なるほど。これが【神の眼(コンサルタント・アイ)】か」
暗闇を見渡すと、空間に無数の光る線と数字が浮かび上がっている。
【最短脱出ルート:算出完了。成功率98%】
【魔物の分布:ヒートマップ表示中。交戦回避推奨】
【自身の魔力残量:7%。予備リソースなし。緊急事態】
俺の目は、魔物の配置、地形の危険度、そして「どこを歩けば最も体力を消耗せずに済むか」というルートの最適解を導き出していた。
「ゼノンは『最短で攻略しろ』とだけ喚いていたが……それはただの強行軍だ。無謀な進軍は消耗を増やすだけだというのに」
俺は立ち上がり、最も魔物の反応が薄い「通気口」の隠し扉を蹴り開けた。
勇者たちが「根性」で切り抜けてきた大広間を迂回し、俺は静かに、かつ迅速に上層を目指す。
道中、弱った魔物と遭遇しそうになっても、俺は戦わない。
小石を投げて注意を逸らし、音もなく背後を通り抜ける。
「戦うだけが冒険じゃない。リソースが枯渇している今の俺にとって、勝利条件は『生存』と『帰還』だ。交戦による経験値獲得は、今の投資フェーズには不要だ」
無駄な戦闘を一切排除した結果、俺はなんとか地上付近まで戻ってきた。
出口の光が見える。
【ミッションコンプリート。脱出コスト:魔力4%、体力微減】
地上に出ると、そこは冒険者の街の喧騒の中だった。
だが、俺にはもう一つの課題があった。
「一文無しか……」
預金カードの入った財布を奪われ、今の俺は文字通りの「資本金ゼロ」。
ここからどう立ち上がるか。
その時だった。
ギルドの裏手にある「訳あり冒険者」が集まる酒場から、激しい怒鳴り声が聞こえてきた。
「おい、この役立たず! 二度と俺たちのパーティーにツラを出すな!」
一人の少女が、重そうな大盾を投げ捨てられ、地面に転がされた。
「……あ、あぅ……ごめんなさい……でも、私……」
「『でも』じゃない! お前はデカい図体して、一度も敵の攻撃を真っ向から受け止めなかったじゃねえか!」
「す、すみません……!」
「 『守護騎士』として雇ってやったのに、攻撃が怖くて逃げ回るなんて、ただの臆病者だ! 給料泥棒が!」
少女――ティナは、ボロボロの鎧を抱え、涙を溜めてうつむいていた。
彼女は身長が高く、騎士としては恵まれた体格をしている。だが、俺はその姿を見て、違和感を覚えた。
(……待て。あいつの鎧、凹んでいるのは古い傷ばかりだ)
今の言い分が本当なら、彼女は攻撃をすべて『避けて』いたことになる。
(守護騎士の総装備重量は大亀みたいなものだ。それを着て、至近距離の魔物の攻撃を回避し続ける……?)
俺は足を止め、彼女の所作を観察した。
「役立たずが!」
「わざわざ中古の装備を譲ってやったのによ!!」
立ち上がる瞬間の重心の移動。飛んできた小石を無意識にかわそうとする身体の動き。
前世で何千人もの適性を判断してきた俺の経験が、確信を持って答えを出す。
(あいつらは馬鹿か。あれは『臆病』じゃない。異常なまでの反射神経と、敵の予備動作を読み切る『動体視力』の塊だ)
彼女は「耐える」騎士じゃない。
持って生まれたスキルは「守護騎士」かもしれないが、本質は違う。
彼女は敵の攻撃を空振らせ、相手のスタミナと戦意を削り取る――「回避タンク」としての圧倒的な素質を秘めている。
確信に至ったその時、【神の眼】が、無意識に彼女をスキャンした。
【対象:ティア】
【職業:重装騎士(自称)】
【適性分析:防御(E)、筋力(D)、回避(SSS)】
【コンサル診断:致命的な『ミスマッチ雇用』。重装備による長所の完全な埋没】
「……ほう」
俺は思わず息を洩らした。
彼女を追い出したパーティーリーダーは、吐き捨てるように彼女を見下している。
「あんな図体して回避特化なんて、ゴミだな」
「騎士なら耐えてナンボだろ」
周囲の冒険者たちも冷たい視線を送っている。
だが、俺の目には、彼女が「時価総額数千億の未公開株」に見えていた。
それを無理やり「壁役」として働かせていたあいつらは、才能の花を枯らすような真似をしていたのだ。
俺は、震える肩を抱いて泣いている彼女の前に、ゆっくりと歩み寄った。
「君。そこで泣いているのは、時間の損失だよ」
「あぁん? なんだぁ、テメェ」
横から野次馬に割り入ったオレを見て、パーティーリーダーは鬱陶しそうに眉を顰める。
ティアが、濡れた瞳を大きく見開いて俺を見上げた。
「……え? あ、あなたは……?」
「俺はラルス。今はまだ無一文だが、これから世界最高のホワイト企業を立ち上げる経営者だ」
「ほ、ほわ……?」
俺は、地面に転がっている彼女の重苦しい大盾を指差した。
「君のその大盾。そんな負債を抱えているから、君の価値が下がっている。君が本当に身に着けるべきは、重量装備じゃない。もっと軽量で、動きやすいものだ」
「な、何を……私は、守護騎士として雇われたんです。でも、どうしても怖くて、体が勝手に動いて避けちゃって……みんなに『臆病者』だって……」
「違うな。それは『恐怖』じゃない。君の細胞レベルでの『最適解』が、その鈍重な盾を拒絶しているだけだ。……君、うちに来ないか?」
俺は、かつてゼノンが俺にしたように、彼女に手を差し伸べた。
だが、その中身は全く違う。
利用するためでも、搾取するためでもない。
「君の『回避適性』は世界一だ」
とそこで、周囲からは男たちの笑い声が重なり合った。
振り返ると、腹を抱えて涙を貯めたパーティーリーダーがそこにいる。
「いきなり現れて何をほざくかと思えば、勇者パーティーから追放されたラルスさんじゃねぇか!」
「んな無能が『うちに来ないか?』だとよ!」
「プロポーズってか?」
野次と浅ましい笑い声が更なる罵倒を呼ぶ。
なるほど。俺がゼノンに追放された事実は既に周知のことらしい。
「この女に一目ぼれでもしたってか?」
「そうだが」
「は、はひ?」
少女がきょとんと眼を丸めたが、気にすることはない。
俺はパーティーリーダーと向かい合い、その巨体を鋭く見上げる。
「俺は彼女に価値があると判断した。彼女はこの世のどんな宝石よりも美しい原石だ」
返ってきたのは、野次馬の笑い声と冷やかしだった。
「ハッ! んなにこのデカ女が気に入ったならやるよ! 無能と無能で仲良く冒険者を引退しな!」
パーティーリーダーたちは言いたい放題の末にその場を去った。
その場に遺されたのは俺とティナ。
彼女は暫し赤ら顔を両手で抑えてオロオロとしていたが、やがて雛鳥のように不安そうな瞳を俺へと向けた。
「あ、あのぉ……」
「俺が君の能力を正しくポートフォリオに組み込み、一ヶ月以内にS級冒険者にプロデュースしてやる。もちろん、福利厚生は完備だ」
「え、えす、きゅう……? S級ですか!?!?」
ティアは呆然としていた。無理もない、専門用語ばかりだろう。
だが、俺の目は嘘をついていない。
「君を追い出した連中は、君に『耐えろ』と言ったんだろう? だが、それは間違っている。『被ダメージによる負傷』は、ポーション代や休業期間といった莫大なコストを生む不健全な労働環境だ」
「こすと……?」
「君のその優れた反射神経。それを活かせば、君は『一撃も食らわないタンク』になれる。俺を信じて欲しい」
ティナは瑠璃色の瞳を伏せ、人差し指を合わせた。
「でも、私は怖くて……つい避けちゃうんです……。タンクは攻撃を受けなきゃいけないのに……」
「逆だよ」
「へ?」
ティナがピクリと顔を上げた。
肩上で切りそろえられた銀髪がふわりと揺れる。
「『避けること』こそが究極のタンクなんだ。 敵の攻撃をすべて空振らせれば、味方の回復役(ヒーラー)は不要になる。防具の修理費もゼロ。これほどホワイトな戦術はない」
「避けるタンク……」
「君のその『避けてしまう』という性質を、俺は『才能』として高く買い取る。週休二日、三食昼寝付き。そして何より、君が怪我をするような無謀な戦わせ方は絶対にしない」
「君は『無能』なんかじゃない。単に『配置場所』を間違えられているだけだ。……どうだ? 俺と一緒に、君を笑った連中を見返してやらないか?」
ティアは、しばらく俺の手と、俺の目を見つめていた。
やがて、彼女はおずおずと、だが力強く俺の手を握り返した。
「……お願いします。私、自分を変えたいです……!」
「ティナと申します! ラルス様!」
【新規採用:ティア(タンク候補)】
【契約形態:正社員】
【現在のキャッシュ:0。ここから資金調達(クエスト)を開始する】
俺は満足げに頷いた。
勇者ゼノン。お前はアタッカーが欲しくて俺を捨てたと言ったな。
なら、俺は俺の手で、お前よりも遥かに強力な「最高のアセット」を育て上げるとしよう。
俺はお前たちが一生かかっても到達できない「損害ゼロ」の完璧な攻略を見せてやる。
ラルスの逆襲。
まずは、「不良資産」と笑われた少女を、ギルド最高の「超優良株」へと育て上げることから始まる。