『「三日三晩寝ずに働けないバフ師は無能だ」と追放された俺、前世の敏腕コンサル知識を思い出す。~極悪バフでゾンビ化していた聖女様を引き抜き、世界最強のギルドを設立します~』   作:うずつるぎ

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銀閃の初陣

 翌朝。

 王都中央に鎮座する巨大施設――冒険者協会。

 朝の光が差し込む広大なロビーで、俺は一人の「美女」を待っていた。

 

「……あ、あの。ラルスさん」

 

 おずおずと声をかけてきたのは、昨日とは見違えるほど凛々しく、そして眩しい少女だった。

 プラチナシルバーのボブカット。その毛先を夜露に濡らしたような瑠璃色の瞳。

 身体のラインを完璧に描き出す白銀のインナースーツの上に、最低限の軽量胸当てを装着している。

 

「おい。なんだよあの美人、お前知ってるか?」

「いや。新入りじゃねぇか……? すげぇ体つきだな」

 

……昨日の試着室でも思ったが、やはり破壊的なビジュアルだ。

 周囲の男たちの視線が、熱を帯びて針のようにティナに突き刺さっている。

 

「おはよう、ティナ。似合っているじゃないか」

「うぅ……やっぱり、視線が痛いです。本当にこれでいいんですよね……?」

「ああ。その装備こそが、君の生存率を最大化し、かつ俺の利益を最大化する。自信を持っていい」

 

 俺は彼女を連れて、冒険者が群がる掲示板の一角へ向かった。

 目当ての依頼書は、まだそこに山ほどある。

 

『キラー・ビーの群れ駆除:推奨ランクB』

 

 掲示板に貼られた依頼書を勢いよく千切り取ると、ティナは青い顔をした。

 

「ラ、ラルスさん……本気ですか?」

「当然だ」

「当然じゃないですよ!?」

 

 彼女は大型犬のように俺の前へと飛び出し、慌てふためきながら身振りを交えて抗議する。

 

「『キラー・ビーの群れ駆除』……これ、推奨ランクBです! 私みたいな落ちこぼれが……」

「君は落ちこぼれじゃない」

「キラー・ビーの針は鋼鉄の鎧さえ貫通するんですよ? 自殺行為ですっ!」

 

 まぁ、これまでの常識に囚われた彼女がそう思うのも無理はないだろう。

 俺は彼女を促し、受付へと向かった。

 そこには、追放される前から顔見知りの受付嬢、ミリアがいた。彼女は俺の顔を見るなり、不安そうに眉を下げた。

 

「ラルスさん」

「問題ない、ミリア。これは最も合理的な選択なんだ」

 

 俺がそう告げた時、背後から鼻をつくような濃厚な香水の匂いと、粘りつくような声が響いた。

 

「あら。誰かと思えば、勇者パーティーを追い出された無能のラルスくんじゃない。そんな可哀想な女の子を連れて、朝からピクニックにでも行くのかしら?」

 

 振り返ると、そこにいたのはマルレーヌだった。

 大きな魔女帽子を被り、扇情的なドレスを纏った彼女が、蛇のような笑みを浮かべてこちらを見下している。

 だが、勇者ゼノンと聖女リアナの姿が見当たらない。

 

「ハッ! 追放された挙句に、女を侍らせてるのかよ!」

「無能は無能らしく、街の掃除でもしてりゃいいのによ!」

 

 マルレーヌの言葉に同調するように、周囲の男どもから下品な嘲笑が飛んだ。

 気弱なティナが「うぅ……」と身を縮め、俺の背後に隠れようとした。

 

「気にすることはない。……ミリア、受注の手続きを」

 

 俺は淡々と手続きを済ませながら、マルレーヌを横目に睨む。

 

「リアナはどうした」

 

 マルレーヌは心底楽しそうに嗤った。

 

「あなたの幼馴染ちゃん? 疲労で一日寝込んでいるわよ。勇者様は彼女の寝込みでも襲っているんじゃないかしら。尻軽な彼女も満更じゃなかったり?」

「……っ!」

 

 思わず拳が出そうになった。

 しかし取り合う必要はない。コイツは俺を揶揄っているだけだ。

 

 俺は腹の底から溢れそうな炎を噛み殺し、ミリアから依頼確認書を受け取る。

 

「精々、ハチの餌にでもなりなさいな」

 

 反論する価値もない。

 被弾を前提とした攻略は、治療費のコストを増やすだけの悪手に過ぎないのだ。

 

 餌になるのは、ハチの方だ。

 

 

 ♦♦♦

 

 

 王国中央。

 底の見えない深淵へと巨大な口を開けるダンジョン――その第15層。

 鬱蒼とした巨木が立ち並ぶエリアが、今回の仕事場だ。

 

 ブォン、と重苦しい羽音が森の奥から聞こえてくる。

 キラー・ビー。音速で飛来し、猛毒の針を突き立てる森の暗殺者。

 枯れ葉を踏み締めて森の陰りに目をやると、数匹のキラー・ビーが、俺達の様子を伺っていた。

 

「……ラルスさん。やっぱり、怖いです。私、タンクとして耐えなきゃいけないのに……」

 

 ティナは小さな円盾を前に出し、今にも泣きそうな顔で震えていた。

 

 従来のタンクは、重厚な盾を構え、じっと耐える。その間にアタッカーが叩くのが定石だ。

 だが、それでは盾が削れ、毒が回り、消耗戦になる。

 

 彼女の脳には、まだ「盾役は耐えなければならない」という古い呪縛が残っているのだろう。

 俺は彼女の横に立ち、白銀のスーツに包まれた柔らかい背中にそっと手を置いた。

 

「ティナ。耐えようとするな。心のままに、本能のままに動け。君の身体は、もう答えを知っているはずだ」

「ラルス、さん……?」

 

 彼女がその言葉の真意を理解するより早く、一匹のキラー・ビーが音速の突撃を仕掛けてきた。

 

「あ……っ!」

 

 直後、ティナの身体が「本能」で跳ねた。

 重い鎧も盾もない彼女の身体は、まるで羽毛のように軽やかに宙を舞い、毒針を紙一重でかわしたのだ。

 

「え……? 避けられた……? 私、本当に当たってない……!?」

 

 驚愕に目を見開くティナ。

 やはり俺の眼に狂いはなかった。自分で自分を見て固まるティナへ告げる。

 

「ティナ、それでいい。敵の『リソース』を無駄遣いさせろ」

「リソースを……無駄遣い?」

「ハチが針を刺そうと空振るたびに、あいつらは魔力を消費し、隙を見せる。君が避けるだけで、敵は勝手に自滅していくんだ。――また来るぞ」

 

 ハチたちが尾の針に毒液を滴らせ、間髪入れず襲い来る。

 彼女はそれを本能のままに、踊るように身をこなして回避する。

 

 いい動きだ。だが、まだ回避の幅が大きすぎるな。

 その理想とのギャップを埋め、彼女を優秀な冒険者としてコーディネートするために俺の眼はある。

 俺は【神の眼】を使い、彼女の回避行動をリアルタイムで修正していく。

 

「右足の重心を3センチ内側へ。……そこだ。無駄な動きを削れ。コストカットしろ」

「は、はい!」

 

 指示に従うたび、ティナの動きは洗練される。

 ハチの攻撃は虚しく空を切り、互いに激突して地面へと落ちていく。

 

 俺は腰に下げていた中古の短剣を抜いた。

 そして、俺自身に魔法をかける。

 

「【不眠不休の活力(エターナル・フォース)】――出力最大」

 

 かつて勇者たちにかけた、疲労を誤魔化す呪いのバフ。

 俺は決めている。この魔法は、二度と仲間には使わない。

 だが、自らの疲労を削り、泥臭く止めを刺すためなら、これほど便利な道具はない。

 

 俺の使える魔法はこれだけ。筋力もなければ敏捷性もない。

 だから筋肉を無理やり稼働させるために、この魔法を俺自身に叩き込む。

 俺は地に落ち、動きの鈍ったキラー・ビーに肉薄し、その急所へと的確に短剣を突き立てていった。

 

「ふぅ……」

 

 一時間後。森には静寂が戻っていた。

 明日は酷い筋肉痛だろう。俺は肩で息をしながら、短剣を鞘に収める。

 

 ティナのインナースーツには、土汚れ一つ付いていない。

 彼女は肩を上下させ、驚いたように自分の手を見つめていた。

 

「損害ゼロ。ポーション消費ゼロ。装備の修繕費、ゼロだ。……完璧な業務執行だ、ティナ」

「……それと悪いな。アタッカーとしては、俺は役立たず――」

 

「すごいですっ! すごいですラルスさんっ!!」

 

 謝ろうとした俺の言葉は、弾けるような歓喜の声にかき消された。

 

 振り返ると、そこには――陽光を凝縮したような、眩しすぎるほどの笑顔があった。

 瑠璃色の瞳が潤み、歓喜に震えている。

 

 これまでずっと「無能だ」「臆病者だ」と踏みつけられてきた彼女の魂が、初めて肯定された瞬間。

 花が綻ぶような、純粋無垢な笑顔。

 その美しさに、俺は一瞬だけ、息をするのも忘れてしまった。

 

「私、一度も痛くありませんでした! 全部避けられました! こんなの初めてですっ!!」

 

 興奮が抑えきれない様子で、ティナが大型犬のように俺に向かって飛び込んでくる。

 

「ちょ、待て」

 

 言う間もなく俺は勢いに押され、地面に押し倒された。

 

「ラルスさんのおかげです! 私、もう臆病者じゃないですっ!」

 

 覆いかぶさったティナの、インナースーツ越しでも分かる柔らかい質感が俺の胸を圧迫する。

 特に、彼女の豊かな胸が俺の顔のすぐそばにあるのが、経営者としての冷静さを著しく削いでくる。

 その圧倒的なボリュームと温もりに溺れて、俺の理性が激しく火花を散らした。

 

(っ……これは、毒針より破壊力があるな……)

 

 一瞬だけ興奮に呑まれそうになったが、俺はすぐにコンサルタントとしての冷静さを取り戻す。

 真っ赤になった顔を隠しながら、彼女をゆっくりと押し剥がした。

 

「……あー、ティナ。嬉しいのは分かるが、公の場では控えてくれ。それと、少し距離が近すぎる」

「え? あ……! す、すみませんっ!!」

 

 顔を真っ赤にして離れるティナ。

 その様子はやはりどこか大型犬のようで微笑ましい。

 

「さあ、帰ろう。定時内での任務完了だ」

「ていじ……? はいっ!」

 

 夕暮れ時。

 俺たちが持ち帰った数百本のキラー・ビーの毒針をカウンターに並べると、周囲はシンと静まり返った。

 

 傷一つないティナと、淡々とした顔の俺。

 やがて、冒険者の間でざわめきが零れる。

 

「嘘だろ……あのハチの群れを、二人だけで……?」

「しかも装備を見ろ。一発も食らってないぞ……!?」

 

 俺は驚愕する周囲を無視し、報酬の金袋を受け取ると、その場で半分をティナに手渡した。

 

「はい、これが今日の君の労働対価だ。残りの半分は会社の運営資金に回させてもらう」

「えっ!? こんなに……!? 私、いつもは銅貨数枚しかもらえなかったのに……」

「むしろ、俺が貰い過ぎかもしれない。キミの働きはそれ以上だ」

「そ、そんなことありません! ありがとうございます!」

 

 目を細めれば、大きな尻尾を揺らしていそうにさえ見えるティナ。

 その美しさと強さは、既に注目の的だ。

 

「さて、まずはここからだな」

 

 対費用効果が合わず、多くの冒険者から敬遠されがちだったキラー・ビーの討伐依頼。

 そして、それを完璧な「損害ゼロ」でこなす謎の二人組。

 

 その噂が冒険者協会を駆け巡るまでに──そう時間はかからない。

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