『「三日三晩寝ずに働けないバフ師は無能だ」と追放された俺、前世の敏腕コンサル知識を思い出す。~極悪バフでゾンビ化していた聖女様を引き抜き、世界最強のギルドを設立します~』   作:うずつるぎ

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殻を破る時

 俺とティナがキラー・ビーの討伐を始めてから暫く。

 損害ばかりが嵩む不人気依頼を「金の成る木」に変えた俺たちの名は、冒険者の間でちょっとした話題となっていた。

 

「ラルスさん。お疲れ様です。本日もキラー・ビーの依頼を達成されたようですね」

「ああ、おかげさまで」

 

 顔馴染みの受付嬢、ミリアに依頼達成を確認してもらい、報酬を受け取る。

 今日も「損害ゼロ」攻略により、俺たちの手元には順調に資金が溜まりつつあった。

 が、ふと【神の眼(コンサルタント・アイ)】で隣のティナを覗けば――。

 

【対象:ティナ 状態:疲労蓄積・中】

 

「……ふむ」

 

 流石に連日働き詰めだったことが影響したか。

 よく見れば、白銀のボブカットの隙間から覗く彼女の愛らしい横顔も、どこか無理に笑っているような翳りが滲んでいた。

 

「ティナ。明日は『休日』にする。一日、自由行動だ」

「えぇっ!?」

 

 ティナはぴょんと背後へ跳ね飛び、驚きに満ちた声を上げた。

 

「き、休日ですか?」

「あぁ、そうだ」

「でも……ラルスさん、私、全然平気です! 今、すごく楽しいですし、もっと一緒に冒険に行きたいですっ!」

 

 細い腕にぽこりと可愛らしい力拳を作ってみせるティナ。

 大きな瑠璃色の瞳をキラキラと輝かせ、尻尾を振る大型犬のような勢いで詰め寄る彼女である。

 

 俺は手帳を閉じ、冷静に諭した。

 

 

「向上心があるのは素晴らしいことだが、ある意味ではリスクだ。筋肉も魔力も、酷使した後に適切な休息を挟むことで、以前より強く再生する。これを『超回復』という。……休むのも仕事のうちだ。わかったな?」

「ちょ、ちょーかいふく……。……はい、ラルスさんがそうおっしゃるなら」

 

 少し残念そうに、だが納得したようにティナが頷く。

 

「リフレッシュして身体を休めてくれ」

「分かりました!」

 

 こうして、俺たちは明日一日、各々自由に過ごすことになった。

 

 ♦♦♦

 

 翌日、昼下がり。

 俺は一人、自由都市アテルナの目抜き通りを歩いていた。

 

 手元のノートには、設立予定のギルドの計画が書き連ねてある。

 資金は順調に溜まっている。時間を掛ければ、いずれギルド設立に手を伸ばせることだろう。

 しかし。中長期的な目線で問題は……。

 

(『俺とティナ』の二人体制では、キラー・ビーのような特殊な依頼はこなせても、総合的なダンジョン攻略には限界があるな……)

 

 俺は戦闘力が皆無の支援特化型。ティナは回避特化のタンク。

 キラー・ビーの依頼が上手く嵌まったのは良かったが、オーソドックスな依頼には決定力が不足しているのが現状だ。

 この体制で無理にギルド設立資金を貯めるとなると、ティナに過度な負担――ブラックな労働を強いることになる。

 それは本末転倒だ。

 

(組織を拡大させるには、次に必要となる『人財』の確保が急務だ。……まずは、今の依頼書の動向と、それに必要な能力を調査しておくか)

 

 俺は活気が溢れる街を歩き、冒険者協会へ向かった。

 自由都市アテルナの街並みは、黄金色の夕陽を弾く白壁が白浜の様に美しく、行き交う人々の声の調子は明るい。

 実に良い雰囲気だ。

 

 冒険者協会に立ち入って依頼書と睨めっこしているうちに、陽は傾いていく。

 次に俺が協会を発つと、その頃には街は夕焼けの海に沈んでいた。

 

 ――とその時だ。

 協会の裏路地に近い広場で、不快な笑い声と、聞き慣れた困惑の声が耳に入った。

 

「おいおい、そんなに冷たくすんなよ、ティナちゃん。お前、あの無能野郎に騙されてるだけだって」

「あ、うぅ……!」

 

 路地を覗くと、三人の男たちがティナを壁際へ追い込み、囲んでいた。

 見覚えがある。そうだ。かつて彼女を「臆病者」と罵り、大盾を投げ捨てて追い出した元パーティーの男たちだ。

 

「……や、やめてください。私は……っ」

「いいから戻ってこいよ。お前、あの支援術師に見世物にされてんだろ? だったら俺たちの下で、前みたいに大人しく盾になってりゃいいんだよ。夜の方もたっぷり可愛がってやるからよぉ」

 

 男たちが下卑た笑みを浮かべ、ティナの細い腕を掴もうとする。

 ティナは怯え、以前のような自信のない顔に戻ってしまっていた。

 

 ダボッとしたオーバーサイズのニットの中で、彼女の身体が小さく震えている。

 染み付いた「無能」の呪縛は、そう簡単に解けるものではない。

 

「そこまでにしてもらおうか」

 

 俺は迷わず、路地裏に割り入った。

 水を差された男たちは、眉を吊り上げて俺を見下ろす。

 

「……あ? 誰かと思えば、追放者のラルスさんじゃねぇか」

「彼女は俺のパーティーメンバーだ。ヘッドハンティングなら正当な手順を踏んでもらおうか」

 

 この世界において、他パーティーのメンバーを無理やり引き抜くのはご法度だ。

 ただし、メンバーの現契約条件を上回る条件を提示し、本人が同意することでパーティーの移行は可能である。

 

「もっとも、お前たちのようなブラック組織に、ティナをやるつもりは毛頭ないがな」

「ハッ! 理屈を並べてんじゃねぇよ、このモヤシ野郎が!」

 

 リーダー格の男が、俺の胸ぐらを掴み上げた。

 前世の俺ならそのまま体術で組み伏せてやったところだが……。

 

「おいおいラルスさんよぉ! 随分とひ弱じゃねぇか!」

 

【神の眼】が冷徹に告げる。

 支援術師と戦士の埋まることのない差を。

 

 生まれ持って与えられたスキルの影響で、俺の筋力は伸び辛い。

 俺とこの男の基礎ステータス差は、大人と子供ほどもあるのが、残酷な事実だった。

 

(……分かっていたことだ。俺は、戦うためのスキルを持っていない)

 

 男の拳が、俺の頬を殴り飛ばした。

 視界が火花を散らし、地面に叩きつけられる。

 追撃のタックルが食い込み、俺は路上に蹲って咳き込んだ。

 

「や、やめて! やめてください!!」

「ハハハ! 見ろよ、このザマを! こんな雑魚のどこがいいんだよティナ! さあ、こっちに来い!」

 

 男がティナの手を強引に引く。

 

「……待てよ」

 

 俺はその男の足首を、力強く握り込んだ。

 

「あん?」

「待てって……言ってんだよ」

 

 男は呆れたような視線で俺を見下した。

 

「なんだ? まだやる気か?」

 

 当然だ。今の程度で、俺の魂は折れちゃいない。

 俺は口の中の血を吐き捨て、震える腕で地面を押し、這いつくばったまま顔を上げる。

 

「百歩譲って、ティナが、自分の意志でパーティーを離脱するならそれでいい……転籍先の方がホワイトなら当然だ」

「だが……お前らみたいな、自分の無能を棚に上げて、彼女の価値を削り取ることしかできないゴミ共に、彼女を渡す気は……一ミリも、ない」

 

 視界は霞んでいるが、怯えて動けないティナの気持ちに比べればどうということはない。

 俺はふらつく足で無理やり立ち上がる。

 ファイティングポーズを構え、男を睨み上げる。

 

「勝手に無能と呼ばれ、捨てられ……俺と同じだ! ティナは俺だ! だから二度と辛いことは──」

「──勝手に熱くなってんじゃねぇよ、馬鹿が」

 

 重い膝蹴りが俺の腹部を深く貫いた。

 

「ガッ……!?」

 

 衝撃に意識が飛びかけ、俺は路地裏の壁に頭から叩きつけられた。

 景色が二重にブレる。

 リーダーの男が俺に痰を吐き捨て、背中を向けた。

 

「いいか? テメェは使えねぇから追放された。この女も、俺たちの道具に戻るだけだ」

「よし。行くぞてめぇら」

 

 そして男が再びティナの腕を引いたその時――。

 

 何かが、弾ける音がした。

 

「……放して」

 

 小さく、しかし強い意志を持った声。

 

「あぁ?」

 

 男が怪訝そうに聞き返す。

 瞬間、ティナはキッと深い瑠璃色の瞳を鋭く光らせ――。

 

「その手を……私から、放してくださいっ!!」

 

 ティナが、掴まれていた腕を自ら振り払った。

 

 その瞳には、怯えではなく、明確な『怒り』が宿っていた。

 

「私は……もう、あなたたちの都合のいい道具じゃない。ラルスさんは、私に『価値がある』って言ってくれた。私の居場所は、彼の元なんです!!」

「このデカ女が、調子に乗りやがって……! おい、テメェら! こいつを組み伏せろ! 徹底的に可愛がってやるぞ!」

 

 逆上した三人の男たちが、一斉にティナに襲いかかる。

 一人は拳を握り、二人は卑猥な手を伸ばして、彼女の肢体を蹂躙しようと肉薄する。

 だが。

 

「……遅いです」

 

 ティナの身体が、銀色の閃光と化した。

 

 身体のラインを隠したオーバーサイズのニットを纏い、装備も武器も持たない「休日」の姿。

 しかし、彼女の身体にはラルスと培った『回避の理論』が刻み込まれていた。

 

「な、なんだコイツ……!?」

 

 男が振るった拳を、首を一ミリ傾けるだけでかわす。

 伸ばされた手を、柳のようにしなって受け流す。

 ティナは踊るように三人の間を抜け、わざと彼らの動線を交差させた。

 

「がはっ!?」

「てめぇ、どこ殴ってんだ!」

 

 ティナを捕らえようとした男たちの手が空を切り、勢い余って仲間同士で衝突し、地面に転がる。

 さらにティナは、足をもつれさせた一人の背中を軽く押し、もう一人の股間に強打させるように誘導した。

 

「っ~~~!!」

 

 わずか数十秒。

 立っているのは、肩で息をしながら俺を庇うように立つティナだけだった。

 

 ティナはプラチナシルバーの髪を揺らしてフッと振り返り、慈愛に満ちた、春の陽だまりのような笑みで手を差し伸べる

 

「すみません。ラルスさん。私がもっと、早く動けていたら……」

「いいや。最高のパフォーマンスだったさ」

 

 俺はティナの柔らかくも力強い手を手に取って立ち上がると、ティナはパッと、嬉しそうに目元を細めた。

 そして再び元パーティーリーダーへと振り向き、冷酷に見下す。

 

「……もう、二度と近づかないでください。私は、ラルスさんと一緒が良いんです」

 

 ティナは俺の手を取り、呆然とする男たちを置き去りにしてその場を歩き出した。

 

 その背中に、以前の臆病なだけの彼女の姿は、もうどこにもなかった。

 

 ♦♦♦

 

 通りに出ると、ティナは急に立ち止まり、顔を真っ赤にして俺の手を離した。

 

「……あ、あの。すみません、ラルスさん。手を握ってしまって……」

 

 彼女はいつもの、少し気弱で、でも芯の強い少女に戻っていた。

 俺は打たれた頬をさすりながら、苦笑して首を振る。

 

「いや……完璧な対応だった。ティナ、助けてくれてありがとう」

「……っ。はい! えへへ……」

 

 照れくさそうに笑うティナは、やがて俺の前に立つ。

 夕日に照らされたアエテルナの石畳の上で、ティナは僅かに屈んで俺を見つめた。

 俺より背が高いはずの彼女だが、その仕草はどこか上目遣いのように映り、守ってあげたくなるような愛らしさに満ちていた。

 

「あの、ラルスさん」

「どうした」

 

 ティナは真っ直ぐに、笑みを浮かべた。

 

「これからも……よろしくお願いしますね!」

 

 夕陽に包まれた彼女の笑顔は眩いほどに純粋で、どの宝石よりも輝いて見えた。

 

「あぁ。こちらこそよろしく頼むよ」

 

 俺は確信する。

 ティナという「最強の盾」を活かし、さらなる依頼を攻略するために不足した、パズルの一片を。

 

(……明日は、人材探しの一日にするか)

 

「ティナ。せっかくだし一緒に夕食でも食べようか」

「ぜひ! あ、私、すっごく美味しいタルトお店知ってるんです!」

「おいおい。そんなに急がなくてもお店は逃げないぞ」

 

 大型犬のように俺の前を先先歩いて先導するティナを追いながら、俺の頭の中で、次の「ヘッドハンティング計画」のチャートを空想した。

 

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