『「三日三晩寝ずに働けないバフ師は無能だ」と追放された俺、前世の敏腕コンサル知識を思い出す。~極悪バフでゾンビ化していた聖女様を引き抜き、世界最強のギルドを設立します~』 作:うずつるぎ
羽音が止み、静寂が戻った森。
足元には、数十匹のキラー・ビーの骸が転がっている。
俺は右腕に嵌めた懐中時計を確認し、白銀色のインナースーツを身に着けた背中へ声を掛けた。
「よし、今日はここまでだ。お昼過ぎだが切り上げよう」
「えっ、もうですか? まだまだ時間はありますし、体力も余ってますよ!」
ティナが不思議そうに首を傾げる。
跳ねるように振り向いた彼女の動きに合わせて、白銀のボブカットの毛先に付いた木の葉が、はらりと大地に落ちた。
「今日は『市場調査』と『採用活動』に時間を割きたいからな」
「採用活動?
「詳しい話は地上でする。まずはこの鬱蒼とした森から出るぞ」
「……あっ、ラルスさん! 待ってください~!」
犬のように後ろから追いかけてくるティナを背後に、森の浅瀬へと向かう。
そして地上へ戻って来た俺たちは、冒険者たちが集うテラスカフェ『戦士の休息』に入った。
「わぁ! これふわふわで美味しいですよ!」
運ばれてきたサンドイッチを頬張るティナは、既に本題を見失っていることだろう。
頬をリスのように膨らませて夢中で咀嚼する姿に、俺は半ば呆れながらも問いかけた。
「ティナ、今の俺たちのパーティーに足りないものは何だと思う?」
「えっ……えーと、お金……は、稼げていますし、私の回避もラルスさんの指示があれば完璧ですし……」
ティナは桜色に染まったほっぺたに卵を付けながら、照れくさそうに目元を緩めた。
「えへへ、意外と無敵じゃないですか?」
「30点だ」
「さ、さんじゅ……」
俺の厳しい採点にピタリと固まるティナ。
俺は自然とその柔らかい頬へ手を伸ばし、親指で卵を拭ってやる。
指先から伝わる彼女の肌の熱。ティナはくすぐったそうに、長い睫毛を伏せて目を閉じた。
「今の俺たちは『防御』と『効率』に特化しているが、圧倒的に『決定力』が不足している」
「けっていりょく……ですか?」
「そうだ」
俺はカップを持ち上げて熱いコーヒーを喉に流し込み、説明を続けた。
「キラー・ビーのような小型の魔物なら、俺の短剣で十分だ。だが、より深層の『硬い』魔物や、巨大な敵を相手にするには、今の俺たちでは時間がかかりすぎる。……つまり、敵を粉砕できる『高火力なアタッカー』が必要なんだ」
「確かに、ハチさんより大きい敵だと、ちょっと大変かもしれません」
「だろう? だからメンバーをもう一人増やす」
「なるほど……二人じゃなくなっちゃうん、ですね?」
どこか寂しそうに首を傾げるティナ。
「このままだとティナに負担を掛け過ぎるからな。それはよしたい」
「わ、私のためですか……」
「そういうわけで、俺は今日、新しい仲間を探したい」
だが、言葉で言うほど簡単ではないことは分かっている。
自由都市アテルナの冒険者業界は、一種の「寡占状態」にあるからだ。
この街には『三大ギルド』と呼ばれる巨大組織が存在する。
近頃急激に頭角を現した、勇者ゼノン率いる『黄金の暁』。
古き強者どもが集う武闘派ギルド『アイアン・フィスト』。
そして、魔導師の精鋭部隊を揃えた『シルバー・ウィング』。
有力な人材は、芽が出る前にこれらのギルドが囲い込んでしまう。
さらに、自由都市アテルナには、街の元締めである冒険者協会長・マキシムが定めた「不文律」がある。
――ギルド員の引き抜きは、莫大な金か、相応の政治的代償を伴うのだ。
「だが、今の俺たちには、他所から引き抜く資金もコネもない」
かといって、協会に登録したての新人に、俺の求めるスペックの持ち主はいないだろうが……。
「ラルスさん! とにかく見に行ってみましょう!」
「お、おい」
俺は意気込むティナに手を引かれ、再び街へと繰り出した。
夕暮れ。
ダンジョンから帰還する冒険者の波を見ながら、ティナが一生懸命に指を差す。
「ラルスさん! あの、大きな剣を持った人はどうですか? すごく強そうです!」
「ダメだ。フォームが崩れている。あれでは動く標的に当たらない」
「じゃあ、あの杖を持った女の人は……?」
「魔力量は多いが、制御が甘いな。燃費(魔力効率)が悪すぎる」
【適正分析:筋力(B)】
【適正分析:敏捷(S)、その他C】
【適正分析:オール(A)】
「なるほどな」
【神の眼】で協会付近を眺めても、理想の人材は一人として現れない。
俺は目頭を摘み、キョロキョロと冒険者を見回すティナを手招いた。
「……一旦、大通りを外れよう」
「? どうしました?」
「少し疲れた」
【神の眼】は偉大だが、その膨大な情報量のせいか疲労をもたらしやすい。
俺は賑やかな大通りを避け、薄暗い路地裏へと足を踏み入れた。
生活感の漂う裏通り。
石畳に湿った空気が静寂に流れ、目抜き通りの喧騒は遠い。
そんな中、一角に古びた絨毯を敷いて座り込んでいる少女がいた。
「…………」
無造作に近いウルフカットをした、淡い藤色の髪。
切れ長の、凍てつくような氷の瞳。
ボロボロのポンチョを羽織り、壁に寄りかかって虚空を見つめている。
一見すればホームレスだ。
だが、その肌の白さや、身に纏うわずかな清潔感は、彼女が「つい最近までまともな生活をしていた」ことを物語っていた。
そして何より、【神の眼】が弾き出したデータに──俺の思考は凍りついた。
【対象:ルオン】
【職業:連射】
【適性分析:攻撃(C)、敏捷(F)、射撃(SSS)、運(E)】
(SSS……射撃適性、SSSだと!?)
ティナの回避に匹敵する、天賦の才。
能力値に激しい山と谷があるが、それを差し置いても凄まじい。
俺が立ち止まって見入っていると、少女――ルオンは、横目にゆっくりと俺を覗いた。
その瞳には、生きる意欲が欠片も感じられない。
やがて、氷色の冷ややかな瞳が、自嘲気味に細められ、擦り切れたような笑みがその薄い唇に浮かんだ。
「……何。アタシを『買う』の?」
それは感情を枯らしたような、ひどく乾いた声だった。
買う? 一体何の話だ。
俺がその言葉の真意を理解するより前に、ティナが顔を真っ赤にして慌てふためいた。
「ひゃ、ひゃわわわっ!? か、買うって、えええっ!? ラ、ラルスさん、だ、駄目ですよ!?!?」
シオンは自嘲気味に口角を歪めた。
「あら。恋人に見てもらうのが趣味なの?」
「こここ恋人!?!?」
「落ち着け、ティナ」
今にも大爆発しそうな赤ら顔で右往左往しているティナの肩を叩き、冷静さを取り戻させる。
ルオンはまるで興味もなさそうな素振りで、冷ややかに催促した。
「で、どうするの」
どうって、そんなの決まっているだろう。
「ら、ラルスさん?」
俺は彼女の前にしゃがみ込み──腰のポーチから金貨の袋を取り出した。
「一日中、君を『買う』にはこれで足りるかな?」
チャリン、と重厚な音を立てて金袋を絨毯の上に置く。
ルオンの氷の瞳に、初めて「驚き」という感情が灯った。
「へぇ……。……アンタ、物好きね。こんな薄汚れた女に、こんな大金」
「おっと、勘違いしないでくれよ」
俺は不敵に笑い、手を差し伸べた。
「俺が買ったのは、君の『時間』と『才能』だ」