『「三日三晩寝ずに働けないバフ師は無能だ」と追放された俺、前世の敏腕コンサル知識を思い出す。~極悪バフでゾンビ化していた聖女様を引き抜き、世界最強のギルドを設立します~』 作:うずつるぎ
「……で、これからどうするのよ」
ルオンは絨毯の上に置かれた金袋を細い指で手繰り寄せ、ずっしりとした重みを確かめると、冷めた氷色の瞳で俺を覗き込んだ。
「宿へ行く? それとも、その彼女に見せつけながらアタシを抱くのが趣味? 三人でも、別にいいけど」
「ひゃ、ひゃわわわっ!? な、何言ってるんですかこの人っ!!」
耳まで真っ赤にしたティナは自分を抱きしめ、俺とルオンの間を割るようにしてジタバタと暴れた。
俺はため息をつきながらも、路地裏の湿った空気を切り裂くように堂々と告げる。
「言ったはずだぞ。俺が求めているのは、君の『時間』と『才能』だ」
「話が見えないわ」
「明日、俺たちと共にダンジョンへ潜り、アタッカーとして働いてくれ。これが今回の『契約』の内容だ」
「…………は?」
ルオンは、薄氷のような、白く、形の良い唇を小さく開き、固まった。
数秒後、その陶器のように白く、透明感のある小顔に深い皺が走る。
そして彼女は吐き捨てるように首を横へ振った。
「断るわ。なんでダンジョンなんて危険な場所に行かなきゃならないのよ」
「ラルスさん、あの……彼女、冒険者じゃないみたいですけど……」
ティナが心配そうにそっぽを向いたルオンと俺を見つめる。
だが、ルオンの言葉はブラフだ。
「それはあり得ない」
俺は、ボロボロのポンチョから覗く、かつての栄光を偲ばせる細い肩の横に立て掛けられたソレを指差し、更に言った。
「その使い古した連射弓は、間違いなく君の武器なんだろう?」
浮浪者まがいの状態となっても、唯一手放さない得物。かつては上等な革のフードだっただろう布切れに、擦り切れた冒険ブーツ。
それら一つ一つが、かつて彼女が第一線で風を切っていた冒険者であり、今はその残滓として生きていることを示している。
ルオンは横目に連射弓を覗いたあと、俺から目を背けてぶっきら棒に言った。
「だったらどうって言うのよ。アタシはもう、冒険者なんてごめん。弓だってもうまともに引けないわ」
「嘘をつけ」
「嘘じゃないわ」
「なら君の手のひら……そのマメはなんだって言うんだ?」
弓を引くことをやめた人間が、手の内側に分厚いマメを作るはずがないだろう。
目線で追及すると、沈黙が返った。
「ホームレスにまで落ちぶれて、色んなものを捨てたはずなのに、手にはマメを作って、『連射弓』だけは大切に抱えている……」
とうとう鬱陶しそうに眉を顰めて俺を見上げたルオン。
「何が言いたいのよ」
俺は氷色の瞳を真っすぐ見下ろし、逃げ場を塞ぐようにハッキリと言った。
「まだ、諦め切れないんだろう?」
ルオンの表情が劇的に変わった。
それは土足で心に踏み込まれたような屈辱の赤である。
彼女は俺を蛇のように睨みつけ、声を震わせた。
「人の心の中を勝手に推測しないで。反吐が出るわ」
「それは済まない。だが、金を受け取った以上は働いてもらうぞ。それがルールだ」
「……アンタ、最低ね」
ルオンは乱暴に、金袋を握り込んだ。
♦♦♦
翌日。冒険者協会の入り口に、ルオンは現れた。
ボロボロのポンチョ姿は変わらないが、その背には連射弓が背負われている。
「おはようございます、ルオンさん!」
「遅かったわね、アンタたち」
しかし、ソレでは彼女の才能は最大限発揮されないだろう。
俺のプランは既に、彼女を「移動する矢の雨」から「絶対の狙撃者」へと再定義していた。
「ルオン。君はコレを使ってくれ」
俺が用意した「新しい武器」に、彼女は切れ長の目をぱちくりと丸めた。
「……何よ、これ。冗談でしょう?」
ルオンが地面に突き立てたのは、巨大な重弩(バリスタ)だった。
それは、かつて彼女が扱っていた軽量の連射弓とは正反対の、重厚な黒鉄の塊だ。
ルオンは困惑したように眉を顰め、ポツポツと不満を呟く。
「こんな重いもの、引くのに何秒かかると思ってるの。アタシは連射が……」
「これで良いんだ。今日は第20層の『岩石ゴーレム』を狩るぞ」
「はい、ラルスさん! では出発しましょう!」
協会から街の中心へ移動して、大穴を螺旋に貫く階段を下っていく。
次第に辺りは陰りに覆われ、やがてはダンジョンの地下深く。
広大な石造りの回廊で、俺たちは巨大な岩の塊と対峙した。
岩石ゴーレム。
物理耐性が極めて高く、通常の武器では傷一つ付かない難敵である。
ただし、胸のコアであればなんとか削ることが可能だ。
「ティナ、攪乱しろ。敵の視界を奪い、急所を正面に向けさせろ」
「任せてください!」
自信に満ちた声でティナが前へと飛び出す。
対象がキラー・ビーから岩石ゴーレムへ変わろうと、彼女の為すべきことは変わらない。
ティナは銀色の閃光となって、大地を揺らすゴーレムの鈍重な拳を躱す。
「ルオン、君は――」
「言われなくても、この鉄くずを撃てばいいんでしょ!」
ルオンがぶつくさと悪態をつきながら、大地に膝を突いて大型のバリスタを構えた。
【神の眼:ゴーレムの核、射線が通るまであと水平60度】
「ティナ!もうあと半歩右側へ誘導しろ!」
「は、はい!」
俺は神の眼に従っていつも通りティナへと指示を出し、そして──。
「今だ。核を撃て!」
「もう撃ってるわよ!」
ルオンが引き金を引いた。
ドォン、という重低音。
放たれた巨大な杭が、ゴーレムの胸部にある魔力の核を――ミリ単位の狂いもなく、一撃で粉砕した。
「…………え?」
崩れ落ちるゴーレムを前に、ルオンが呆然と目を見開く。
自分が放った一撃が、遥か巨大な敵を一発で仕留めたという事実。
もう一度、この手で弓を握れた達成感。
「アタシ……」
ルオンの唇が、ほんの少しだけ震えた。
普段のクールな彼女からは想像もできないような、柔らかく、幼い少女のような微笑みが零れた。
それは、失ったはずの誇りを取り戻した職人の顔だった。
「……言った通りだったろう?」
俺が声をかけると、ルオンはハッと我に返り、すぐに顔を顰めた。
「……アンタ、性格悪いって言われるでしょ」
悪態を吐きながらも、その瞳にはわずかに生気が戻っていた。
「よし。この調子で依頼書をクリアするぞ」
「頑張りましょう!」
今日は大型の魔物討伐に関する依頼書を片っ端から依頼した。
なるべくノロマで、かつ一撃死を狙える魔物に絞っている。
ルオンという固定砲台を活かすには持って来いの戦略だ。
「ティナ! 回り込んで躱せ!」
「はい!」
「ルオン! 右脚を射抜くんだ!」
「分かってるよ!」
俺たちは破竹の勢いで大型魔物を討伐し、浮かれる足取りのまま階層を跨いで、更に魔物を討伐する。
それはまさに駆け抜けるような順風満帆さで──
だが、不穏な空気は移動中に訪れた。
「……ルオンさん?」
ダンジョンの深い回廊を歩いている時、ティナがふと足を止めた。
足を止めて振り返ると、ルオンの影が遠い。
彼女の歩幅は小さく、足取りが明らかに遅れている。
息遣いが乱れている様子もないのに、その顔色は青い。
「ルオンさん。……あの、お疲れですか?」
「ち、ちがうわ……」
「よかったら、私がおんぶしましょうか?」
ルオンの歩みがピタリと凍り付いた。
そして彼女は俯いた顔を持ち上げ──ティナを刺し殺さんばかりの敵意で睨みつけた。
「…………ふざけないで」
「えっ? あ、あの、私はただ……!」
「アタシがお荷物だって言いたいの? いい加減にしてっ!!」
「え、えっと」
パニックになるティナ。
理由は不明だが、ルオンの地雷を踏み抜いてしまったらしい。
純粋な善意からの言葉だったからこそ、ティナはどうすれば良いか分からないのだろう。
○○な瞳を泣きそうに潤めたところで、俺は笑みを作りながら二人に割り入った。
「おいおい、身長差が気になるなら、俺がおぶってやってもいいんだぞ?」
「…………アンタは黙ってなさいよ」
爆発しかけた空気が、かろうじて霧散する。
しかしそれ以降、パーティーのムードは最悪だった。
♦♦♦
一日が終わり、俺たちは莫大な成果を上げて地上へ帰還した。
キラー・ビー以外の依頼を根こそぎ達成し始めた俺たちの姿にざわつく協会を早々に後にすると、ルオンは忌々しそうにバリスタを俺へ突き出した。
「約束通り、一日働いたわ。これっきりよ」
俺は彼女からバリスタを受け取る代わりに、金袋を手渡した。
「そうか。だが、俺は残りの資金をすべてルオンに出そう。もう数日、日雇いで契約させてくれないか」
「断る」
彼女は付け入る隙がないほどに冷淡な口調で言った。
しかし、これほどの優良株をみすみす見逃すつもりはない。
俺はそっぽを向いた彼女の、藤色の髪が顔を隠す、意固地な横顔を覗き込み、食い下がった。
「だが、このまま路地裏に戻っても、日々衰弱していくだけだろう?」
「死ぬならそれでも構わないわ」
「君はまだ弓を握りたいんだろう? それに、ここなら簡単に金が手に入る」
俺の煽るような言葉に、ルオンは唇を噛み締めた。
やがて、彼女はひったくるように金を受け取ると、吐き捨てるように言った。
「……金よ。あと三日、あと三日だけだから」
ルオンは背を向けて去っていった。
「うぅ……すみませんでした……変な空気にしちゃって……」
その細く、今にも折れそうな背中が路地裏の陰りへ消えた頃、ティナは意気消沈して項垂れる。
まるで尻尾の垂れ下がった大型犬のような、ティナのしなやかな白銀の髪をポンと叩いてやり、俺は笑った
「大丈夫さ。ティナが謝ることはないよ」
俺は分かっている。
彼女が今日、あんなにも激昂したことには、何か意味があるはずだと。
(もう一度弓を握ることじゃない。それ以外の何かこそが……彼女のボトルネックだ)
あと3日で、その真意の奥底にある「本当の願い」を暴けるか。
それが、彼女を正式なパーティーメンバーとして引き込むための必須条件だろう。
「……必ず、溶かしてやるさ、その心の氷を」
俺は夜の闇に消えていくルオンの背中を見つめ、固く拳を握り締めた。