『「三日三晩寝ずに働けないバフ師は無能だ」と追放された俺、前世の敏腕コンサル知識を思い出す。~極悪バフでゾンビ化していた聖女様を引き抜き、世界最強のギルドを設立します~』   作:うずつるぎ

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機能不全の『F』

 ルオンとの日雇い契約、二日目。

 場所はダンジョン第22層。俺たちの前には、鋼鉄の皮膚を持つ巨大な猪型魔物『アイアン・ボア』が立ち塞がっていた。

 

「ティナ、左前方45度から誘い込め。突進の軸をずらせ!」

「はいっ!」

「ルオン、設置完了まであと三秒だ。ボアの右前脚、関節の隙間を狙撃しろ!」

「……指図しないで。もう合わせてるわよ!」

 

 ドォォン! と重低音が響き、バリスタから放たれた杭がボアの脚を正確に打ち抜く。

 体勢を崩した巨体へ、ティナが鮮やかに回り込み、俺が指示した「急所の隙間」へ、ルオンがトドメの一撃を叩き込んだ。

 

「最高の仕事だ」

「ふん。アンタからの労いなんて反吐が出るわ」

「ルオンさん! ありがとうございます!!」

「……」

 

 完璧な効率。まさに理想的な業務執行。

 だが、パーティーの空気は昨日に引き続き、凍りついたままだ。

 ルオンはティナの声には反応すらしない。

 

「あ……うぅ……このままだと……」

 

 稼業を終えて街へと引き返す道中、ティナはなんとか昨日の失態を挽回しようと、重いバリスタを背負って一歩一歩、慎重に歩くルオンへと歩み寄った。

 

「あの、ルオンさん! その、バリスタ重いですよね……? よかったら、街まで私が持ちましょうか?」

「気安く話しかけないで。自分の得物くらい自分で持てるわ」

「ひゃ、ひゃいぃ……!」

 

 ルオンの言葉は、昨日よりもさらに刺々しく、拒絶の色が濃い。

 ティナは今にも泣き出しそうな顔で、白銀のボブカットを揺らして身を縮めた。

 俺はその様子を、少し離れた位置から観察していた。

 

……なぜ彼女はこれほどまでに、不機嫌のか。

 

 彼女はプライドが高いきらいにあるが、俺の指示には一応従う。

 つまり、協調性が皆無というわけではない。

 だが、俺たちと共に歩く時の彼女の顔は、常に何かに堪えるように張り詰めている。

 

「……っ……ぅ……」

 

 今も汗が彼女の細く白い顎へ滴り、その端正な横顔には苦悶の色が滲んでいた。

 

(……そして、あの視線だ)

 

 今日一日、俺はルオンをじっくりと観察した。

 彼女は時折――氷色の瞳を細め、ひどく羨望と嫉妬の混じった、複雑な眼差しでティナを見つめている。

 石造りで覆われ、湿った苔と土の匂いが漂う薄暗い地下のきな臭いダンジョン、蝶のように舞うティナの姿を。

 

 その意味にこそ、彼女の心の氷塊を溶かす鍵があるのだろう。

 

 ♦♦♦

 

「ラルスさん、素晴らしい依頼達成ですね」

 

 冒険者協会へ戻ると、俺は顔なじみの受付嬢、ミリアへ依頼達成の報告をした。

 

 キラー・ビーだけを刈っていたあの頃と違い、大型魔物の依頼を軒並みクリアしている俺たち。

 その光景に、周囲の冒険者たちが目を剥いてざわめきを零している。

 

「おい、ラルスの奴、今度はアイアン・ボアの依頼を達成しやがったぞ」

「それだけじゃねぇ、ゴーレムの討伐もだ。アイツ、ゼノンに追放された無能じゃなかったのか?」

 

 そしてその囁きの中には、普段は聞きなれないものもあった。

 

「おい、あれ……あの藤色の髪。もしかして『紫電の連射手』のルオンか?」

「ああ、間違いない。期待の新人だったのに、急に姿を消したと思ってたが……」

「引退したんじゃなかったのか?」

 

 冒険者たちが指を差して注目する先は、木柱に背を預けて腕を組み、ひどく退屈そうに目を伏せているルオンだ。

 口々に噂を零し合う冒険者のうち、やがて一人がルオンの足元を見て言った。

「だってアイツ、脚が――」

 

 その時だ。

 

「……その先を言うなら、殺すわよ」

 

 ルオンが、氷の刃のような鋭い視線を男たちに向けた。

 

 ドスの効いた、本気の殺気。

 男たちは引き攣った顔で黙り込み、そそくさとその場を離れていく。

 

「……じゃあ、また明日」

 

 俺が声をかける前に、ルオンは背を向け、早々に協会を去っていった。

 

「ルオンさん! 良かったら一緒に夜ごは……あっ、行っちゃいました……」

 

 依頼達成の報酬を受け取っていたティナが振り返ると、既にルオンの姿は協会にない。

 彼女と中々距離を詰められないティナは、力なく肩を落とし、大きな瑠璃色の瞳を悲しげに揺らして項垂れている。

 

「ラルスさん。どうしたらルオンさんと仲良くなれるんでしょうか……」

「あぁ。その方法なら、もう分かったよ」

「へ?」

 

 訳が分からなそうに、白銀のボブカットの隙間から大きな瞳を丸めて俺を見るティナ。

 俺は今しがた抱いた仮説を確かめるべく、翌朝を待った。

 

 ♦♦♦

 

 そして翌朝。

 俺は二人より一足早く協会へ向かい、ごった返す冒険者を改めて【神の眼(コンサルタント・アイ)】で見つめた。

 

(やはり、そうだ……)

 

 周囲の冒険者たちは、どれほど能力値が低くても、最低値は『E』。

 だが、ルオンの『敏捷』は【F】。

 そして先ほど横を通り過ぎた、腕に包帯を巻いた負傷兵の『筋力』もまた【F】だった。

 

 つまり、【F】という数値は単なる「低さ」ではない。

「欠陥」あるいは「機能不全」を意味する異常値だ。

 

 彼女は脚が悪い。

 おそらく、自力で走ることもままならないほどに。

 だからこそ、自由に動き回るティナを羨み、同時に、自分の欠陥を突きつけられるような「気遣い」を、猛毒のように感じて拒絶しているのだろう。

 

「早かったわね」

「お待たせしました、ラルスさん、ルオンさん!」

「よし、行こう」

 

 今日も一日が始まる。

 まずは第24層へ向かい、大型魔物『ミノタウロス』を仕留める。

 

 それを何度か繰り返し、休息時間。

 冷たい石壁に背を預けて座り込むルオンに、俺は静かに切り出した。

 

「ルオン。……君の脚が悪いことに気がついてやれなくて、悪かった」

「……は?」

 

 ルオンの肩が、目に見えて強張った。

 

「だが、これだけは言わせてくれ。君は君の力を、十二分に俺たちの役に立ててくれている。俺にとって、君は決して足手まといなんかじゃない」

 

 俺が手を差し伸べる。

 ティナもようやくルオンの抱えていた苦しみの一端を理解したのか、瑠璃色の瞳を潤ませて何度も頷いた。

 

「そうです、ルオンさん! 私……何も知らずに変なこと言ってごめんなさい。でも、私はルオンさんと一緒にいられて、凄く心強いんです!」

 

 しかしルオンは俺の手を掴まなかった。

 

「…………やめて」

 

 ルオンの薄い桜色の唇が、微かに震える。

 感謝の言葉でも、安堵の溜息でもない。

 彼女は、自分を蝕む劣等感を無理やり蓋しようとするように、鋭くもどこか脆さを孕んだ氷色の眼で俺たちを激しく睨みつけた。

 

「アタシは……アンタらが嫌いなだけよ! 脚なんて関係ない。冒険も仲間も全部嫌い──」

 

 彼女は叫び、背を向けて壁に縋り付こうとした。

 仲間が差し伸べた手から、逃げ出すように。

 

 ――その時だった。

 

 メキ、と不吉な音が響く。

 彼女が背を預けていた壁面の一部が、不自然なほど脆くなっていたのだ。

 

「あ……っ!?」

「ルオン!!」

 

 崩落した壁の向こう側は、底の見えない暗黒の縦穴。

 ルオンの身体は抗う術もなく、闇の深淵へと放り出されていく。

 

「ルオンさんっ!」

 

 ティナの悲鳴が、穴へと吸い込まれていく藤色の髪を追い、どこまでも深く冷たい、静寂に包まれた回廊を響き渡った。

 

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