てんてーのおしごと!   作:神近 舞

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どうも、前エタったバカです。
今度は続けてみせます。


第0局 結理の歩み
第1譜 僕の原点


 

 〔一〕

 

 将棋は僕、天宮 結理(あまみや ゆうり)の生きる理由だ。

 

「40秒…」

 

 それ以外———全て要らない。

 

「50秒、1、2、3」

 

 だって…そうだろう?

 

「4、5、6」

 

 失ったモノは、帰ってこないのだから。

 

「7、8」

「負けました」

「ありがとうございました」

 

 これは、僕の…僕たちのあがいた道の果てに見つけた物語。

 

 

 

 

 

 〔二〕

 

「お父さん、昔は将棋のプロの見習いだったんだ」

 

 3歳の夏、きっかけは、その一言だった。

 

「しょうぎ?」

「そう、将棋」

「しょうぎって、おもしろいの?」

「面白いさ。ほら、見てみなよ」

 

 父がテレビの番組を変える。公共放送杯テレビ将棋トーナメントの映像だった。

 

清滝(きよたき)八段、流石の鋼鉄流です』

神代(かみしろ)竜王・名人の応手も素晴らしいですね』

『この手にはどのような意味があるのでしょうか?』

『そうですね、これは…』

 

 盤と駒の状況、対局者の緊張、解説者の反応、どれも分からないことばかりだった。しかし、このとき分かったのは、父が楽しそうだということと…

 

「しょうぎ…おもしろそう!」

 

 それ以来、僕は父から将棋を教わった。駒の利きや定跡、詰将棋に至るまで幅広く教えてもらい、1年経った頃には父に平手で勝てるようになっていた。

 

「結理には将棋の才能があるかもな!」

「将棋教室に通わせてみましょう!」

 

 地元、京都の子ども将棋教室。僕はそこに通うことになったが、小学生以下しかいないその場所で、僕と対等に渡り合える存在は誰一人としていなかった。平たく言えば、教室に通っている人間全員に圧勝してしまったのだ。

 

「つまらない。おとうさんよりつよいひといないし、もっとつよいひととたいきょくしたい」

「うーん…困ったなぁ…」

「そうねぇ…あっ、そうだ!兄さんを頼るのはどうかしら?」

「先生を?ご多忙の身だろ?」

「大丈夫よ!妹のお願いなら兄さんだって考えてくれるわよ!」

 

 そんな会話から数週間後、あの人に出会った。

 

「その子が雪花(せっか)刀馬(とうま)君の息子か?」

「あまみやゆうりともうします。いつもははがおせわになっております」

「…この子、本当に4歳児やろな?」

 

 髭が似合う壮年の男性、清滝 鋼介(きよたき こうすけ)八段(当時)である。

 

「刀馬君は三段リーグでも上位常連の男やった…そんな男に平手で勝ったと聞いた時は、どんなヤツかと思ったんやが…」

「こっちも全力だったんですが…気付いたら歯が立たなくなりまして…」

「全く情けない…どれ、おじさんが軽く棋力を見てやるわ。何枚落とす?」

「いえ、ひらてで。じぶんがどれだけせんせいにたちむかえるか、たしかめたいです」

「気概だけは一丁前やな。お望み通り平手でやったるわ」

 

 盤に向かう。格上の相手と戦うことに緊張よりも興奮が勝った。

 

『お願いします』

 

 戦型は角換わりで進んだ。清滝八段は「鋼鉄流」の言葉どうり、手厚い防御が特徴の棋風であることは事前に勉強していた。ならば、それを破るために必要なのは、圧倒的な攻め!

 

「…ほう?」

 

 清滝陣に銀、桂、飛車によってわずかな傷を与え、その隙を突いて角を投入!

 

「…やるやないか、坊主」

 

 清滝陣を崩壊に導き、最後は難解な長手数の詰めろに持っていった局面で…

 

「負けました」

「ありがとうございました」

 

 僕の勝利。しかし、清滝八段は手を抜いていたのであろう。感想戦で自分が見えていなかった攻めや受けがあったことを知り「この人を本気にさせたい」と心から誓った。

 

「しかし、4歳でアマ高段者相当の実力があるとは…こりゃあ刀馬君も手こずる訳や」

「あはは…」

「結理と言ったな、坊主」

「はい」

「坊主が望むなら、ワシが将棋を教えたってええが、どうや?」

「よろしくおねがいします」

 

 こうして、僕は清滝八段———師匠の一番弟子となった。

 

「折角なら、ワシの内弟子になって近くで指導してもええが、どうや?」

「結理に任せます。結理、どうしたい?」

「おせわになります、ししょう」

 

 僕はしばらく清滝邸で将棋生活に勤しむようになった。…この日の決断を、僕は一生後悔することになるとも知らずに。

 

「強盗殺人だったんですって?」

「酷いことをするわよねぇ」

「刀馬兄さんの…伊勢から連絡は?」

「一切無いみたいね…」

「私引き取れないわよ?あの子」

「……」

 

 僕の6歳の誕生日のことだった。師匠と師匠の娘さんである桂香(けいか)お姉ちゃん(僕の5、6歳上)と一緒にいつもの日常を過ごしていたときのことだった。

 

『昨夜、京都市の住宅街で、強盗殺人事件がありました。被害者は、天宮 刀馬さんと、その妻である天宮 雪花さんです』

『おとうさん…?おかあさん…?』

『結理!見ちゃアカン!』

『結理くん!』

 

 その悲劇は、テレビ越しに訪れた。父と母が殺された。犯人は未だ逃亡中。その事実は、僕の心を殺すのに十分過ぎた。

 

「結理…辛いときはワシを頼れ。桂香でも良い」

「結理くん、お姉ちゃんがぎゅーしてあげる…」

「…ありがとうございます」

 

 葬式の最中、僕の心中は喪失感で埋め尽くされていた。それと同時に無力感に苛まれていた。僕のことを最後まで憂いてくれた叔母さま方が、師匠に僕を託す。

 

「…天宮家からの答えは沈黙のようです」

「…では、申し訳ありませんが清滝さん、結理くんのことはどうかよろしくお願いします」

「はい、私が責任持って育てます」

「…結理くん」

「…はい」

「お父さんとお母さんに恥じない自分になりなさい。それが私たちからの最後の言葉よ」

「…はい」

 

 葬式が終わり、帰路に着く。

 

「…師匠」

「なんや?」

「…僕は、生き残りたいです。僕には将棋しかありません。だから———」

 

 僕をプロ棋士にしてください。

 

 

 

 

 

 〔三〕

 

 それから1年の月日が経ち、2005年。僕が小学2年生になってしばらく経ったある日のことだった。僕は師匠からある提案を受けることになる。

 

「結理」

「何でしょうか?」

「お前も随分と強くなった。腕試しがしたいやろ?」

「そうですね…いい加減、自分の実力を理解しておきたいです」

「だったら出るか?名人戦」

 

 そう言われて最初に思いついたのは小学生名人戦であった。後にプロになり得る選手が数多く登場する大会であり、腕試しにはうってつけである。

 

「こちらから言おうと思ってました、お願いします」

「おう、良い成績を期待しとるで」

「やるからには優勝を目指します」

「その気概でええ。頑張ってこい」

 

 そう言われたのだが…

 

「これより、アマチュア(・・・・・)名人戦大阪府予選を始めます」

 

 謀ったな師匠!?

 

「それでは、対局を始めてください」

『お願いします』

 

 とにかく抗えるだけ抗う、その気概で臨んだのだが———

 

「負けましたぁ…」

「ありがとうございました」

 

 1月から6月にかけての対局。気付いたら大阪府代表の一人になってしまっていた。小学3年生、8歳(僕は2月生まれ)での県代表は史上最年少とのこと。そりゃそうだ。僕は師匠に抗議の言葉を吐いた。

 

「師匠!騙しましたね!?」

「何のことか分からへんなぁ。ワシはあそこで戦う方が結理の為になると思ったんやがなぁ」

「確かに良い経験になりましたけど!普通小学生に対して『名人戦』と言えば小学生名人戦でしょう!?」

「結理の棋力なら、あのレベルはあんまり相手にならへんわ」

「過大評価では!?」

 

 もう大阪府代表になってしまった以上、やれるだけやるしかない。そう思った。ちなみにアマチュア名人戦の優勝者はプロの棋戦の一つである「盤王(ばんおう)戦」の予選への参加資格が与えられる他、角落ちとは言えプロ棋士の名人位保持者と記念対局ができる、というオマケ付きである。

 

「学校でも話題になっとったやろ?」

「先生方がこぞって『是非自分と一局!』と迫って来ましたよ!躱すの大変だったんですから!」

 

 現状、師匠が保護者になってる関係上、野田の小学校に僕は通っている。野田の教師は将棋好きが多いようで、師匠が保護者と聞くと担任教師が「一局お願いします!」と、僕への家庭訪問そっちのけで師匠と対局する光景を何度も見ている。

 

「…とりあえず、やれるだけやりますよ」

「それでええ。優勝したらワシとも本気で指し合えるかもしれん訳やしな」

「いやいや、それ挑戦者決定トーナメントまで行く前提じゃないですか…師匠、自分がA級棋士だってこと分かってますよね?」

 

 師匠の僕に対する過大評価が尋常じゃない…僕はそう思った。同じ児童の間でも話題になっており…

 

『ゆうりくん!がんばって!』

『おとなたちをたおしちゃえ!』

 

 という感じのテンションなのだ。…期待されてる以上、出来ることはしよう。

 

「結理くん、楽しそう…将棋、もう一度始めようかな…?」

 

 お姉ちゃん?

 

 

 

 

 

 〔四〕

 

「これより、アマチュア名人戦全国大会予選リーグを開催します」

 

 アマチュア名人戦の仕組みはこうだ。まず、都道府県予選を行い、そこで勝ち上がった都道府県代表(原則1名だが東京、大阪等の大都市の代表は複数名になる)と日本将棋連盟支部名人、そして前回のアマチュア名人の計64名にて全国大会が行われる。次に全国大会予選リーグにて64名を16ブロックに分ける(即ち1ブロックは4名)。そこで2勝すれば決勝進出、2敗で脱落となる。最後に全国大会決勝トーナメント出場者の32名でアマチュア名人位を争い、最後まで勝ち上がればアマチュア名人となる。まずは予選リーグで2勝をあげる必要があり、1敗までは許される。その結果…

 

「負けました…」

「ありがとうございました」

 

 2回戦で前アマ名人に負けこそしたものの、1勝1敗同士の3回戦で勝利し、決勝トーナメント進出を決めた。そして、運命の決勝トーナメント…

 

「なんだ、強い奴が相手になると思ったらただのチビじゃねぇか。今回は余裕かもな」

「指してみなければ分かりませんよ?」

「それでは対局を始めてください」

『お願いします』

 

 戦型は先手の矢倉明示に対して僕は…

 

「相矢倉か、王道だな」

「王道故に対策はいくらでもありますがね」

 

 将棋の純文学と謳われる相矢倉の姿勢に向かった。相矢倉は好きだ。単純な研究量の多さと棋力の強さが勝ち負けに作用するのだから。僕は相手の隙を上手く縫うように桂と銀を活用する。そして相手の矢倉を崩壊に導き…

 

「…ありません、負けました」

「ありがとうございました」

 

 僕の勝利。相手が僕を侮ったのが大きな勝因だったかもしれない。

 

「…坊主、さっきはすまなかったな」

「はい?」

「お前はもう立派な棋士だ。存分に戦うといい」

「…元よりそのつもりです」

 

 その後も僕は勝利を重ね続け、遂に決勝の舞台に立つことになった。

 

「君が噂の天才アマチュア小学生か。遂にここまで来てしまったんだね」

 

 決勝戦の相手は夜叉神 天祐(やしゃじん てんすけ)アマ。多くのアマチュア棋戦で好成績を残している強豪だ。

 

「師匠と約束しました。優勝するって。それを成就させる為に邁進した次第です」

「そうか…」

 

 振り駒の結果、僕の先手となった。

 

「それでは対局を始めてください」

『お願いします』

 

 戦型は夜叉神アマの居飛車に対して、僕の升田流向かい飛車となった。これまでの対局で振り飛車を指していない為、対策が難しいだろうと踏み、この戦法を使った。僕は基本的には居飛車党だが、振り飛車が使えない訳でもない。なんなら居飛車振り飛車問わず、好きな戦法はとことん使うタイプだ。

 

「…意外だ。君は居飛車党だと思っていたのだけど」

「居飛車党ですよ?ですが好きな振り飛車ぐらいあったって良いじゃないですか」

「ふふっ、そうだね」

 

 この後お互いに穴熊を作り、僕が4筋から歩と銀で攻撃を始める。無論、7・8筋の飛車角のことも忘れずに戦いに投入し、大規模な戦いが始まる。主導権を握ったのは僕だった。夜叉神アマの穴熊に喰らいつく。金銀を剥ぎ取って玉を晒したタイミングで…

 

「負けました」

「ありがとう…ございました…!」

 

 夜叉神アマ投了。これにて僕はアマチュア名人となった。

 

「天宮アマ名人、おめでとうございます。史上最年少の優勝となりますが、何か意識していたことはありますか?」

「師匠に優勝してくると約束していました。それを成就させることだけを念頭に指してきました」

「そんなお師匠さまに一言どうぞ」

「騙してくれて、ありがとうございました!」

「結理ィ!?」

 

 あっ、師匠いたんだ。

 

「それでは『名人』との記念対局に移ります」

「君が天宮アマ名人だね。私のことは分かるかい?」

「無論存じ上げております。貴方のことを知らない将棋界の人間などいないでしょう」

 

 現在の将棋界の頂点に君臨する男『名人』。彼にはちゃんと本名が存在するのだが、これまでの功績が大きすぎて、名人位を保持していようがいなかろうが「将棋界の名人」としての尊称として『名人』と名付けられた。

 

「それでは対局を始めてください」

『お願いします』

 

 戦型は相中飛車になった。そこで僕は中飛車早繰り銀で進むことにした。

 

「何でも指すんだね、君は」

「使い甲斐のある戦法は何でも。好みはあったりしますが」

 

 そう喋っていると、『名人』から攻撃が飛んだ。少しずつ躱していくが、止まる気配が無い。僕の玉が敵に晒される。逃げ道は…ある。限定合駒になるけど、それを間違えなければ、いける!

 

「これをこうで、こう…!」

「…!」

 

 すぐに『名人』も気付いたのか、攻勢をやめて受けに回る。ここが最後のチャンス!ここで攻め切ったら…!僕は回せる攻め駒を総動員させて『名人』玉を詰ましにかかる。逃げ道を封じ、確実に守り駒を剥ぎ取る。そして…

 

「負けました」

「ありがとう…ございました…!」

 

 全150手。勝利したのは僕だった。角落ちであり、本気でないとは言え、あの『名人』に勝ったのだ。

 

「途中からは全力だったんだけどね。君とは公式戦で戦いたい」

「嬉しいです」

「プロの舞台で待ってる。そこでまた戦おう」

「…!はい!」

 

 今回の対局以上に高揚した対局は無い。…絶対に勝ち上がってみせる。

 

 

 

 

 

 〔五〕

 

「三段リーグ編入試験?」

「せや。結理のアマ名人優勝を受けて、連盟が動こうとしててな。まぁ、編入自体は最速で来年(2006年)の後期リーグからの予定やけどな」

「そうなんですか…」

「奨励会二段を相手に8局で6勝する。3敗したら終了。どうや、やれそうか?」

「…やってみせます」

 

 僕が小学4年生になった2006年5月。三段リーグ編入試験が導入され、僕が最初の試験者になった。このことはニュースにも取り上げられ、日本中が震撼した。結果としては6勝2敗。見事、平成18年度後期三段リーグに編入となった。その頃のことだった。

 

「おねえちゃん———」

「僕はお兄ちゃんです」

「おにいちゃんぶちころす」

「はいはい、言葉ではいくらでも言えるからさっさと指そうねー」

「むぅ」

 

 師匠がスカウトした2人目の弟子、空 銀子(そら ぎんこ)ちゃん(4歳)。白髪で病弱な女の子で、師匠に倒されてから師匠を執拗に狙っていたが、偶々僕が相手をしてからは僕にターゲットを変えてしまった。まぁ、彼女の為を思うと僕が相手になるのが良いのか…?

 

「おにいちゃん!ぼくも!ぼくも!」

「良いよー、二面指しで行こうか」

「やったー!」

 

 師匠がスカウトした3人目の弟子、九頭竜 八一(くずりゅう やいち)君(6歳)。師匠の将棋に惚れ、福井からわざわざやってきた少年だ。才能だけなら僕を軽く超えるんじゃなかろうか…?

 

「あの…結理くん」

「ん?どうしたのお姉ちゃん」

「迷惑かもだけど、後で私にも教えてくれる?」

「勿論。迷惑なんて思っていないさ」

「嬉しい…」

 

 将棋を一度辞めたものの、僕の姿勢を見て再起を決心したらしい桂香お姉ちゃん(14歳)。今は師匠と僕の指導を受けて、メキメキと棋力を上げている。未だに僕を「お姉ちゃん」呼びから解放してくれないのは何故だ…?

 

「結理、明日から三段リーグやが、緊張しとるか?」

「いいえ、全く。それ以上に、どんな強者と戦えるかワクワクしてます」

「その調子なら、特に何も言わなくとも大丈夫やな」

 

 僕は戦う。生きる為に。皆の為に。…両親の為に。

 

「…絶対に生き残る」

 

 そして、僕は三段リーグを16勝2敗で1期抜けし、2007年4月1日を以って、史上最年少の10歳1ヶ月の四段プロ棋士デビューとなった。




制度としての三段リーグ編入試験は実際は2007年度開始なのですが、この世界では結理の活躍で半年早まったということで…。
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