エタらないので許して…許して…
〔一〕
「…負けました」
「ありがとう…ございました…!」
2008年6月19日。僕は帝位戦挑戦者決定リーグ白組を5戦全勝で突破し、紅組優勝者である於鬼頭七段(同じく全勝)と帝位戦挑戦者決定戦を戦っていた。相掛かりで進行した対局だったが、僕の圧倒的な攻勢に於鬼頭陣が耐えきれずに崩壊。104手にて於鬼頭七段の投了となり、僕は史上最年少タイトル挑戦者となった。
「三社連合新聞です。今回の結果によりタイトル初挑戦となりますが、意気込みを教えてください」
「はい。この度は帝位保持者たる『名人』への挑戦権を獲得し、帝位戦七番勝負に挑むにあたり、悔いの無い将棋を指せたら良いな、と思っております。将棋界の歴史に泥を塗ることのないよう、精一杯頑張ります」
清滝邸に帰ったときにはどんちゃん騒ぎであった。
「たった1年で弟子がタイトル挑戦とは…」
「結理くんすごいよ!」
「おね…おにいちゃんがんばれ!」
「めいじんをたおしちゃえ!」
「アハハ…努力の賜物ですよ…」
ちなみに現時点での棋戦成績は以下の通り。
竜王戦:6組優勝により挑戦者決定トーナメント進出
順位戦:C級1組1勝0敗(前期23位)
帝位戦:七番勝負登場
玉座戦:挑戦者決定トーナメント準決勝進出
盤王戦:挑戦者決定トーナメント進出
玉将戦:二次予選進出
棋帝戦:二次予選より参戦
毎朝杯:本戦トーナメントより参戦
星雲戦:本戦ブロック戦決勝進出
公共杯:本戦トーナメント2回戦進出
新鋭戦:本戦トーナメント準々決勝進出
今年度の対局数は現時点で18局。昨年度は10月にやっとこの対局数だったこともあり、ほぼ2倍の対局量となっている。その上で、休日は日本公共放送の「将棋講座」や、地方での将棋普及活動といった盤外での活動が増えてきている。おかげで僕の真の意味での休日はほぼ皆無と言っていいだろう。先程理事会の方に会ったときは、
『天宮六段、遂にタイトル挑戦を決めたようだね。これからも将棋界のために頑張ってくれたまえ』
…と、なんとなくだが「お前を広告塔にするからな」と言われているような気がした。小学6年生をなんだと思っているんだ。そんなことを思っていると、突然我が家のインターホンが鳴る。僕が出てみれば、来客者は月光九段であった。
「月光九段?こんな夜更けにどうされましたか?」
「結理くんか。実は、君に関することで少し話があってね」
「…子どもたちは寝かせた方が良いでしょうか?」
「そうしてくれると助かるな」
僕は銀子ちゃんと八一くんを子ども部屋で寝かせた後に、改めて茶の間にいる月光九段と向き合う。
「月光さん、わざわざこんな所に来てくれてありがとうございます。最近好調のようやないですか」
「清滝くんも最近調子が良いと聞くよ。これも彼のおかげ、ということかな?」
2人は僕の方に視線を向けて言う。僕が2人を刺激している材料になっているということだろうか。
「さて、時に結理くん。タイトル挑戦おめでとう。最近忙しいんじゃないかい?」
「そうですね…。今年に入ってから何かと僕に回ってくる仕事が増えてきたように感じます…。このままだと僕の自由は無くなるんじゃないか、という勢いですね…」
「そうだろうね…君は今の将棋界のスターであると同時にまだ小学生。義務教育は残っているし、君もまだ子どもであり、守られる側の人間だ」
「……」
「清滝さん。貴方は大阪を中心に将棋の普及活動に邁進していらっしゃる。どうでしょうか、結理くんのような若き才能を守るためにも」
「…せやな。結理もそうやが、桂香や銀子、八一もまた、将棋界の希望になり得る存在や。そういった若いモンを守るためにも、ワシらのような大人が動かなければいかんな」
なにやら2人は意見が一致したようで「詳細はまた今度説明します」と言って月光九段は去っていった。僕がこの意味を理解することになるのは約半年後のことであった。
〔二〕
2008年7月11日。京都、平安神宮。第49期帝位戦七番勝負第一局の舞台は、僕の地元である京都が選ばれた。
「『名人』、何か気になることは?」
「いえ、ありません。温度等も特に」
「天宮は?」
「僕もありません」
「ならええ。たまに、えらい注文の多いやつがいるからな」
蔵王九段の問いかけに僕と「名人」は答える。冠位挑戦者たる僕は下座に、冠位保持者たる「名人」は上座に座り、それぞれ対応していく。そして、検分作業が終わり、駒箱に揮毫を書くことに。僕が揮毫として選んだのは———
「ほう。『
「勝つならまずは自分から、と思ってますので」
克己。簡単に言えば、自分に打ち勝つ。負けるときは決まって自分に負けているのだから。一方「名人」の揮毫は
「それじゃあ、前夜祭までしばらく休憩や」
「「お疲れ様です」」
和服は師匠から頂いた。藍色と黒色と白色の三着だ。明日は藍色の着物を着る。今着ているのは学校の制服(ブレザー服)である。意外とこの制服でのニコニコ生放送やテレビ放映が人気らしく、5月末に行われた僕VS帝ヶ原四段の竜王ランキング戦6組決勝戦(僕の勝利)は小学生VS高校生の対局ということもあり、ニコニコ生放送の視聴者数が他のモノよりも数倍あったとのこと。僕はいまや将棋界の有名人。トップ棋士には遠く及ばないものの、将棋界の顔であることに変わりは無い。影響力があることを忘れてはいけない…。
「それでは、第49期帝位戦第一局の前夜祭を始めます!」
前夜祭については師匠や月光九段、生石盤王にひと通り段取りを聞いている。主催者、将棋連盟会長、地域代表者の挨拶が終わり、しばらく経ってから遂に対局者挨拶となる。はじめに挑戦者である僕から。
「皆さま初めまして。ありがたくも今期の帝位挑戦者となりました、天宮 結理と申します。帝位戦に臨むという、これ以上にない名誉を得ると共に、帝位戦、ひいては将棋界の歴史に泥を塗ることのない戦いを、皆さまに魅せたいと思っております。帝位保持者たる『名人』は将棋界の先達であると同時に、私が尊敬する棋士でもあります。その思いを忘れることなく、歴代最高の帝位戦にできるよう、一層奮励努力致します。何卒宜しく御願い致します」
挨拶を終え、割れんばかりの拍手を受ける。次に「名人」の挨拶。
「天宮六段の挑戦を受けることになりました、———です。今期は2度目の帝位5連覇を懸けた戦いでもあると共に、私の将棋人生史上最強の挑戦者が現れたと思っております。天宮六段との公式戦初対局は今から約半年前のことでした。そのときに負けて以来、私は衝撃を受けたような気がしました。自分の二回りも年下の子どもが、私たちと同じ棋士の顔つきになっていたのですから。しかし、私とて棋士です。このタイトルを争う場でおめおめ負けてやるつもりはございません。タイトルホルダーとしての矜持を以って、良い帝位戦にしてみせます。よろしくお願いします」
「名人」の挨拶が終わる。それからスポンサー様や地元の方々へ挨拶回りを行う。細かい所作も師匠から教わっていたため、特に問題無く終わらせることができた。
〔三〕
2008年7月12日。遂に帝位戦第一局が始まる。朝食を済ませた僕は、8時40分に対局場に到着し、下座に座る。それから約10分後に「名人」が到着し、上座に座る。振り駒の結果、奇数局(1・3・5局目)の先手は僕、偶数局(2・4・6局目)の先手は「名人」と決まっている。
「定刻になりましたので、第49期帝位戦第一局を開始致します」
『お願いします』
戦型は「名人」の四間飛車に対して、僕は居飛車穴熊で対抗するカタチとなった。「名人」は僕が穴熊を作れないよう、序盤から僕の陣に対して攻撃を仕掛けたものの、難なく全て潰すことに成功。「名人」は諦めて自分も穴熊を作り、玉の硬さで戦うことに。中盤戦に移行し、乱戦が始まろうとしたところで1日目が終了。封じ手は僕が書くことになった。この時点での持ち時間は、僕が4時間11分、「名人」が4時間7分であった。
「天宮くん、封じ手の書き方は分かるかい?」
「一応、師匠に教わってます。ですが、改めて教えていただけると助かります」
途中、月光九段から封じ手の書き方を教わることがあった。その結果、問題無く封じ手を行うことができた。
「それでは1日目を終了致します」
『ありがとうございました』
こうして1日目が終わり、僕は夕食と入浴を軽く済ませてすぐに床に着くことにした。そして、2日目。先日と同じような時刻で僕と「名人」が対局場に到着。その後、駒並べを終えた後の封じ手は———
「封じ手は、4四角です」
「何…?」
一見するとただの角捨ての一手。しかし、これには仕掛けがあった。「名人」は20分程時間を使って飛車で僕の角を取る。それを待っていた!僕はすかさず、3二の地点に先程取った銀を打つ。
「……?何だコレは…?」
この銀は「名人」の飛車も角も取れない位置である。しかし、これには意味があった。僕の狙いは飛車でも角でもなく桂である。桂を取れれば、僕が見えている詰み筋に誘導することができる…!「名人」の長考の後に指した後、僕は迷いもなく桂を取る。
「2一銀不成…狙いは何だ…?」
「名人」は僕が渡した角を使って攻撃を行う。しかし、その辺も対策済みである。
「飛車切り…だと…?まさか!」
僕は迷わず飛車を切る。そして回収した角と共に———
「そうか…やはり、あの角捨ては…!」
攻撃の開始だ。攻め駒用の銀を使って先陣を切り、角と桂を使って仕留めれば———
「負けました」
「ありがとうございました」
あの角捨てから26手後、「名人」の投了。これで僕の1勝となった。
「この図は…角捨てのところから見えていたのかい?」
「はい…ここからならいける、そう思いまして…」
「…そうか」
「名人」は何かを考えるような素振りを見せ、そこから沈黙してしまった。ここから、僕たちのタイトル戦は激しい戦いを繰り広げることとなった。
〔四〕
それからというものの、僕VS「名人」の帝位戦は一進一退の戦いとなった。
第二局。北海道函館にて。角換わりで進行した本対局は、「名人」の鮮やかな駒捌きにより、僕は負けた。1勝1敗。
第三局。兵庫県城崎にて。僕のダイレクト向かい飛車で進行した本対局は、僕の作戦勝ちで「名人」の陣を崩壊させた結果、僕は勝った。2勝1敗。
第四局。徳島県鳴門にて。横歩取りで進行した本対局は、「名人」のマジックが炸裂し、僕は負けた。2勝2敗。
第五局。福岡県宗像にて。僕のゴキゲン中飛車で進行した本対局は、「名人」の攻撃を躱しきり、僕は勝ち、「名人」をカド番に追い込んだ。3勝2敗。
タイトル戦があっても、他の棋戦は待ってくれない。9月4日。竜王戦挑戦者決定三番勝負第二局。僕は6組優勝から挑戦者決定トーナメントに登場したが、そこから5組優勝者、4組優勝者、1組5位、1組4位、1組優勝者を破り、今回の3組優勝者である碓氷八段と竜王戦への挑戦権を巡って戦っている。第一局は僕が勝ち、ここも勝って挑戦権を獲得したいところである。ちなみに現時点での棋戦成績は以下の通り。
竜王戦:挑戦者決定三番勝負1勝0敗
順位戦:C級1組4勝0敗
帝位戦:七番勝負3勝2敗
玉座戦:挑戦者決定トーナメント準決勝敗退
盤王戦:挑戦者決定トーナメント準々決勝進出
玉将戦:二次予選決勝進出
棋帝戦:二次予選より参戦
毎朝杯:本戦トーナメントより参戦
星雲戦:決勝トーナメント決勝進出
公共杯:本戦トーナメント2回戦進出
新鋭戦:本戦トーナメント決勝三番勝負進出
現時点での対局数は今回の対局を含めて44局。もはや自分がどの棋戦のどの対局に出ているのか把握できていない状況となっている。労働基準法とかどうなっているんだ、全く。
「それでは、対局を初めてください」
『お願いします』
対局は僕の後手番一手損角換わりで進んだ。碓氷八段は振り飛車のスペシャリストである。それ故に振り飛車をさせない、というカタチで対抗する手に出た。相居飛車となり、互いに飛車先を牽制するカタチで膠着。お互い矢倉を構築し、その後僕が攻勢に出る。銀と角による攻撃を成功させ、飛車を投入。碓氷玉は逃げに逃げるものの、僕が上手く誘導して11手詰めを仕掛けた場面で碓氷八段が投了。第21期竜王戦七番勝負の挑戦者は僕、天宮 結理七段(竜王挑戦により昇段)となった。
「読買新聞です。天宮七段、七段昇段及び竜王挑戦おめでとうございます。現在帝位戦と並行するカタチで間宮竜王への対策を講じることとなりますが、何か策はありますか?」
「はい。間宮竜王は将棋界の先達でもあると共に、攻撃の名手と名高い相手です。私は師匠から薫陶を受けた鋼鉄流を以って、手堅い将棋を指していこうかと考えております」
負けられない。…負けたくない。
〔五〕
その後、星雲戦優勝や、新鋭戦優勝に伴う新人王獲得(記念対局におけるタイトルホルダーは協議の結果「名人」になったようだ)等もあったが、帝位戦に関しては、第六局の金沢対局にて痛恨の限定合駒のミス(初めて味わった「名人」の舌打ちは怖かった)により敗北。3勝3敗となり、これでフルセットとなった。第七局は神奈川県秦野にある伝説の旅館にて行われるとのことだ。
「帝位戦もこれで第七局か。『名人』を相手にフルセットになったのも10年以上前の七冠達成以来のことやないか?」
「そうだったでしょうか…?まぁ、自分なりに何とかするだけです」
9月26日。玉将戦二次予選決勝に勝利し、挑戦者決定リーグ進出を決めた日。家で師匠とゆっくり語り合っていた。
「ワシは中々結理と当たらんからなぁ。存分に相手できるわい」
「存外、A級順位戦まで当たらなかったりするかもしれませんね」
「むしろワシが名人になって待ったるわい!」
「それは楽しみですね!是非とも師匠から名人位を奪いたい!」
今年度の名人戦挑戦者は師匠だった。「名人」を相手に存分に戦っていたものの、2勝4敗で敗れてしまった。しかし、第六局は今年度の名局と名高い程の好局であり、師匠と「名人」の素晴らしさを痛感したものだ。
「結理。今回獲れなくてもええねん。チャンスはいくらでも巡ってくる」
「全盛期は明日、ですものね」
「そうや!自分の全盛期は明日や!よく分かっとるやないか!」
師匠の代名詞「オレの全盛期は明日」。これはある意味励ましの言葉であると僕はとっている。例え負けても「今日が全盛期じゃない」と思うことで、安心できるのだ。
「明後日からが決着やな。存分に頑張ってこい!」
「はい!」
9月28日。帝位戦第七局1日目。振り駒の結果、僕の先手となった。相掛かりで進行していき、僕が主導権を握った状態で1日目は終了。封じ手は「名人」が行うこととなった。
「…嫌な天気だな」
外は音で分かるぐらいのドシャ降り。時々雷が降る音が聞こえ、この日はあまり寝付けなかった。そして、雨が降る中で行われる2日目。ここで僕は衝撃を受けることになる。
「封じ手は、7一玉です」
「は…?」
その手は、入玉、ひいては持将棋の準備とも言える手であり、この対局を流そうというものであった。…ふざけるな。そんなことさせるものか!僕は必死に抵抗した。互いに持ち時間が10分を切る。そんなときだった。
「……」
「…そういう…ことか」
「名人」の真の意図は千日手だった。この対局を流し、体力的に不利な僕に持久戦を持ち込もうという作戦だったのだ。千日手の打開策は無く、引き分けに。先後逆にしての指し直しとなるため、今度は「名人」が先手である。その結果———
「…負けました」
「ありがとうございました」
第49期帝位戦は僕の一声で幕を閉じた。
第49期帝位戦七番勝負結果
冠位保持者:「名人」 4勝3敗
冠位挑戦者:天宮 結理七段 3勝4敗
「名人」の防衛(連続5期・通算14期)
僕のタイトル初挑戦は、フルセットの末に敗退という、苦々しい結果で幕を閉じたのだった。
気付けば現実の王位戦が開幕していたり、竜王戦ドリームが起ころうとしていたり…。
時って進むの早いなぁ…