偽典・蓮ノ空女学院スクールアイドルクラブ106期小話 作:マーケン
自分の気持ちを歌にする。
思えばジュニアアイドルをしていた頃は歌詞の意味や曲に込められた想いとか殆ど分からずにただ楽しいから、人が喜んでくれるから歌っていたと思う。
スクールアイドルをはじめて、あの頃とは違って色々と分かるようになってきた。
だけどそれからの私を振り返ってみるとパフォーマンスの中に自分というものが無かったのではないかと思う。もちろん、笑顔が作れない、というダメな点では自分が出ているのだが、全体的に曲を表現する為に自分の身体を使っている、というパフォーマンスだったように思う。
では何故そんなパフォーマンスに至ったのかと自分に問いかけ続け、やはりお客様のことを信じられてないからなのだと確信した。
上手い下手で批評されることは仕方ない。ステージに立つ者ならそれは避けては通れない道だし、ジュニア時代から分かっている。
だが、それとは関係のない悪意。誹謗中傷、罵詈雑言。それを受け流すことは幼い私には余りにも難しかった。
毎日のようにSNSで流れてくる悍ましい言葉。でもそれ以上にショックだったのは相談した大人が誰一人として真剣に取り合ってくれなかったことだ。
こんなのはよくあること。気にするだけ無駄。今ならばその対応に一定の理解は出来るけれども子供だった私には見捨てられたように感じたのだ。
放っておけと言われてる間にも物凄い数の言葉のSNSの海に流され濁流のように自分の元に届く。
それが怖くて笑顔が、かつて天使だなんて過大に言われていた笑顔が作れなくなった。目の前の人がもしかしたら汚い言葉を吐き出している人だったら?その未知の可能性に対する恐怖がいつしか顔に張り付いて剥がれなくなっていた。
その恐怖も成長したことで多少の緩和は出来たと思うけれども結局時間経過によるもので向き合って治したものではない。
スクールアイドルになって向き合うように、なったつもりだったけど、結局目の前の人達から"自分"が見られるのを躊躇って曲の表現者というスタンスに逃げていたのだと思う。
自分で歌詞を書き始めて、口に出してみてようやくそのことに気が付いた。
「気付いていたのかな?」
何故、何故、と根気よく問い掛けてくれて私は自分について考える時間が増えたと思う。
ただ問い掛けは自分の内にするもので、答えがそこにあるものしか見付からないのだ。
そこにないものを探すには一歩踏み出すしかかい。きっとそれに気付いて百生部長は私に歌詞を書かせたのだろう。
「できた!」
今書いている歌詞を歌ってもそれで直ぐに笑顔を作れるなんてことは無いだろう。だけど少なくともパフォーマンスに自分という色が出る。例えそれが笑顔から程遠い感情であってもそれが呼び水になるかもしれない。
どうか開いた箱のその底に希望がありますように。