偽典・蓮ノ空女学院スクールアイドルクラブ106期小話 作:マーケン
106期OPENING!Fes×LIVEまでいよいよ一週間を切った。
ステージ設営の目処は立ち、どのユニットも衣装製作も順調。後はパフォーマンスの完成度をあげるという段階まで来ている。
徒町先輩、セラス先輩(ついでに私)は校舎にあるレッスンルームにて練習していた。
ここは予約制だとかで身体表現系統の部活で取り合いと譲り合いをしているため毎日使えるわけではないそうだ。
「鏡貼りのお部屋ってなんかプロっぽいですね。はじめて入りました」
「徒町もスクールアイドルになってからだったよ。鏡に映る自分の動きに慣れるまで時間掛かったなぁ」
「瑞河にはレッスンルームはなかったから私もはじめての時はテンション上がりましたよ」
蓮ノ空は元のコンセプトからして芸術・文化系の学校だからこそだろう。
「今日はここで自分を見つめなおすぞー。チェストー!」
徒町先輩は力一杯拳を突き上げる。が、その角度が微妙に気に入らなかったのか2チェストしていた。違いが分からない。
私もまた鏡に映る自分の姿が嫌でも目に入る。
自分で切った不格好な前髪。
夕霧綴理さんの柔らかい傾斜の前髪パッツンを期待して切ったそれは理想からは程遠く、鏡で反転していることを考慮せずにやったため傾斜の向きまで逆になっている。
インナーカラーも思った色味が出ずに夕霧綴理さんのそれではなく安養寺姫芽先輩の髪色に近いものになってしまっている。
形すら真似出来ない不器用さを誤魔化すようにカールを作った2本結びしている自分の滑稽さに辟易する。このみっともない姿を見るたびに自分のことを情けなく思ってしまう。
「ねぇ、紫輪さん。ちょっと私と一回振付合わせてくれない?」
「じゃあ私は録画しときますね」
有識者だとかで他の部員を無理矢理納得させた手前からか、徒町先輩は私を振付見本のように起用している。うっかりDOLLCHESTRAの振りを完コピしていることなんて話すべきではなかった。
私は了解の意を込めてセラス先輩と入れ替わりで徒町先輩の横に並ぶと背中合わせに立った。曲はここ連日練習しているものだ。
方向、視野、感情、それを表現する振付が歌詞を物語り、中には体を大きく使うパートもある曲。ピアノを軸にストリングス、ドラム、ギター、とサビに向けて徐々に増えていく音がフラストレーションを爆発させるような、そんな印象を持たせる曲だ。
背中合わせの対になる振付から向かい合い、対面へ、と流れる動きの中で私は驚いた。
徒町先輩のその動きには見覚えがあるからだ。いや、見覚えしかないと言うべきか。
堂々とした凛とした立ち振舞い。正確無比な動き。そして俯瞰した優しさを秘める眼がそれを物語っていた。
村野さやか先輩の動きに他ならないと。
動揺しつつも私はそれに合わせて動く。
寧ろやり易いくらいだ。他ならない、夕霧綴理さんの動きを真似しているのだからハマらない筈がない。
だというのに、なんだろうか?この気持ち悪さは。
正面を向いた時に鏡に映る姿に、正確に動いている筈なのに私には違和感しか感じられなかった。ここに居るのは誰なのだろうかと。この人は何をしたいのだろうかと。
「ねぇ、紫輪さん。紫輪さんはどうして私のお願いに付き合ってくれてるの?」
「どうしたんです?藪から棒に」
曲が終わって息を整えながら徒町先輩は私にそう尋ねた。
「だって好きなDOLLCHESTRAは103期の頃のでしょ?」
仕方ない、といった様子でそう言う徒町先輩の言葉には非難の色はなかった。
「まぁ、そうなんですけど。それよりさっきの動き、なんですかあれ?」
だけど、何故だが私の口調には非難の色が混じっていた。
「紫輪さんの好きなDOLLCHESTRAの動きだけど?」
「でも!そうだけど、なんか・・・」
違う、とは言いたくなかった。それを認めてしまうのは真似をしている自分自身が違うと言っているようなものだから。
「違う、でしょ?」
「それは・・・」
「違うんだよ。幾ら上手くても、綺麗でも、あれは徒町じゃないんだ」
「じゃあ無駄だって、幾ら真似れても意味ないって、そう言うんですか?」
「ううん。そんなこと無い。憧れも理想も、間違いなんかじゃない」
そう徒町先輩はきっぱりと言いきった。その事をずっと前から確信しているかのように。
「でもそれはそれ、これはこれ、なんだよ」
「いったい・・・」
「スクーアイドルは、気持ちを伝える方法なんだ。でも、自分の理想が気持ちを伝える一番って訳じゃないんだよ」
そう言ってまたあの動きで踊る徒町先輩の眼にはまるで眩しいものを見るような、そんな表情をしていた。
「不格好でも、徒町には徒町にしか出来ない伝え方がある。それでありがとうと言われた事が嬉しかったのを覚えてる」
徒町先輩の配信とか見てても決して優秀な人ではないと、少なくとも自分は出来ない子という自認なのだろうと思っていた。けれども、そんな次元で徒町先輩はスクールアイドルをしていないのだ。
「103期のDOLLCHESTRAが好きな紫輪さんは、なんで徒町を手伝ってくれてるの?」
「それはそれ、です」
こうやって第三者目線で見ることでようやく分かった気がする。
一番好きなのは103期だけどつまるところDOLLCHESTRAが好きなのだ。
103期から連綿と受け継ぎ、繋げているDOLLCHESTRAが、例えそれが自分の好きな姿から少しずつ変わっていっても、そこに自分の好きな頃の想いが残っている。それだけで放ってはおけないのだ。
「違っても、好きな気持ちが繋いでくれてるから」
その気持ちの上に築かれたものが無駄である筈がなかった。
「私は、DOLLCHESTRAが好きです。苦しい時に、側にいてくれるってそう思わせてくれたDOLLCHESTRAが好きです」
自分の痛みが世界でたった1人だけのものではないと、孤独ではないと教えてくれた。
真似をしたら力を分けて貰える気がしてちょっと前向きになれた。
DOLLCHESTRAを好きになったから貰えたものが沢山あった。
「私は、そんなDOLLCHESTRAになりたいです」
自分が誰かの何かになれるかなんて分からない。けど、DOLLCHESTRAにしてもらった事を、こんどは誰かにしてあげられたら。そう思わずにはいられないのだ。
鏡を通して見える私の姿は、どこか少し晴れやかだった。
この日、私 紫輪みおんはDOLLCHESTRAへと入った。