五条家夫妻の御活躍   作:全智一皆

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序章 天涯無敗の呪術師

 

■  ■

 ―――失敗作。生まれ落ちたその瞬間から、親から零されたのはそんな言葉だった。

 五条(ごじょう)大悟(だいご)は、呪術界でも長い歴史を持つ三大の術師家系『御三家』の一つである五条家の生まれであり、無限を現実にする、五条家相伝の術式『無下限呪術』を持ってこの世に生を受けた。

 だが、その無下限呪術ははっきり言ってしまえば扱いがあまりにも難しく、常人には決して制御し切れない代物であった。

 呪力によって無限を現実にし、収束と発散を操る術式は、原子を一つずつ把握し、自ら並べるかの如き緻密な呪力操作によって成り立つものである。

 それは『六眼』と呼ばれる、五条家の人間にのみ発現する特殊体質の様なものがある事が前提となる。無下限呪術は六眼があってようやく、マトモに機能させる事が出来る。

 だが、五条大悟は無下限呪術こそ持って生まれたものの、その無下限呪術を扱う為に必要不可欠な六眼には恵まれなかった。

 

「大悟、お前は失敗作だ」

 

 齢にして12歳の子供は、実の父から告げられたその言葉に対して、はいと短く返すだけ。

 目もくれず、顔も崩さず、動きも止めず、ただただひたすらに、身の丈以上の木刀を振るうばかりだった。五条大悟は幼少の頃より、その様な人間であった。

 実の父親から親愛に欠けた言葉を受けて尚、大悟は剣を振り続けていた。その齢にして、大悟は自らが失敗作である事を理解し切っていたからだ。

 平安の時代―――即ち、呪術が最も栄えていた時代において、当時の五条家当主は無下限呪術と六眼を合わせ持っていた。その時こそが五条家の最盛期であり、五条家と対立する禪院家の当主と相打ちになってから幾星霜、無下限と六眼を抱き合わせた術師は誕生しておらず、その実力によって当主は決められた。

 大悟の父は、今の当主だ。無下限は持たず、しかし六眼を持って生まれた術師である大悟の父は、自らと似た境遇となった息子に対して、しかし一切の妥協と容赦を許さなかった。

 

「お前は俺と同じだ。併せ持つべきものを持たずして生まれた俺達は、五条家にとっての失敗作でしかない。分かるな」

「はい」

「お前には決定的に足りないものがある。―――才能だ。俺には才能があった、だから当主になれた。だがお前にはそれが無い。故に妥協は許さん、容赦もせん。才能の無いお前には無下限は扱えん」

「その通りです、父上」

「もはや術式など切って捨てろ。お前に出来るのは、ただ地道な努力を積み重ねるだけだ。六眼を持つ俺に並ぶだけの呪力操作を身に着け、己が技量のみで特級を祓うだけの力を手に入れろ」

「―――はい」

 

 それは、あまりにも無茶な要求だった。己の未熟さをこそ理解すれど、まだ術師というものに対する知識と理解には浅さを残す大悟にしてみれば、それがどれ程に過酷で無茶苦茶なものであるかなど、計り知れなかった。

 六眼は原子レベルの緻密な呪力操作が可能となり、それだけでなく、対象の術式と呪力を視覚情報として明確に認識する事が出来る。努力だけでそこに追い付いたという事例は、過去から現在に至るまで報告されたことはない。

 それは事実上、達成不可能な所業であり、もはや人の身に余る奇跡とさえ呼べる事象に他ならない。だが、大悟の父は淡々とそれを成せと告げ、大悟もまた、無理解ながらに肯定を返した。

 

「……そうか。断言した以上、必ず達成しろ。それが出来なければお前は当主にはなれん。当然、俺にも勝てない」

「分かっています。父上、御相手願えますか」

「良いだろう。殺す気で来い。俺もお前を殺すつもりで戦う」

 

 縁側から立ち上がり、父は構えを取った。子供を相手に目を据わらせ、呼吸を、体勢を整え、殺意を滲ませる。

 対して、大悟はあくまで冷静だった。殺意に動じず、もはや無感情を思わせる様なまでに淡々とした態度を取って、()()()()()()()()

 

 ―――その勝負に、開始の合図は無かった。

 

「遅過ぎる」

「ぉ」

 

 視界が歪んだ後で、衝撃が脳を殴り付けた。

 額に届いた打撃は、呪力によって強化された一撃だった。手加減など存在しない、確実に頭蓋を砕く勢いで振り抜かれた暴力は、大悟の意識を奪い取った。

 術式を展開する必要すらもない。ただ呪力で強化しただけの一撃は、子供の身体で受け止めるにはあまりにも重く、そして鋭いものだった。

 身体は衝撃によって地面へと落下し、受け身など取れる筈もない―――ごん、と、鈍い音と共に伏した。

 

「コレも見切れない様なら、その一生を費やしても俺には届かん。今のお前のやり方ではな」

「………………」

「……これで意識を飛ばすか。いや、狙い所を間違えたのは俺だな。これでは詰めるものも無い」

 

 まるで荷物を抱える様な運び方で大悟を背負い、実父は無造作に自分の息子を縁側へと投げ捨てた。もはや人として扱っているかも危ういその行動に反して、彼の発言は己の行動を省みるものであったのは、何処か矛盾している様にも見えた。

 

「脳に衝撃を与え過ぎたな、これでは暫く意識が戻らん。自分で手間を増やしたのは失態か……いい歳した大人のする事ではないな」

 

 大悟の額に手を伸ばしたかと思えば、白い呪力が彼の頭部を包み込む。

 それは反転術式と呼ばれる、生まれながらに刻まれた術式とは異なる外付けの術式。

 元来、呪力というのは負のエネルギーとされている。人間が持つ恨み、憎しみといった負の感情から生み出されるものだが、この反転術式はその逆だ。

 反転術式は負のエネルギーと負のエネルギーを掛け合わせて、正のエネルギーを生み出す。負のエネルギーが攻撃に転用されるものとするならば、正のエネルギーは治癒に転用される。

 通常の術式とは異なり、反転術式は本来の倍の呪力を消費する上、その仕組みが完全に解明されていない為、使用者は呪術界でも片手に収まる程だ。

 しかもそれを他人に使える者は、もはやこの時代においては一人か二人しか居ない。

 大悟の父は、六眼のみを持つ男だった。だが、その天賦の才はこの時代のどの術師よりも優れ、そして最強に近い実力の持ち主だった。

 

 ―――その筈だった。

 

「―――?」

 

 何かが頬を垂れ、少しずつ視界がソレに染まっていく。

 ―――冷たいソレは、彼にとってもう何度も見慣れ、そして流し慣れないものであった。

 

「な、」

 

 浅い傷は花開く様に拡がり、遂には確かな切り傷として刻み込まれた。

 垂れるだけだった流血は勢いを増し、ボタボタと縁側を汚していく。まるで雨が降った後の水溜まりの様なソレを作り出して、少しずつ失われていった。

 

「―――当てていたのか。見えなかったのは、見切れなかったのは、俺の方だったと」

 

 勝負ですらないそれの先手は、確実に大悟の父が奪っていた。それは絶対的な事実であり、どんなに足掻こうと変えられなかった。

 だが―――その勝利が完璧なものである事は、崩せたのだ。

 額に打撃が直撃する、ほんの僅かな時間。数秒に収まり切るかどうかも怪しい様な、文字通りの刹那―――大悟の抜刀は、父の側頭部へと斬撃を走らせていた。

 

「……なんだ、存外出来るじゃないか。俺の想像よりも、コイツは強くなるやもしれんな」

 

 その表情は、どこか歪なものではあった。

 嬉しい様な、怒っている様な。そんな複雑なもので、傍から見れば気味悪がられる様なものではあった。

 だが―――少なくとも、この呪術の世界においては、間違いなく希少であり、本人にとっても驚くことだった。

 ()()()()()()()―――失敗作である我が子に、そんな事をする筈がないというのに。

 

「少なくとも―――呪いなど、残してやる事はない。そう思えばいいか」

 

 強くなれ、大悟。それが出来なければお前に価値は無い。

 俺を殺せる様に、そして―――いつか産まれる()()に負けぬ程に。

 

 

 

 

 ―――あれから、随分と長い時を経てしまった。五条大悟は、かつての様に庭に立ちながら、そう過去に思い馳せる。

 現代においては『天涯無敗』などという大層な異名で呼ばれる男だが、しかし事実としては幼少期には何度も父に負け越し、学生時代には当時の妻、(わらべ)臾那(ゆな)に叩きのめせされてばかりだった。

 結局のところ、『無敗』なんて大袈裟な称号を得るに相応しい実力など持ち合わせられなかったな……と、独り言の様に呟いて、

 

「まだ緩い」

 

 そう続けて―――一閃。

 風切りと共に、大悟の背後を取って蹴りを叩き込まんとしていた()()()()()の頬に、()()()()()()()()()()()

 

「―――くそっ! なんで分かるんだよ! つか痛ってぇ!」

「斬られたのだから、傷んで当然だろう。しかし、やはりその程度か……頬ごと斬り裂く心算だったんだがな」

 

 勢い余って飛んだ蹴りを躱し、その足首を鷲掴んで容赦なく地面へと叩き付ける。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 かつての大悟であれば、きっと立て直す事は出来なかったであろうそれを、しかし少年は事もなげに成し遂げた。

 両手で地面を掴み、残った足で大悟の顎を的確に剃る。結果として、その反撃は大悟には当たらずではあったものの、少年は体勢を立て直した。

 

 少年―――もとい、()()()。この頃はまだ中学3年生であった。

 

「巫山戯んな、このクソ親父がッ! 自分の息子を殺すつもりか!?」

「頬が裂けた程度で人は死なん。いざとなれば俺が治してやる。…お前が無力であったなら、この様な修行はしなかっただろうがな。だがお前は俺と違って、生まれながらに完成している側だ。ならばその在り方を間違えぬ様、躾なければならん」

 

 息子の悪態に対して、大悟はあっけらかんと返す。

 父にこれといった恨みは無い。寧ろ、そこには感謝の念こそあった。自分が今の領域に至ったのは、他ならぬ父の教育と修練あってこそであり、アレが無ければこんな事は出来なかっただろう。

 自分の息子―――数百年もの時を越えて誕生した、無下限と六眼を抱き合わせた呪術師……五条悟は、失敗作と罵られた大悟とは比べるまでもない『完成系』だった。

 天は二物を与えずとは言うが、五条悟だけは例外だ―――彼は、万物を与えられて生まれ落ちたのだから。

 しかしそれ故に、大悟は『妥協』というものを許さず、また『甘え』という一切を排斥した。

 力を持たずに生まれた者は、それ故に力を欲し、しかして弱者の思考に寄り添う事が出来る。だが、五条悟にはそれが出来ずにいた。

 生まれながらに全てを持ち合わせた者であるが故に、生まれたながらに何もかも持ち合わせない弱者を見下し、自らこそが最上であると信じて疑わない―――それは、大悟にとって最も許し難い、()()()()()()であった。

 

「お前は何もかもを持っている。故に盲目であり無知だ。見通せないのではなく、見通そうとしない。知らないのではなく、知ろうとしない。理解出来ないのではなく、理解しようとしない。寄り添えないのではなく、寄り添おうとしない。才があり、そして強いのは確かに至高だろう。俺としても、それは誇らしい。だが、それだけでは意味が無いのだ。そのままならば―――お前はいつか、必ず足元を掬われる。それだけは断じて許さん」

「そもそも、そんな事有り得ねぇつの。てか、別に俺がどうなろうが、テメェには関係ねぇだろ」

「巫山戯た事を言うな。俺も、臾那(ゆな)も、五条悟(お前)の親だ」

「…? だからなんだよ」

「子を見殺しにする親など、呪術界には数多いが……少なくとも、俺達はそうではない。お前が無下限と六眼の抱き合わせでなくとも、天才ではなく無能であっても、最強ではなく虚弱であっても、大切な息子だ。子が死ぬを望み、見殺す親など―――畜生と比べるも烏滸がましい醜悪よ」

 今日は終いだ、ゆっくり休め―――そう告げて、大悟は縁側から去って行った。

 五条悟は、ただ一人呆けていた。

 五条悟にとって、大悟()はよく分からない人間というのが、ここ数十年を共にして抱いた印象であった。

 いつも仏頂面で何を考えているか分からないし、修行は厳しいし優しくない。だが、時折修行終わりにお茶を入れてくれるし、動きが良ければ褒めもする。

 そして―――五条悟(てんさい)を負かし続けている。

 術式も呪力も全て自分が上の筈なのに、五条悟は未だ一度たりとも大悟に勝てた事はない。傷一つ、付けられていない。

 どんな時も冷静で、表情を動かさない。まるでロボットの様にすら思える程だった。

 

 その大悟が―――あの時だけ。

 

『そもそも、そんな事有り得ねぇつの。てか、別に俺がどうなろうが、テメェには関係ねぇだろ』

 

 そう言われた、あの一瞬だけ。

 

「……なんだよ」

 

 ―――ひどく悲しそうな顔をした。

 それが、五条悟にとってあまりにも衝撃的であり。

 同時に、どこか心が苦しくなる様な、そんな奇妙な感覚を覚えずにはいられなかったのだ。




・五条大悟(強くて優しいパピー)
現代最強の呪術師、五条悟の実父。無下限呪術を持って生まれたものの、無下限呪術を取り扱うのには必須な六眼を持っては来なかった為、父と母から失敗作と罵られながら生きてきた。
これまでに特級案件の仕事を幾つもこなし、その全てを無傷で生還してきた事から『天涯無敗』と呼ばれているが、実際のところは父と妻に負け越している。
戦闘は専ら刀による近接戦であり、術式に関しては『無限』の部分だけ削り捨てて、『呪力による空間への干渉』という機能だけを抽出している。

・五条臾那(優しくて怖いマミー)
五条大悟の妻であり五条悟の実母。呪術とは縁もゆかりも無い一般家庭に生まれながら、『呪言』に限りなく近く、はるかに優れた術式と規格外の呪力を持っていた為に呪術師となった元一般人。
大悟は高専時代の同期であり、ある一件で共闘したのを切っ掛けに交際し、法的に結婚が可能な年齢になってすぐ結ばれた。普段は穏やかだが怒ると怖く、大悟と悟も頭が上がらない。

・五条悟(強くてイケメンな中学生)
皆さんご存知、現代最強の呪術師。その若かりし頃。この時はまだ中学生だった。
この時から蒼を使いこなし、無限も普通に展開出来るが、父である大悟には一度も勝てた試しがなく、また傷も付けられていない。
まだ小さい頃はもっと素直だったが、現在は反抗期の真っ最中。ただ、母である臾那を怒らせるのは怖いのでそこは従順。表向きは生意気な態度を取っているが、自分の父と母が他の呪術師とは全く異なるタイプである事も理解してるし、無意識にそれを嬉しくも思っている。
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