欠落者と愛の徒with全部知ってる三女神   作:散髪どっこいしょ野郎

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欠落者と愛の徒with全部知ってる三女神

「あ……」

 

 

 夜中、突然目が覚めた。ここのところ私は不思議な夢を見ることが多い。

 

 その夢では、いつも誰かが私に呼びかけている。

 

 

「スティルインラブ……聞こえますかスティルインラブ……もうすぐ貴女のトレーナーとなる男の子が中央へやってきます……」

 

 

 日を追うごとに声は鮮明になっていく。目覚めてからもその記憶が残るようになっていた。

 

 

「……私の、トレーナーさん……?」

 

 

 ウマ娘として駆ける以上必然的に関わることになる相手、それがトレーナー。

 

 予言に近いものなのかしら。そうなると声の主は誰なのか。

 

 霧がかかるような感覚。しかし不思議と、悪い気はしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

 

 

 私は三女神。三柱にして一柱の絶対神。この学園の様々なウマ娘を見守っています。しかし最近、私はあるトレーナーくんに気を揉んでいました。

 

 今年の春に着任する彼は、両親の意向で若くしてトレーナー業を強制されるのです。夢を抱かせる余裕すら与えられずに。

 

 加えて、彼は愛を知りません。何もかもが未成熟のまま社会の濁流へ放り出されてしまったのです。

 

 えこひいきはできません。しかしある程度関与することはできます。例えば、たまたま相性の良いトレーナーとウマ娘を出会わせることや、超常的ハプニングを起こして距離を縮めさせることなど。彼女──スティルインラブの枕辺で囁くこともその一つです。結局えこひいきじゃないかって?……そうですね。でも私、神様ですから。

 

 だから私は今日も囁きます。

 

 

「スティルインラブ……貴女の孤独を癒すトレーナーがもうすぐ現れます……その殿方は貴女を幸福へ導いてくれるでしょう……」

 

 

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

 

 

「いただきます」

 

 

 今日も中々気づいてもらえず、料理を注文するまで時間がかかってしまった。これはもう生まれつき仕方の無いことだけれど、私は影が薄い。

 

 加えて、私は食事の速度が遅い。舌で()で、転がしている内にみるみる時間が過ぎていく。

 

 食事に没頭していると周囲の会話が耳に滑り込んでくる。内容はスカウトされたとかどうとか。季節は春。新しいトレーナーの方々が学園にやってくる頃合い。そんな会話も何ら珍しいものではなかった。

 

 ……トレーナー。私の夢の中の声は、私に相応しい方がやってくると仰っていた。その真偽を確かめる術は、走りを見てもらう。それしかない。

 

 けど、私の走りは……醜くはしたない本性が表れてしまう。

 

 怖がらせたく、ない。傷つけたくない。

 

 だから近頃はやむを得ない状況を除いて走るのは夜間のみにしていた。

 

 

「それでさー」

 

「えーヤバー」

 

「ねえねえ、最近アップしたコスメ動画なんだけど──」

 

 

 賑やかな会話は好ましく思う。この感情は憧れにも近い。

 

 もちろん私にも学友はいる。対話は嫌いではない。けれど、立ちこめるような暗さが私の中に巣くっている。自分のはしたない姿をひた隠しにする内に、いつしか自己を発することが苦手になってしまっていた。

 

 

(今日はどこを走ろうかしら……)

 

 

 なるべく街灯が灯っている場所を走らなければ。夜の闇は優しいけれど、足元が見えなくなってしまう。

 

 そんな思索に耽っていると、彼は現れた。

 

 

「相席、いいか」

 

「え?……は、はい。どうぞ」

 

 

 どこか幼さの残る顔つき。背丈は私のやや上。張りのある肌。髪の隙間から見える──暗い瞳。

 

 若い。それが第一印象だった。

 

 

「……」

 

「どうした。嫌ならすぐに立ち去るが」

 

「い、いえ。そういうわけではなく」

 

 

 そういえば、周囲の方々が噂していた。中央にやってくるトレーナーの中に、歴代最年少の男性がいらっしゃると。

 

 この人が、まさにそうだった。

 

 

「どうした。おれの顔になんか付いてるか」

 

「……あ、失礼、しました」

 

 

 思わずまじまじと見てしまった。胸に光るトレーナーバッジが、彼の立場を雄弁に語っている。本当に……この方が。

 

 衝撃が抜けないまま料理に手をつける。賑やかなカフェテリアの話し声も、今の私には届かなかった。

 

 

 

 

 

 

 今となっては何故お声をかけてくださったのかは分からない。ただ一つ確かなことを言うと、その出会いは運命だった。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 とある昼下がり、私は学園のエントランスを歩いていた。私の本性──『あの子』が荒ぶることはなく、平穏で愛おしい(タイクツな)時間を送れている。

 

 ……あの背中は……

 

 

「あの時の、トレーナーさん」

 

「ん……。ああ、食堂の時の。何か用か」

 

「!……覚えていてくださったのですね」

 

「記憶力には自信があるからな。用があるなら少し待ってくれ。ポスター類を貼り直している」

 

 

 学園の掲示板。そこに飾られている貼り紙などを丁寧に直されていた。

 

 

「あの……」

 

「ん」

 

「お困りですか」

 

「気にしないでくれ。すぐに終わる」

 

 

 その背中が、妙に後ろ髪を引いた。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「えー!?スティルちゃん広田(ひろた)トレーナーと話したのー!?」

 

「はい。少しだけ、ですが」

 

 

 『広田(ひろた) (ひろ)』。それが彼のお名前だった。これもあくまで噂だけれど広田トレーナーは私たち中等部二年と同い年らしい。

 

 

「でもあの人暗いよねー。廊下で何度かすれ違ったけど何考えてるのか分かんないし、無愛想だし」

 

「……」

 

 

 周囲の反応は好感触、とは言い難い。それなのに私の思考は徐々に彼で染められていく。

 

 何より印象に残ったのはあの目。全てを手放したような、暗鬱とした様相。

 

 『大丈夫ですか?』そう言いたかった。優しい言葉をかけたかった。と、遅すぎる後悔が胸に過る。

 

 ……次こそ。この学園に在籍している以上関わる機会はある筈。今度こそ、間違えない。

 

 

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

 

 

 私は三女神。三柱にして一柱の絶対神。この学園の様々なウマ娘を見守っています。

 

 広田トレーナーとスティルインラブを出会わせることは成功しました。ファーストコンタクトも概ね良好と言っていいでしょう。

 

 しかし問題はここから。如何にしてスティルインラブの走りを広田広に見せるか。ここで下手を打てば関係そのものが抹消される恐れもあります。

 

 といっても私のできることは限られてきます。走っているところにたまたま鉢合わせさせたりだとか、噂話で興味を引いたりだとか、間接的ではあっても直接的なアプローチはできません。

 

 彼の性格上スティルインラブを拒むことは万に一つもあり得ませんが、両者共に思春期真っ只中。行き違いで心が離れることも、ありえます。

 

 というわけなので、ここは敢えて静観を決め込みます。それに、神様に一から百までお膳立てされた関係というのは、味気ないですからね。

 

 

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

 

 

「あ、トレーナーさん……」

 

「ん、あなたか。最近よく会うな」

 

 

 放課後、夕焼けの元走る皆様方を眺めていると広田トレーナーと遭遇した。

 

 

「あなたは走らないのか?ええっと……」

 

「スティルインラブ、です。ご自由にお呼びください」

 

「分かった。では、スティルインラブ。あなたは走らないのか」

 

「……もう少し、コースが広くなったら」

 

 

 走りたいとは思う。けれども、あんなはしたない姿を見せたくはない。もっと、制御できるようにならないと。

 

 

「なら、待つ」

 

「え?」

 

「走るんだろ。ならその時まで待つ」

 

 

 想定外の言葉に思わずたじろぐ。なにかしらの理由を付けてその場を離れるのは簡単。しかしせっかくのご厚意を無下にできる程己を貫き通すことはできなかった。

 

 

「……私、は……」

 

「どうした。体調が悪いなら保健室まで付き合うぞ」

 

 

 改めてそのお顔を拝見する。ニキビ一つ無い、張りのある綺麗な肌。しかし目だけが暗く濁っている。

 

 ──或いは、この方なら私を受け入れてくれる?

 

 ……戯れ言を。あのような激しさは、到底受け入れられるものではない。期待するのはとっくに止めていた。

 

 ……諦めよう。どの道、選抜レースで思い知ることになる。私も、貴方も。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「じゃ、開始の号令はおれがかける。あなたたちは自由に走ってくれ」

 

「……アルヴ、さん」

 

「何?」

 

「……いえ」

 

 

 夜。走者の影が疎らになる時間帯だというのに、アルヴさん──アドマイヤグルーヴさんは走り込んでいた。

 

 結果、模擬レースを一戦交えることに。

 

 アルヴさんは強い。紛れもない強者。だから、だから、ワタシは──

 

 

「ああ……美味しそう……」

 

「……アドマイヤグルーヴ、これは」

 

「スティルさんにはよくあることです。それより始めましょう。時間は限られているから」

 

 

 そうよね。貴方も、ワタシを知ってしまえば……

 

 ……?

 

 何故か分からない。分からないけど、特にこのトレーナーさんにはこの醜さを見せたくなかった。

 

 でも、もうすぐレースが始まる。至高の、甘美な時間。

 

 

「位置について──」

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「うふフフフ……!これよぉっ、これを待っテいたのォッ!」

 

 

 ダメ、なのに……。

 

 

「あははハハははははハァッ!」

 

「ふっ──!」

 

 

 歓喜のまま躍動する。大地を削り穿つ。今この瞬間、ワタシに純なるレースの快楽が注ぎ込まれる。

 

 ええ、そうね。張り合える相手がいないとツマラナイもの。貴方は、最高の餌!

 

 ダメ、なのに……!

 

 

「ゴール。お疲れ、二人とも」

 

「はぁ……はぁ……次こそ、勝つ……!」

 

「ふふ、ふふふふふ……!」

 

 

 悦楽に口元が歪む。私が戻ってくるのを感じながら、ワタシは目を閉じた。そして、開く。

 

 

「……あ、アルヴ、さん。トレーナーさん……」

 

「お疲れ。いいレースだった」

 

「それじゃ、私はもう上がるから」

 

「ああ。ありがとうアドマイヤグルーヴ」

 

 

 立ち去るアルヴさん。私を見つめるトレーナーさん。両者の意識が酷く刺さる。

 

 失望させてしまった。そんな罪悪感が背中に這い寄る。やっぱり、私と共に歩んでくださる方はいな──

 

 

「あなたのことはよく分かった。おれと契約してくれないか」

 

「……え?」

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「私には、幼い頃から強者を喰らい尽くそうとする『あの子』……本能がありました」

 

「ああ」

 

「その影響で共に走ってくださった方にご迷惑をおかけしてしまったことも多々あります」

 

「ああ」

 

 

 静かに、けれど確かに私の一言一言に耳をかたむけるトレーナーさん。私の、あんな走りの何がそこまで……

 

 

「あなたの走りは凄まじい。世代の頂点も狙える」

 

「……」

 

「あなたの本能が見せた今の走りも、葛藤する『理性』のあなたも、あなたが強いことの証明だ」

 

「し、しかし!私はあの子を飼い慣らすことができず」

 

「そうやって悩めること自体が強さだ。それに、あなたの本性を醜いだなんて、おれは思わない」

 

「…………」

 

「だからおれは、あなたが、あなたの本性を愛せるようになるまで傍にいる。それまでおれが孤独にはさせない」

 

「……!」

 

「スティルインラブ……貴女の孤独を癒すトレーナーがもうすぐ現れます……その殿方は貴女を幸福へ導いてくれるでしょう……」

 

「きっと、ご迷惑をおかけします」

 

「ああ」

 

「制御しきれないことがあります」

 

「ああ」

 

「それでも、私と共に歩んでくださいますか?」

 

「元よりそのつもりだ。これからよろしく頼む、スティルインラブ」

 

 

 化け物。醜い本性。そんな私を愛せる日まで、導いてくれる人。

 

 きっとそれこそ、運命と呼ぶのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

 

 

 おれは広田広。それ以上でもそれ以下でもない。

 

 目標は決まった。スティルインラブを導く。それだけがおれの存在意義だ。

 

 一つ、身の上話をしよう。

 

 

『おとーさん、数学できた!』

 

 

 両親は教育熱心で、分からないことだらけのおれに色々と教えてくれた。光の屈折、バ場状態に於けるウマ娘の走行傾向、トンボの生態。

 

 

『おっ、よくできたな~、流石俺の息子!』

 

『その調子よ広!ご褒美にネギ焼き作ってあげる!』

 

 

 おれはネギが嫌いだが、喜ぶ両親を見ながら食えば美味いような気さえした。

 

 勉強ができると、両親は喜んでくれた。

 

 

『あんたを産んだ理由はトレーナーにさせるためなんだからね』

 

 

 親がそう言うならそういうことなのだろう。おれは納得した。

 

 おれは両親の想定より遥かに才能があったらしく、小学校に上がる頃には高校課程を修めていた。

 

 故に、のしかかる期待はこちらのキャパシティを遥かに超えていて。

 

 『この子なら中央のトレーナーになれる』。そう踏んだ両親から友好関係を切り落とされ、勉強だけを強いられた。

 

 いくら両親が喜んでくれるとはいえ、おれは勉強よりも友達と虫取りをしたりゲームをしたり、普通に生を謳歌したかった。けど教育に不要なものは何一つ与えられなかった。

 

 

『ね、ねえおとーさん、おかーさん。おれ、友達の家に遊びに行きたいんだけど──』

 

 

 おれがそう言った後の両親の表情は生涯忘れることはないだろう。

 

 おれの微かな反骨心は、暴力という形で排他された。

 

 児童相談所に駆け込むことも考えなくはなかった。けど、おれは愚かにも『どこかでおれのことを愛してくれているのではないか』などと、淡い期待を募らせていた。それが今日まで判断を鈍らせた。

 

 

『父さん、母さん、行ってきます』

 

『おう!稼いでこいよ!』

 

『ちゃんと実績積むのよー』

 

 

 おれはきっと、トレーナーになるために両親が作った道具なのだろう。

 

 道具に感情は要らない。そう諦めてから、世界が歪まなくなった。

 

 どんな名レースを見ても心は動かない。泣くとか笑うとか、そういう類いのものは捨ててしまった。

 

 おれの取った行動は少々リスキーだ。

 

 時には彼女の本能を抑え込む役割も与えられるだろう。多少才能は劣っていても楽な相手を選ぶ方が合理的だ。

 

 それでもおれは、人として正しい道を選ぶ。孤独に悩んでいるウマ娘がいるなら、それを導くのがトレーナーの責務だから。だからおれはスティルインラブが自身を愛せるようになるまで支える。それがトレーナーらしいことだから。

 

 スティルインラブの云う『あの子』に対してはどうとも思わない。『そういうことか』という納得しか生まれなかった。

 

 それでも目標は決まった。スティルインラブを導く。それだけがおれの存在意義だ。この命は、今、彼女のためだけにある。

 

 

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