欠落者と愛の徒with全部知ってる三女神 作:散髪どっこいしょ野郎
私は三女神。三柱にして一柱の絶対神。この学園の様々なウマ娘を見守っています。
祝、広田トレーナー&スティルインラブの契約完了!パチパチパチ。
一時はどうなることやらと考えましたが、無事契約が成立しました。喜ばしいことです。
さて、早速一つ問題点があります。それは、広田くんが淡白すぎて交流の輪が広がらないという点です。しかし救いの手も確かに存在しています。
桐生院葵トレーナー。年齢差はありますが同期の彼女とならそれなりにコミュニケーションを築けるのではないでしょうか。
あまり過干渉しては彼らが育たないので、ここはゆっくり見守っていこうと思います。中々歯がゆいですが我慢我慢。
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「あっ、広田トレーナー!」
「ん。どうかしましたか桐生院さん」
トレーナー試験、それも中央に受かるには確かな才能が欠かせない。某難関大学の入試並みに難しいとされる職業に受かった数少ない同期が彼女、桐生院葵トレーナーだった。
「担当、見つかったんですね!おめでとうございます!」
「ああ……ありがとうございます」
桐生院さんは既に担当と契約を結んでいる。名前はハッピーミーク。
「ハッピーミークとはどうですか」
「……!最近あの子が何が好きなのか分かってきたんです!会話はあまり弾みませんが、一歩前進しました!」
「そうですか」
仲が進展するのは良いことだ。おれもかくあるべきなのだろう。
「それでは、おれはスティルインラブのことを見なくてはいけないので、これで。お互い頑張りましょう」
「はい。……あの」
「はい、なんですか」
「……いざとなったら頼ってください。私なんかが力になれるかは分かりませんが……独りでできることには限界がありますから」
「ご忠告、痛み入ります。それでは」
薄々予想はしていたことだが、おれは色んなトレーナーに気遣われている。まあそれもそうか。本来なら中学二年生の若輩。見ていて危なっかしい部分が目立つ年だ。
再三再四確認したことだが、おれは道具だ。しかし手入れを施す時も来る。
両親の支配から(仮初めの形であるが)逃れられている今が、一番息がしやすい。手入れにそこまで消耗することはない筈だ。
話は打って変わってスティルインラブ。彼女は強い。限りない才能がある。本人は拒絶反応を示しているが『本能』の放つ衝撃は観客をも魅了しうる。それらを活かすためにも、おれは自己研鑽を重ねなければならない。しかし無理をして体調を崩しては本末転倒。
最低限の労力で最大限の成果を。それが栄養の行き届いている育成だ。
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「それでは今日はここまでにしよう。よく頑張ってくれた、スティルインラブ」
「はい」
トレーナーさんと契約してから、不思議な夢は見なくなった。あの言葉を信じるなら、この人が私の孤独を癒してくれるということになる。
事実、それは的中していた。秘すべき、はしたない姿を、この人だけは受け入れてくださる。
「このタイムなら残る課題は体力か……。しなやかな走りに適合するトレーニングは……」
顎に手をかけ、思案しているご様子のトレーナーさん。相席したあの時から、その背中が妙に私の気を引く。
ポスターを貼り直していた背中。仕事人の背中。私だけのために尽力くださる、そのお姿。
その中でも最たる観念が一つ。
この人は、本来過ごすべきだった私たちのような学生時代を追い抜き去って
過ぎた思考。私が安易に踏み入れていい問題ではない。それでも考えてしまう。
貴方は、本当に心から望んでここにいるの?ご学友との戯れを経験したことはあるの?夏空の下汗を流す体験は?
はしたないとか醜い以前に、失礼。そう分かってはいても止められなかった。
──知りたい。貴方のことを、もっと分かりたい。その瞳に輝きを残したい。
過ぎた世話。余計な一匙。それでも、私は貴方を理解することを止めたくない。
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「甘味は、お好きですか」
「頭を使うと欲しくなるな」
ある日。トレーナー室でメディカルチェック兼トレーニングプランの練り直しをしているとそんな問いを投げかけられた。
好きな食べ物は自分でもよく分からない。ただ一つ言えるのは、ネギが苦手ということ。
だから返答もそれらしい言葉を選んだ。事実、疲れた脳には糖分がよく染みる。
「カップケーキを焼きました。どうぞ、お召し上がりください」
「いいのか。おれが食べても」
「そのために作ってきましたから」
手に取り、囓る。甘い。バターとシナモンの香りが次の一口を誘う。
「……いいな。これは。好きな味だ」
「!そうですか……。……よかった」
懐かしい。何かを好ましく思う感覚は、こうだったな。
以降、スティルインラブは度々甘味を持ってくるようになった。その厚意に応えてやれる優しさなんて、おれにはもう残っていないのに。
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「懇親会?」
「はい。新人トレーナーとベテラン勢の仲を深めるとのことで」
桐生院さんから持ちかけられた話は近々行われる、いわゆる飲み会だった。
おれは未成年なため飲酒は不可能だが、各トレーナーと話をできるなら参加するのもやぶさかでない。スティルインラブの指導に活かせるかもしれないから。
「行きます」
「分かりました。では、私から伝えておきますね」
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「「「「乾杯!」」」」
懇親会当日。賑やかな居酒屋の一席に、おれは腰掛けていた。当然ながら酒は飲めないため一人だけコーラだが。
出席メンバーには数多くのウマ娘を育てた熟練のトレーナーからチームを受け持つ中堅まで幅広くいた。新人勢は桐生院さんとおれぐらいだったため、会話の中心は自然とおれたちになっていた。
「えーっと、広田くん、だっけ?君はどうしてトレーナーになったの?」
親の意向で、などとバカ正直に答えるつもりは無い。しかしおれには″熱″が無い。下手な嘘はすぐにバレる。
「なれそうだと思ったので」
嘘は言っていない。だがつまらない回答だ。質問者を困らせてしまった。
「え、えーっと、桐生院さんは確か名門出だったよね?」
「は、はい。幼い頃からウマ娘のレースを見てきたので──」
何かを察したのか、おれに話が振られる事態は減っていった。悪印象を残してしまっただろうか。せめてスティルインラブのためになれる何かを得て帰りたい。
そんなこんなで酒は進み、周囲の頬が上気していく。
「皆さんの好きなレースは何ですか?僕は──」
そこで始まった、お気に入りレース発表会。トレーナーを志した理由になった走り、心に深く根ざした疾走等々、熱い思いを各々が吐き出していた。
「広田くんの好きなレースは何なの?」
視線がおれに集中する。残り少ないコーラを飲み干し、憮然と答えた。
「すみません。好きなものとか、そういうの分からなくて」
「そ、そっかー。え、えっとアタシは──」
気遣わせてしまった。申し訳なく思うが、生憎これがおれだ。
「……」
……ああでも。そうだな。あのカップケーキは、好きと言っていいかもしれない。
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薄紙を剥ぐように、少しずつトレーナーさんのことが分かってきた。
いつも凪いでいる彼は糖分を摂取すると少しだけ雰囲気を緩める。
日常会話でも、私が笑うと視線の圧が若干弱まる。走っている際に感じる威圧感が笑っている間だけ薄く霧散していく。
語り、走り、示す。それができることがどれだけありがたいか。
「はっ、はっ、はっ」
駆ける。息を吸う。何千回と繰り返してきた『走る』という行為。
当たり前ではない。こんなに恵まれた環境で、私の醜さや激しさを受け入れてくれる貴方がいて。
それに応えるためにも、私は死力を尽くす。
「よし。タイムは良好だ」
「はぁっ、はぁっ……ふぅ……本日もありがとうございました」
──ふと生じた疑問。
「トレーナー、さん……」
「なんだ」
どうして貴方は、私の走りを見たいと言ってくれたの?
仮に私より遅くとも、私より手綱を握りやすく指導しやすいウマ娘は山ほどいる。その中から、どうして私を選んでくれた?
「……どうして、私だったのですか」
「それはどういう意味でだ」
「だっ、て……私以外にもウマ娘はたくさんいるのに……」
「ん……ああ、そういう意味か。……どうしてだろうな」
「え?」
「あなたがどんなウマ娘か、おれは知らなかった。アドマイヤグルーヴと模擬レースをしたあの夜も、本来なら待つつもりは無かった」
「な、なら……」
「分からないな。もっと遡ると、あなたと食事の席を一緒にした理由も不明だ。いや、あれはたまたまあなたの前しか空いてなかったからだが……むしろおれが教えてほしいくらいだ」
大きくなる疑問。思い出されるのは、あの夢の言葉。
「ただハッキリしていることが一つある」
「?それは一体……」
「あなたの走りは、きっと素晴らしい。レースの善し悪しはおれには分からないが、トレーナーとして見たときに最も美しく形を残すであろうレースがあなたの走りだった。……ああ、そうか、そういうことか。自分で言って納得した」
「────」
恥じもせず真っ向から放たれたその言葉は、私を赤面させるに十分すぎる程の威力が込められていた。
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私は三女神。三柱にして一柱の絶対神。この学園の様々なウマ娘を見守っています。
広田くんとスティルインラブの仲は程よく進行しているようで何よりです。特にお菓子を作ってくるようになったのが大きなポイントですね。
しかし、お互いまだ踏み込みきれていない部分があります。
広田トレーナーは消極的で、スティルインラブは奥手。これでは三年間の内に最高の形に仕上げることは難しいかもしれません。
なにかしらイベントを起こす必要があるのでしょうか……。それでもできるだけ彼らだけの力で仲を深めてほしいところです。
……いや。そこまで大々的でなければあわよくば……?
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「たづなさん、なにか仕事はありませんか」
「む、いけませんよトレーナーさん。あなたにはもう担当ウマ娘がいるんです。その労力はスティルさんに割いてあげてください」
スティルインラブと契約していなかった頃は心おきなく雑務に身を置くことができた。仕事をしていればあの痛みも忘れられた。
だが、担当ウマ娘がいることで前ほど自由に動けなくなってしまった。これは盲点だな。
「しかし教員の方が風邪で休んでいると聞き及んでおります。回り回ってスティルインラブのためになるかと」
「……ふー、トレーナーさんも引きませんね……。でしたら、こうしてみてはいかがでしょう」
たづなさんから提案された折衷案。これは……
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「すまない。あなたに手伝わせてしまった」
「いえ、私にも委員会の活動があるので」
各教室の備品補充やイベントの補助。それらの仕事をスティルインラブと共にこなすことになった。
彼女にはのびのびと走ってもらいたいと願う方がトレーナーとして正しい望みなのかもしれない。少なくともこんな面倒事に忙殺させるのは忍びなかった。
「後はイベント用の飾りを用意して……よし、終わりだな」
「ありがとうございました、トレーナーさん」
「ああ。あなたもよく手伝ってくれた」
全ての業務を終える頃には日が暮れていた。本来であれば午前授業で終わらせる筈が、ここまで付き合わせてしまった。
「何か奢りたい。もう少しだけ付き合ってくれるか」
「!……貴方からのお誘いとあれば、喜んで」
仕事を終わらせたその足で向かった先は商店街。夕飯が控えているためそこまで量のあるものはやれないが、コロッケなどの一品ものなら栄養的にも問題は無いと踏んだ。
「あ、肉まん……」
「ん、食うか」
「……では、いただきます」
肉まんを二つ購入。二つともやってもよかったが、味を分け合う方が人間らしいと思いおれも食べることにした。
「中熱いぞ、気をつけろ」
「はふ、はふっ……ふふ、熱いですね。でも、美味しいです。とても」
「……」
スティルインラブが笑う。それを見ているとどうも……調子を乱される。かつて経験したことがない感覚だ。
「……熱いな」
「はい。そうですね」
そうじゃない。そうじゃないんだ。そう言いたかったが、なんとなく言葉に出すのは躊躇われた。おれは何かおかしいのだろうか。