欠落者と愛の徒with全部知ってる三女神 作:散髪どっこいしょ野郎
『一着はスティルインラブ!圧倒的な走りです!』
「……」
揃えたデータが彼女の強さを証明する。故にこの結末も、予想通りのものだった。
メイクデビューとはいえ大差をつけて勝ったことは間違いない。むしろメイクデビューだからこそこの勝利は大きかった。
「あ……トレーナーさん……」
地下バ場へ迎えに行くとスティルインラブはどこか呆けているような様子だった。レースの最中、遠目に見ても本能が発現していることは分かっていた。その反動なのか。
「よく勝ってくれた。次に進もう」
「……はい。ここから、始まるのですね」
▫▫▫▫▫
「はぁっ──!」
「……強いな」
夜。コースを駆け抜けていく彼女を見ていると思わずひとりごとがこぼれた。
圧倒的。メイクデビューの実況の通り、彼女の走りはあまりにも強烈だった。
……スピードは合格点。後は補助知識や技能を伸ばしていった方がいいな。
「はぁっ、はぁっ、終わり、ました」
「よし。少し体を冷やそう」
人間に於いてもそうだが、特にウマ娘の熱中症は下手を打てば致命傷になり得る。特に夏場ともなればその危険性はぐんと増す。
シャワールームに送ってから、嘆息する。右手には両親からのメッセージが届けられている携帯端末。
本当に億劫なことだが、おれは両親に定期連絡を強いられている。あの二人が求めているのはおれの出した『結果』であり、おれではない。
「……今さら、欲しいものなんか無いか」
心は
▫▫▫▫▫
「トレーナーさん、入ってもよろしいでしょうか」
「ん。好きに入ってくれ」
今日の仕事はもう終えている。スティルインラブをトレーナー室に迎える余裕は十分あった。
「失礼します」
「どうした。何かハプニングでもあったか」
「小説は、お好きですか」
「……」
そういえば彼女は歴史小説を好んでいた。しかしおれは娯楽目的で書に目を通したことはない。無い、筈が。
「……何かを好きになる、というのが、よく分からない」
「……分かりました。よかったら、数冊この部屋に置かせていただきたいのですが……大丈夫ですか」
「それぐらいなら構わない」
「……よかった。お手空きの際、読んでみてくださっても構いませんから」
「スティルインラブ」
「はい。なんでしょう」
「オススメはあるか」
「!……でしたら、これを」
彼女から一冊の小説を受け取る。それがおれとスティルインラブを繋ぐ唯一の『形』だった。
▫▫▫▫▫
私は三女神。三柱にして一柱の絶対神。この学園の様々なウマ娘を見守っています。
彼らは無事メイクデビューを終えました。このまま行けばトリプルティアラも夢ではないでしょう。
広田広。彼には悲しい程に才能がありました。スティルインラブの素質も合わさり、今やライバルを遥かに凌駕するレベルの実力を兼ね備えています。
しかし、彼には足りないものが多すぎます。両親からの愛情、他者と育む友情、親愛、エトセトラ、エトセトラ……。
その欠けをスティルインラブが埋めてくれればいいのですが……彼女もまた危うさを孕んでいます。
願わくは、割れ鍋に綴じ蓋コンビとなってくれるように。私はそう祈ることしかできません。……いや、そうでもないですね。
▫▫▫▫▫
何故かしら。彼を一つずつ知る度に、私の中で彼の存在が大きく膨れ上がっていく。これはまるで、底無し沼に踏み入れたような。
……事実、それは正しいのかもしれない。
貴方の暗い瞳に輝きを残したい。貴方をもっと知りたい。その一心で走り、語り、尽くす毎日。
そして私の″それ″以上に、トレーナーさんはご尽力くださる。それが仕事だからと言われればそれまで。しかし一つ確信がある。
彼は、完全な『無』ではない。
微かな揺らぎ。私と接するごとに、湖面の一滴程の小さなものであったとしても、震えが生じる。
──いつか、心からの笑顔を見せてくれたら。それが私の、切なる願いだった。
▫▫▫▫▫
「ここのステップが難しくて……。何かアドバイスはありませんか?」
「ああ、そこか。ならおれが手本を見せよう」
この学園にはなんでもある。VRシミュレータからダンスレッスン用の教室まで、ウマ娘を育てるための全てが揃っていた。
ウマ娘は走ることに重きを置いているが、ウイニングライブを十全に行ってこそ、という風潮があるため否応なしにライブパフォーマンスを磨かされる。
こんな時のためにおれは両親からダンス技術を仕込まれていた。スティルインラブの糧となるのなら喜ぶべきなのだろうが、内心複雑なのは否めない。
「ふっ、ほっ、と……とまあ、こんな感じだ」
「なるほど……ありがとうございます」
スティルインラブはごくごく真面目で淑やかな女性だ。本能という異常性も、見方を変えれば美徳になる。
おれには何も無い。照りつけるような痛み。がらんどうの穴。それがおれだ。
……それなのに、何故だろう。
スティルインラブと出会ってから、彼女との記憶だけが脳内を占める。虐待の痛みが、彼女といる間だけ和らぐ。こんな感情は初めてだ。
忘れるな。おれは道具だ。何か高望みする欲求は、思春期と一緒に殺された筈だ。
▫▫▫▫▫
「というわけで、今年から本格的にレース界へ身を投じていくことになる。覚悟は早い内に決めてくれ」
「かしこまりました」
クラシック戦線が開幕。ジュニア期は溜めの時間にしていたが、ここから目まぐるしくレースに出走することとなる。
目下の目標は桜花賞。……の前の、チューリップ賞。
▫▫▫▫▫
私は三女神。三柱にして一柱の絶対神。この学園の様々なウマ娘を見守っています。
兆しは見えています。広田トレーナーとスティルインラブの内に、熱が生じているのは確かです。
しかし中々にじれったい!二人とももっと振り切っていいのに!
というわけなので、イベントに巻き込むことにします。これでもっと距離が縮まればいいのですが……。
▫▫▫▫▫
「おれとあなたがリーニュ・ドロワットに?」
「はい。トレーナーさんがよかったら」
チューリップ賞を一着に終え、桜花賞に向けて追い込むとなった時期にその提案が飛び込んできた。
おれの記憶が正しければ、リーニュ・ドロワット──通称ドロワは生徒たちが活動するダンスイベントの筈だが、何故おれと?
「確かにおれはあなたと同年齢だけど、トレーナーが参加してもいいのか?」
「シンボリルドルフさんから言伝に、貴方と参加してもよろしいと伺いましたので」
同年代のトレーナーということで物珍しいものを見る目で見られることはよくあったが、あのシンボリルドルフが打診するとは……一体何が目的だ……?まあ、なんにせよおれの返答は一つだ。
「……分かった。それがあなたの望みなら」
▫▫▫▫▫
少し、わがままが過ぎたかしら……。ただでさえ忙しいトレーナーさんを、生徒間のイベントに参加させるなんて。
それでも、決めたからには揺るがない。青春の芳香が、貴方に光を届けられるように。
「一、二、三……」
「一、二、三……」
私にご教示くださるだけあって、トレーナーさんは足取りから指先の表現まで卓越した技術を備えていた。恐らく初であろうペアによるエキシビションダンスも悠々とこなしている。
「大分形になってきたな」
「そうですね。……トレーナーさん」
「ん」
「……ご迷惑、でしたか?急なお誘いをしてしまって……」
「毎日の仕事は余裕を持って終わらせられてるし体を動かせる機会だから迷惑だなんてことはない。嫌だったら最初から断っている」
……ああ。瞳は相変わらず曇っている。
私はいつも貰うばかりで、貴方に何も、与えられない。
お菓子を作ることも、小説を持っていくことも、ただの自己満足でしかないのかも。そんな懸念が罪悪感になって残る。
「スティルインラブ」
「!は、はい……」
ダンスパートナー、″デート″の視線がこちらを射貫く。身構える私に浴びせられた言葉は予想だにしないもので──
「自分でもよく分からないのだが……あなたと踊ると、体が熱くなる。運動による発汗作用かとも考えたが、その割には消耗が少ない。これは何なんだ」
「……ええっと……」
思わず言葉に詰まる。それは、つまり……この人は、私に……
「……すみません。私も、よく分かりません」
「そうか。それはさておき、もう少し練習しときたいんだが、体は動くか?」
「ご所望とあれば」
……そうなのね。私は、もう、この人に……。
「一、二……」
「一、二……」
愛おしい時間が過ぎていく。私の懸想を昂らせながら。
▫▫▫▫▫
「それじゃ、始めるか。練習通りに行こう」
「はい。……失礼します」
本番当日。貴方の手を取る。鼓動が高鳴るのを感じながら、熱に身を任せた。
▫▫▫▫▫
『舞い落ちる花のような美しさだった』と、おれたちのダンスを見た者は評価していた。
存在感が薄いスティルインラブも公の場に出れば自然と視線が集まる。緊張していないかという不安をはねのけるように、懸命に体を動かしていた。
結果、ベストデートの称号を獲得。喜びに微笑む彼女の表情が、網膜を焼いた。
……なんだこの、燻りは。
最近のおれはどうもおかしい。トレーナーだから当然のことだが、気づけばスティルインラブのことで頭がいっぱいになっていく。
桜花賞が近づく。確信に近いものがあるとすれば、彼女は勝つという予感だった。