欠落者と愛の徒with全部知ってる三女神 作:散髪どっこいしょ野郎
「……朝か」
小鳥のさえずりをバックミュージックに、おれはベッドから起き上がった。
「……ハァ」
携帯を起動すると両親からの連絡が山のように来ていた。それらをスワイプして消し去ってから、おれの一日は始まる。
▫▫▫▫▫
「おはようございます、広さん」
「ん、おはようスティル」
おれはどうも彼女がいないとダメらしい。いつからか思考の全てがスティルで埋め尽くされるようになっていた。
これでは引退後はどうするのか。その不確定要素が非常に憂鬱だった。
「よし、アップはここまでだ。あなたの現時点での最高速度を見せてくれ」
「はい。……行きますッ」
あれから、少し考えてみた。
おれにとってはスティルが隣にいてくれることが当たり前になっていて、離れるなんて考えたくもなかった。離したくなかった。
でもおれはトレーナーだ。
何故おれは、あんな奴らのために自分を殺さなくてはならない?
長らく忘れていた反抗の意思が息を吹き返す。
欲しい。自由が欲しい。スティルを欲する自由を求める。
ならばどうする。──そんなの、決まってるじゃないか。
戦え。スティルが己へそうしたように、おれも戦え。戦え、戦え!
▫▫▫▫▫
「……どうか、されましたか」
「なにがだ」
ここのところ、広さんの表情が強張ることが増えていた。何かに耐えるようなご様子を見せることもあった。
「最近の広さんは……少し、お辛そうにしている状態が増加しています」
「……でも、これはおれの問題だから」
予感は的中していた。彼の中で『何か』があったことは間違いない。その傷口に切り込む勇気を、私は求めた。
「──私では、力不足ですか?」
「……っ」
私の切望は変わらない。貴方の瞳に、光を灯したい。その笑顔を見たい。
「貴方が私にそうしてくれたように、私も貴方の輝きになりたい。貴方を、もっと知りたいです」
「……分かった。全部話す。けど条件がある」
彼の瞳は未だ暗い。なら私が、星になる。
「宝塚記念。それに勝ったら、おれがあなたの負担になっていないことが証明できる。その確証が得られたら、おれの全てを曝け出す」
……ああ。なんだ。
▫▫▫▫▫
「ハアッ、ハアッ、ハアッ……」
迎えた宝塚記念。並みいる強者を抑え、私が一着となった。これで、貴方の全てを知れる。
「……本当に、あなたは強いな」
「広さんがいてくださったからです。貴方がいたから、私は強くなれた」
「そこまで言われるともう……ダメだな。おれは……やっぱり、おれは……弱い」
「広さん……?」
彼は壊れたように泣いていた。ウイニングライブまでまだ時間はある。それまでに広さんの内情を聞けたらと思っていたけれど、ここまで傷ついているようなら──
「約束通り、おれの話をしよう。聞いてくれるか」
「……はい」
「おれは、愛されたかった」
初めて聞いた広さんの過去。両親からの虐待、切り落とされた友好関係、どれも聞いているだけで痛ましかった。
「出会いは偶然だった。カフェテリアでたまたま空いてた席があなたの正面だけで」
あの時のことは、生涯忘れはしない。初めて貴方と会えた瞬間は、本当に大切な思い出だから。
「移り行く季節と共に、おれは傲慢にも願ってしまった。あなたなら、おれを愛してくれるかもしれないと。今日まで毎日、あなたの優しさが骨身に染みた。だからおれは傲慢にも願ってしまった。あなたに愛されたいと」
愛していたら愛される、なんて。なんて……甘い幻想。その幻は今、現実となった。
広さんは、私を愛している。その衝撃は何よりも強く私の耳朶を打った。
「──好きだ。大好きなんだ。あなたのことが」
崩れ落ちる広さん。私はしゃがみ、視線を合わせる。
「私も、貴方をお慕いしております」
「っ……」
「ですからどうか、私を見ていてください。貴方のためなら、どんなレースでも勝ってみせます」
蝉時雨が降る夏の誓い。誓ったからには、もう負けられない。
▫▫▫▫▫
私は三女神。三柱にして一柱の絶対神。この学園の様々なウマ娘を見守っています。
一時はどうなることやらとも思いましたが、もう私から彼らにすることはありません。彼らは完全に、熟しました。
これからは他のウマ娘にもするように、温かく見守っていこうと思います。頑張れ、広田広、スティルインラブ。
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もう離れることは無い。私たちは同じ愛を分かち合ったから。
二度目の夏合宿を迎え、走る間も貴方の想いを感じられた。それだけで幸せだった。
「はぁ……はぁ……」
「お疲れ。今日はもう切り上げよう」
「はい、ありがとうございました」
「……スティル」
「はい?」
珍しい。いつもなら言葉は最小限の彼が、私を呼び止めるなんて。
喜んで拝聴しよう。そう思い向き直った私が見たものは──
「いつもありがとう。あなたのお陰だ。生きたいって、思えたのは」
──初めての、笑顔。
「それと、あなたに話して踏ん切りがついた。親ぶん殴ってくる」
そう言った彼の笑みは、かつてないほどに爽やかだった。
▫▫▫▫▫
今まで有給は消化してこなかったが、意義あるピリオドを打つためにおれは休暇を取った。
「あっ、広!何があったの!?私たちの連絡に応じないで!」
「なんのためにお前を作ったと思ってる。俺たちの期待を裏切る気か」
「……」
おれは息をたっぷり吸い込み。拳を握り締めた。
「くたばれ、クソ野郎共」
▫▫▫▫▫
「おかえりなさい、広さん。そのご様子では……」
「ああ。全部終わらせてきた」
ようやく、だ。ようやく自由に笑える日が来た。
息子に殴られた、などと両親が言うとは思わない。無駄にプライドだけ高い二人が口を割るとは考えられないからだ。
おれはもう、自由なんだ。
▫▫▫▫▫
「それでは、行ってきます」
「ああ。いつも通り。それでいいから」
季節は移り変わり、エリザベス女王杯当日。
「貴方、豹変しなくなったわね」
「アルヴさん……」
そのお言葉には思うところがあった。確かに私はもう、ワタシではない。
それでも、私の傍には広さんがいる。愛という繋がりがあるだけで、私は『スティルインラブ』でいられる。
「少しだけ、貴方たちが羨ましいの。そんな風に愛せることにどこかで憧れていたわ。それでも、勝つから」
「はい。私も、負けません」
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いつも通り、スティルは一着を掴み取った。それでいい。賛美も、喜びも、全て彼女に注ぎ込む。それがおれの望みだ。
息をつく暇も無くジャパンカップの日がやってくる。調整は万全。
このレースには、メジロラモーヌを筆頭に有力ウマ娘たちが参戦する。過去最大級の難敵となるだろう。
それを踏まえて確信する。おれのスティルは、最強だ。
▫▫▫▫▫
「欠落者と愛の徒……それが貴方たちなのね」
「ラモーヌさん……」
ジャパンカップ当日。トリプルティアラを獲得したウマ娘の一人であるラモーヌさんを前に、本能はざわめき──は、しなかった。
彼が、広さんが待っている。それだけが私を在らしめていた。
だからそのお言葉を、否定させていただく。
「私にも、譲れない愛があります。だから、ラモーヌさん。貴方にも勝ちます、勝ってみせます……!」
「いいわ。それも、愛なのね」
光り輝く舞台へ歩を進める。貴方が見ている。だから、勝ってみせる。魔へ堕ちようとも。
▫▫▫▫▫
「ああ……」
最終コーナーを迎え、いよいよスパートをかけるとなった時だというのに、心の中には広さんがいた。
彼に示したい。貴方が育てたウマ娘は、誰よりも強くなったのだと。貴方がいたから、勝てたのだと。
本能と理性が燃え上がる。今ここに立っているのは、ワタシでも、私でもない。
「はぁぁッ──!!」
覇声と共に両足へ意識を叩き込む。今なら何もかも超えられる。
思い返される、彼の笑顔、笑顔、笑顔!
もっと欲しい。全て差し上げる。この愛が胸に刻まれる限り!
「────ッ!!」
届け、届け!走れ!スティルインラブ!
▫▫▫▫▫
「ああ……」
息が漏れる。放心しかける程に、彼女は強く、嫋やかだった。
これは始まりの三年間。未来は途方もなく続いている。そう理解しながらも、おれの双眸はとめどなく涙を流していた。
ジャパンカップ一着。これが……スティルインラブ。
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彼女のトゥインクル・シリーズは考え得る最高の結果で終わった。おれはいつも通り仕事を完了し、外を散歩していた。
「はぁ……はぁ……ここにいらっしゃったのですね」
「ん。どうしたスティル」
今日はクリスマス。寮でパーティーが開かれてる筈だ。友人との募る話もあるだろうに、何故おれの元へ。
……なんて、本当は分かっていた。おれは彼女に愛されている。この遭遇も、きっとそれによるものだ。
辺りには誰もいない。聖夜の日は、誰もが各々のクリスマスを楽しんでいるということか。おれはそんな日常を送った経験はないから予想に過ぎないが。
「……静かですね」
「そうだな」
深く瞑目する。今日まで長く短い旅だった。
「広さん、お手を拝借してもよろしいですか」
「ん、ああ。一体何を──」
そっと笑い、彼女は綴る。
「踊りましょう。あの日のように」
「……ふっ」
思い返される、ドロワの記憶。体は動きを覚えていた。
踊り子が二人、聖夜に影を揺らす。これもきっと、忘れることはない。
▫▫▫▫▫
「スティル」
「はい。お傍におります」
「二人きりになれる所に行こう」
「かしこまりました」
▫▫▫▫▫
どこまでも続く──と錯覚する程の花畑に、おれたちはいた。
おれが今日誘った理由は、新たな契りを彼女と交わすため。しかし声を出すのを憚られる程に、花々は美しかった。
「広さん。また一つ、お願いをしてもよろしいですか」
「ああ。なんでも言ってくれ」
「これまでは、私の走りに貴方の欠片を感じるだけでした。だからこれからは、いつまでも私と共に走ってくれますか」
「ああ。ずっと一緒だ」
微笑むスティル。ああ、やっぱりあなたは愛おしい。
「スティル」
「はい」
「今まで、誰も彼も、おれを天才と一括りにして内側を見てくれなかった。でもあなたは違った」
おれの欠けた部分に、彼女の心が染み通っていった。それがおれの狂愛を目覚めさせたが、もうそれでもいい。
「愛が何なのか、あなたが教えてくれたんだ」
「……広さん……」
どこまでも優しく抱きしめられる。おれも彼女の背に腕を回した。
おれはあなたが生きてくれたらそれでいい。あなたが笑ってくれるのなら、地獄に堕ちたって構わない。
「……愛しています、広さん」
「……ああ」
おれはスティルの力になれただろうか。光に、焦がされてないだろうか。
全ての疑問を黙殺して、今はただこの瞬間に意識を込める。
目を閉じる。そして、夢を見た。優しい、夢を。