家事スキル皆無な学校一の美少女に目をつけられた件。   作:荒井竜馬

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第10話 彼女が一人暮らしを続ける理由

『三月君、お腹空いたでしょ? 出前でピザとろうよ!』

 

 冷蔵庫を開けたのがいけなかったのか、俺の腹が減っていると確信した水瀬はそんなことを口にした。

 

 部屋の掃除をしたことのお礼も兼ねてといったことだったので、ご馳走してもらうことになったのだが、さすがに二人分のピザ代は馬鹿にならない。そう思って、僅かながら俺もお金を出すことにして、宅配ピザを頼むことにした。

 

 水瀬と会話をするときは、決まって家事をするときだった。だから、何か作業をしないでただご飯を食べるというのは初めてで、会話が持つか不安だった。

 

 不安だったのだが、その心配は杞憂に終わっていた。

 

「――それでね、この前ママから『愛実ちゃんから聞いたんだけど、部屋は綺麗にしているってホント? 愛実ちゃんに何か賄賂とか渡してないでしょうね?』っていうの! ひどくない?! 確かに、私の部屋は綺麗って訳じゃなかったけど、そんなに言うかなぁ?!」

 

 水瀬はピザを片手にコーラを飲みながら、止まらないトークをしていた。

 

 愚痴りながらも、心の底から嫌っている訳ではない声色なのが憎めない。

 

 無邪気にピザを頬張り、ころころと変わる表情。

 

 やっぱり、学校での水瀬とは明らかに違うよな。

 

 学校での水瀬は品行方正、勉強もできるし、みんなに優しくて暖かい太陽のような人だ。

 

 水瀬が実は抜けていて、子供みたいに表情を変える子だなんて思ってる人はあの学校にはいないだろう。

 

「それでね、あれ? どうかしたの、三月君?」

 

「あー、いや、なんていうか。学校で見る水瀬さんと、目の前の水瀬さんが同一人物に思えなくて」

 

「むー。どういう意味? 私が学校では猫被ってるって言いたいの?」

 

「いや、猫被っているというより、水瀬さんの家だと水瀬さんがアホ……無邪気な感じになる印象があって」

 

「あっ! アホって言った! 猫被ってるよりひどいこと言うんだ!」

 

「いや、だって言動がな」

 

「そこはフォローとかする場面じゃないの?!」

 

「うん、まぁ……」

 

「ちょっと、しみじみ認めるのやめてよ! ゆっくりピザ食べてる場合じゃないでしょ!」

 

 ぷんすかと音が出るように怒る水瀬を見ながら、俺はピザの味をしっかりと味わっていた。水瀬は俺が一向にフォローしない様子に納得いかなげだったが、やがて諦めたように溜息を一つついた。

 

「三月君は、どっちの私の方がいいと思う?」

 

 先程の冗談交じりの会話とは違う、微かに湿り気を感じる声色。水瀬の方に視線を向けると、水瀬はピザを食べる手を止めて、こちらの返答を静かに待っていた。

 

 不安げな目の色は何を思っているのか。その真相は分からないが、それでもその質問に対する答えを迷うことはなかった。

 

「俺は、今の水瀬さんの方がいいかな」

 

「え? あ、アホとか言ってきたのに?」

 

「うーん。クラスでの水瀬さんは確かに人気者だと思う。重箱の隅を楊枝でほじくっても何も出てこなそうだし、誰もそんなことをしようとは思わない。それだけみんなに慕われてるし、俺だって多分慕ってる」

 

「それなら、なんで?」

 

 水瀬は不安な目の色を一層濃くして、そんなことを口にした。その瞳が微かに揺れているように見えたのは気のせいではないのだろう。

 

「学校での水瀬さんとはすごい距離がある気がする。誰に対しても隔てないからこそ、その距離感さえつかめないような、実態がないものって感じなんだ。それに比べて、今の水瀬さんとは距離が近い気がする。表情がころころ変わって、感情がそのまま表情に出るみたいな感じで、本当の水瀬さんと話してる気がする」

 

 多分、水瀬が掃除を手伝って欲しいと俺に言わなかったら、俺と水瀬は今のような関係になっていないだろう。休日に、一緒のピザを二人で囲んで食べるなんてできたはずがない。

 

 用事があれば二言三言話す程度の関係。きっとそれがずっと続いていたように思える。

 

 こうやって一緒にピザを囲むような関係。俺はそんなことができる水瀬の方がいい思った。

 

 だから、俺はそんなアホの水瀬の方が好きなんだと思う。

 

「それにほら、アホな子って……なんかいいだろ?」

 

 水瀬さんはぱちりと大きく瞬きをして、俺の返答を意外そうな顔で受け取っていた。そして、数度の瞬きのうちに、水瀬の不安げだった目の色は別の感情をのせた色に変わっていた。

 

「~っ。み、三月君がなんかカッコつけてる」

 

「もしかして、水瀬さん照れてる?」

 

「て、照れてないよっ!」

 

 水瀬さんは俺の視線から逃れようと、もじもじとしているようだった。羞恥に染まった顔で口元をもごもごとさせており、どこか嬉しそうに見えた。

 

「……えへへっ、そっか。よかったぁ」

 

 そんな少し大きな独り言。しかし、それは独り言だったので、特に返事もせずに弄りもせずに、俺は静かにコーラを口に流し込んだ。

 

 やっぱり、表情がころころ変わる女の子の方が可愛いもんな。

 

 俺はそんなことを静かに思っていた。

 

 

 

「っていうか、なんで水瀬は俺の前だとアホの子みたいになるんだ?」

 

 それから少し経って、俺は前から気になっていたことを水瀬に聞いてみることにした。 

 

「アホの子って、そんなにはっきり言わないくても」

 

 水瀬は不満げな目でこちらにジトっとした目を向けていたが、やがて思い出すように言葉を続けた。

 

「初めに、三月君が私に部屋を見たときに、私の部屋が汚いのはどろぼうのせいだとか、ストーカーのせいだとか失礼なこと言ったでしょ? それで、私も思わず感情的になっちゃって、素が出たんだと思う。そのあとは、今さら態度変えるのもなぁって感じでずるずるとって感じかな」

 

「あー、確かにそんなことも当たったな」

 

 初めに水瀬の部屋を見たとき、その汚さから誰かに荒されたのだと勘違いをしたのだった。その俺の失礼な発言が、本当の水瀬を引き出したということか。

 

「そう思うと、なんか感慨深いな」

 

「全然そんなことないんですけどぉ」

 

 未だに変わらない水瀬の不満げな表情。そんな水瀬の表情を見て、俺は思わず笑ってしまった。それに釣られる形で水瀬の口元も静かに緩んだ。しかし、そんな口元とは別に、水瀬は何か言いづらそうにこちらを見つめていた。

 

「えっと、私が一人暮らしをしている理由、言ってなかったよね?」

 

「え、ああ」

 

 以前、水瀬と話をした時に、一人暮らしをしている理由があることを知った。それが何であるのか。それについては言及することなく会話が終わったので、その理由については分からずじまいだった。

 

 というよりは、あえて聞かなかったのだ。

 

「まぁ、たいした理由じゃないんだけどね。変えたかったの、自分を」

 

「変えたかった?」

 

「うん。ずっと自分を演じてるのに疲れてね」

 

 水瀬はどこか悲しげな表情でそんなことを口にした。

 

 水瀬の演じるという言葉。その言葉はどこか冷たく、猫を被るという表現の方がどこか可愛げがあるように思えた。

 

「ほら、私ってその、自分で言うのもあれだけど結構可愛いみたいなの」

 

「本当に自分で言うのもあれだな」

 

「ちょっ、だから初めに予防線張ったのに! むー。分かった、言い直すね。三月君が可愛いってい言ってくれるくらいには、可愛いみたいなの」

 

「……それを出されると、困るな」

 

 水瀬はこちらを覗き込むような視線を向けていたが、俺の返答を聞いて微かに体温を上げたようだった。水瀬はそのまま焦ったように視線をこちらからはずした。

 

「は、初めに私を困らせた三月君が悪いんですー。そ、それでね、まぁ、人が結構寄って来てくれるわけですよ」

 

「学校での様子を見ていると、水瀬の人気は凄いもんな」

 

「ありがたい、とは思うよ。でもね、私の本当の性格を知ると、みんな『残念だなぁ』とか『思ってたのと違う』って言って、私から離れていくの」

 

 水瀬は昔を思い出したかのように、声のトーンを一つ下げた。

 

 ただ素の自分でいただけ。それなのに、周りが勝手に期待して、勝手に離れていく。

 

 そんな理不尽あんまりではないだろうか。

 

 今の学校で水瀬にそんな事を言う人はいない。なぜなら、まだ本当の水瀬を知らないからだ。

 

 だからきっと、これは昔の話なのだろう。

 

「だからね、私はみんなが思い描く自分を演じることにしたの。これでも、頑張ったんだよ?」

 

「今の学校での水瀬を見ると、かなり頑張ってるんだと思うよ」

 

「うん、素直でよろしい。初めはそれでよかったの。みんな褒めてくれるし、優しくしてくれるしね。でもね、ある時ふと思ったの、『私って誰なんだろう』って。本当の、素の『私』がいなくなるような気がして、怖くなったの」

 

 人と接するときに、普段の自分よりも少し着飾った状態で接しようとする人は多いと思う。良く見られたい、良い人ならこうするのではないか。そう言った思いから、素の自分をありのまま出せる人は少ないだろう。

 

 それでも、あくまで自分というベースはあるし、自分が分からなくなることなんかない。

 

 水瀬は自分という存在が分からなくなるまで、着飾ろうとしてしまった。いや、周りの期待が水瀬にそうするように仕向けたのだろう。

 

「それで、一人暮らしをしようとしたのか?」

 

「うん。凄い安直かもしれないけど、環境を変えれば何か変わるって思ってたんだと思う。学校も実家から遠い所選んで、素の私を受け入れてくる人と会えたらって。……まぁ、結果として愛実とは同じ学校になったんだけどね」

 

「水瀬の実家ってここから遠かったのか。あれ? そうすると、七瀬さんはどうしてるんだ?」

 

「愛実も通学するには遠いから、今は学校の近くのお姉さんの家に住んでるんだって」

 

 水瀬と幼馴染の七瀬。いつから七瀬と一緒にいたのか分からないが、その隣にはずっと七瀬がいたのだろうか。

 

 隣にいた七瀬は、水瀬のことをどう思っているのだろうか。隣で周りの期待に応えるために、自分を繕う親友の姿を。

 

 そんな考えが不意に頭を過った。

 

「でも、やっぱり駄目だった。みんなが期待する私と話したい人達に、私はそんな人じゃないよって言えなくってね」

 

 水瀬は自嘲気味にそう言うと、悲しそうな笑みを浮かべた。昔から周りの期待に応え続けてきたのだ、そう簡単に変われるわけもない。

 

「気がつけば、中学の頃と変わらない私になってた。せっかく環境変えたのにね、バカみたい」

 

 水瀬は自分を変えようと、親や周りの環境から離れることを決意した。そして、自分を変えようとしながらも、周りの期待にも応えようとしている。

 

 水瀬は一人暮らしという環境が、自分を変えるには適している環境だと思ったのだろう。

 

 実家に帰れば、水瀬には快適な環境が待っているはずだ。ある程度片づいている自室。ご飯だって両親が作ってくれるし、家事に関してはたまに手伝うだけでいい。

 

 そんな恵まれた環境よりも、水瀬は一人暮らしを選んだ。

 

 部屋がぐちゃぐちゃになっても、自炊の一つもできなくても。自分が変われるかもしれないと思っている環境で、自分を変えようとしていた。

 

 そんな事情を知っても、俺にできることは限られている。

 

 だから、俺はーー

 

「なら、少しでも長く一人暮らしをしないとな」

 

「え?」

 

「だってそうだろ? 環境は変えたんだ。まだ自分を変えられてないなら、これから変えないとな」

 

 微力でもいい、水瀬の一人暮らし手伝ってやりたいと思った。そして、水瀬が変わりたいと思うなら、その手伝いをしたいと思った。

 

 これまで以上に、これからも変わろうとしている水瀬の側にいたい。

 

 そう思ってしまったのは、俺が悪いのだろうか。

 

 多分、きっと、俺が悪いのだと思う。

 

「……なんでそう言うこと、サラッと言えるかな」

 

 顔を伏せて俺の返答を聞く水瀬の表情は見えない。それでも、赤くなった耳の先から察するに、悪いようには捉えていないようだった。

 

「それじゃあ、一人暮らしを続けるために自炊しないとな。七瀬をぎゃふんと言わせてやろうぜ! 俺は食材買ってくるから、水瀬はここで待ってくれ」

 

「え、私も行くよ?」

 

 顔を上げた水瀬はどこか熱っぽい顔をしていたが、声色はいつもと変わらない物だった。ただ、いつもと違う顔を見せられたせいか、こちらがいつもの調子から外れてしまいそうになる。

 

「ふ、二人で買い物してる所なんか誰かに見られたら面倒だろ? 水瀬はここで待っててくれればいいから」

 

 いつになく早口になった俺の言葉。平常心を取り戻そうと、俺はそう言い残してこの場を去ろうとした。

 

「み、水瀬?」

 

「私も、一緒に行きたい」

 

 そんな俺の心情など知る由もない水瀬は、俺のシャツの裾を申し訳なさそうに引っ張った。その仕草に、俺の言葉はさらに早口になっていく。

 

「だ、誰かに見られたら勘違いをーー」

 

「三月君。私ね、」

 

 俺の言葉を遮る水瀬の言葉。必死ささえ感じる勢いに押されて、俺は言葉を続けることができなくなっていた。

 

 火照った水瀬の顔。熱を帯びた瞳は、何かを訴えかけようと俺の瞳の奥を覗く。水瀬は恥じらうように桜色の口元をきゅっと閉じ、勢いに任せるようにして口を開いた。

 

「私……スーパーでろくに食材買ったことないから、食材がどこに置いてあるか分からないの! あと、調味料の場所とかも分からないし、料理教えてもらっても、食材揃えることができないっ!」

 

「急にそんなーーな? え、ああ、おぅ」

 

「それに三月君だと、私よりもこの辺詳しくないでしょ? 大丈夫、大きいスーパー知ってるの、私!」

 

「あ、そう、なん?」

 

「あー! 信じてないでしょ! 大丈夫、スーパーまでは任せて! ただ、スーパーに入ったあとは三月君お願いね!」

 

 そう言うと、水瀬は俺の手を引いて歩き出した。

 

 鼻歌交じりにリビングを出る姿は、まるでこちらの心情まど知らないといった能天気な表情をしていた。

 

 どうやら俺は勝手に勘違いして、勝手に舞い上がってしまっていたらしい。

 

 これって、俺が悪いのだろうか?

 

 いや、これに関しては水瀬が悪い。あと、思春期が悪い!!

 

 俺のどくどくとうるさい心臓の音が静かになるには、まだ時間がかかりそうだった。

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