家事スキル皆無な学校一の美少女に目をつけられた件。   作:荒井竜馬

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第12話 料理は作れるのか、彼女さん

「ほらっ、しゃんとしろ。買い物始めるぞ」

 

「うー、私悪くないもん。三月君が悪いんだもん」

 

 未だに熱の冷めない様子の水瀬を連れて、俺達は料理に使う食材を探していた。

 

 なんとも言えないような空気がまだ消えないが、時間が解決してくれるのを待つしかないか。

 

「聞きたいんだけど、作りたいものとかってある?」

 

「うーん。私でも作れて、愛実が納得してくれるもの」

 

 水瀬は少し考えると、首を傾げながらそう呟いた。

 

 まぁ、そうなるよな。

 

 今回の料理の目的は、幼馴染の七瀬に水瀬には自炊をするだけのスキルがあることを認めさせること。そして、一人暮らしができる環境を守ることだ。

 

 

「七瀬さんって、料理にうるさかったりするの?」

 

「そんなにうるさいイメージはないかな。あと、愛実が嫌いな物って聞いたことないかも」

 

「なるほど」

 

 料理にうるさくないというのは助かった。水瀬が良い所の娘さんって言うのは聞いたことがあったので、もしかしたら、七瀬もかと思ったがその可能性は低いとみた。

 

「ちなみにだけど、水瀬って何か料理を作ったことあるか?」

 

「サラーー」

 

「サラダ以外でな」

 

「……か、カレーなら作ったことあるよ」

 

「それは学校でみんなで作ったとかか? 水瀬は食材を洗う係だったとか?」

 

「また私を馬鹿にしてる! 違うよっ、一人暮らしを始めてから作ったんだもん! ……食材を洗う係もやったことあるけど」

 

 いや、やったことあるのかよ。

 

 しかし、意外な発見があった。正直、水瀬のことだから、『包丁? 何それおいしいの?』レベルかと思っていたが、包丁を使ったことはありそうだ。

 

 カレーは味付けは簡単だが、それまでの工程は普通の料理と変わらない。

 

 カレーが作れるということは、野菜の皮むきだってできるはずだ。それなら、特別俺が何か教えなくてもいいんじゃないか?

 

「なんだよ、普通に料理できんじゃん」

 

「……」

 

 水瀬は俺の言葉に対して頷くわけでもなく、そっと視線を外した。まるで、後ろめたいことがあるかのような視線。

 

 嫌な予感しかしない。

 

「水瀬?」

 

「作ったことはあるよ? ただ、なんか野菜硬いし、生っぽかったからそれ以降作ってない」

 

「水瀬、料理には煮るという過程があってだな」

 

「知ってるよ! ちゃんとカレールーの後ろに書いてある通りに作ったんだよ? それでもなんか硬いの。おかしくない?」

 

 市販のカレールーにはカレーの簡単な作り方が書いてある。図を使ったやり方が書いてあって、あのやり方通りに作れば間違えることはないとでも言わんばかりに書いてあるのだ。

 

「あのやり方通りに作ったのか?」

 

「そうだよ。ちゃんと秒数とか量とか測りながらね!」

 

「ちなみに、どんなカレー作ったんだ?」

 

「野菜がゴロゴロ入った野菜カレーだね。野菜も大きめに切ったりしたよ?」

 

「なるほどな。そりゃあ、失敗するだろうな」

 

「え? なんで?」

 

「野菜の大きさとか量とかによって色々変えるんだよ。野菜たくさんいれたなら、プラス10分以上は煮込まないと火が通らないぞ」

 

 まぁ、確かに火の通り具合を確かめるのって難しいんだよな。串で刺せばいいとは言うが、刺さったはずが真ん中の方は硬かったりもする。

 

 自分で食べるわけでもなく、七瀬相手に料理を振る舞うのなら、そこらへんも注意したほうがいいだろうな。

 

 硬い野菜を使わない料理か。

 

「よっし、水瀬。献立が決まったぞ」

 

「え、何作るの?」

 

「トマト煮込みと、ナスの煮浸しだ」

 

 俺の言葉を聞いて、水瀬は聞いたことがない言葉を耳にしたように首を傾げていた。

 

 

 

「さて、今夜私が頂くのは、『トマト煮込み』と『ナスの煮浸し』です」

 

「頂くんじゃなくて、作るんだけどな。水瀬が」

 

 時間は少し飛んで、買い物を終えて水瀬の家に来ていた。

 

 買ってきた食材をキッチンに並べていると、近くに立っていた水瀬が小ボケを挟んできたので、すかさずツッコミを入れた。

 

 なぜ不満そうな目をこちらに向けているんだ。

 

「トマト煮はまだしも、私『煮浸し』って料理知らないよ? だから、今回は三月君に作ってもらおうかなって」

 

「安心してくれ。難しいん奴じゃないから、ただのお浸しだと思ってくれていい」

 

 煮浸しという料理はただナスを焼いて、酒とみりん、しょうゆで作った汁に浸すだけの料理だ。それでいて、なんか味とか見た目はしっかりした料理みたいに見える。

 

 七瀬を相手にするならちょうどいいだろう。

 

「初めにナスに切り込みを入れるんだ」

 

 味をより染み込みやすくするため、ナスに切り込みを入れる必要がある。水瀬は俺のアドバイス通り洗ったナスをまな板の上に置いて、包丁で切り込みを入れーー。

 

「水瀬、なぜナスを切り刻んでいくんだ? ナスに恨みでもあるのか?」

 

「違うよ! 力加減が分からないの!」

 

 切り込みを入れてくれと言ったのにも関わらず、水瀬はナスをトントンと綺麗に切り刻んでいた。このままでは、味が染み込むどこか別の料理になってしまう。

 

「そんなバーサーカーみたなキャラじゃないだろ。あと、あれだ。左の猫の手が猫過ぎる。握りこぶしでどうやってナスを持つんだ。あれだ、三割猫の手ぐらいの気持ちだ」

 

「さ、三割? このくらい?」

 

「それだと六割猫の手だろ。あと三割人間になるんだ」

 

「えっと、ん? 今私って、何割人間なんだっけ?」

 

「安心しろ。水瀬は十割人間……って、危ないだろ! なんで今度は指をぴんと伸ばしてんだよ!」

 

「だ、だって、三月君が十割人間って言うから!」

 

 水瀬はまるでこちらに非があるかのように、むすっとした顔をこちらに向けた。

 

 水瀬が自分の存在を見失いそうだったから、人間であることを教えてあげたのにあんまりではないだろうか。

 

「むぅ。もっと、しっかり教えてよ」

 

「いや、これでも結構頑張ってると思うぞ、俺」

 

「そうじゃなくて、ちゃんと」

 

 水瀬はそう言うと、こちらから視線を外した。少しの間、何かを訴えかけたそうな視線を向けられた気がする。そんな視線から、別の教え方を懇願しているのではないかと勘違いしそうになる。

 

 後ろから回り込んで、手を取り合って教えるような方法。一瞬、そんな妄想が脳裏を過ってしまった。

 

 ちくしょう、まだあのおばさま達の妄想が俺の頭を支配しているのか。

 

 頭を振ってその妄想を消そうとする俺の姿を見て、水瀬は何を思ったのか悪だくみをするかのように口元を緩ませた。

 

「な、なんだよ?」

 

「ふふっ、三月君。三月君は可愛い女の子に緊張して、ちゃんと教えられないのかな?」

 

 その口ぶりはこちらを煽るような口調で、俺が水瀬の手を取って教えることができないことを見越しての発言のように思えた。

 

 冷静に考えれば、こんな行動を取るべきではなかったのだろう。

 

 それでも、変な妄想とか水瀬の挑発するような視線に負けるものかと、色んなものに抵抗したせいで、俺のやる気は大きく空回りをした。

 

「で、できらぁ!」

 

「え? ちょっ、ちょっと、三月君?!」

 

 俺は戸惑いを見せる水瀬の後ろに回り込み、水瀬の両手を握った。

 

 柔らかくて滑らかな肌に、細くて折れてしまうんじゃないかという指。そんな水瀬の手の感触と、びくんと跳ねた水瀬の反応を無視して俺は突き進むことにした。

 

「~~っ」

 

「また勝手に自爆してんのか。もう知らんからこのまま続けるぞ」

 

 水瀬はやけに大人しくなりながら、耳の先を真っ赤にしていた。水瀬の後ろに立ったことで、微かな甘い香りが俺の鼻腔をくすぐる。その香りが俺の心を惑わしてくるが、素数を数えて冷静になる。

 

 いや、とても冷静になれてはいないが、そう思い込むほかない。

 

 水瀬に聞こえているんじゃないかと言うほど大きくなる心音。加速を続ける脈拍。

 

 でも、ここで意識をしたら負けな気がして、俺は目の前のナスに切り込みを入れることだけに集中する。

 

 俺は水瀬の手を覆う形で、水瀬と共にナスに切れ込みを入れていく。

 

「左手に力入れ過ぎだ。このくらいの力だ。それで、こう。分かったか?」

 

「~~~~っ! わ、分かった、分かったから!」

 

「一回試しにやってみて。そう。いや、なんで最後で切り落とすんだ。こう持って、このくらいの力で、こうだ」

 

 なぜか水瀬は切り込みを入れたナスに対して、さらに強い力を入れて切り刻もうとしていた。まるで気持ちが落ち着かず、何かに押されるように切り落としている。

 

 水瀬、はやりナスに恨みでもあるのだろうか?

 

「~~っ。ちょっと、ちょっとタンマっ!」

 

「どうしたんだ?」

 

 水瀬の突然の休憩宣言に驚きながらも、料理が中断したので俺も水瀬から距離を取る。

 

 茹で上がりそうなほど顔を赤らめた水瀬は、こちらにドギマギするかのような視線を向けていた。

 

「~~っ」

 

 何も言わずに互いにしばらく見つめ合う形になると、水瀬が根競べに負けたように視線を逸らした。水瀬の恥じらいのせいで赤くなった頬の熱は、冷めることがなかった。

 

「……私は、隣で切り方教えてくれるくらいだと、思ってたのに」

 

「へ?」

 

 そこまで聞かされて、俺は水瀬の言葉の意味を勘違いしていたことに気がついた。

 

 手を取って教えてくれという訳ではなく、ただもっと分かりやすく教えてくれという意味だったのか?

 

 いや、でも、あの視線は明らかにーー。

 

「なんというか……なんかすんません」

 

 今回に関しては俺が悪い、のか?

 

 いや、変な勘違いするという結果を招いたのは、スーパーにいたおばさま達が悪い気がする。あとは全面的に思春期が悪い気がする。

 

 それと今回ばかりは、水瀬も悪い気がするのだが……。

 

 先程の水瀬の歯切れの悪い言葉。

 

 もしかしたら、実際にやってみたら恥ずかしくなって、ただ誤魔化しているだけじゃないだろうか。

 

 微かにそんな疑いを持ちながら水瀬に視線を向けると、水瀬は逃げるように視線を逸らした。

 

「……み、三月君に、無理やり手を押さえつけられて、う、後ろからされたって、みんなに」

 

「今回は俺が悪いみたいだけど誤解しか生まないしその言い方だと俺捕まっちゃいそうだから誰にも言わないでくださいお願いいたします何卒!」

 

 俺は社会的に終わってしまいそうな水瀬の発言を受けて、ただただ深く深く頭を下げたのだった。

 

 いつもよりも過激な言葉で俺をからかったのは、これ以上この話題に触れないで欲しいという気持ちがあったからだろう。

 

 ……うん、今回は水瀬が悪いな。水瀬の自滅だ。

 

 俺は心の中で、水瀬にバレない様にそんな確信を持ったのだった。

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