家事スキル皆無な学校一の美少女に目をつけられた件。   作:荒井竜馬

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第26話 夜のおトイレ、彼女さん

「三月君、起きてる?」

 

「……おう」

 

 水瀬の家でお泊り中の俺は、申し訳なさそうな水瀬の声に少し間を置いて反応した。

 

 俺は何の勘違いか、夜遅くに水瀬の家を訪れた。そして、少し水瀬と話をしていたら終電を逃し、今は水瀬が普段使っているベッドで横になっていた。

 

 当然、水瀬と別々の部屋で寝ている。

 

 俺の返答を受けて、水瀬は静かに寝室の扉を開けてこちらに顔を覗かせた。

 

「えっと、今大丈夫かな? 起こしちゃった?」

 

「いや、ちょうど目が覚めたところだ」

 

 嘘である。学校で一番可愛い女の子の寝室で、そんな子が普段使っているベッドで寝ることに緊張し、一睡もできていなかっただけである。

 

「ほんと? なら、よかったかな?」

 

「水瀬さんも寝れてなかったのか?」

 

「私はそんなこともないこともないけど」

 

 水瀬の表情は暗闇に紛れてよく見えなかった。それでも、その声色はどこか緊張しているように思えた。

 

「その、お願いがありまして、」

 

「お願い? 俺にできることならいいけど」

 

「えっと……少しだけ、廊下で音楽聞いてて欲しいなって」

 

「え、なんで?」

 

 どんなお願いかと思ったら、予想の斜め上のこと過ぎて、思わず聞き返してしまった。さすがに、何の説明もなしに深夜にそんな奇行は取りたくない。

 

「き、気分転換? ほら、イヤホンとか貸してあげるし!」

 

「いやいや、むしろそんな行動取った方がもやもやするわ。した後に気分が晴れないのは気分転換とは呼ばん」

 

「うぅ。そうなんだけど、その、」

 

 さっきから水瀬は一体何を言っているんだ?

 

 俺はそう思って、リモコンを使って部屋の照明をつけた。ぱっと急についた光は眩しく、一瞬目を細めてしまう。

 

 やがて、目が慣れたことに水瀬の姿を確認することができた。俺の視線の先にいた水瀬はどこか恥ずかしそうに顔を朱色に染め、もじもじとしている。

 

 なんでこの状況でそんな顔しているのか。そう考えたときに、先程の水瀬の言葉を思い出した。

 

「……もしかして、ホラー映画観た後だから、怖くておトイレ行けなくなったとか?」

 

「そ、そんな、はっきり言わなくてもいいと思うの!」

 

「おまっ、まじか」

 

「だって、あんな怖いの見たの久しぶりだし、トイレから何か出てきて襲われそうで怖いし」

 

「まぁ、さっき見た映画の最後のシーンがそれだったしな」

 

 ちょうど観た映画がタイムリー過ぎたのかもしれない。

 

 先程のホラー映画の主人公は、ホラー展開を全て回避して家に戻ることができた。そして、一安心して自宅のトイレを使おうとしたところで、トイレの中に引きずり込まれたのだった。

 

 あの展開を観た後にトイレに行くというのは、昼間でも少し怖いかもしれない。

 

「分かったよ。トイレの側で立っておけばいいんだな?」

 

「あ、でも、あんまり近すぎないところにいてね」

 

 恥じらうようにこちらにちらりと向けられた視線。その一言とその視線から、言わんとしていることが分かる。

 

 要するに、音は聞かないで欲しいということだろう。何の音を聞かないで欲しいんだい? なんて聞きだしたら、俺は正真正銘の変態になってしまう。

 

「お、おうよ」

 

 だから俺は、そんな質問をぐっと飲みこんだのだった。

 

「それと、これ使って」

 

「これは?」

 

「ノイズキャンセリング機能のあるイヤホン。これ貸してあげるから、ね?」

 

 皆まで言わなくても分かるだろう。そう言いたげに水瀬はイヤホンを俺に手渡して、懇願するような視線を向けてきた。

 

 水瀬が俺に手渡してくれたのは、良く街中とかでよく見かける白色のワイヤレスイヤホンだった。某会社が手掛けているそれは、ノイズキャンセリング機能に優れている物だと聞いたことがある。

 

「おー、これが噂に聞くイヤホンか。初めて使うな」

 

「三月君は普段ノイズキャンセリングイヤホン使ってないの?」

 

「いんや、使ってはいるがメーカーが違う」

 

 この某イヤホンは中々値が張る。正直、他のメーカーでもう少し安い物でも、機能性はそこまで変わらなかったりするものだ。

 

「まぁ、使い方くらいは知ってるから大丈夫だ」

 

「そう? それなら、大丈夫かな」

 

 俺はペアリング済みの水瀬のイヤホンを受け取り、寝室を出て廊下へと向かった。後は再生ボタンを押すだけで、音楽が流れて周りの音を遮断してくれるのだろう。

 

「それじゃあ、三月君はそこで」

 

「おうよ」

 

 水瀬は少し恥じらうような顔でそう言い残すと、トイレの中に入っていった。俺はイヤホンを付けて、水瀬のスマホで設定してあった音楽を再生する。

 

 最近流行りの曲が流れ始め、周りの音が何も聞こえなくなってーー。

 

「ん?」

 

 これって、ノイズキャンセリングされているのか? 普段使っている俺のイヤホンとなんか感じが違う気かする。

 

 そう言えば、前に芸人のラジオで聞いた話があった。このイヤホンは周囲の音を取り入れる設定もできるとか。だから、イヤホンをしていても周りの音が聞こえなくなるということはなくなるとのこと。

 

 むしろ、周囲の会話を聞くことができるから、それで人間観察をするときがあるとか言っていた。

 

 こんな状況で周囲の音を取り入れる設定になっていたらどうなるか。

 

 人間観察どころか、もはやそれはトイレの盗聴だろう。

 

 ……まずい、まずい!

 

 俺は今の状況が変態のそれにしか見えないことに気づき、水瀬にそのことを知らせようと、トイレのドアを激しくノックしようと思って振りかぶった。

 

 しかし、ここでノックをしてしまう方と、その行動が故意的なものだと思われないか? といった疑問が浮かび上がった。

 

 あえて、水瀬が用を済ます瞬間を待ってノックをする。そして、恥じらいながら用を済ませる水瀬の表情を想像する変態だと思われないだろうか。

 

 そんな疑いをかけられるくらいなら、分からないなりになんとかイヤホンの設定をいじる方がーー。

 

 当然、そんな時間の猶予があるわけもなく、その時はやって来てしまった。

 

 やや控えめな水音。廊下が静寂であることもあるが、それ以上にイヤホンの設定のせいか鮮明にその音が聞こえてしまう。

 

 学校で一番可愛い子が俺のすぐ近くで用を足している。そんな趣味を持っていない奴でも、この状況と音を前に正常になれるわけがない。

 

 聞き入っているわけではないが、この場から離れることができない状況。

 

 俺はその音の始まりから終わりまでを、きちんと聞き終えてしまった。 

 

 不可抗力ということで、ここは一つ。

 

「えっと、おまたせ、三月君」

 

 そうして、トイレの流れる音がした後に水瀬は恥じらうように俺の前に現れた。

 

 その佇まいと先程の音とか色々混ざりあって、俺はろくに水瀬の顔を見ることができないでいた。

 

「その、大丈夫だった?」

 

「……おうよ」

 

 何が大丈夫なのか、そんなことはあえて口にする必要はなかった。音が聞こえていなかったかということだろう。

 

『ばっちりだぜ!☆』なんて言えるわけもなく、俺は何も聞こえていなかったフリをすることにした。

 

 その方が互いにとって良いことだろう、うん。この嘘は優しい嘘に違いない。

 

「三月君?」

 

「な、なんですの?」

 

「三月君はその、大丈夫?」

 

 水瀬はちらりとトイレの方に視線を向けた。俺も用を足さなくていいのか、そんな気を遣ってくれているのだろう。

 

「今は、無理かな」

 

「そう? それならいいけど」

 

 今の状態で用を足すのは不可能なのだ。またトイレに来たくなったら、一人で来よう。俺達はトイレを後にした。

 

「あ、そうだ。イヤホンありがとな」

 

「うん。こちらこそありがとうね」

 

 このまま寝室に逃げ込んでしまえば、水瀬の音を聞いたことがバレないで済む。俺はそう考え、イヤホンを返したら足早に寝室に戻ろうと考えていた。

 

「そうだ、三月君この曲知ってる?」

 

 しかし、水瀬はあろうことか会話を続ける気だったらしい。そして、この会話の流れはまずい。

 

「し、知らん! 俺、最近の曲は興味ないから!」

 

「えー、もったいないよ。ほら、片耳貸してあげるから聞いてみてよ」

 

「いや、水瀬さん!」

 

「聞いたことあるでしょ? 最近コマーシャルとか、で、も」

 

 水瀬は俺の制止を振り切り、受け取った片耳のイヤホンから曲を流していた。当然、イヤホンから音を出せば、ノイズキャンセリングの設定が有効になっていなかったことに気がつくわけで。

 

「あの、初めからですね、その設定になっていまして」

 

「~~~~っ!」

 

 当然、そんな顔にもなるよな。

 

 水瀬はトイレの音をばっちり聞かれていたという羞恥の感情から、一気に顔を赤く染め上げた。寝起きでそんなに体温を上げて大丈夫なのかと心配になる程、耳までを赤くしていた。

 

 そして、涙目のような目でこちらを睨む水瀬は、羞恥と怒りの感情に呑まれてぷるぷると体を震わせているようだった。

 

「……なんかすんません」

 

「み、三月君が、私のしてる音を聞くために、あえて聞き耳を立てたって、みんなにーー」

 

「あえてとかじゃないんですよただ初めからそうなってただけで決して故意的ではないことだけは知っていて欲しいのとあとは音を聞いてしまったことに関してはごめんなさいでしたなのでどうか相談だけはやめていただいてもよろしいでしょうかお願いします何卒!」

 

 俺はクラスメイトから『おしっこ聞き専』というあだ名をつけられないように、水瀬に頭を下げた。

 

 今回に関しては俺が悪いのだろうか? 思春期も悪くないぞ、今回はな。

 

 やはり、初めに設定を誤った水瀬が悪いと思う。

 

 そんな俺の考えを水瀬に言えるわけがなく、俺は耳に残っている水瀬の音が中々消えない事実を隠しながら、深く深く頭を下げたのだった。

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