家事スキル皆無な学校一の美少女に目をつけられた件。   作:荒井竜馬

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第33話 埋め合わせ、彼女さん

「三月君、こっちこっち!」

 

 とある週末。俺は水瀬さんに呼ばれて、少し都心の駅前に来ていた。なぜ呼ばれたのか。その理由をすっかり忘れていた俺は、軽いデートの誘いか何かだと勘違いをしてしまいそうになっていた。

 

「おまたせ。あれ? 俺、多分早く来たよな?」

 

「うん。約束の時間の15分前だね!」

 

「そうだよな?」

 

「うん。……ん?」

 

 俺は水瀬との待ち合わせということもあったので、早めに集合場所に来るようにした。それでも、水瀬の方が早かった。

 

 遠目からでも、水瀬が今ここに来たのではないことは分かっていた。

 

 俺が来るまで、水瀬は上の方を見てぽけっとした。待ち合わせ場所で人を待って、一周しないとやらないような素振りだろ、それは。

 

 一体、いつから待っていたのだろう。そんな考えのもと、視線を送ってみたのだが、水瀬は俺のそんな考えなど知る由もないといった様子で首を傾けていた。

 

 まぁ、いいか。

 

 今日の水瀬はサイズの大きめの白いTシャツと、淡い水色のロングスカート姿だった。足元には白いくるぶしより少し長いソックス。シンプルながら全体的にゆったりとした服装だった。

 

「それはそうと、随分と先になっちゃったな。すっかり水瀬さんも忘れてたとばかり思ってたわ」

 

「あー、三月君そういうこと言うんだ。三月君から埋め合わせするっていたのに、三月君の方はすっかり忘れてたんだ」

 

 水瀬は俺の返答が面白くなかったのか、ジトりとした視線をこちらに向けていた。確かに、今の発言は反省の色が窺えないと思われても仕方がないかもしれない。

 

「いや、忘れてはないって! 俺が約束をドタキャンしたときの埋め合わせだろ?」

 

 そう。今日はデートのような甘くて青春くさいような物ではないのだ。

 

 以前、俺が水瀬と週末に会う約束をしたのに遅刻し、その約束を当日にドタキャンしたということがあった。

 

 正確には、水瀬の家の最寄り駅で七瀬と偶然会ってしまい、七瀬の家に強制的に連行されたのだが、水瀬からすればただドタキャンをされたのと変わらない。しかも、七瀬の家に連行されたその日に仲良くなったことまでもバレている。

 

 自分との約束をドタキャンして、他の女の子と遊んでいたというクズの三月君が完成してしまったわけである。

 

 なので、せめてその埋め合わせをさせてくれて水瀬に頼み、その埋め合わせが今日実現したのだった。

 

「それで、今日はどこに行くんだ?」

 

「えっとね、少し遅れたけど夏物を買いに行こうかなって思ってまして。三月君の意見が聞きたいなーって」

 

 そうえいば、水瀬は何かと私服に関して俺の意見を取り入れようとしてくれている。

 

 以前の水瀬家の私服の整理の時も、普段よく着る服に部類したのも俺が可愛いと言った物が多く含まれている。

 

 今日着ている服だって、その時の服だ。

 

 なんか、学校で一番可愛い女の子が俺の選んだ服を着てくれてると思うと、正直照れるものがあったりもする。

 

「いや、遅いってまだ夏来てないぞ?」

 

 時期的には暑くなってきて、これから夏本番という季節。むしろ、夏が本格的になる前に買いに行くのだから少し早いくらいだろうに。

 

 俺は水瀬の言っている言葉の意味が分からず、小さく首を傾げた。

 

「ふふっ、確かにそうだよね。この時期で遅いっていうのも変だよね」

 

「え? ああ」

 

 なぜか冗談を笑うような水瀬の反応についていけず、俺はぎこちない相槌を打っていた。

 

 ……なんか変な間ができたような気がする。

 

「え、三月君本気で言ってる?」

 

「本気と申しますと?」

 

「あれ? 冗談だと思ったのに。夏物は、夏前に買わないとなくなるよ?」

 

「え?」

 

 水瀬は当たり前の事を言うかのように、そんな衝撃の事実を口にした。急に異世界の言葉で話しかけられたように、何が起きたの分からなくなる。

 

「いやいやいや、だって、夏始まってからでも残ってるぞ、夏物」

 

「自分で言っちゃってるじゃん。三月君が今まで見てたのは残り物だよ?」

 

 ため息交じりに指摘され、俺はその事実をようやく受け入れることができた。

 

 思い出してみると、夏服を買いに行くタイミングはいつもセールをやっていたような気がする。いつも買いに来るタイミグが良かったとか、買い物上手なんだろうと思っていたが、あれって残り物セール的なものだったのか。

 

「まじか、水瀬さんに常識的なこと教わってショックだわ」

 

「私は比較的常識人だよ!」

 

「常識人は部屋をあんなふうにはしないし、殺傷能力がありそうな包丁さばきはしない」

 

「……ひ、比較的、ね?」

 

 俺の返答を気まずそうに受け流すと、水瀬は申し訳なさそうにこちらからふいっと視線を外した。

 

「と、とにかく、今日は三月君に買い物を手伝ってもらおうと思ってるので、よろしくお願いしますっ!」

 

 水瀬はそんなふうに会話を打ち切ると、やや強引に目的地へと俺を誘導した。

 

 

「なぁ、俺って本当にここにいて平気なのか?」

 

「平気だよ。ふふっ。三月君、緊張してるの」

 

 場所は変わって水瀬の行きつけの服屋さん。なんかお洒落な面構えした店だなぁと思っていたが、問題はその中だった。

 

「するに決まってるだろ。てか、周り女子しかいないぞ」

 

 どうやら、扱っている服が女性ものしかないらしく、店内は8割が女子で埋め尽くされていた。

 

 男の俺が居づらいことこの上ない。

 

「そんなことないよ。ほら、あっちとか男の人いるし」

 

「いや、あれはーー」

 

 カップルだろ。そう口にしようとしてその口を閉じてしまった。

 

 なんかそれを口にしたら、俺が意識してしまっているようで、言いよどんでしまった。そして、水瀬がそんな俺の態度を見逃すはずがなかった。

 

「うん、カップルだね。あれ? 三月君は、なんで途中で言葉を止めたのかな?」

 

 悪巧みをするかのように緩んだ口元。からかうように細められた目元。そんな表情で、水瀬は分かりきっている質問をこちらに投げかけた。

 

 当然、こちらが反撃に出れないことも承知の上だろう。

 

「ふふっ、三月君可愛いんだ」

 

「う、うるさいわ」

 

 水瀬は俺をからかうと、近くにあった服を手に取ってこちらに見せてきた。立場が優位になった水瀬は止まることを知らない。

 

「これ、どうかな?」

 

「……可愛いと思う」

 

「えへへっ、そっかそっか。こっちは?」

 

「それも、可愛いと思うけど」

 

「けど?」

 

「可愛いよ。可愛いって!」

 

「ふふっ、正直でよろしい」

 

 水瀬はいつになく上機嫌で服を選んでいった。俺の反応が良かったものを数点抱え、服を色々と物色していく。

 

「とりあえず、こんなところかな」

 

「よっし、決まったな。早速買ってしまおう。そして、この場から去ろう」

 

 俺は水瀬が次の言葉を発する前に、この場を去ろうとした。しかし、どうやらそんな俺の態度は見透かされていたようで、逃げるよりも先に腕を掴まれてしまった。

 

「さすがに、こんなには買わないよ。これから試着して決めるの」

 

「そ、そうか。それじゃあ、俺は外で待ってるからーー」

 

「三月君」

 

 静かながらも少し圧を感じるような声。どうやら、俺の反論は意味をなさないようだった。

 

「今日って、埋め合わせなんだよね?」

 

 その言葉を言われると、俺は何も言い返せなくなるのだった。

 

 

 

「試着室って、俺いてもいいのかな?」

 

 俺は女性服売り場の試着室にて、水瀬が服を着替えるのを待っていた。

 

 水瀬が近くにいなくなった俺は、いよいよ男一人で試着室前をうろつく不審者。警備員が俺を見つけて取り押さえに来ないか心配なことこの上ない。

 

「お客様~」

 

 突然かけられた声に、俺は体をビクンと反応させて驚いていた。その声の先にいたのは大学生らしいお姉さん。服装や声の掛け方からして、そのお姉さんがこの服屋の店員であることはすぐに分かった。

 

 まずい、次の言葉次第で通報されてしまう。そう思った俺は、その場を去る勢いで言い訳を捲し立てることにした。

 

「あ、やっぱり、まずいでよね! 連れがいるんですけど、今日はこの辺でお開きということで!」

 

「全然大丈夫ですよ~」

 

「え? いいんですか?」

 

「はい~。全く問題ありません~」

 

「あっ、そうなんですね」

 

 どうやら、俺はまだ通報されないで済んでいるらしい。なんとか持ち直すことができたみたいなので、俺は水瀬がいる試着室の前で静かに待つことにした。

 

 ……なんで俺の隣にいるんだ、この人。

 

 お姉さんはなぜか俺の隣に立ち、水瀬が着替え終えるのを待っているようだった。水瀬がお客さんだから、着替えるのを待つのは分かる。

 

 それでも、なんで無言で俺の隣に立っているんだろうか。

 

 俺が試着室の前にいるのは問題ない。それでで、監視はするぞ。ということなのだろうか。

 

「お連れさん、とても可愛い人ですね~」

 

 そんなふうにお姉さんの出方を窺っていると、お姉さんがそんなことを口にした。さすがに、黙って隣にいるのは空気がもたないと思ったんだろう。

 

 同感である。

 

「ええ、学校で一番可愛いんですよ」

 

「あら~」

 

「いや、これが本当なんですよ」

 

「そうでしょうね~。そんな子が今、布一枚挟んで下着姿になってるわけですか~」

 

 それまで普通に会話をしていたお姉さんは、急に声を潜めてそんなことを口にした。

 

「と、突然何言いだすんですか!」

 

「だって、そうじゃないですか~。良く聞いてみて下さいよ~」

 

「き、聞く?」

 

 そう言われて、耳をよく澄ましてみた。

 

 衣擦れの音と服が地面に落ちるポトリという音。それはカーテンという布を一枚挟んだことで、無限の可能性を引き出す音となり、脳内に着替え途中の水瀬を想像させた。

 

「三月君、これどうかな?」

 

「うおっ! お、おう、いいんじゃないかな」

 

 そんな想像もとい妄想は、水瀬のカーテンを開ける音によって強制的に中断させられた。

 

 水瀬の表情を見る限り、俺と店員さんの会話は聞こえていなかったのだろう。聞こえていたら、きっと耳の先まで真っ赤にしているはずである。

 

「いいと、思うぞ」

 

 少しばかり想像してしまった着替えている水瀬の姿。それが脳にちらついてしまい、俺の言葉は少し歯切れが悪くなっていた。

 

 ちらりと俺の隣に視線を向けた水瀬の視線が再度こちらを向いた時、水瀬は悪巧みをするかのように口元を緩ませていた。

 

「三月君、店員さんいるから照れてるの?」

 

「な、違うわい!」

 

 おそらく、さっきまで『可愛い』と言っていたのに、急にその言葉を言わなくなったからだろう。俺が人前で『可愛い』と言うことを照れていると勘違いしているのだ。俺が意識しているのは店員さんではなく、先程まですぐ近くで着替えていた水瀬だというのに。

 

「ふーん。本当かな?」

 

 水瀬はわざとらしく疑うふりをすると、改めてこちらに着ている服を見せびらかすような仕草をした。

 

「三月君、これどうかな?」

 

 その目にはからかおうという物が見え、おそらく俺が可愛いと言わない限り、ずっと聞き直してくれだろう。

 

 俺は顔の熱をそのままに、観念して言葉を漏らした。

 

「……可愛いと思うよ」

 

「えへへっ、ありがとう。次の服着てみるね」

 

 そういうと、水瀬はカーテンを閉めて別の服の試着に移った。そして、その場に残された俺と店員さん。

 

 店員さんが隣でずっとこちらに何か言いたげな視線を送ってきている。にこやかな笑顔から、何を言いたのか何となく察せられる。

 

 だから、こっちを無言で見ないで欲しい。

 

「私は一体、何を見せられているんでしょうか~」

 

「俺に聞かないでくださいよ!」

 

「見せつけるのが好きなら、そう言う場所でしてくださいよ~」

 

「そんな場所あるんですか! そして見せつけてませんよ!」

 

 俺はこれ以上は店員さんからの発言を無視しようと、目を閉じて店員さんを視界からシャットアウトした。

 

「耳を澄ましているんですねぇ~」

 

「ち、違いますからね!」

 

「みーつき君! これはどうかな?」

 

 そんな俺達の言い合いなんて露知らず、水瀬は上機嫌で試着した服をこちらに見せてきた。

 

「おぅっ」

 

 その水瀬の服装を見て、俺は心の声が漏れ出てしまった。

 

「おう?」

 

「あ、いいや、可愛いと思うぞ! いや、でも、いいのか?」

 

 水瀬が着ているのは半袖のリブニットという服で、夏用の薄手のセーターみたいなものだった。

 

 分かりやすく言うと、童貞ならぬ素人童貞を殺すセーターとでもいうのだろうか。スレンダーな女性が着れば、また印象は違っていただろう。

 

 ただ水瀬がこの手の物を着ると、スタイルの良さが際立ってしまうのだ。いくら、大きめのサイズの服とは言えど、ボディーラインを感じさせる服装である。

 

「なんか三月君の食いつきが凄い気がする。うーん、リブニットかぁ。三月君こういうの好きなの?」

 

 そう聞かれてしまい、俺は反応することができなくなっていた。

 

 男の子であるから、もちろんその服は好きではある。ただそれを水瀬が着るということは、街を歩く人みんながみんな水瀬を変な目で見るんじゃないかとさえ考えてしまう。

 

 独占欲とかそんな大層なものではないが、なんか仲の良い人がそんな目で見られるのはあんまり嬉しくはない。

 

「お客様~、大変お似合いです~」

 

 そんなふうに俺が上手く答えることができないでいると、店員のお姉さんが助けに入ってくれた。

 

 さすが、ふざけていても店員。気を遣うのにも長けていることから、俺の代わりに気の利いた返答をしてくれることに期待できる。

 

「お客様みたいにスタイルの良い方は、ボディーラインが出る服を着ると大層エッチなので、お連れ様も喜んでいらっしゃるんだともいます~」

 

「た、大層エッチ?!」

 

 おい、ふざけんな店員!

 

 水瀬はいわれのないことを言われて驚いたのか、オウム返しのような反応をしていた。それから自分の服装を改めて確認し、鏡に映る自分を確認した後、再びこちらを向いた。

 

「~~っ!」

 

 羞恥に満ちた顔は一気に赤く染まり、耳の先まで赤くしていた。その熱にやられたように潤んでいく瞳。自身の体を隠すような仕草と共に、キッとこちらに睨むような視線を向けてくる。

 

 そんな仕草にエロスを感じたのは、俺が思春期だからだろう。

 

 水瀬は大きな音を立ててカーテンを勢い良く閉めると、それを素早く脱いで、初めに着てきた服に着替えてカーテンを開けた。

 

 表情と視線はそのまま、水瀬は少し雑に先程着ていたリブニットを俺の方に突き出した。

 

「これは返してきて!」

 

「お、おう」

 

 俺は水瀬の圧に負ける形で、水瀬から受け取ったそれを売り場に戻そうと、その場を後にしーー

 

「お客様~、そちらの商品のご試食はご遠慮ください~」

 

「するわけないでしょ! 俺を何だと思っているんですか!」

 

 ようとしたところで、振り返って店員さんに強めのツッコミを入れていた。

 

 そして、俺と目が合った水瀬はこちらから視線を外して、震える声で言葉を続けた。

 

「み、三月君が、私の着た服を舐め回して、私を辱めてくるって、み、みんなにーー」

 

「俺はそんなことはしていないし水瀬さんも少し信じていそうなのが良くないと思いますでも俺の人権が怪しまれる行動っぽいのでそんな誤解したまま人に相談しないでくださいお願いします何卒!」

 

 俺は理不尽だと思いながらも、クラスメイトから『垢舐め』というあだ名で呼ばれないように、水瀬に頭を下げたのだった。

 

 今回は俺が悪いのだろうか。いや、水瀬の服がえっちだったのが悪いと思う。

 

 まぁ、普通の服をえっちだと感じてしまう思春期も悪いんだけどね。

 

 それと、一番悪いのはお前だ店員。

 

 俺は水瀬が脱いだばかりの服のぬくもりを感じていることがバレない様にしながら、水瀬が更衣室のカーテンを閉めるのを静かに待ったのだった。

 

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