家事スキル皆無な学校一の美少女に目をつけられた件。   作:荒井竜馬

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第37話 油は危険だ、彼女さん

「さて、今夜お昼に頂くのは、『からあげ』です」

 

「お、今日は少しいつもとは違うみたいだな。そして、頂くんじゃなくて作るんだからな」

 

 水瀬はいつも通りどこかに向けてそう宣言してから、まな板に向かい合った。今日はお昼バージョンだからだろうか、少しだけその文言が違っていた。

 

「まぁ、唐揚げの作り方はそこまで難しくはない」

 

「え? 私でも簡単に作れる?」

 

「唐揚げを揚げる前段階までなら、水瀬さんでもできるよ」

 

「それってただの下準備で終わってない?」

 

 水瀬はもっとも過ぎるツッコミを言いながら、こちらにジトっとした視線を向けてきた。

 

 だって、本当なのだから仕方がないじゃないか。

 

「実際にやって見れば分かる。ほら、下準備を始めよう」

 

「え、うん。分かった」

 

 俺は水瀬に唐揚げの基本的なレシピを教えた。ニンニクとショウガをすりおろし、そこに酒と醤油を同じ比で加える。あとはそれを唐揚げサイズに切った鶏肉と混ぜ合わせて、袋などに入れて一時間ほど放置をする。

 

 やはり、水瀬も少しは料理に慣れてきているらしい。下準備を済ませるまでにそこまで多くの時間をかけることはなかった。

 

「あとは、ここに片栗粉をくわえるんだよね?」

 

「ああ、片栗粉をって、ちょっと待て水瀬さん!」

 

「え、な、何かな?」

 

「なんで唐揚げを漬け置きしておいた袋の上から、片栗粉を入れようとしているんだ?」

 

「え、だって、片栗粉を加えるだけなら、ここに入れても良くない?」

 

「いいわけないだろ。危うく死ぬところだったぞ、水瀬さん」

 

「そ、そんなに酷いことになるの?」

 

「そんな余分な水分を含んだ状態で油の中に入れてみろ、爆竹みたいに油が跳ねてくるぞ。余計な水分は少しでも落とした方がいい」

 

 揚げ物をする際は、極力水分を抜いた状態で揚げる。揚げ物の鉄則である。

 

 水瀬は俺の指示通り、鶏肉を漬けていた袋から出して、別の片栗粉が入っている袋に移した。そして、無事に鶏肉全体に片栗粉をまぶし終わり、いよいよ揚げるだけの状態の鶏肉が出来上がった。

 

「あとはあれだ。一旦、ジャージを着てきて欲しい」

 

「分かった、ジャージに……ジャージ?」

 

 水瀬はきょとんとした顔をこちらに向けて、説明を要求するような視線を向けてきた。そして、俺が口を開くよりも早く何かを察した水瀬は、微かに頬を赤く染めていた。

 

 ……絶対、何か勘違いをしている気がする。

 

「えっと、三月君ってジャージフェチだったりするのかな?」

 

「違うわ! 揚げ物をするから、油が飛んでも平気なように長袖のジャージを着ろって意味だ! 別にジャージなんて……好きではないことはない」

 

「今の間は何だか怪しい気がするな」

 

 水瀬は少し疑い深い視線をこちらに向けながら、キッチンを後にした。

 

 別に、特に深い意味がある間ではない。

 

 ただ、以前に水瀬の家に泊まった時のことを思い出してしまっただけだ。

 

 俺は以前、色んなことが重なり水瀬の家に泊まったことがあった。その時に、水瀬からジャージとベッドを借りて一晩越したのだった。

 

 だから、ジャージのことを思い出すと、あのときの水瀬の服やベッドからしていた甘い香りを思い出してしまう。そして、そんなことを思い出して、心拍数が落ち着いているわけがなかった。

 

 それとは別に、ジャージ系女子が魅力的でもあるわけだが。

 

 まぁ、さすがに俺があの時に着たジャージではないだろう。他にもジャージを持っているだろうし、きっと他のジャージを着てくるはず。

 

「おまたせ」

 

 そんな俺の考えは露知らず、水瀬は俺があの時に借りたジャージを着て俺の前に現れた。ただ水瀬がジャージを着ているだけ。それだけだというのに、俺は動揺したような気持ちのせいか、思わず言葉が漏れ出ていた。

 

「お、おぅ」

 

「ん? なにかな?」

 

「いんやあ、別に」

 

 なんともないような顔でいる水瀬に対して、俺の体はいつもよりも熱くなっていた。おそらく、故意的に水瀬があのときのジャージを選んできたわけではないのだろう。

 

 そういえば、前もいつも着ているジャージとか言って、貸してくれた気がするしな。

 

 ちくしょう、俺だけ意識してるみたいで少し悔しいな。

 

 何か仕返しをしてやりたいが、これから揚げ物を相手にするのだ。下手にからかってフライパンに入った熱した油をひっくり返してしまったら大変だ。

 

 仕方がない、ここはぐっと堪えるか。

 

「よっし! それでは、これより唐揚げの最終段階に入るぞ!」

 

「? なんだか三月君の調子が可笑しくなった気がする」

 

 俺は自分の気持ちが動転していることを勘づかれないように、少しだけ空回りしたようなテンションを維持することにした。

 

 こんな些細なことで気持ちが同様してしまう自分が情けない。

 

 おのれ、思春期の奴め。

 

「初めに温度の確認だ。フライパンの温度を一定以上にする。……いやいや、高い高い。温度上げ過ぎだ。フライパンから煙が出てるぞ!」

 

「これだと高いのかな? 温度ってどうすれば分かるの?」

 

 俺の言葉を聞いて水瀬は、油を注いだフライパンに火をつけてしばらく温度が上がるのを待っていた。しかし、その加減が分からなかったのか、強火のまま放置したフライパンからは煙だか湯気みたいなものが出てきていた。

 

「箸を入れてシュワ―ってなるのを確認するんだが……結局の所、勘だ」

 

「急に雑じゃない?! 死ぬかどうかの作業を勘でやるの?!」

 

 結局、さえばしを油に入れても温度が低いかどうかしか分からない。あとは、実際に食材を入れて確かめるか、何となくの自分の勘を頼る他ないのだ。

 

 水瀬は少し火力を抑えた後、フライパンに唐揚げを一つだけ入れた。その唐揚げは激しい音を立てながら、すぐに衣の色を変えたようだった。

 

 水瀬はそのまま唐揚げを両面揚げ、できたであろう唐揚げを一つ取り上げた。

 

「……なんかすぐにできた」

 

「多分、生だろうな」

 

 俺は水瀬が油から取り出した唐揚げを、包丁で二つに切り分けた。すると、やはりが中まで通りきっておらず、中心部は生肉のような色をしていた。

 

「あ、本当だ」

 

「揚げる時間が短すぎたな。もっと、温度を落として揚げること。それとーー」

 

「あつっ」

 

「み、水瀬さん! 大丈夫か?!」

 

 俺が水瀬の揚げた唐揚げの定評をしていると、フライパンに残っていた唐揚げの衣か何かが跳ねたようだった。それが水瀬さんの指に当たってしまったらしい。

 

「う、うん、大丈夫。別にそこまで熱いって訳でもーーえ?」

 

 俺は水瀬の返答を聞くよりも早く水瀬の手を握って水道の所に持っていき、瞬時に流水で水瀬の手を冷やすようにした。

 

「み、三月君! 大丈夫だから! 本当に!」

 

「やけどを甘く見るな、水瀬さん」

 

 油を使った火傷というのは一瞬痛いだけだ。それでも、それを放置しておくとみずぶくれになったりすることもある。だから、面倒くさくてもすぐに冷やした方が大事にはならない。

 

 俺は油が飛んだであろう指を中心に、水瀬の手を流水でよく冷やした。

 

「そうじゃなくて、そうなんだけど」

 

 水瀬はどもるように言葉を詰まらせると、気まずそうに視線を彷徨わせていた。なぜか顔を赤くしている水瀬をそのままに、俺は水瀬の手を冷やすことだけに専念をした。

 

 専念をしたはずなのだが、水瀬の手を手を見つめていると、改めて本当に綺麗な手をしているに気がついた。

 

 絹のような肌質。長くて整った指先。程よい弾力と柔らかい感触。

 

 そんな水瀬の手に触れて何を思ったのか、俺の親指は水瀬の手の上をなぞるように微かに動いていた。

 

 多分、あれだ。たまに急に体がぴくんとうごいてしまうときってあるじゃないか。それなんだと思う。

 

 俺の意思とは関係なく、勝手に動いてしまったかのような感覚だった。

 

「~~っ!」

 

 俺が親指で水瀬の手をなぞった瞬間、水瀬の体がぴくんと大きく跳ねた。

 

 恥じらうようにして一気に赤くなった顔。その熱は耳の先まで伝染していき、そのまま体全体を駆け巡っているようだった。羞恥の色で染められた瞳は潤いを増し、こちらを窺うような控えめな視線が向けられた。

 

 きゅっと閉じられた口元は何か俺の言葉を待つようにも見える。

 

 そんな恥じらうような表情をみせられて、空回ったようなテンションが落ち着いてきた。

 

 そこで、現状を冷静に見ることができた。

 

 俺は水瀬の手を握り、その手触りを確認するように親指を動かしている。

 

 いくら火傷を冷やすためとはいえ、これは言い逃れができない変態行為なのではないだろうか。

 

「これは、まずいな、」

 

 こんなとき、いつだって俺を助けてくれたのは直感だった。こんな所で弁明をしたところで、どうせ気まずくなるだけなのだ。

 

 それなら、思ったことをそのまま素直に口にして、水瀬に笑ってもらった方が何倍もマシだ。

 

 俺はそう思うと、水瀬の手に触れてから脳内に浮かんでいた言葉をランダムで引っ張り出し、言葉を紡ぐことにした。

 

「えっと、頬擦りしたくなるような手だね? いや、違うか。ずっと触れていたいような手だね? いや、それだといやらしい感じがするか。えっと、」

 

「~~~~っ!」

 

 水瀬は俺の言葉を受けて、熱くなっていたであろう体の熱をより一層上げた。

 

 羞恥の感情は留まることを知らず、沸騰寸前まで水瀬の顔を熱くさせた。そして、俺に向けていた潤んだ瞳は俺の言葉を聞いて感情の色を変えたらしい。再びこちらに向けられた瞳は、羞恥の感情に呑まれながら強く睨むような物になっていた。

 

「……み、三月君が、私の手を撫でまわしながら、いやらしい感じがするって言って、私を辱める妄想を押し付けてくるって、み、みんなにーー」

 

「結構事実ベースで否定しがたくなってるんだけど妄想の押し付けはしていないので事実ベースであってもみんなに相談しないでくださいお願いします何卒!」

 

 俺はクラスメイトから、『手も足も好きとか、エクゾディアで草』と馬鹿にされないように、水瀬に頭を下げたのだった。

 

 今回は俺が悪いな。それと、思春期。おまえも悪いぞ。時と場合を考えろ~。

 

 俺は中々消えない水瀬の手の感触を意識しないようにして、深く深く頭を下げたのだった。

 

 

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