家事スキル皆無な学校一の美少女に目をつけられた件。   作:荒井竜馬

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第5話 俺を選んだ理由は何ですか、彼女さん

「まぁ、手伝うのはいいとして。なんで、俺だったんだ? ていうか、こういうのって同性の方がいいんじゃないのか?」

 

 落ち着きを取り戻した水瀬は座椅子に深く腰掛けていた。膝を畳んだように座るせいで、ショートパンツからすらりと覗く脚に目がいきそうになってしまう。

 

「そうできればそうしてるよ」

 

「何か理由があるのか?」

 

 女子高生が一人で暮らす部屋。そこに目立たないクラスの男子を連れ込まなければならないほどの理由。

 

 少し考えたくらいでは、その理由にたどり着くことは難しそうだ。

 

 俺の考えが通じたのか、水瀬は言葉を促す俺に応えるように言葉を続けた。

 

「愛実(つぐみ)に現状がバレると、一人暮らしを続けることができなくなっちゃうの」

 

「愛実? ああ、七瀬さんのことか」

 

 水瀬と同じグループにいる女の子。水瀬が清純派ヒロインというのなら、クール系ヒロインといった所だろうか。

 

 水瀬を太陽と例えるのなら、七瀬は月のような綺麗さがある女の子だ。

 

「愛実って私の幼馴染だから、ママとかと繋がりがあるの。それで、私の部屋が……こんな感じだと、」

 

「まぁ、普通なら実家に戻って来いって言われるよな」

 

「三月君って、愛実と会話してるところ見たことないし、愛実にバレることはないかなって」

 

 水瀬のグループがスクールカーストのトップにいるだけあって、当然七瀬の顔も広い。どこかを経由して、七瀬の耳にこの部屋の現状がバレると、それが両親の耳まで届くということか。

 

 手伝ってもらうなら、極力学校という組織から遠い人。つまり、俺である。

 

「まぁ、俺って友達も少ないしな」

 

「そうなの?」

 

「そうだろうよ。なんだ、煽ってるのか?」

 

「ちがっ、別に、友達が少ないとかで頼ったわけじゃないもん」

 

 水瀬は少しばかり慌てるように否定をした後、不満げな視線をこちらに向けてきた。膨らんでいる片頬は、俺の考えが気に食わないかのような反応だった。

 

「一人暮らしをしてる人って、私以外だと三月君しか知らないし、一人暮らしの先輩として意見を聞きたかったの」

 

「先輩って、ちゃんと一人暮らしをし始めたのって最近だぞ?」

 

「それでも、家事とかいろいろできるみたいだし」

 

「いや、そんな得意とかではない……あれ? 水瀬が何で知ってるんだ?」

 

「話してるの、聞こえてたの」

 

 話してるの? 

 

 そこまで言われてようやく気がついた。最近、何かと視線を感じたりとか、水瀬と目が合ったりすることがあった。

 

 それは時光との会話をしているときが多かった。つまり、水瀬は俺と時光の会話を聞いて、俺が一人暮らしであることも、家事ができることも知ったのか。

 

「たまたまっ! 偶然だからねっ!」

 

「いや、別に盗み聞ぎしたんじゃないかとか疑ってないって」

 

「~っ。とにかくっ、一人暮らしをしている人に教えて欲しかったの!」

 

「まぁ、それはいいけどさ。もっと掃除が趣味の奴とかの方が良かったんじゃないか?」

 

 俺は長い間家事をしてきたから、ある程度家事はできる。だが、ある程度だ。

 

 自分の家だってピカピカって訳でもないし、そこまで掃除に拘ってるわけではない。

 

「うーん、一人暮らしの部屋の掃除と、実家の自室だけの掃除って結構違う気がするからかな」

 

「あー、なるほど。確かに、実家暮らしだとトイレとかキッチンとかの掃除ってしないもんな」

 

 水瀬の言い分も確かに分かる。実家の自室の掃除は本棚とか床の掃除くらいのものだ。

 

 対して、一人暮らしの家の掃除は違う。玄関、水回り、キッチン、冷蔵庫周り、自室、寝室。単純に掃除をする場余が多いわけだ。

 

 いくら実家の自室が綺麗でも、一人暮らしの家の掃除となると素人同然。それなら、長らく家事をしていた俺の方がいいという訳か。

 

「それに、三月君の家って水回りも綺麗だったし」

 

「水回り? 俺の家に来たときに見せたっけ?」

 

「ほら、トイレ借りたでしょ? その時に少し見せてもらったの」

 

 そういえば、水瀬が家に来たときに初めにトイレを貸した記憶がある。あの時は、俺の家で水瀬が用を足しているという事実にドギマギしていた。

 

 水瀬はあの時に水回りが綺麗かどうかを確認していたのか。

 

「ん? ……ということは、あのときにトイレは使わなかったのか?」

 

「え、うん」

 

「……俺のドキドキを返せ」

 

 水瀬が帰った後にトイレを使おうとして、色々と悶々としていたのが馬鹿みたいではないか。

 

 別にそんな趣味はないが、それでも色々と考えてしまうものなのだ。

 

 ……俺は悪くないはずだ。全部思春期が悪い。

 

「え? ドキドキ?」

 

「いや、何でもない」

 

 俺は気を紛らわせるために、あえて周囲に散っている服へと視線を移した。

 

 そして、現状を客観的に捉えてみるとことにした。

 

 家事ができるできない以前に、これだけ服を散乱させた部屋を親が見たら、連れ戻すのが普通だろうな。

 

 それに、俺達の年齢なら親と暮らすのが普通。むしろ、水瀬の場合はそっちの方がいいんじゃないかとさえ思う。

 

『一人暮らしを続けることができなくなっちゃうの』

 

 一人暮らしをしているのに、何かしら理由があるのだろうな。

 

 先程の水瀬の言葉から、その考えに行き着くのは難しくはなかった。

 

「なるほどな。理由は分かった。それじゃあ、片づけ始めるか」

 

「理由、もっと深く聞かないの?」

 

 俺から視線を外して、少しばかりいじけるような声色。

 

 理由は分かったと口にしたが、俺が言ったのは部屋を片づける上で俺を頼った理由。そして、水瀬が今口にしている理由は、一人暮らしをしている理由だろう。

 

「さっき聞いた理由以上に、理由なんてないだろ」

 

 だから、俺はとぼけるふりをした。気づかないふりをしたのだ。

 

 気にならないかと言われれば嘘になる。それでも、根掘り葉掘りただの興味で聞くのは違う気がしたから。

 

「優しいね、三月君」

 

「下手に聞いたら、あることないことクラスメイトに相談されるかもしれないからな」

 

「ふふっ、三月君照れてる?」

 

「うるさい、そんなことより掃除始めるぞ」

 

 水瀬にからかわれて体が少し熱くなる。それを冷ますために、水瀬の瞳から逃れようと視線を外した。

 

「一応聞くが、ここにある服は全部洗濯済みなんだよな?」

 

「あ、信じてないんだ! 私も女の子だもん、さすがに脱いだ服そのままにして、男の子を部屋に呼んだりしないよ!」

 

「そうなのか?」

 

 そう言いながら、俺は近くにあったジャージを手に取った。

 

「あっ」

 

 水瀬の言葉を信じない訳ではないが、これだけ散らかっていると洗濯済みでも洗濯し直す必要があるんじゃないか。

 

 そう考えて、すんすんとジャージのにおいを嗅いでみた。

 

「ああ、本当だ。ちゃんと洗濯されてんだな、良い匂いがする」

 

 仄かに香柔軟剤の香り。しかし、それとは別で何か甘い香りがする。

 

 なんだろう。ボディソープと何かが混ざったような香りだ。その混ざり合わさったような匂いが、微かに心音を速めていく気がする。

 

「どうした?」

 

 何の香りなのかを聞こうと水瀬の方に目を向けると、水瀬がいたたまれないようなように顔を真っ赤にしていた。

 

 羞恥で朱色に染められた顔をした水瀬は、顔を伏せたまま途切れ途切れ言葉を漏らした。

 

「……っそれは、昨日着てから、まだ洗ってないやつで、」

 

「え? あっ」

  

 洗濯をしていない。なるほど、なるほど。

 

 洗濯していないということは、水瀬の汗やら何やらが染み付いた衣服ということで。

 

 なるほど、ボディソープに混ざった香りは水瀬の香りという訳だったのか。

 

「…………なんかすんません」

 

「裏切ったら、このことみんなにーー」

 

「それだけはやめてくれぇ!」

 

 こうして俺は、水瀬にまた一つ弱みを握られたのだった。

 

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