家事スキル皆無な学校一の美少女に目をつけられた件。   作:荒井竜馬

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第7話 ずぼらな彼女と、学校での彼女さん

「三月君っ、三月君っ! 聞いてよ! 昨日洗濯頑張ったらね、3割くらい洗濯終わったの! それでねーー」

 

「水瀬さん」

 

「ん? なにかな?」

 

 時は水瀬家の掃除を終えて、平日の朝。いつもよりも遅く学校に着いてしまったと思いながら、一時間目に使う教科書などを鞄から出していると、水瀬さんが俺の席までやって来た。

 

 時光かな? と思って顔を上げた先にいたのが学校一可愛いと名高い美少女だったのだから、俺の驚きようは計り知れないだろう。

 

 そして、自慢げなにこにこ笑顔をこちらに向けていると思った次の瞬間には、楽しそうな声色で話し始めたのだから驚いた。

 

 正確には、身の危険を感じた。

 

 なんでクラスで目立たない陰キャと話してんの? 水瀬さんと三月って接点あったっけ? てか、だれ?

 

 といったような、心にもない視線を浴びせられていた。

 

 ……てか、だれは酷くないか?

 

「水瀬さん、ちょっと」

 

 俺が小さく手招きをして、水瀬に顔を近づけるような仕草をした。すると、水瀬は抵抗なく俺のすぐ側まで顔を近づけてきた。

 

 金色の髪が揺れたせいか、ただ水瀬との距離が近くなったせいか、甘い香りが俺の鼻腔を擽る。

 

 水瀬家で嗅いでしまったジャージの香りを思い出し、心音が早くなるのを感じた。

 

「顔赤いけど、どうかしたの?」

 

「今その件は置いておくとして、学校で俺に話しかけるのはまずいだろ」

 

「え? どうして?」

 

 水瀬は本当に分からないといった様子で首を傾げていた。そんなことを指摘されることが予想外だったかのように。

 

「水瀬さんが俺と話してると、その接点に興味を持たれるだろ? 俺が水瀬さんと話すようになったきっかけは?」

 

「三月君に家事を手伝ってもらったから……あ、もしかして、みんなにそのこと話すつもりなの?! 三月君の裏切り者! 私もみんなに相談してやるんだからつ!」

 

「違うわっ! そして、頼むからやめてくださいよ本当にお願いしますよ」

 

 声のトーンは落としながら、水瀬は頬を膨らませて怒っていることを表現していた。ぷりぷりと怒っている姿が可愛らしいが、クラスメイトにあることないこと相談されるのは阻止しなくてはならない。

 

「だから、そのことを話さないために、接点がないように振る舞った方がいいって言ってんの!」

 

「え、ああ、そういうことね。確かに、変に突かれるよりはそっちの方がいいのかな?」

 

「考えるまでもないだろ」

 

「うーん、そうなんだけど」

 

 俺と水瀬に接点がない方に振る舞った方がいい。それは理解しているはずなのに、なぜか水瀬は納得いかない様子だった。

 

 唸るように考える素振りを見せたが、やがて諦めるように小さく頷いた。

 

「うん、分かったわ。一旦、それで行きましょう!」

 

 一旦、という言葉が引っかかったが、とりあえずは納得してくれたらしい。

 

「それじゃあ、三月君。えっと、またね」

 

「……おう、また」

 

 水瀬は俺にそう言い残すと、俺から離れて自分の席に戻っていった。

 

 席に戻るなり、上位カースト達から何やら質問攻めされているようだった。苦笑交じりに会話をしている水瀬の顔を見ながら、俺は先程まであった香りがなくなっていたことに気がついた。

 

 朝なのに別れの挨拶をする。そんな不思議な関係性に微かに笑みが零れた。

 

「おう、裕也。おはようさん」

 

「はいよ、時光おはようさん」

 

「あれ、なんでクラスのみんながお前なんかのこと見てんの」

 

「なんかとは何だ。なんかとは」

 

 それから朝練を終えてきた時光が俺の席の前に座った。時光に水瀬と俺が話していたところを見られないでよかった。

 

 時光がいたら、もっと騒がしい朝になっていた事だろう。

 

「でもほら、七瀬さんまでお前を見てるぞ」

 

「え? 七瀬さんが?」

 

 時光に指摘されて、七瀬の方に視線を向けてみると、確かにこちらに視線を向けていた。

 

 七瀬は水瀬達の会話に混ざる素振りを見せないで、静かにこちらを見ていた。

 

「また、おまえと言う奴は。裕也。とりあえず、こっち見てみろ」

 

「時光。美少女と間接的に目を合わせても何も生まれなーーいたい、いたいっ! 無理やり目を合わせようとするなぁ!」

 

 そんな風に、俺は時光にもみくちゃにされたのだった。

 

 

 それから、数日が過ぎたある夜。

 

 学校の提出物とにらめっこしていると、何やらスマホの画面が光った。

 

 普段スマホをサイレントにしていることが多く、俺のスマホはあまり音を出さない。通知が来ても、基本的に企業からのチャットだったり、時光からのチャットだったりするからスルーしても問題ないのだ。

 

 だから、スマホの液晶が光ったのが余計に気になった。

 

 スマホの画面を覗き込むと、そこには『水瀬茜』の文字が表示されていた。しかも、驚くべきことはチャットではなく、通話の表示だった。

 

 あの水瀬から電話が来た。

 

 クラスで目立たない俺からすると、その事実だけで心拍数が上がる。いや、俺以外の奴でも、同じ反応になるか。

 

 夜に学校で一番可愛い女の子からの電話が来る。そんな絵に描いたようなイベントに対して、平常心で臨める奴なんているわけがない。

 

 俺は深呼吸を一つして、微かに手を震わせながら通話の画面をタップした。

 

「も、もしもし?」

 

「……けて」

 

「水瀬さん?」

 

「三月君……助けて」

 

 いつもクラスの太陽のような存在で、話し声を聞くだけでこちらが明るくなる。そんな天真爛漫な水瀬が、その対極のような声をしていた。

 

 やけに怯えているようで、言葉の節が震えている。

 

「水瀬さん! いったい、何があったんだ?!」

 

「うぅ……ぐすっ」

 

 時刻は夜。脅えるような女の子。チャットではなく、電話を用いる緊急性。啜る鼻の音。何かを恐れるような声色。

 

 そこまで把握して、俺は一つの答えにたどり着いた。

 

 ストーカー、もしくは変質者に狙われているのだ。もしくは、すでに魔の手にーー

 

「……愛実が、愛実がぁ『部屋は綺麗だけど、自炊はしてないでしょ? 自炊してないなら、おばさんにそのことは報告するから。え、してるの? ふーん。だったら、今度何か作ってよ』って言ってきたの!」

 

「…………ん?」

 

 あれ? なんか話の流れ変わって来たな。

 

「それでねっ、今週の週末に三月君来てくれるでしょ? そのときに、愛実も納得してくれるような料理を作りたいの!」

 

「え、おお」

 

 そういえば、先週帰るときにそんなことも言われた気もするが、正式に来てくれとは言われてなかった気がしたんだが。

 

 そうかぁ、水瀬の中では週末俺が水瀬の家に行くの確定してたかぁ。

 

「愛実ったらひどいんだよ! 今日家に来たんだけど、『へぇ、茜がここまで部屋を綺麗にねぇ』って達観したみたいに言うの! そりゃあ、実家の私の部屋だってそこまで綺麗じゃなかったけどーー」

 

 こうして、俺は流れるように週末の予定が確定し、水瀬の愚痴に付き合わされることになったのだった。

 

 水瀬さん、掃除編の次は料理編ですか。

 

 そんなことを考えながら、水瀬の声を聞いている俺の顔は微かに緩んでいた。

 

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