「最近、花園薫子が私を見ているような気がするのだ」
放課後、部室にて天城が独り言つ。
「ん? 部長、なんだ突然。性癖拗らせすぎてついにおかしくなったのかぁ?」
「……?」
各々気ままにくつろいでいた部員の視線が、部長に集まった。
「バカ言うな、性癖というのは拗らせるものではなく、素直にするものだ。ついでに言うと、私はおかしくなってなどいない」
「だったらなんだっていうんだよ。見てるったって部長が花園さんと接点なんてないだろ」
「……うーむ」
「第一、花園さんは女の人だしな」
「……うーむ」
天城と朝比奈の間に微妙な空気が流れる。
「ないない。あったとしても、部長の奇行が珍しかったんじゃねぇの? 花園さんってもとは女子高だったらしいしなぁ。純真無垢そうだしな。男くさい俺らになんて見向きもしねぇよ」
朝比奈は天城を嘲るように言った。
涼森はいつも通り、関心無さそうに本に視線を戻している。
「でも、部長がそんなこと言うのも珍しいよな。一体どういう風の吹き回しなんだ?」
「どうもこうもない。そして、一つ勘違いをしているぞ朝比奈彼方。花園薫子の視線は決して好意的なものではない」
「うん?」
「敵意剥き出しという感じだ」
まぁ、大方あの事が原因なのだろう。と天城は呟いた。
「はは、それはやっぱり俺の予想通りなんだろうな。でも花園さんからは想像できないけどな」
朝比奈は、これは傑作だと笑った。
…………
……
「今日の議題は、男の娘との恋愛についてだ」
「ふーん、今更じゃないか? 可愛いとかもあるけど、恋愛も前提として考えているだろ?」
天城は、朝比奈の言葉に眉を顰めた。
「今日は恐ろしく浅慮だな、朝比奈彼方。私が言いたいのは男の娘側の恋愛感情についてだ」
「男の娘の恋愛感情?」
朝比奈は呆気にとられた様子で聞き返す。
「そうだ! 我々は当然のように男の娘を恋愛対象として見ているが、それに待ったをかけるべく、この議題を提示したのだ!」
もう見慣れた、天城の熱量が室内を覆う。
「そんなもん、二次元に恋をしている時点で向こうは俺らのことを別に恋愛対象として見ていないだろ? それでも好きなんだからいいじゃないのか?」
二次元とは元来そういうものであるという風に朝比奈は言う。
二次元文化はもとより一方通行なものであると言わんばかりに。
「それは当然許容される。ただし、この『男の娘研究部』は、より深層まで男の娘を解剖するためにあるのだ。メタ的に男の娘との恋愛について語り合うべきだ」
「……それは、わかったけどよ」
朝比奈は渋々納得したように、あごに手を添えて考え始めた。
そして、何かに気づいたように朝比奈は顔を上げた。
「待てよ、作品によって男の娘は男とも女とも恋愛しているぞ。……やっぱり、作品の恋愛相手ベースなんじゃないか?」
天城は感心したように目を見開いた。
「ほう、なかなか柔軟な思考だな。そうだ。作品中の恋愛相手、つまりは作品自体の受け取り手の需要に合わせて男の娘の恋愛対象は変容するのだ。その柔軟性が、男の娘の魅力でもある」
しかし、朝比奈は首をかしげる。
「でも待てよ? それなら、BLだったりGLでも同じことが言えるじゃねぇか。それも大きなくくりで言ったら、需要に合わせて恋愛対象が変わった結果だろ?」
同性愛を対象とした作品は数多く流通しており、社会性の変化ともいえるが、そのどれもが需要があるという理由で恋愛対象に柔軟性を持たせた結果でもあった。
「そうだ。メディアの多様化が進んだ今、性と恋愛の乖離も同時に進んでいる」
「それじゃあ、男の娘ならではの恋愛感情の独自性ってどこにあるんだ?」
一見、性別の括りは関係なく恋愛という題材の作品は存在し、男の娘ならではの独自性という観点で朝比奈は天城に質問した。
「BLやGLは、最初から『同性同士』の恋愛という明確なジャンルの枠組みがある。しかし、男の娘の場合、外見は可憐なヒロインでありながら、身体的な性別は男だ。読者の需要に応じて異性愛的にも同性愛的にも転ぶのだ」
つまりは、BLやGLは最初から見る側の『同性愛を楽しみたい』という前提が固まっているが、男の娘は見る人の好みや作品の方向性によって『男と女の恋愛』にも『男同士の恋愛』にも変化できる特別な存在だと天城は主張した。
「そうか、恋愛における性別という枠組みをすり抜けるのか」
「素晴らしい着眼点だ、朝比奈彼方! まさにそれこそが男の娘研究部が追求すべき本質の一端!」
天城はホワイトボードに大きく「性別の不可視と再認識」と書き殴った。
「『不可視と再認識』だ。完璧な可愛さによって一度は性別を不可視化し、恋愛の局面で男であることを否応なく再認識させられる。この往復運動こそが、彼らの正体なのだ」
それに続けて天城が言い放つ。
「BLやGLにおける恋愛感情の多くは、『男同士であること』『女同士であること』という同性愛の文脈や葛藤を強く意識させる。しかし、男の娘の恋愛感情においては、『女の子として愛してほしいのか』『男である自分を含めて愛してほしいのか』という、独自の多重性が生じるのだ」
「二重性……」
作品としての男の娘は、恋愛感情を抱いたとき、自分の中で葛藤のベクトルが『愛され方の悩み』に向かうのである。究極の恋愛受動体。それは男の娘という作られた幻想であるが故のカルマであった。
「なるほどな……。需要に合わせて変容する柔軟性がありつつも、その裏には『性別を
越えた一人の人間として愛されたい』っていう切実なエゴが潜んでる、と」
「その通りだ! 我々受け手の需要という傲慢な視線すらも、彼らの恋愛感情の美しさを引き立てるスパイスに過ぎんのだよ!」
朝比奈は、相変わらず大げさだな、と苦笑しながらも、頷いたのだった。
「そうだな、男の娘ってのは良くも悪くも幻想であるということか」
「そうだ。我々が作品に求める『都合よく男の娘と恋愛したい』という欲望自体が幻想であり、傲慢なのだ」
議論に一区切りつき、天城と朝比奈は笑い合う。
…………
……
一通り本日の会議が終わったところで、天城は思いついたかのように問う。
「ところで、涼森鈴の恋愛対象はどっちなのだ?」
「おっ! それは俺も気になってたぜ」
二人が身を乗り出して、表情一つ変えない涼森に注目する。
二人が固唾をのんで涼森の返答を待っていると──。
「……普通に男」
涼森は飄々とそう答えたのであった。
その後、一週間ほど天城と朝比奈はどこか上の空だった。
それは、朝比奈は兎も角、天城がそんな様子を見せるのは非常に珍しい光景であった。
男の娘の恋愛感情についてはまだまだ再考の余地があるようである。