銀髪美少女お嬢様(ワケあり)のホグワーツ生活実践編   作:トリスメギストス3世

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001:カティア・アシュリーという少女

 霧の深い、湿った夜だった。

 

 ロンドン郊外の荒れ果てた野原で、二十人を超える魔法使いたちが包囲網を組んでいた。夜気に混じって焦げた空気と血錆の臭いが漂い、その場には激突の痕跡が無造作に残されていた。

 抉れた地面に黒く焼け焦げた草。二度と立ち上がることのない人間が数人。

 生き残りたちの掲げる杖明かりが、湿った夜気の中でぼんやりと滲んでいる。

 

 しばらく、誰一人として口を開こうとしなかった。

 重苦しい沈黙の中、荒い呼吸音と湿った土を踏みしめるブーツの音だけが響く。

 

「千人だぞ。マグルを千人だ。この忌々しい女め、仕留めるまでどれだけ手間をかけさせやがった……!」

 

 包囲網の中心に近い位置にしゃがみ込んでいた男――アラスター・ムーディが、義足の関節を軋ませながら立ち上がった。

 

 使い込まれた厚手の革コートは鋭い爪で引き裂かれたようにボロボロだった。魔法の青い義眼が狂ったように回転し、霧の奥まで索敵を続ける。

 彫りの深い顔に刻まれたばかりの切り傷から一滴の血が顎を伝って、湿った地面に落ちる。

 

 ムーディの足元には、一人の女が横たわっていた。

 

 若い女だった。

 長く美しい銀髪は泥にまみれ、透き通るような白い肌は血の気を失ってなお月光を弾いている。

 見開かれた瞳は、かつては血よりも深い真紅だった。今はその輝きを失い、ただ虚ろに夜空を仰いでいた。

 

 ムーディが吐き捨てる声には、怒りより疲労が、そして多くの仲間を失った欠落感が勝っていた。

 

「この『人喰い』め……死体も残さず平らげるせいで、こっちは骨の一本も拾えやしない」

 

「しかし、これでようやく闇は去った」

 

「そうだといいがな。こいつの娘がまだ残っとる。そいつを始末するまで、儂は引退できん」

 

「アラスター、君はもう十分すぎるほど働いた。そろそろ後進に任せてみてはどうかね?」

 

「その言葉、そっくりそのままお返ししよう、ダンブルドア。あんたこそ、そろそろ引退を考えていい歳じゃないのか?」

 

 ダンブルドアは疲れたように両目を閉ざすと、祈るように杖をひと振りした。

 ふわりと舞い降りた真っ白な布が、物言わぬ女の亡骸を静かに覆い隠した。

 

 ムーディは苛立たしげに舌打ちする。

 無事な方の目の視線の先には担架に乗せられた仲間の亡骸があり、白布の下から覗く手は、土で汚れていた。

 

「……闇払い局の精鋭をこれだけ動員して五年。"あの人"が消えてから、これだけの損害は初めてだ」

 

「ロシアに行ったりアジアに行ったりと、わしも随分と振り回されたものじゃ」

 

「全くだ。儂らが移動に使ったというだけの理由で、この女にマグルのジャンボ機を落とされた時のことは未だに夢に見る。魔法省史上最悪の不祥事などと新聞に槍玉に挙げられてな――」

 

 ムーディは吐き捨てるように言い、杖を握り直して周囲の闇を睨みつけた。

 

「―――で、この女の娘は何処に隠れている。一刻も早く見つけ出して、魔法省の管理下に置かねばならん」

 

「アラスター、その子はまだ何も犯しておらん」ダンブルドアは冷ややかに言った。

 

 ダンブルドアは白布に覆われたナターシャの遺体から視線を外さなかった。その声は静かだったが、氷のように冷たい。

 ムーディの魔法の義眼が激しく回転し、ダンブルドアの顔を射抜くように凝視した。

 

「綺麗事をぬかすな。こいつ一人のために、我々の仲間が何人死んだ? 数千のマグルが胃袋に消えたんだぞ。その血を引く娘が、成長して母親と同じ轍を踏まないと誰が保証できる!」

 

「罪は血に宿るものではない」

 

「血筋がどうあれ、『反吸血鬼法』違反だ! 問題の娘が半吸血鬼である以上、魔法省に出頭して登録を受けねばならん!」

 

「これ以上は平行線じゃ。議論はひとまず明日以降にお預けとしよう。いずれにせよ、件の娘は今のところ我々から実に上手く姿を隠しておる」

 

 荒い息遣いがあった。

 ダンブルドアとムーディはしばらく向き合っていたが、やがて二人ともナターシャの遺体へと向き直った。

 

「ではアラスター」

 

「ああ。こういう奴は火葬に限る。不死鳥でもない限り、死体が灰になってしまえば起き上がることはないからな」

 

 ダンブルドアは答えなかった。

 ムーディは忌々しげに顔を背けて顎を伝う血を乱暴に拭うと、亡骸に向けて静かに杖を突き上げた。

 

「インセンディオ」

 

 杖の先から噴き出した白い炎が湿った夜気を瞬く間に焼き払い、周囲に集まった闇払いたちの顔を白く照らし出した。

 霧の中に、焦げ臭い匂いが広がった。

 

 

――――

 

 

 ナターシャの娘はカティアという名前だった。

 

 魔法界を揺るがした『人喰い』討伐から三年ほど経ったある日、けたたましいベルの音が歴史ある赤レンガの校舎に響き渡った。

 

「ねえ、聞いてるの、カティア!?」

 

 背後から追いすがってきた少女が、憤慨した様子でまくしたてる。

 重たい革バッグを揺らしながら追いかけてくる学友に軽く視線をやりながら、煌めくプラチナブロンドのロングヘアの女子生徒は真紅の瞳を細めた。

 

 北ロンドンの丘の上、緑豊かな高級住宅街に位置するロースクール。

 歴史あるレンガ造りの校舎から、放課後を告げるチャイムの音と共に紺色のブレザーに身を包んだ生徒たちが飛び出してきた。

 

「ねえカティア、ミセス・ヒギンズったら本当にひどいのよ!」

 

 膝丈のチェックスカートをなびかせながら、カティア・アシュリーはクスクスと笑った。日傘を取り出しながら澄んだ甘い声でこう返す。

 

「ヒギンズ先生といえば、数学の宿題のことでしょう? でもサラ、あなた昨日ずっと『セーラームーン』の輸入ビデオを観てたって言ってたじゃない」

 

「それはそうだけど! でも、あんなに山のような計算問題、月曜までに出せなんて無理よ!!」

 

「サラ、私は手伝わないよ?」

 

「ねえ"カチューシャ"、宿題終わった?」

 

「あのねえ、前にあなたにノートを貸した結果、私まで酷い目にあったのを忘れたの?」

 

「もう丸写しはしないから!! お願い!! どっちにしても"お気に入り"カティアは先生に怒られやしないじゃない!!」

 

 校門を出ると、初夏の湿り気を帯びた風が二人の紺色のブレザーを揺らした。

 サラが必死に手を合わせて拝み倒すのを見て、カティアは困ったように眉を下げて笑った。

 

「……仕方ないなあ。今回だけだよ?」

 

「ありがとうカティア!!」

 

 自分が便利に使われているとは思うが、カティアは別にそれで構わなかった。

 どちらにしてもサラとの日々は残り半年もない。このプライマリースクールを卒業したら、カティアはロンドン郊外の名門女子校へ。サラは地元の公立中学へ進むことになる。

 緩やかな坂を下っていくと、サラが不意に声を弾ませた。

 

「あ、レモネードだ。飲みたい!」

 

 サラの視線の先には小さな屋台があった。氷の浮いたガラス瓶の中で淡い黄色の液体がきらきらと跳ねていて、実に涼しげだ。

 

「買い食いは禁止だよ」

 

 そう言うカティアは、レモネードよりも路肩の石垣の上に座り込んでいるトラ猫に気を取られていた。

 通学路で最近よく見かける野良猫だ。

 それとも飼い猫だろうか。目の周りに眼鏡のような特徴的な模様がある。

 

 サラがカバンを漁って叫ぶ。

 

「ねえカティア、私お財布忘れちゃった!!」

 

「あ、うん」

 

「聞いてる?」

 

「聞いてるよ、サラ。なあに、私にレモネードを買えってこと?」

 

「お金は絶対に返すから!!」

 

「私、その辺は厳しいからね」

 

 カティアは溜息をついてスカートのポケットを探り、屋台へと歩み寄った。

 

「冷たいのを二杯ちょうだい。喉が渇いちゃった」

 

「はいよ、お嬢ちゃん。50ペンスだ」

 

「あら、お安いのね」

 

 エプロン姿の店主が氷の浮いたプラスチックカップを差し出す。

 カティアはチェックスカートのポケットから学校のロゴ入りの小さなメモ帳を取り出し、白紙のページを一枚、目立たぬよう指先で切り取った。

 次の瞬間、カティアの細い指に挟まれていたのは、エリザベス女王の肖像が印刷された5ポンド紙幣だった。

 

「はい、これで」

 

「おっと、5ポンドか。細かいのはないかい?」

 

「ごめんなさい、これしか持ち合わせていなくて」

 

 店主はいそいそとお釣りを数え始めた。

 

「いいさ。はいよ、4ポンドと50ペンス。お気をつけて、お嬢ちゃん」

 

「ありがとうございます。良い一日を」

 

 レモネードをサラに渡しながら、カティアは少し不安げに後ろを振り返った。

 なぜかトラ猫が、じっとこちらを見つめていた。

 

「なあに、可愛いネコちゃん。お腹すいたの? レモネード飲む?」

 

「わー!!! ありがとうカティア!!! ………でもなんで猫と話しているの?」

 

「見られている気がして……ごめん、何でもないサラ。行きましょう」

 

 カティアは4枚のポンド硬貨と50ペンス硬貨を小さな掌でぎゅっと握りしめた。

 その拳を開いた時、掌の上には何もなかった。

 

――――――

 

 下校の途中、サラと別れたカティアは緩やかな坂道を一人で登りながら、神経質に後ろを振り返っていた。

 どうにも胸騒ぎがする。あの猫に会ってからずっとだ。

 

「………うちの子になってくれないかな、あの猫ちゃん」

 

 運命の出会いだったかもしれない。

 次に出会えたら聞いてみようと思いつつ、カティアは一人で肩を竦めた。母を魔法省に殺されて以降、カティアはずっとマグルに成りすまして潜伏生活を送ってきたが、最近は随分と平和なものだ。

 

 いつまでも見失った猫の心配をしていても仕方がない。

 カティアは手入れの行き届いた生垣に囲まれた大きなヴィクトリア様式の屋敷の前に立ち止まった。

 門扉に掲げられた真鍮のプレートに「ホワイトホール」と刻まれたこのお屋敷こそ、カティア・アシュリーの現住所だ。

 

 大きく深呼吸して重厚なオーク材のドアを開けると、焼きたてのスコーンの甘い香りと古い書物の匂いが混じり合った温もりが、彼女を迎え入れた。

 少女は耳の遠い養父母のために、明るく大きな声を出す。

 

「ただいま帰りました、おじい様、おばあ様。カティアです」

 

「おかえり、カティア。今日は遅かったね」

 

 リビングから顔を出したのは、白髪を上品に整えたジョセフ・ホワイトホールだ。

 老眼鏡をずらしながら、養女であるカティアを慈しむような眼差しで見つめた。カティアは困ったように笑いかける。

 

「寄り道していました。どうか先生には告げ口しないでくださる?」

 

「勿論だよ、可愛いカティア。ちょうど今、学校のミセス・ヒギンズからお電話をいただいたところだ」

 

 居間に入ると、ちょうどティーカップを置いていたマーサ・ホワイトホールが、カティアを見て誇らしげに目を細めた。

 

「ああ、カティア。あなたのテスト、また学年で一番だったんですって?」

 

「マーサ、全教科満点だ」

 

 ジョセフが訂正した。カティアは気恥ずかしくて顔を伏せる。

 

「そうだったわね。先生ったら『彼女のような聡明な子はこの学校の誇りです』って、電話口で何度もおっしゃるのよ」

 

 マーサはとても誇らしげだった。

 

「なんて優秀な子! 3年前にあなたを家族として迎えた日のことを、昨日のことのように思い出すわ。きっと神様が私たちに授けてくださった宝物ね」

 

 マーサがロッキングチェアからゆっくりと立ち上がり、カティアの華奢な肩を抱き寄せた。

 ホワイトホール夫妻にとって、カティアは晩年に訪れた奇跡だった。

 家柄も良く慈悲深い二人は、身寄りのない、けれど驚くほど美しく知的なこの少女を心から愛していた。

 

「あの日、玄関前に一人で現れたあなたのことを今でも覚えているわ。全身泥だらけで、何かから逃げてきたような……」

 

 カティアの真紅の瞳がキラリと光った。

 老夫婦の瞳が不自然に弛緩した。まるでちょうど今、目が覚めたかのように周囲を見回す。

 

「……えっと………あれ………―――」

 

「おばあ様、そろそろお茶にしましょう? 飛びきり熱くて刺激的なのをいれてあげるわ?」

 

 カティアが大きくゆっくりと問いかけると、老夫婦はスローモーションで頷いた。

 

「………そうね。カティアの言う通り、お茶にしましょう。今日はあなたの好きなストロベリージャムをたっぷり用意したからね」

 

「………そうだぞ、マーサ。細かいことを気にしすぎだ」

 

「ありがとうございます、おじい様、おばあ様」

 

 カティアがホワイトホール家に養女として迎えられてから、三年の月日が流れた。

 大犯罪者であり吸血鬼でもあった実の母が、闇祓いの集団とアルバス・ダンブルドアによって殺害されてから、今日までずっとだ。

 

 皮肉なことに、母との過酷な逃亡生活よりも、母を亡くした後の暮らしの方がずっと穏やかで満たされているのだった。

 ホワイトホール夫妻はカティアを実の娘のように慈しみ、カティアもまた、この心優しい老夫婦を心から愛していた。

 学校では友人に恵まれ、家では老夫婦の温かな眼差しに包まれる。そんな何気ない日常のすべてを愛していた。

 

 二度と魔法界などとは関わりたくないというのが、カティアの偽らざる本音だった。

 このままホワイトホール夫妻の養女として相応の大学へ進学し、受け入れてくれた彼らへ恩返しをして、老後を支えたい。

 そしていつかは素敵な男性と出会い、穏やかな家庭を築きたい。

 血筋がどれだけ汚れていようとも、カティアはどこまでも普通の女の子だった。

 

 

―――――――

 

 

 ホワイトホール家の二つ隣にある小さな公園。

 深夜、人影の途絶えた公園の入り口で、石垣の上に座り込んでいたトラ猫が音もなくしなやかに地面へと飛び降りた。

 着地と同時にその輪郭が揺らぎ、引き伸ばされて、一人の魔女の姿を形作る。

 

「随分とお待ちしましたよ、ダンブルドア校長」

 

「こんばんは、ミネルバ。実にいい夜じゃの」

 

 半月形の眼鏡を月光に光らせたアルバス・ダンブルドアが、のんびりとベンチに腰掛けていた。

 

「……こんばんは、アルバス。ここの住人たちは、猫を見かけるとポケットのお菓子を差し出さずにはいられない性質のようですね。もっとも、私は丁重にお断りいたしましたが」

 

「それは重畳。して、例の少女――カティア・アシュリーについては、どう見たかね?」

 

「三日間あの娘を監視して参りましたが……率直に申し上げ性格は温厚そのものです。特段の危険性は見当たりません」

 

「あの『人喰いナターシャ』の娘が、かね?」

 

「ええ。確かに容姿はあの吸血鬼に生き写しですが、今日は近所の友人と笑いながらレモネードを飲んでいました。潜伏先の養父母への接し方も実の娘以上に献身的と言えます」

 

 マクゴナガルは、ホワイトホール家へと続く道を振り返った。

 

「しかし日常的に白紙のメモを紙幣に"変身"させているのは、非常に悪質です。その行為自体も問題ですが……杖も持たずにあれほどの魔法を、いくら吸血鬼が変身術に長けた種族とはいえ……」

 

「あの『人喰い』の娘よ。さほど不思議もあるまい」

 

「それにしても、あの娘はどうやって魔法省の『未成年魔法検知呪文』や諸々の追跡センサーを掻い潜っているのでしょうか」

 

「察するに、ナターシャが存命のうちに娘へ何らかの知恵を授けたのじゃろう。『人喰い』もまた、追跡の非常に難しい吸血鬼じゃったからのう」

 

 ダンブルドアはベンチから立ち上がり、ゆっくりと歩き出した。

 マクゴナガルはその隣に並び、厳しい声音で続ける。

 

「カティアがいくら懸命にマグルへ溶け込もうとも、魔法省も世論もナターシャの娘を放っておくはずがありません」

 

「そうじゃな。『人喰い』が魔法使いたちの心に刻み込んだ傷は、それほどまでに深い」

 

「特にアンブリッジ周辺では、彼女を反吸血鬼法違反で即座に拘束すべきだという声が再度強まっています。……もっとも、彼らはナターシャの娘がイギリスに住んでいることすら掴んでいませんが」

 

 二人は足を止め、月明かりを反射するホワイトホール家の屋根を見上げた。

 マクゴナガルがそっと言う。

 

「……私が案じているのは魔法省の目だけではありません。ナターシャの娘は今、危うい均衡の上に立っている」

 

 マクゴナガルは屋敷を硬い表情で見つめた。

 

「私が見る限り、今のカティアは善良で、心優しく、聡明な子供です。ですが思春期が訪れ……初恋の熱や避けられぬ死別が……心優しい彼女を変質させないと、誰が断言できましょう」

 

 しばしの沈黙の後、アルバス・ダンブルドアは穏やかに目を細めた。

 

「ならば尚更じゃ。我々が魔法省よりも先にカティアの居場所を特定できたのは、実に幸運だったということよ」

 

「ホグワーツにあの娘を迎え入れるという事ですね」

 

「あの子には導き手が必要よ。力は抑え込むものではなく、理解し、制御するものと――我らが教えなければならん」

 

 ダンブルドアが言った。

 

「それに何者であろうと、ホグワーツは魔力を持つすべての子供に、等しく門戸を開いておる」

 

 





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