銀髪美少女お嬢様(ワケあり)のホグワーツ生活実践編   作:トリスメギストス3世

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015:彫刻師

 カティアが帰れば、ハイゲイトの屋敷はいつもと変わらず静かにそこにあった。

 春の柔らかな空気に包まれた庭はよく手入れされていて、石畳の小道の脇では色とりどりの花が風にそっと揺れている。イースターの時期なので低木にはささやかな飾り付けが施されていた。

 

「ただいま帰りました。ジョセフおじい様、マーサおばあ様! カティアです!」

 

 屋敷中に響くようカティアは思いきり声を張り上げた。

 耳の遠い養父母のためのこの習慣はここへ来てからずっと変わらない。出迎えた二人はひとまず健康そうで、カティアは胸を撫で下ろした。

 

「ああ、おかえりなさい。ずっと待っていたのよ」

 

「学校はどうだったんだい。ゆっくり聞かせておくれ」

 

 しばらく穏やかな時間が流れた。だが、カティアはどうしても切り出さなければならないことがあった。

 

 カティアを快く思わない魔法使いがこの屋敷を嗅ぎ回るかもしれないこと。

 その対策として、屋敷に魔法の防衛機構を置かせてほしいということ。

 

 そもそも恨みを買っているのはカティア自身なので、ホワイトホール家はとばっちりに過ぎない。カティアがここへ来なければ、二人が魔法使いに目をつけられることも命を狙われることもなかったはずなのだ。

 深く頭を下げて謝罪するカティアの言葉を静かに聞き終えると、ジョセフは口を開いた。

 

「カティアの思うようになさい」

 

 ホワイトホール家の当主は、穏やかな笑みを浮かべてこう続けた。

 

「お前を家族に迎えると決めたのは、私たちだ。だからお前の連れてきた運命も、丸ごと私たちのものだよ、カティア」

 

 ―――――――――

 

 ハイゲイトの屋敷を魔法で防衛するといっても、カティアは"侵入者検知呪文"のような繊細な魔法を使えない。

 

 結局、庭に魔法の彫刻を大量に設置して侵入者が現れたら殴り倒すという方法に落ち着いた。

 魔法の防衛装置としてはスマートさに欠けるが、一体一体が現金護送車を叩き潰せるほどの怪力かつ強力な修復能力を備えているとなれば、どんな魔法使いでも苦労はするはずだ。

 

 誤作動のリスクは、対象をクィレルに限定することで最小限に抑えた。

 ホワイトホール夫妻や屋敷に出入りする庭師、あるいはマグルの客人を巻き込まないようにするための配慮だ。

 

 せっかくの彫刻がマグルの泥棒には無反応なのは少々もったいない気はするが、そちらはホワイトホール夫妻が雇う普通の警備員の仕事と割り切ることにした。

 

「ほう……カティア、まさかこれは動くのかい?」

 

 庭に鎮座する高さ二メートルほどの一対の彫刻を見上げて、ジョセフは言った。

 粗削りなゴシック様式の天使像と悪魔像だ。カティアが巨石を魔法で削って造り上げた石像である。

 

 ひと仕事終えたカティアは両手を打ち鳴らしながらさらりと答えた。

 

「動きますよ。ほら、こんな風に………」

 

 巨大な石臼を回すような重い音を立てて、大理石の天使と悪魔がゆっくりと首を巡らせてジョセフの方を見た。

 生粋のマグルとして半生を過ごしてきたジョセフ・ホワイトホールは口をあんぐりと開けたまま固まる。

 

「この子たちが、おじい様とおばあ様を危ない魔法使いから守ってくれます」カティアは説明する。

 

 様々な種類の彫刻を、この広大な屋敷の敷地内に三十体近く配置した。

 ご近所さんは、ホワイトホール老夫婦が突然彫刻趣味にでも目覚めたとでも解釈してくれるだろう。

 

「それは……頼もしいな」ジョセフは掠れた声で言った。

 

「この天使像や悪魔像が起動したら、私が急いでこの屋敷に戻ってくる仕組みです。あとはどうしても緊急の用事があったら、この天使像の翼か悪魔像の角を折ってくださいな」

 

 カティア側が異変を察知できるような仕組みだ。

 

 そんなわけでイースター休暇三日目。

 満足のいく防衛機構を組み上げてひと息ついたカティアは、宿題もそこそこにジョセフとチェスに興じていた。

 

 あまりの負けっぷりにカティアは頬を膨らませる。

 

「……負けました」

 

「うむ」

 

 満足げな頷きだった。12歳の養女をボコボコにしてそんなに楽しいか。

 

「カティアも悪くはなかったよ。ただ、少しばかり受けが甘い」

 

「そういうのって、どうすれば最善手が分かるものなのですか?」

 

 巨大チェス攻略に行き詰まっているカティアは、せっかくなので尋ねた。

 

「言葉で伝えるのは難しいな。慣れもあるが、それだけでは足りん。盤を読む力は一朝一夕には身につかんものだ」

 

 ジョセフはそこで少し間を置いた。

 目が細くなる。懐かしむような顔だ。

 

「私も昔は、対局記録を並べて勉強したものだよ」

 

「私は序盤の形だけ覚えられれば十分です………」

 

 面倒事の匂いがしてカティアは唇を尖らせるとジョセフが苦笑して続けた。

 

「チェスで勝つために、強い者同士がどのように指したかを最初から最後まで追っていくんだ。なぜその手を選んだのか、どこで形勢が動いたのか。それを自分の目で確かめるのだ」

 

 絶対やらない、とカティアは思った。ジョセフは少し考えるように視線を宙にやり、それから言った。

 

「確か、この屋敷のどこかに本があったはずだ。古いものだが、過去の達人たちの試合が多数記録されたものが——」

 

 立ち上がったジョセフをカティアは呼び止めようとしたが、ふと思いついた事があった。

 その記録を、『カンニングペーパー』に覚えさせるようなことは出来るのだろうか。上手く行けば熟練プレイヤーの思考をそのまま転写するなんて難解な魔法を使わずとも、かなり強力なチェスプレイヤーを再現できるのでは?

 

――――――――

 

 そもそもの前提として、カティアはジョセフを助けるために『賢者の石』を求めていた。

 

 しかし、このイースター休暇で肝心のジョセフは意外なほど元気そうだった。

 少なくとも、“今この瞬間に石が必要だ”という切迫感はない。よってカティアには相当な余裕が出来た。時間の経過をそのまま状況の悪化とみなさずに済むのは非常にありがたいことだ。

 賢者の石の奪取にじっくりと準備の時間を割けるのであればそれに越したことはない。

 

 休暇の終わりの日、空はよく晴れていた。

 

 ハイゲイトの屋敷を出るとき、カティアは一度だけ振り返る。

 石造りの門の向こう、変わらぬ佇まいの屋敷とそこで暮らす養父母の姿を思い浮かべた。

 

「……すぐに戻りますからね」

 

 誰に聞かせるでもない宣言だった。

 何にしても、巨大チェス攻略のための『カンニングペーパー』のヒントも得たことでカティアはご機嫌でホグワーツ特急に乗った。

 

 そしてホグワーツに帰って早々、カティアは予想の斜め上をいく問題を抱えることになった。

 

「ハグリッドがドラゴンの卵を孵化させようとしてる!?」カティアが叫んだ。

 

「シーッ! 声が大きいよ、カティア!」ハリーが慌ててカティアの口を塞いだ。

 

 カティアはとっさにロンとハーマイオニーの顔を見た。ドラゴンの卵を孵す? ホグワーツで?

 

「嘘でしょう? 嘘よ。みんなして私をからかってるのね?」

 

「違うの。違うのよ、カティア……本当のことなの……ねえ、どう思う?」ハーマイオニーが泣きそうな声で言った。

 

 嘘であってくれと視線を滑らせると、ロンも青ざめた顔でこくこくと頷いた。カティアの白い猫が、ぽんと軽い音を立てて四角く無機質なトランクに戻った。

 

「どう思うもこう思うも――」カティアは慎重に切り出した。

 

 ドラゴンは小屋に収まりきらないほどのサイズに成長する。

 ハグリッドはドラゴンを隠すことも抑えることもできなくなり、逃げ出したドラゴンは――。

 

「――野生化したドラゴンが城まで飛んできて、生徒をぱくぱく食べたりしなければいいけど……」

 

 カティアの真っ暗な予測を聞いて、ハリーが呻いた。

 

 またひとつ心配の種が増えてしまった。ハグリッドが法を犯して小屋にドラゴンを隠しているのがバレたらどうなるか、カティアたちは気が気でなかった。

 

「ハグリッドも大人なんだから、自分の責任は自分で取れるよ」

 

 カティアは自分にそう言い聞かせた。大人なら、本当に後先も考えずにいるなんてことはないはずだ。そうに違いない。

 

「あーあ、平穏な生活って、どんなものかなあ」

 

 次々に出される宿題と来る日も来る日も格闘しながら、ロンがため息をついた。

 ある朝、ヘドウィグがハリーにハグリッドからの手紙を届けた。たった一行だった。

 

「いよいよ孵るぞ」

 

 カティアはそれをハリーの手から横取りすると、羽根ペンで「私は行きます。カティア」と殴り書きした。隣のロンがさっさと羽根ペンを奪い取って自分の名前を書き入れ、ハリーも机の向こう側から手を伸ばして羽根ペンを取った。

 カティアは三人分の署名が入った羊皮紙を指先で突いてコウモリに変身させ、そのまま飛ばす。

 

 署名しなかったハーマイオニーが肘でわき腹を小突いてきた。カティアは言い訳する。

 

「だってドラゴンの赤ちゃんだよ?」

 

「だからなんだっていうの?」ハーマイオニーがヒステリックに囁いた。

 

 カティアはハリーとロンと視線を交わした。全員同じことを考えていることがわかった。

 

「見たいんだもの……」

 

 好奇心には勝てなかったが、ハーマイオニーが教科書でカティアの頭をはたいてきた。

 しかしカティアはめげなかった。カティアはナターシャとの逃亡生活で成体のドラゴンは数度見たことがあったが、赤ちゃんのドラゴンなど見ようと思って見られるものではない。

 

 ましてや孵化の瞬間など………これを逃したら一生に一度の機会を棒に振るだろう。

 カティアとロンは薬草学の授業をさぼって今すぐ小屋へ向かおうとしたが、ハーマイオニーが大騒ぎした。

 

「だって、ハーマイオニー、ドラゴンの卵が孵るところなんて、一生に何度も見られると思う?」ロンが言った。

 

「授業があるでしょ。さぼったらまた面倒なことになるわよ」

 

 結局、午前中の休憩時間に四人で急いで小屋へ向かうことになった。

 その間に産まれてしまうのではと三人は気を揉んだが、ドラゴンはカティアたちが来るまで生まれるのを待っていてくれた。

 

 ハグリッドの小屋に飛び込むと、大きな卵はテーブルの上に置かれていた。

 深い亀裂が走っている。

 

「わあ……!」カティアは思わず声を漏らした。

 

 中で何かが動いている。コツン、コツンという音がする。

 みんなで息を潜めて見守った。すると、突然キーッと引っ掻くような音がして卵が割れ、小さなドラゴンがテーブルへと這い出してきた。

 

 骨と皮だけの真っ黒な胴体に、巨大な骨ばった翼、オレンジ色の出目金。

 

「綺麗……! 可愛い……!!」カティアが声を押し殺して歓声をあげた。

 

「そうだろう、そうだろう! 美しかろう……連中は美しいんだ……!」ハグリッドがうっとりとドラゴンを見つめた。

 

 幼体のドラゴンは恐ろしく繊細で、それでいて機能的な造形をしていた。

 成体の持つ力強さは欠片もないが、代わりに圧倒的な生命力を感じる、

 

 何とも心震わされる光景だった。赤ちゃんがくしゃみをすると鼻から火花が散った。

 

「すばらしく美しいだろう? なあ?」

 

 ハグリッドがそう呟きながら手を差し伸べ、ドラゴンの頭を撫でようとした。するとドラゴンは尖った牙を剥き出しにしてハグリッドの指に噛みついた。

 

「こりゃすごい、ちゃんとママちゃんがわかるんじゃ!」

 

「ねえ、ハグリッド、触っていいかしら?」カティアがうずうずしながら聞いた。

 

 許可をもらってそっとドラゴンを抱き上げると、赤ちゃんは小さな身体をばたばたさせて暴れた。背中の鋭い棘が腕に刺さってカティアは痛い思いをしたが、それでも感動が消えることはなかった。

 

 ドラゴンの体温はほんのりと熱く、まるで湯たんぽを抱いているようだった。

 

「暖かい………素敵ね、ドラゴンって………」

 

 ハグリッドが激しく頷いた。

 カティアは視界の端でハーマイオニーとハリーが仰天したように目を合わせるのが見えた。赤ちゃんドラゴンに母性を貫かれていたカティアは若干我に返った。

 

 しっかりとドラゴンを抱きしめたまま、怪訝そうにハグリッドを見上げる。

 

「でもハグリッド、この子をこの小屋で育て続けるのは無理よ。当然、少し大きくなったドラゴンを預けられるような、信頼できる伝手があると思っていいのよね?」

 

 答えようとしたとたん、ハグリッドの顔から血の気が引いた。はじかれたように立ち上がり、窓際に駆け寄よる。

 

「どうしたの?」ハリーが聞いた。

 

「カーテンの隙間から誰かが見ておった……子供だ……学校の方へ駆けていく」

 

――――――――

 

 さらに悪いことに、ドラゴンの孵化を目撃した生徒というのはドラコ・マルフォイだった。

 翌週、マルフォイが始終薄笑いを浮かべているのが四人には気になって仕方がなかった。違法なドラゴンのことを密告するつもりに決まっている。

 

 カティアは本気で”忘却呪文”による襲撃を検討したが、ハーマイオニーに相談したら即座に止められた。

 

「”忘却呪文”はとても難しい魔法よ。本で見たもの。カティアに使えるの?」

 

 カティアは変身術こそ得意だが、妖精の呪文はからっきしだ。

 概ね間違ってはいないのだが、それには例外がいくつかある。そもそも、カティアの”眠りの瞳”をハーマイオニーは何だと思っているのだろうか。

 

「使ったことはないけれど………でも誤解しているわ、私って別に変身術以外は全部だめってわけでもないのよ。厳密には、ホグワーツが定めた魔法の分類で得意不得意が分かれているわけないじゃない」

 

 ホグワーツは”妖精の呪文”や”変身術”として魔法を切り分けて教えているが、カティアに言わせればそれらはひと続きの力に過ぎない。呪文と呪いの区別も同様で、カティアは一つ一つの呪文に適性の有無が決まっているのだ。

 カティアにとって得意不得意の境界線は教科の壁ではなく、半吸血鬼としての体質に合うかどうかだけに依存する。”変身術”という分野が得意範囲に収まっているのは、あくまでその結果に過ぎないのだ。

 

「人の精神や記憶に干渉する類の魔法は吸血鬼の十八番よ。何しろ人間を惑わせて血を吸う種族だし………」

 

「でもやめておいた方がいいわ。結局”忘却呪文”を使ったことはないのでしょう?」とハーマイオニーは言った。

 

「マルフォイがもう誰かに話してしまっているかもしれないじゃない。それに、カティア・アシュリーが校則違反で失う信頼が人間の私たちと比べてどれだけ取り返しがつかないか、あなたは本当にわかっているの?」

 

 これには反論できなかった。

 ハーマイオニーの言う通り、カティアは世界最悪の魔法生物『人喰い』の実娘なのだ。

 

 そして頭が冷えてくると、そもそもハグリッドのためにここまで身を張る必要があるのかという根本的な疑問まで浮かびあがってきた。ほどほどのところで身を引かなければ、カティア自身の立場まで危うくなる。

 それでも四人は暇さえあればハグリッドの小屋を訪ねて窓を暗幕で覆った薄暗い室内でハグリッドを説得しようとした。

 

「ねえハグリッド、聞いて。この際、法律違反のことはなんでもいい。でもね、大きくなったこの子が人間に危害を加えでもしたら、ハグリッドもダンブルドア先生も困ったことになるわ」

 

 カティアはますます大きくなるドラゴンの両目をじっと睨みつけながら言った。

 もっとも、強大な魔法生物を相手に”眠りの瞳”の効き目は目に見えて落ちていた。連続使用で耐性がついてきているのだ。

 

「ダンブルドアはご遺族にどう説明なさるのかしら。『自分が雇っていた森の番人がドラゴンを違法に飼育しており、大切なご子息が亡くなりました』って具合? ホグワーツ史に残る大恥ね……」

 

 これは効いた。

 ダンブルドアが積み上げてきた信頼が瓦解する姿を思い浮かべたのだろう。ハグリッドの目が激しく揺れる。

 

「ハグリッド、カティアの言う通りよ。取り返しのつかないことが起こる前に何とかしなきゃ!」ハーマイオニーが援護した。

 

「二週間もしたら、ノーバートはこの家ぐらいに大きくなるんだよ。マルフォイがいつダンブルドアに言いつけるかも分からないし急がないと!」ハリーがハグリッドに聞こえるように大声で言った。

 

 ついにハグリッドが折れた。酷く動揺した声でこう続ける。

 

「そ、そりゃ……俺もずっと飼っておけんぐらいのことはわかっとる。だけんどほっぽり出すなんてことはできん。どうしてもできん………死んじまう………」

 

 ここでハリーが突然ロンに呼びかけた。

 

「チャーリー!」

 

「君も、狂っちゃったのかい。僕はロンだよ。わかるかい?」

 

「違うよ――チャーリーだ、君のお兄さんのチャーリー。ルーマニアでドラゴンの研究をしている――チャーリーにノーバートを預ければいい。面倒を見て、自然に帰してくれるよ」

 

 カティアは顔を上げた。やはり持つべきものは友人だ。思わぬところに道があった。

 

「名案だよハリー! ハグリッド、どうだい?」

 

 ハグリッドも、チャーリーに頼みたいというふくろう便を送ることに同意した。

 

 その次の週はあっという間に過ぎた。

 ドラゴンを逃がす目途がついたと思えばカティアも気楽になり、ハグリッドの小屋に通い詰めた。

 

 そしてノーバートは、人間たちの苦労など知らぬとばかりにすくすくと大きくなっていった。

 最初は小型犬ほどだった体格は既に大型犬のボアハウンドを上回り、小屋の家具をなぎ倒して床を傷だらけにするのがノーバートの日課だった。

 

「ノーバート、落ち着いて!」

 

 カティアは、ドラゴンの口を無理やり閉ざしながら叱った。

 尾と翼を振り回し大暴れするノーバートを強引に抑えつける。この作業は、既にカティアとハグリッドにしか出来なくなっていた。

 

「ご飯はおしまいって言ってるでしょ! おとなしく寝なさい!」

 

 この躾に意味はあるのかとカティアも内心で首を捻りながら、どうにかこうにかノーバートを眠りに落とす。

 

 ドラゴンの頭をそっと撫でるカティアは、自分の腕や首が傷だらけな事に気が付いた。

 大きく一呼吸して、全身の内出血や赤みを消しさる。カティアは半吸血鬼として、大抵の傷はすぐに治せてしまうのだ。

 

「君、ここを卒業したらハグリッドの弟子になったらどうだい?」ロンが感心したように言った。

 

「陽射しがダメじゃなければその道も考えるのだけれど」カティアは肩を竦めた。

 

 しかし、ノーバートはあと二週間もしたらカティアを食べてしまえるようになるだろう。

 ドラゴンというのはそれほど強大な種族なのだ。犬みたいに飼いならせるというのは大きな間違いと言わざるを得ない。

 

 案の定、水曜日の夜に問題が起きた。

 壁の掛時計が零時を告げた頃、肖像画の扉が突然開いてロンがどこからともなく現れた。ハリーの透明マントを脱いだのだ。

 

 ロンはハグリッドの小屋でノーバートに餌をやるのを手伝っていたが、その右手が血だらけのハンカチにくるまれていた。

 

「噛まれちゃったよ」

 

 ハーマイオニーが小さな悲鳴を上げた。

 カティアとハリーの顔が引きつる。ノーバートの噛み傷はカティアでも中々治せない厄介な代物なのだ。

 

「一週間は羽根ペンを持てないぜ。まったく、あんな恐ろしい生き物はいままで見たことないよ」

 

「………今後は出来るだけ私が行くしかないね。身体の丈夫さを考慮すると………」カティアは諦めた。

 

 その時、暗闇の中で窓を叩く音がした。振り返ってみるとヘドウィグだ。

 ハリーは急いでふくろうを中に入れた。

 

「チャーリーの返事を持ってきたんだ!」ハリーが嬉しそうに言う。

 

 カティアも手紙を覗き込んだ。

 

 ロン、元気かい?

 

 手紙をありがとう。喜んでノルウェー・リッジバックを引き受けるよ。だけどここに連れてくるのはそう簡単ではない。来週、僕の友達が訪ねてくることになっているから、彼らに頼んでこっちに連れてきてもらうのが一番いいと思う。

 問題は彼らが法律違反のドラゴンを運んでいるところを見られてはいけないということだ。土曜日の真夜中、一番高い塔にリッジバックを連れてこられるかい? 彼らがそこで君たちと会って、暗いうちにドラゴンを運び出せる。

 

 できるだけ早く返事をくれ。 がんばれよ……。

 

 チャーリーより  

 

 カティアたちは互いに顔を見合わせた。

 

「話が分かるお兄さんね」カティアは安心した。

 

「ビルとチャーリーは昔から僕をちゃんと扱ってくれるんだ。まあ兄弟って言うのは年が離れてた方が良くも悪くも平和だよ」

 

 ロンは、自分の羊皮紙の切れ端に返事を書き綴った。

 

「透明マントがある」ハリーが言った。

 

「できなくはないよ……僕ともう一人とノーバートぐらいなら隠せるんじゃないかな?」

 

「ごめん、あなた達に任せるのはおっかないから私が一人でやっていい?」

 

 ハリーの提案にカティアが割り込んだ。

 女の子に任せる訳にはいかないと騎士道精神に則って反論するハリーとロンに、カティアは肩を竦める。

 

「だってノーバートの体重を持ちあげられるのって、この城でハグリッドと私だけじゃないの………」

 

 

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