銀髪美少女お嬢様(ワケあり)のホグワーツ生活実践編 作:トリスメギストス3世
障害が起きてしまった。
翌朝、ノーバートに噛まれたロンの手は二倍以上の大きさに腫れ上がってしまったのだ。どうやらノルウェーリッジバックの牙には毒があったらしい。
ロンはドラゴンに噛まれたことが知られるのを恐れてマダム・ポンフリーのところへ行くのをためらったが、カティアは強く首を振った。
「今すぐ医務室に行った方がいいわ。この手の噛み傷は放置すればするだけ悪化するもの。私でもなければ自然治癒は望めないわよ」
「でもカティア、ポンフリーに聞かれたらなんて答えればいいんだ?」ロンが呻いた。
「呪文が逆噴射したとか………」カティアはかなり苦しい言い訳を提案した。
ハラハラしながらロンを医務室に送り出したカティアたちだが、幸いにして校医のマダム・ポンフリーは生徒が怪我をした経緯を執拗に追及する人物ではなかった。
彼女は傷を一目見て何かしらの噛み傷だと即座に見抜いたらしいが、ロンがごまかすと、それ以上は何も言わなかったらしい。
「犬に噛まれたってことにしたよ。多分信じてはいないだろうな………」ベッドに横たわったロンが言った。
きっと、ポンフリーはロンが嘘をついてでも治療を受けに来たという事実を尊重してくれたのだろう。
ホグワーツの校医には、生徒が犬に噛まれたと主張すればそれを呑み込む懐の深さが必要なのかもしれない。そうでもしないと校則違反の傷を負った生徒が来てくれなくなる。
とにかく、ロンはひどい状態でベッドに横たわっていた。ハーマイオニーが心配そうにロンの手を取る。
「手だけじゃないんだ」ロンが声を潜めた。「もちろん手の方もちぎれそうに痛いけど……マルフォイが来たんだ。本を借りたいってマダム・ポンフリーに言って入ってきやがって、何に噛まれたか本当のことを言いつけるって僕を脅すんだ」ロンは不安そうに身じろぎした。
「土曜日の真夜中にはすべて終わるわ」ハーマイオニーがなだめた。
しかしその言葉は逆効果だった。ロンは突然ベッドの上に起き上がり、だらだらと冷や汗をかきはじめた。
「土曜の零時!」
ロンの声はかすれていた。
「あぁ、どうしよう……大変だ……たった今、思い出した。チャーリーの手紙をあの本に挟んだままなんだ」
「えっ」
カティアは真っ青になった。
「僕たちがノーバートを引き渡そうとしてること、マルフォイに知れてしまう。ごめん。本当にごめん!」
カティアが答える間はなかった。
マダム・ポンフリーが入ってきて三人を病室から追い出してしまったのだ。
ハーマイオニーが真っ青な顔でカティアを見た。
ノーバートの運送役はカティアだ。あらゆるリスクを引き受けることになる。
「……大丈夫。ドラゴンに手を噛まれていたら、不注意のひとつやふたつあって当然よ」カティアは自分に言い聞かせた。
ここでロンを責めるのは筋違いだ。
チャーリーに連絡したのもドラゴンに噛まれたのも、元はといえばすべてハグリッドのせいなのだ。ロンはよくやってくれている。
ロンのミスは致命傷ではない。
違法な生物の受け渡しの日時と場所をマルフォイに把握されているのはかなり厄介だが、考えてみれば躱せないわけでもなかった。
「私に任せて。何とかしてみせるわ」
「でもカティア、やっぱり僕が……」ハリーが言いかけるのをカティアは手で制した。
「大丈夫よ。これでも本職の闇祓いの追跡を完全に振り切れる半吸血鬼なのよ」
カティアはパチンとウインクしてこう続けた。
「『人喰いナターシャ』の娘が学校の夜歩きも出来ないなんて知られたら、お母様に呆れられてしまうわ」
――――――――
数日が経ち、ついにノーバートが旅立つ夜がきた。
透明マントを借りたカティアは足音を潜めて城の外に出る。
良く晴れた美しい夜だった。
そしてハグリッドの小屋に行けば、ボアハウンド犬のファングがしっぽに包帯を巻かれて小屋の外に座り込んでいた。
「なに? あなたもノーバートに怪我させられちゃったの?」
カティアはマントを脱いでファングの傍にしゃがむと、優しくボアハウンドの頭を撫でた。
ドラゴンに怯えるファングの切ない鳴き声は、なんとも哀愁を誘う響きだった。
「あの子も今夜でいなくなるから安心なさいな」カティアはファングを慰めた。
小屋に入ると、ハグリッドはノーバートを大きな木箱に入れて準備をすませていた。
「長旅だから、ねずみをたくさん入れといたし、ブランデーも入れといたよ」
ハグリッドの声がくぐもっていた。
酒の匂いと腐臭が漂って小屋の中は大変なことになっていた。
「淋しいといけないから、テディベアの縫いぐるみも入れてやった」
道理で箱の中からは何かを引き裂くような物音がするわけだ。
カティアは透明マントを箱にかぶせて、自分もその下に隠れた。そのまま木箱を抱え込み夜道を急ぐ。
ノーバートの重さ自体はさほど負担にはならなかったが、木箱はとにかく大きくて持ち運びにくかった。
その気になれば翼で飛ぶことも出来ただろうが、透明マントとの相性が悪いのでやめた。
天文台の塔に辿り着いたあたりで、カティアは足を止めた。
数メートル先で二人の人間が怒鳴り合っている。タータンチェックのガウンを羽織り、頭にヘアネットをかぶったマクゴナガルがマルフォイの耳をしっかりとつかんでいた。
「罰則です!」マクゴナガルが鋭く声を張り上げた。「それから、スリザリンから二十点の減点! こんな真夜中にうろつくとは、いったいどういうつもりですか」
「先生、誤解です! ハリー・ポッターがここに来るはずなんです……ドラゴンを連れて来るんです!」
今夜の幸運の女神はカティアに微笑んでいる。
何故かマルフォイが自滅している。察するに、ハリーやカティアがドラゴンを運送する現場を抑えようとしたのだろう。
しかしマルフォイは透明マントを知らない。
この調子ならチャーリーの手紙も、マルフォイを嵌めるための罠だったという事に出来てしまうかもしれない。
「なんとくだらないことを! そんな見え透いた嘘をついて恥ずかしくないんですか! さあ、来なさいマルフォイ。スネイプ先生にご報告しなければなりません!」
飛び上がって喜びたい気分だった。
しかし、マクゴナガルが念のために天文台の塔へ確認に上がってくるような事態になれば大問題だ。カティアは息を潜めて天文台の塔を駆け上がり、ノーバートの入った木箱をそっと床に置いた。
夜の冷たい空気の中で耳を澄ます。マクゴナガルが来る気配はない。
さっきまで聞こえていた穏やかな寝息は消えており、代わりに箱の中からはゴトゴトと物音がしていた。
蓋をほんの少しだけ開けて中を覗き込む。
ノーバートはぎゅうぎゅうに詰め込まれたネズミや、すでに無残な姿のテディベアたちに囲まれ、どういうわけか妙に満足げな顔をしていた。
「大人しくしててね……」カティアは懇願した。
そっと手を伸ばしてみると、ノーバートはご機嫌だったのか頭を撫でさせてくれた。
「元気にするのよ。ちゃんと可愛がられなさいね」
名残惜しさを隠すようにそう言うと、ノーバートはぐるぐると低い喉音を鳴らした。
チャーリーの友人たちは陽気な連中だった。ロンが手紙で事前に話しておいてくれたのか、『人喰いナターシャ』の娘と顔を合わせても、さほど驚いた素振りは見せなかった。
「年がら年中ドラゴンを相手にしていると、吸血鬼の一人や二人……いや、失礼。馬鹿にするつもりじゃないんだ」
そう言った青年は仲間に頭を小突かれていた。
彼らは六人がかりで手際よく拘束を終えると、すぐに箒へ荷物を固定して出発準備へ移った。
向こうも大きなリスクを負ってここまで来ているのだ。ホグワーツへの無断侵入に違法飼育のドラゴン運搬。捕まれば笑い話では済まない。
「じゃあね、ノーバート」
そっと声を掛けると、ノーバートは不満そうに鼻から煙を吐いた。
カティアは胸が締め付けられるような思いだった。ずっと面倒を見ていたため少し寂しい。
やがて、夜空へ箒が浮かび上がった。
大きな荷物を抱えたドラゴン使いたちは、月明かりの中をゆっくりと上昇していった。ノーバートの影が闇へ溶けていくまでカティアは黙って手を振り続けた。
そして忘れず透明マントを被る。
帰り道は拍子抜けするほど順調だった。
誰とも鉢合わせず、ピーブズに絡まれることもない。夜のホグワーツは静まり返り、足音だけがやけに大きく聞こえた。
カティアは軽い足取りでグリフィンドール塔まで戻ると、念のため『太ったレディ』の肖像画は通らず、近くの窓から談話室へ滑り込んだ。
透明マントを脱いだ瞬間、待ち構えていたハリーとハーマイオニーが同時に大きく息を吐く。
「どうだった?」
「完璧よ。ノーバートは無事に引き渡せたし、それにマルフォイがマクゴナガルに捕まってたの!」
三人で飛び上がって喜んだ。
――――――――
カティアたちの戦勝気分はあまり長くは続かなかった。
何故かネビルまで深夜外出でマクゴナガルに捕まってしまったのだ。曰く『マルフォイがドラゴンのことで君たちを捕まえようとしているのを警告しようとした』ということらしい。
ネビルはグリフィンドールから二十点引かれ、おまけに罰則まで受けた。
哀れなネビルはすっかりしょげ返り、まるで身長が二十センチ縮んでしまったようだった。この話を病室でハリーから聞かされたロンは申し訳なさそうにシーツを指先でいじっていた。
「そりゃ悪いことしたなあ……僕がチャーリーへの手紙をヘマしてマルフォイに渡してしまわなければ、ネビルだってあんな目に遭わずに済んだのに」
「違うわ。ハグリッドが違法なドラゴンを育てたりしなければ、あなたはドラゴンに噛まれなかったし、わたしたちは誰も危ない橋を渡らずに済んだのよ」ハーマイオニーがきっぱりと言った。
これは否定できない事実だった。
ハリーもカティアも目をそらした。病室に何とも言えない後味の悪さが広がる。
「何にしても――」ロンは痛そうに呻きながら続けた。「――カティアが捕まらなくて良かったよ。僕のせいで君がマクゴナガルに捕まりでもしたらと考えるとゾッとするね」
「結果的にどうにかなったから大丈夫よ。それにマルフォイだってスリザリンから二十点も減点されて面目丸つぶれじゃない」
四人の間に、何とも奇妙な笑いが走った。
ネビルには悪いがこれだけはどうにも愉快で仕方がなかった。ハリーがにやにや笑いながら言う。
「早く良くなれよ、ロン」
「試験が近いんだから、早く戻ってきてね」ハーマイオニーが付け加えた。
ハーマイオニー以外の三人は声を揃えて呻いた。
ドラゴン騒動ですっかり頭から抜けていたが、試験はもうすぐそこまで迫っていた。
―――――――――
スプラウト先生の『薬草学』はそこそこ人気のある授業だったが、カティアは苦手だった。
なにしろこの教科の教室は城の裏手にある温室だ。
そして植物を相手にする以上、たいていは日光が差し込む場所での作業になる。そのため半吸血鬼のカティアはいつも、授業が進むにつれて段々と弱っていくのだった。
「………早退してもいいと思う?」カティアは泣き言をこぼした。
季節や天候によっては、教室中にニンニクの香り漂う『闇の魔術に対する防衛術』よりも苦しいのが薬草学だ。
いよいよ夏の気配が漂いはじめたこの日の天気は快晴の青天井で、カティアはもはや衰弱し始めていた。
「あと五分だよ、カティア。これが終われば後は全部屋内だから頑張って」ハリーが励ました。
「うう………。薬草学の試験をわざと落第して、来年から受けなくて済むようにしようかな。ねえハーマイオニー、どう思う?」
四人の中に奇妙な沈黙が降りた。
ハリーと気まずく顔を見合わせる。いつもならハーマイオニーが『冗談はよして。薬草学は魔法薬学とも深く結びついている、魔法教育の基礎中の基礎なのよ』と教育の重要性を説き始めるべき状況だ。
しかしハーマイオニーは、植え替えの終わった噴水シダ(葉先から十分おきに大量の水を噴き出す植物。庭に植えておけば自動で水をやってくれる)を前に上の空だ。
数秒の空白を置いて、ロンが遠慮がちに口を開いた。
「えーっと………ハーマイオニー、大丈夫? まさか君まで日光がダメになったわけじゃないよね?」
「え? ええ、大丈夫よ、ロン。ごめんなさい、少し寝不足で………何の話だったっけ?」ハーマイオニーが我に返った。
「また夜更かしして勉強してたの? もっと寝ないとダメだよ、ハーマイオニー。気づいてないかもしれないけど目の下がひどいことになってるよ」ロンが心配そうにハーマイオニーの顔を覗き込んだ。
ふらふらとしているハーマイオニーを、カティアは怪訝そうに見つめた。
同室のカティアが知る限り、彼女はある程度の時間きちんとベッドで眠っている。いくらなんでも会話すらままならないほどの寝不足になるのは不自然だ。
「大丈夫? 試験のストレスで眠れないのなら、今夜は私が“視て”あげましょうか?」
カティアはハーマイオニーをじっと見つめた。
お得意の不眠対策だ。
悪い夢を見ずにぐっすり眠れるとハリーには評判なのだが、ハーマイオニーはぎょっとした顔でこちらを振り返った。
そして勢いよく首を横に振る。
「あ……ごめん、大丈夫よ、カティア! お気持ちだけいただいておくわね!」
妙に大きな声だった。カティアとハリーは思わず顔を見合わせる。
「そう? ならいいけれど……」
カティアは小首を傾げた。ハーマイオニーの様子がおかしい。
授業が終わると『図書館に行ってくる』と宣言し、一人で城へ走り去っていくハーマイオニー。その後ろ姿を見送りながら、ロンは不安そうな顔をした。
「ハーマイオニー、何かおかしいと思わないか? あんなによそよそしかったかな」
「誰かと喧嘩でもしたとか?」ハリーも心配そうだった。
「少なくとも、私はしていないけどな……」カティアは肩をすくめた。
最近、カティアはハーマイオニーとろくに話せていなかった。
しかし、この調子だと、ハーマイオニーと話せていないのはハリーとロンも同じらしい。
きっと彼女の頭は試験勉強でいっぱいなのだろう。
いつ話しかけてもどこか上の空で、カティアは内心ひどく寂しい思いをしていた。
――――――――
もっとも、試験前で大変なのはカティアたちも同じだった。
「こんなの、絶対に覚えきれないよ」
ハリーは魔法史の教科書をバタンと閉じた。
ドラゴン騒動から数週間が経った深夜の談話室にて両目を閉じてソファに倒れ込むハリーを、カティアは横目で追う。
試験勉強でただでさえ忙しいところに、ハリーはクィディッチの練習にも追加で時間を取られていた。
「ビンズ先生の話を全部覚えようなんてしない方がいいと思うわ」
カティアは髪を指でくるくると巻きながら、手元の本に目を落として言った。
「流れだけつかんだら、今夜はもうおしまいにしていいんじゃないかしら」
「でも、ハーマイオニーが明日の朝までに教科書の九十ページまで覚えないと落第するって言うんだ」
「それが本当なら、来年の魔法史を受けるのはハーマイオニーだけね」
カティアは『勝手に計算する魔法、自由に思考する魔法』という題名の分厚い本を閉じて答えた。
ハリーは目元を手で覆いながら天井を仰ぎ、首を振る。
「あー、なんで魔法史ってあんなにつまらないんだろう。教科書を買った時は面白そうに思えたのに」
「根本的に小鬼の反乱が多すぎるからじゃないかしら」カティアは指を折って数えていく。「一六一二年のホグズミードでの反乱、一七五二年の大規模な反乱、十八世紀のバルゴットによる反乱―――」
それも似たような名前のゴブリンが似たような理由で反乱を起こし、似たような経緯で収束して、似たような内容の条約を結ぶのだ。延々と覚えさせられる生徒の身からすればたまったものではない。
「僕、魔法史の授業のせいで小鬼が嫌いになりそうだよ」
「あの授業を受けたら誰でも小鬼が嫌いになると思う………」
冗談のようで微妙に笑えない話だった。歴史教育の負の面すぎる。
ここでハリーは不思議そうにこちらを見ると、ふと思い出したかのように言った。
「ところでカティア、ハーマイオニーが言ってたんだけど………」
「なあに?」と、カティアは上の空で答えた。
「時々ベッドを抜け出して、真夜中に外出してるって本当?」
カティアはゆっくりと顔を上げた。
頭をよぎるのは、賢者の石を盗むために女子寮を抜け出した二度の夜だ。
それをハーマイオニーが知っていた。そしてハリーに相談している。
完全に不意打ちだった。心臓がバクバクと暴れ出す。
「まあ……ないとは言わないけれど―――」
カティアは必死に頭を巡らせる。どう答えればいいのかが分からない。
そもそもハリーがどういう立ち位置なのかすら不透明だ。質問の意図が見えない。
努めて平静を装いながら、カティアは澄ました顔で言う。
「―――私は半吸血鬼だもの。夜風が恋しくなることもあるのよ?」
我ながら相当雑なでっち上げだったが、ハリーは納得したようだった。
「あー、なるほどね。透明マントが必要なら貸してあげるから言ってね」
カティアは相当ひやりとしたが、一先ず危機は脱したらしい。
ハリーは特に気にした様子もなく、自分のバッグに魔法史の教科書を押し込もうとしている。
「でも、どうしてそんなことを聞くの?」
カティアは世間話めいた調子で尋ねた。
「あー……最近ハーマイオニーが、僕に変なことを聞いてくるんだ」
ハリーはそのまま続ける。
「深夜に君が何をしてるか知らないかって。僕は知らないって答えたんだけど………」
「……それ、私に言ってよかったの?」
「さあ?」
ハリーは肩をすくめた。
「じゃあ、僕はもう寝るよ。おやすみ、カティア」
男子寮へ続く階段を上っていくハリーを、カティアは手を振って見送った。
そのまま胸元を押さえる。無意識に、ガチンと歯を鳴らした。
間違いなくハーマイオニーに疑われている。
仮に彼女の酷い寝不足が『カティアがいつ動くかを夜通し見張っているから』だとしたら……。
「…………………………うそでしょう?」
誰にも届かない呟きが、深夜の談話室に静かに消えた。
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