銀髪美少女お嬢様(ワケあり)のホグワーツ生活実践編   作:トリスメギストス3世

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017:Dark Forest

「ねえハーマイオニー、ちゃんと寝ないと身体を壊すよ?」

 

 カティアはハーマイオニーのベッドの端にそっと腰を下ろした。

 女子寮には夜明け前の淡い青白い光が満ちていた。カーテンの隙間から夜明けの冷気が忍び込み、遠くでフクロウの鳴き声が響く。

 

 ピンクのガウンを着たハーマイオニーはベッドの上で半ば身を起こしたまま、必死に瞼を押し上げていた。

 

「わ、わたしはただ……ちょっと眠れなかっただけよ」

 

 ハーマイオニーの目の下には濃い隈が刻まれて髪は荒れ、焦点の定まらない瞳が虚ろに漂っていた。

 

 カティアは小さくため息をつく。

 ハーマイオニーが寝たふりをしていると気づいてから数日が経つ。観察して気が付いたことだが、ハーマイオニーは夜になるといつもより早めにベッドへ入るのだが、物音への反応が不自然なほど素早い。

 

 そしてカティアがベッドから抜け出してみると、ハーマイオニーは必ず寝返りを打つのだ。そして深夜にカーテンの隙間から薄く目を開けてこちらを伺うハーマイオニーの姿をカティアは真正面から確認していた。

 

 ハーマイオニーは暗闇ならバレないと思っているみたいだが、半吸血鬼が恐ろしく夜目が利くことを忘れているらしい。

 それ自体は何とも間抜けな話ではあるか、だからといって放置していいという話でもない。ベッドのそばにしゃがみ込み、ハーマイオニーと目の高さを合わせた。

 

 ここ数日ずっと迷っていたが、やはり聞くべきだと決めた。

 

「ねえ、ハーマイオニー。ひとつだけ教えてほしいんだけど―――」

 

 ハーマイオニーはカティアを疑っている。

 おおかた、カティアが夜中にベッドを抜け出したところを見られたか何かだろう。しかし、何がきっかけで疑われているかについては正直どうでも良かった。

 

 カティアが本当に気にしているのはハーマイオニー自身の身の安全だ。

 寝不足もかなり心配だが、それ以上に不安なのがハーマイオニーが『賢者の石』周りの暗闘に深入りしてしまうことだ。例えばハーマイオニーがカティアの後をつけて三頭犬やクィレルとでも鉢合わせでもして取り返しのつかないことになれば、非常に後味の悪いことになる。

 誤魔化すのは簡単だ。しかしハーマイオニーが傷つくリスクの方が重いと判断してそのまま切り込んだ。

 

「―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 ハーマイオニーの目が激しく揺れた。

 まさかここまで真正面から問い詰められるとは思っていなかったのだろう。疲れ果てた顔に、隠しきれない動揺がありありと浮かんだ。

 

「わ、わたしは眠れなかっただけよ」

 

 言葉が途切れた。ハーマイオニーは口を開きかけては閉じ、何かを必死に考えるように視線を彷徨わせる。

 沈黙だけが部屋に落ちた。カティアはじっと待ったが、やがてハーマイオニーは調子の外れた声で言った。

 

「カティアは真夜中に何をしているの」

 

 カティアはしばらく無言のままハーマイオニーを見つめた。やがてゆっくりと目を伏せた。

 

「………………眠っているわ。あなたが見たとおりに」

 

 カティアはハーマイオニーの髪をそっと撫でると、静かに立ち上がった。

 そのまま寝室を後にし、女子寮の螺旋階段を下りてグリフィンドールの談話室へと向かう。

 

 暖炉の赤い光が揺れる部屋に足を踏み入れながら小さく呟いた。

 

「……そろそろ引き際かな」

 

 同室のハーマイオニーに怪しまれるのは致命的だ。

 これ以上は危険が大きすぎるとカティアの本能が告げていた。

 

 悔しいが——『賢者の石』は、きっぱりと諦めるべきだろう。

 ここまでに費やした時間や労力は惜しいが、感情のまま深追いすれば全てを失う。

 

 カティアの目的は『賢者の石』そのものではない。

 石はあくまで手段であり、最終目的は養父母との生活だ。故にカティア自身が危機に陥るような無理は出来ない。

 

 カティアは静かに深呼吸し、暴れそうになる全身の神経を意図して鎮めていく。

 焦ると選択肢が狭まるものだが、今はまず一人で状況を見据えて冷静さを取り戻す”時間”が欲しい。そうして選択肢の幅を広げなければ待ち受けるのは悲惨な失敗だ。

 

 撤退のタイミングを見失えばそのまま即死する。今は自制心が必要な状況だ。

 

 

――――――――

 

 山積みの本に囲まれたロンは、羽ペンの先を噛みながら絶望的な顔をした。

 

「なあカティア、ビンズの『グローガン・スタンプが定めたヒトたる存在の定義とその意義について』のレポートは終わった?」

 

「半吸血鬼の友人がその当事者なのだから、適当に済ませずちゃんと取り組んでくださいな。吸血鬼も『ヒトたる存在』に含まれるのよ?」

 

「そういうことを言われると写しにくいじゃないか」

 

 ロンがなんとも言えない声を出した。カティアは大欠伸をしながら仕方なく説明を始める。

 

「『ヒトたる存在』とは、『魔法社会の法律を理解するに足る知性を持ち、立法に関わる責任の一端を担うことのできる生物』と定義されています」

 

 ロンが急いで羊皮紙の上に文字を書き始めた。

 

「ここには貴方のような"人間"、そして"小鬼"、"鬼婆"、"吸血鬼"……あとは私も含めた"半人"もここに分類されます。要は、対話が可能で法律を理解できる賢い生物ね」

 

 吸血鬼は亡者やゾンビと同じ『闇の魔法で動く死体』だ。

 しかしその高い知能ゆえにこの分類に収まる。ロンの記述を少し待ったあと、説明を続ける。

 

「逆に、法律を理解できる知能のないお馬鹿な生物は『動物』に分類されます。"トロール"、"妖精"、"庭小人"あたりね。見ての通り、人間に見た目が似ているかどうかはあまり関係がないわ。"マンティコア"や"スフィンクス"も『動物』扱いね」

 

「ちょっと待って」ロンが羽ペンを止めた。「スフィンクスってなぞなぞを出してくる怪物だろ? 頭は良いってビルが言ってたけど……」

 

「彼らは狂暴すぎるの。グローガンは『ヒトたる存在』を立法と社会参加が可能かどうかで定めたから、社会参加する意思がない生物は『動物』と定めたのよ。まあスフィンクス本人も納得でしょうね」

 

「ケンタウロスは? 頭が良いって聞くけど」ロンが続けて質問した。

 

「彼らは『動物』です。1811年、この『ヒトたる存在』の定義が出来た時に、自分たちが"汚らわしい"鬼婆や吸血鬼と同じ分類と知ったケンタウロスは自分たちを『動物』に分類しろと魔法省に主張したのが理由ね」

 

 カティアは鼻で笑った。

 四本脚の癖に、美麗な吸血鬼より自意識が上なのがケンタウロスという生き物だ。きっと極度の遠視で手元の鏡を視認できないのだろう。

 

「そんな経緯もあって、伝統的に吸血鬼とケンタウロスは仲が悪いわ。私もいつかあの半獣を眷族にして乗り回したりしてみたいものね。さて、ケンタウロスとほとんど同じ理由で水中人も『動物』です。ゴーストは『霊魂』という独立した区分に入っているわ。そして厄介なのが狼人間ね……」

 

 ロンはレポートから顔を上げた。

 

「いや、狼人間は人間さ。当たり前だろ?」

 

「まったくもってその通りなのだけれど、実際は狼に変身している瞬間は『動物』で、それ以外は『ヒトたる存在』という無茶な分類がされているわ」カティアは呆れた声で答えた。

 

「じゃあ変身中に何かしたら動物扱いで、変身解けたら人間扱い?」ロンが当然の疑問を口にする。

 

「それについてはあまり詳しくないわ。でもロンの言う通り、狼人間は『特殊な感染症にかかっている"人間"』なのだけれど当時の魔法生物規制管理部で、存在科と動物科がお互いに厄介者を押し付け合ったみたいなの。そのせいで今でも狼人間援助室は存在科で、狼人間捕獲部隊は動物科に置かれているわ。お役所仕事ねえ……」

 

 ロンがとても困った顔をした。ロンの父親は魔法省勤務だ。

 ちなみにカティアが魔法生物と規制の関係についてこれほど詳しいのは、自分自身が半吸血鬼だからだ。魔法族と魔法生物との関係や規制の話はカティアにとって決して他人事ではなく安全に直結する問題だった。

 

 ロンはちらりとカティアを見た。

 

「……吸血鬼も何かと管理が厳しい部類だってパパが言ってたけど……」

 

「それは私の親愛なるお母様のせいよ」カティアはあっさりと答えた。「『人喰いナターシャ』のせいで、吸血鬼に対する規制や管理の圧力が余計に高まった側面があるわ。狼人間よりも職に就けないわね」

 

 ロンはうめき声をあげたので、カティアは付け足した。

 

「私のことは心配しなくていいわ。ホグワーツを卒業したら魔法界とは決別してマグルに紛れて生きていくつもりだから」

 

「……カティアはそれでいいの?」

 

「魔法族と違ってマグルは私を『人喰い』の娘と怖がらないから、あっちの方が私は楽よ。そもそも魔法省の『反吸血鬼法』対策でダンブルドアに頼る必要がなかったら私はホグワーツに来ていないもの。学ぶこともあんまり無いし」

 

 カティアは久しぶりにパチンと指を鳴らして、自分の教科書を鳩に変身させた。

 杖無しの感覚頼りで魔法を扱えるカティアは、ホグワーツで勉学に勤しむ理由が普通の魔法族に比べて格段に薄いのだ。

 

「私が大人しいのはマグルの養父母の面倒を見終わるまでね。そして魔法省からの後ろ盾かつ私を縛り付ける鎖でもあるダンブルドアが寿命とかで死んだら、顔や名前を作り替えてもう一度逃亡生活に戻る予定」

 

「えっ、いなくなっちゃうのかい?」

 

「だいぶ先の話だけれどね。魔法省の『半吸血鬼法』が機能している限り安定した生活は厳しそうだから、少なくともイギリスは離れるつもり。世界を旅して回りたいな。……だけどもしロンが迷惑に思わないなら、友人として結婚式あたりには顔を出すよ」

 

 ロンは理解できないと言った声を出して、レポートに取り掛かった。

 

 何にしても賢者の石も諦めてしまえば気楽なもので、カティアが心置きなく試験勉強に集中出来た。

 カティアは毎日図書館に通い呪文の練習をしたりと全体的に有意義な時間を過ごせたと言える。

 それから20分ほど経ち、ロンが顔を上げた。

 

「そういえばハーマイオニーは? 君は見てないかい?」

 

「……今の時間ならベッドで眠っているんじゃないかしら」

 

「えーっ! 昼の3時だぜ! ハーマイオニーまで夜行性になっちゃったのかい?」

 

 カティアは曖昧に肩を竦めた。

 

 こちらは完全に"石"を諦めていたのだが、ハーマイオニーはそれを知らない。

 だから彼女は律義に、毎晩目を血走らせてカティアを見張り続けているのだ。そのせいでここ最近のハーマイオニーはすっかり昼夜逆転している。

 

 眠るのが昼ならば、カティアも妙な真似はできないという算段なのだろう。

 

「夜にちゃんと寝てくれるようになってくれるといいんだけど」カティアは心の底からそう言った。

 

「まったくだよ。最近のハーマイオニーはどうにも短気で……おっと」ロンが軽く視線を流して、口の形だけで言った。「マクゴナガルだ」

 

 カティアも振り向いた。ロンの言う通り、マクゴナガルがまっすぐこちらへ向かってくるところだった。

 

「ここにいたのですね、ミス・アシュリー。少し話があります。私の部屋までいらっしゃい」

 

「はい、マクゴナガル先生」

 

 カティアはちらりとロンと視線を交わした。

 先生に呼び出されたとあってロンは心配そうな顔をしていた。しかしカティアは説教や詰問ではない気がした。

 

 図書館を出ると、石造りの廊下には昼下がりの淡い陽光が斜めに差し込んでいる。

 マクゴナガルが規則正しく靴音を刻むため、カティアは小走りでついて行かなければならなかった。

 

「入りなさい」

 

 部屋について扉が開かれると、中は変わらず整然としていた。

 本棚には分厚い魔法書が整然と並び、窓際にはティーポットが置かれて細い湯気がゆらゆらと立ち上っている。

 

 勧められるまま椅子に腰を下ろすと、マクゴナガルは机の向こう側へ回ると椅子に座った。彼女は眼鏡の位置を直し、それから数秒間、書類へ視線を落としたまま黙った。

 カティアは無意識に自分の髪を弄っていた。呼び出された理由がわからないまま待つ。

 

 やがて、マクゴナガルが静かに切り出した。

 

「さて、ミス・アシュリー。"禁じられた森"にユニコーンが生息している事は知っていますか?」

 

「あー……はい。そういう話は聞いたことがあります」

 

 予想外の場所から話が始まった。

 ホグワーツへの不満でも成績でもましてや賢者の石でもなく、ユニコーン。

 疑問と当惑が表情に出たのだろう。マクゴナガルがカティアに向かって小さく頷いた。

 

「ええ、その話は間違いありません。"禁じられた森"には様々な魔法生物が生息していますが、その中でもユニコーンは最も強力な種類の一つです。純粋さの象徴ともされており、その血には強力な魔力が宿っていると言われています」

 

 マクゴナガルは机の引き出しから一枚の封筒を取り出した。

 

「しかし今週に入ってからハグリッドから報告がありました。ユニコーンが一体殺され、水曜日に死骸を発見したということです」

 

 マクゴナガルは羊皮紙に視線を落とし、静かに読み上げた。

 

「死亡した個体とは別に、もう一頭、何者かによって重傷を負わされたユニコーンが森にいる。大量の血だまりが見つかったとの事です」

 

 カティアの頭の中で一気に話が繋がった。

 

「ハグリッドはこの傷ついたユニコーンのことを案じています。出来るだけ早く見つけて治療をしてやりたい、そして万が一助からぬようなら、苦しみを長引かせずに楽にしてやりたいとのことです。そこで――」

 

「私ならユニコーンの血の匂いを辿ることが可能です。是非とも協力させてください」

 

 カティアはマクゴナガルが続きを言い終える前に口を開いていた。

 マクゴナガルは表情を引き締めて重々しく頷く。

 

「素晴らしい姿勢です。それでは今夜19時、玄関ホールに集合です。ハグリッドと共に私も同行します。森を歩くため。動きやすく汚れても大丈夫な服装で来るように」

 

 ――――――――

 

 賢者の石を諦めた矢先に、巨大チェス対策の『カンニングペーパー』が完成してしまった。

 

 ユニコーン捜索の集合時間である十九時まで間があったので、暇つぶしに図書館へ立ち寄ったときのことだった。

 カティア・アシュリーは、ルーズリーフの形にまとめた自作のマジックアイテムを見て口を尖らせる。

 

「どうしてこう………」

 

 これさえあれば、マクゴナガルの防衛装置を突破できる可能性はかなり高い。

 三頭犬、悪魔の罠、羽のついた鍵、そして巨大チェス。カティアはそのすべてに対する手札を揃えたことになる。もう少し早く完成していればハーマイオニーに怪しまれる前にけりをつけられたかもしれない。

 

 しかし、カティアは一度『賢者の石』を諦めたのだ。

 深く息をつき、ルーズリーフを鞄の奥へ押し込む。何にせよ、そろそろユニコーン捜索の集合時間だった。

 

 玄関ホールに現れたカティアを一目見て、マクゴナガルは言った。

 

「時間通りですね。服装は……ええ、よろしい。我々はまずハグリッドの小屋に向かいます」

 

「はい、マクゴナガル先生」

 

 玄関ホールを出た瞬間、五月の冷えた風が頬を撫でる。外はまだ完全な夜ではなかった。

 西の空に残照がわずかに滲み、群青色へ沈みゆく空の端が細く赤紫に染まっている。後ろを振り返れば、ホグワーツ城の高い塔の窓々に灯る橙色の明かりが、黒く沈んだ壁面にぽつぽつと浮かび上がっていた。

 

 カティアはマクゴナガルから数歩後ろを歩いた。

 遠方に見える禁じられた森は夕闇の中で巨大な黒い壁のように沈み込み、何とも恐ろし気に見えた。

 

「実を言うと今回のユニコーン捜索を、先日の夜間外出の生徒への罰則として活用するという案もあったのですが―――」

 

 マクゴナガルはフンと鼻を鳴らした。

 

「―――普通の生徒に夜間の”禁じられた森”は危険すぎること。そして怪我をしたユニコーンの治療と救出まで視野に入れた場合、可能な限り早く確実に見つける必要があることから、今回はミス・アシュリーの協力という形にしました」

 

「お任せください。マクゴナガル先生とハグリッドが一緒なら私も安心です」

 

 つまり、今回カティアに求められている役割は”災害救助犬”だ。

 暗い森の中で血の匂いを嗅ぎ取り、正確に足取りを追って、広い領域から一点の救助対象を見つけ出す。

 逆に言えば、マクゴナガルがカティアに期待する役割をそれだけに絞りたいという本音も透けて見える。杖明かりを掲げ早足で進むマクゴナガルが厳格な声でいくつか注意点を上げた。

 

「あなたの鼻がどれほど正確だとしても、私の許可なく前に出てはいけません。ユニコーンが殺されている以上、暗闇の中には一年生では到底対処できない邪悪な力が潜んでいる可能性があります」

 

「はい。マクゴナガル先生」

 

「また、身の危険を感じた場合は私かハグリッドの傍を離れず、我々からはぐれてしまった場合にはすぐに上空に退避し、城の方角に向かって真っすぐ飛びなさい」

 

「はい。分かりましたマクゴナガル先生」

 

 どうやら、マクゴナガルはこちらの返事に満足したようだった。

 

 ハグリッドの小屋の窓には明かりが灯っていた。

 遠方でばたんとドアが開き、ドア枠に巨大な影が逆光で現れた。

 

「お待ちしておりましただ、マクゴナガル先生。此度は俺の問題にわざわざ御足労おかけして―――」

 

「謝る必要はありませんハグリッド。ユニコーンが殺されるなど由々しき事態です」マクゴナガルがキッパリと言った。

 

 そしてマクゴナガルが、背後のカティアをハグリッドに示す。

 

「ミス・アシュリーを連れてきました。彼女なら夜の森でも血の痕跡を見失うことはないでしょう」

 

 ハグリッドは嬉しそうにカティアを見たが、マクゴナガルの手前でいつものような気安さは控えめだった。

 ずいと近寄りカティアにファングの手綱を持たせ、短い一言をかけるに留めてくる。

 

「お前さんなら心強い。ちょいと協力してくれや」

 

「任せてよハグリッド。ファングもよろしくね?」

 

 カティアはそっと大型のボアハウンド犬を撫でた。

 ファングは尻尾を千切れんばかりに振る。カティアの二倍以上の体重がある大型犬もこうなってしまえば可愛いものだ。

 

「ではハグリッド、あなたが先頭を。アシュリーは真ん中に。私は最後尾から警戒します。行きましょう」マクゴナガルがテキパキと指示を出した。

 

 前後を大人に挟まれて、ファングを連れたカティアは森のはずれまで進む。

 ………本当は、夜目が利く上に大怪我をしても高速で立て直せるカティアの方がマクゴナガルより危険な最後尾に向いているのだが、仮にそれを主張したとしても先生は譲らないだろう。

 カティアは、大人が与えてくれる庇護に素直に甘えることにした。三人と一匹は夜道を進む。

 

「ついでに聞くが―――」先頭を行くハグリッドが切り出した。「―――半吸血鬼はユニコーンの血を嗅ぎ分けられるもんなのか? 吸血鬼っちゅうもんはてっきり人間しか狙わんと思っちょったが………」

 

「一応、私たちって犬とか猫を吸血鬼化させることも可能なのよ? 私自身は人間相手であれ動物相手であれ吸血行動を試した事がないから又聞きだけれど―――」

 

 吸血鬼は、分類としては亡者やゾンビと同じ『動く死体』だ。

 厳密には”吸血鬼に血を吸いつくされた死体が闇の魔術で動く現象”そのものが吸血鬼と定義されるのだが、対象である死体は人間限定というわけではない。

 ほとんどの脊椎動物は、カティアが血を吸いつくして殺害したら呪いが発動するのだ。死体が吸血衝動と共にむくりと起き上がり、それはカティアの眷属となる。

 

「―――長寿な人間由来の吸血鬼と違って、動物を私たちと同じにしてもあまり”長生き”してくれないらしいの。……話が逸れちゃった。とにかく、イワシであろうとユニコーンであろうと、血液なら大体嗅ぎ分けが可能です。ハグリッドも安心して私を頼ってくださいな」

 

「そうか! 俺は痛い思いをしているユニコーンがどうにも可哀想でなあ………何とか助けてやりたいが………」

 

 三人は森のはずれまでやってきた。ランプを高く掲げ、ハグリッドが暗く生い茂った木々の奥を指さした。

 細い曲がりくねった獣道の先に、銀色の水たまりのようなものがあった。一陣の風がカティアの髪を揺らす。

 

「一角獣の血………思ったより出血量が多くないかしら。結構な大怪我かも………」

 

 カティアは血の臭いを吸い込みながら目を細めた。ハグリッドが首を振りながらため息をつく。

 

「森の中は血だらけだ。ユニコーンは少なくとも昨日の夜からのたうち回ってるんじゃろう。助からないなら苦しまないようにしてやらねばならん。さあ、マクゴナガル先生」

 

「行きましょう。アシュリー、念のために杖は構えておきなさい」

 

 カティアはローブから杖を取り出した。

 

 森は真っ暗で静かだった。マクゴナガルが背後にぴったりと張り付いて付いてくるため、カティアは少し緊張した。

 少し歩くと道が二手に分かれていたが、カティアは即答した。

 

「左」

 

「大したもんだ。俺にはちーっとも分からん」

 

 数分も掛からずに次の血痕が見つかった。

 つまり、カティアの鼻は正確に機能していることを意味する。今夜は無事に仕事を果たせそうと分かってカティアは胸を撫で下ろした。

 

「カティアのお陰で思ったより早く見つかるかもしれんが………これは………」

 

 ハグリッドは言葉を濁した。

 カティアの頭の上でマクゴナガルと深刻な視線を交わしている。仲間外れにされそうなカティアがぼそりと意見した。

 

「何かから逃走する動きに見えるけれど……」

 

 ハグリッドはカティアをじっと見下ろした。

 そして渋々と認める。

 

「怪我した動物っちゅうもんは、普通はうずくまるか安全な場所へ隠れるもんだ。それをこう、森を走り回っている感じじゃあ………まるで何かに追い回されてるような……」

 

 いやいよきな臭くなって来た。

 それはマクゴナガルも同じ感覚のようで、深刻そのものといった顔だ。

 カティアは慎重に辺りを見回した。カティアの目でも密集した植物に阻まれて、深い森の奥は到底見通せない。

 

「………ユニコーンを襲えるような魔法生物が、この森に住んでいると?」

 

 カティアが質問すると、マクゴナガルが答えた。

 

「いいえ。彼らは高い警戒心と俊足で知られており、仕留めるのは相当困難な所業です」

 

「ああ。ユニコーンは強い魔力を持った生き物なんじゃよ。怪我したなんてこたぁ、俺は今まで聞いたこともねえ」

 

 カティアは無意識にファングの背中を撫でた。

 そのまま三人で慎重に先に進む。点々と残る血痕を辿って十分も経った頃、ハグリッドが声を上げた。

 

「おっと!」

 

 道端の藪からがさりという音がした。

 カティアは反射的に杖を向けたが、マクゴナガルに制止された。

 

「セストラルです」

 

 マクゴナガルの言い方的に、危険な生物ではないのだろう。暗がりの中から白く光る目が一対接近してくる。

 

 それはとても変な生き物だった。

 爬虫類のような顔と首、コウモリじみた皮膜状の翼、肉がほとんどなく、黒い皮膚が骨に張り付いたような骸骨のような姿。全体的には馬っぽい生き物だ。

 

 それは黒く長い尾を振りながら、じっとカティアを見つめてくる。

 

「えーっと……天馬かしら………? こんな痩せた種がいるのね……?」カティアはもごもごと言った。

 

 黒い馬が首を伸ばして至近距離でじっと見下ろしてくるためカティアは気が気でなかった。セストラルの白濁した目にはこちらの姿が映っているかどうかさえ定かではない。

 野生動物相手だと安易に目を逸らしてしまうのも怖い。額を鼻先で突つかれて困惑するカティアだが、ハグリッドが不思議な声でこう切り出した。

 

「見えるのか?」

 

「え? 見えるも見えないも何も………」

 

 カティアは目の前に確固たる存在感で佇む馬と見つめ合いながら、ファングの手綱を強く握った。

 ハグリッドとマクゴナガルが意味ありげに視線を交わしているのを視界の端で捉えて、カティアは急速に心細くなってきた。

 

「……もしかして私にしか見えていないの?」

 

「いんや。俺にも見える。ほら、テネブルズ」ハグリッドは横から手を伸ばして黒い馬の骨ばった首を叩いた。「この子が気に入ったのはいいが後にしてくれ。今は忙しいんだ」

 

 黒い馬は不思議そうにハグリッドを見上げると、踵を返して再び夜の闇に消えていった。

 カティアは不安そうにマクゴナガルを見上げたが、彼女は黒い馬よりむしろ周囲の暗がりを警戒しているようだ。

 

「大丈夫だ、悪い生き物じゃない。お前さんはまだ乗ったことがないだろうか、ホグワーツの馬車はあいつらが引いてるんだ。賢くて役に立つ生き物よ、セストラルっちゅう奴らは」

 

「へえ……変な馬ね。個人的には好みの見た目だけれど………」

 

 特に蝙蝠のような翼が気に入った。

 ハグリッドは一瞬ニッコリとしたが、すぐに前に向き直った。

 

「さあ行こう。まったく、いつもは森もここまで踏み込めば、ケンタウロスの一人ぐらい見かけるものだが………」

 

「私を避けているのかも……」

 

 カティアたちはさらに森の奥へと向かった。三十分も歩いただろうか。木立がビッシリと生い茂り、もはや道をたどるのは無理になった。

 

 もはや、カティアでなくとも感じられるほど血の臭いが濃くなっていた。木の根元に大量の血が飛び散っている。

 そして樫の古木の枝がからみ合うそのむこうに、開けた平地が見えた。

 

「……間に合わなかったか」ハグリッドが悲しそうに言った。

 

 死んだ一角獣だった。それはとても美しい姿だった。

 

 長くしなやかな脚はバラリと投げ出され、白く輝くたてがみは暗い落葉の上に広がっている。

 カティアが何も考えずに一歩踏み出したその瞬間、木立の中からローブが落ち葉の上で滑るような微かな音がした。

 

「アシュリー! 気をつけなさい!」マクゴナガルの鋭い声が森を裂く。

 

 ユニコーンに気を取られていたカティアは反応が遅れた。

 マクゴナガルがカティアのローブの襟を後ろから掴み乱暴に放り投げた。

 

 一秒前までカティアの頭があったまさにその位置を、白い光線が突き抜けた。

 ファングがとんでもなく怯えた声を上げて全力で駆け出す。手綱を握っていたカティアは心の準備すらできないまま勢いよく転倒した。

 

 生徒を狙われて怒り狂ったマクゴナガルは、呪文が発射された位置に向けて鋭く杖を振るう。

 

 バーンと大音響がした。

 

 ファングに引き摺られるカティアが無理やり上体を起こすと、まさに魔法使い同士の殺し合いがそこで行われていた。

 赤や紫の光が夜の森を断続的に照らし出し、マクゴナガルとハグリッドの後ろ姿が黒い影となって浮かび上がる。

 

「カティアは下がっちょれ! 絶対前に出るな!」

 

 ハグリッドが怒号を上げて、巨大な拳を振りかぶったまま木立へ突進した。

 一方のカティアは恐慌状態のファングの制御に失敗していた。必死に踏ん張るが止まらず、樫の大木に側頭部を強かに打ちつける。

 

 ぼやける視界で必死に戦場を見通すと、マクゴナガルが闇に包まれた木立に向けて激しく杖を振るっている。

 こちらからも向こうからも銃声のような音が幾度も鳴り響き、ユニコーンの亡骸の傍で幾筋もの呪いが飛び交う。

 

「もっと安全な場所へ!」とマクゴナガルが命令する。

 

 しかし、カティアは左手がファングの手綱と絡まってしまってそれどころではなかった。大型のボアハウンドはカティアの二倍以上の体重があるため、カティアはファングを抱えて飛んで逃げることが出来ない。

 

 歯を食いしばって綱引きをしながら、木立の先を見る。

 フードを深く被った“誰か”がマクゴナガルと戦っていた。信じ難いことに、その人物はハグリッドを魔法でいなしながら、真正面からマクゴナガルと渡り合っていた。

 

 カティアは逃げるファングに引き摺られながら無理やり杖を突きつける。

 

ドルミーレ ―――眠れ!

 

 桃色の光線が闇を走った。

 途中で呪文の軌道を変える小技まで使って敵の無力化を狙ったが、フードの敵は片手間のように半透明の障壁を展開してカティアの呪文を弾いた。

 

 そして敵の杖がカティアに真っ直ぐに向けられた。

 淡く光る杖先が稲妻型に動くのを視認した瞬間、カティアは次に放たれる呪いだけは絶対に避けなければならない事を理解する。

 

アバダ ケダブラ

 

 緑の閃光が夜を裂いた。

 カティアはファングを突き飛ばして、自分自身と大型犬を光線の通り道から逃がす。

 頬をすぐそばを通過した死の光が背後の木を爆ぜさせた。

 

「この野郎!!!!」ハグリッドが怒り狂った咆哮をあげた。

 

 マクゴナガルもハグリッドも相手を殺す気だ。

 大人二人がフードの男に猛攻を仕掛ける中、カティアはファングと格闘しながら杖先を複雑に動かす。

 

 石が軋むような重低音が森に響かせて地面からせり上がるように現れたのはハグリッドよりも大きい石像だ。

 天使と悪魔の石像で一対の彫刻。カティアは追加で移動命令を出そうとしたが、石像に一瞬だけ視線をやったマクゴナガルが最小限の動きで杖を振った。

 

 天使と悪魔の目がギラリと光った。

 

「戦え!」

 

 マクゴナガルが杖を振って号令をかけると、命を吹き込まれた石の塊がとんでもない速度で動き出す。

 悪魔像が低い姿勢で駆け出し、何本もの木を巻き込みながら石の爪を薙ぎ払う。天使像は翼を広げて20メートルほど跳ね、そして渾身の力で大剣を地面に叩きつけた。

 

 あまりの轟音と衝撃にカティアはもう一度転倒した。

 マクゴナガルが操る石像が、大木をへし折りながら進軍する音が聞こえる。ホグワーツ城で眠る生徒が一人残らず飛び起きたのではないかと思えるほどの激震が何度も続いた。

 

「カティア! 大丈夫か!」

 

 土煙と破壊音の中で方向感覚を失いかけていたカティアの腕を、ハグリッドの巨大な手がむんずと掴んだ。

 気づけばハグリッドに抱え上げられていた。ハグリッドは脇にファングを抱え込み、暴れる犬を押さえつけながら叫ぶ。

 

「マクゴナガル先生! カティアを確保しました! 無事です!」

 

「それは良かった。城に急ぎましょう、ハグリッド。一刻も早くアルバスに報告しなければ――」

 

 駆け寄ってきたマクゴナガルの頬には深い切り傷が走っていた。血が顎先まで伝い落ちている。

 

「あのフードの人物は――」カティアは慌てて問いかけたが、マクゴナガルが険しい顔で首を横に振った。

 

「逃げられました。信じ難い魔力です」

 

 カティアは息を呑んだ。

 ハグリッドとマクゴナガル、そしてカティアが生み出した巨大な石像二体から同時に攻撃を受けて逃げ延びるとは、あのフードの男はどれほどの魔法使いなのか。

 こちらの戦慄が伝わったのだろう。マクゴナガルは頬の傷を拭うことすらせず、真剣な眼差しで頷いた。

 

「並大抵の相手ではありません。アシュリー、いいですか。決して私たちのそばを離れないように。ハグリッド、案内を」

 

「こちらです、先生」

 

 カティアは既に無傷状態だったため、素早くハグリッドの腕から飛び降りた。

 ファングを小脇に抱えて小走りで先を急ぐハグリッドに遅れまいと、カティアも足を速める。ユニコーンの亡骸をこのまま放置していいのかと少し気になったが、それを読んだかのようにハグリッドが先回りした。

 

「ユニコーンのことは、今はひとまず気にせんでええ。あのフード野郎がやったに決まっちょる……」ハグリッドは苦い声で言った。

 

「何が目的だったのかしら」カティアは訊いた。

 

「ユニコーンは全身が役に立つ。角に毛、血も……。値が張るもんだから、心ない密猟者に狙われやすい生き物ではあるんじゃが……」

 

 おそらく、カティアもマクゴナガルもハグリッドも同じことを考えていた。

 あれほどの魔力があるのに密猟者というのは納得がいかない。どう考えても魔法使い相手の殺し合いに慣れた手合いだ。

 

 そしてこの場でカティアだけは、あのフードの下が誰なのかなんとなく見当がついていた。

 あの特徴的なニンニクの臭いはそう簡単に忘れられるものではない。ハグリッドもマクゴナガルも気づかなかっただろうが、カティアにはほぼ確信があった。

 

 あのフードの男は、クィリナス・クィレルに違いなかった。

 ハグリッドとマクゴナガルに挟まれるようにして城へ急ぎながらも、カティアは唇をきつく噛みしめる。

 

 

 クィレルがもう一人の”石泥棒”であることは分かっていたが、まさかあれほどの実力者だとは夢にも思っていなかった。

 敵の力量を完全に見誤っていた。あの水準の魔法使いと敵対している現状は極めて危険だ。クィレルがあれほど強いと知っていたら、カティアは賢者の石争奪戦からもっと早く手を引いていた。

 

 とにかく嫌な予感がする。首筋に這いよる寒気は死の気配だ。この期に及んで根本的な問題が浮上した。

 

 仮にクィレルが口封じにでも来たら、カティアは果たして逃げ切れるのか?

 







原作の禁じられた森での罰則危険すぎる……


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