銀髪美少女お嬢様(ワケあり)のホグワーツ生活実践編 作:トリスメギストス3世
吸血鬼ナターシャ・アシュリーに娘がいることは、”例のあの人”全盛期から普通に知られていた。
ナターシャ自身が時折言及していたのもあるが、犯行現場にて小さなカティアが姿を見せていたからでもある。そして『人喰いナターシャ』討伐直後、当然ながらこの"娘"をどう扱うかが魔法界にて大きな問題となった。
そして当時の魔法省は、"
もはや害獣のような扱いだが、禍根を絶つという名目で下された『人喰いの娘』討伐命令は政府による公的なものだ。当時の議事録を紐解けばそれが制定された経緯まで確認することができる。また、当時の『日刊予言者新聞』の紙面を見る限り――予言者新聞は信用できないところがあるにせよ――魔法族の大半が『人喰いの娘』の駆除命令を受け入れたのも事実のようだった。
魔法使いたちは、『人喰いの娘』が成長し、やがて新たな脅威となることを怖がったのだ。
そしてそれ以上に、彼らは無力な娘を処刑台へ送り込むことで、最強種『人食いナターシャ』への復讐を果たしたかったのだろう。何にしても母を亡くしたばかりの幼い娘にとってはたまったものではないが。
そして彼らは本気だった。
魔法省は本気でカティアを殺そうとした。
闇祓いたちはカティアを見かけると容赦なく死の呪文を唱え、カティアの死体を持ち込んで賞金を稼ごうとするならず者も大量に湧いた。さらに『人喰い』の犠牲者遺族たちは、復讐のために敵の娘を嬲り殺しにしようと息巻いていた。
酷い時代だった。
殺気立った大人たちに追い掛け回されながらも、カティアは必死に抗った。そして皮肉なことに逆境がカティアの才覚を急激に開花させていくことになる。
幼き半吸血鬼は追手の魔法使いを、次々と返り討ちにした。
数日で目標を仕留められると高を括っていた魔法省の面目は丸潰れだ。作戦は長期化し、八歳の子供一人すら仕留められないと露呈した魔法省側も引くに引けなくなった。
カティアにとっても、あの時期は最低最悪の日々だった。
実の親を失い、魔法界のすべてを敵に回した過酷な逃亡生活。カティアの心は急速に蝕まれた。
極度の緊張状態が続き、わずかな足音や風の音にも飛び起きるほど眠りは浅くなる。眠れたと思ったら闇祓いに殺される悪夢で目が覚める。街を歩けばすれ違う人間すべてが自分を目で追っているような気がしてならず、常に監視されているという感覚に支配され、二時間に一度は居場所を変えなければ落ち着けなかった。
幻覚や幻聴にも悩まされた。仮住まいのホテルの部屋にダンブルドアが乗り込んで杖を向けてきたため無我夢中で応戦したら、気がつけば床に倒れたマグルのホテルマンを見下ろして放心していたなどということもある。慌てて私立病院に連れて行ったが、マグルの医者に警察へ通報されて大変だった。事件に巻き込まれていると思われたらしい。
過酷な生活で『眠りの瞳』は魔力を失い、ついには再生能力まで停止した。
あの時期に何が起きたのか、カティアはほとんど覚えていない。
いずれにせよ、『人喰いの娘』の討伐命令は施行から三ヶ月が経った頃に唐突に撤回される。
なぜそうなったのかは知らない。カティアが盗み取った『日刊予言者新聞』の紙面では、その知らせは片隅の小さなコラムに収められているだけだったからだ。
しかし殺処分命令が撤回されても、依然として『半吸血鬼法』を始めとする圧力は健在だった。
魔法使いの前に姿を晒せば必ず殺される。当時のカティアがそう確信したのは当然であり、そして決して間違いでもなかっただろう。
この三ヶ月の経験は、カティアの心に深刻な影を落とした。
遵法精神の欠如。公権力への強い攻撃性。慢性的な人間不信。これらの全てはこの時期に獲得した性質だ。
魔法界と決別し、マグルのふりをして一生を過ごそうと考えるようになったのもこの頃の事だった。
そしてこの後、カティアはホワイトホール夫妻と出会うことになる。
――――――――
禁じられた森での死闘の翌朝。
睡眠時間が二時間強のカティアは、鉛でも詰め込まれたような身体をなんとか起こし、ベッドの端に腰を下ろした。頭の奥が低くじんじんと鳴り続けている。
ベッドサイドの鏡をのぞくと、目の下に大きな隈が浮かんでいた。どう贔屓目に見ても健康的とは言いがたい顔だった。
数分前まで見ていた悪夢の残光が脳裏をよぎる。
呪文の閃光と、闇の中を走る荒い息遣い。眠れたのか眠れていないのかもよくわからない、何かに追い掛けられる夢ばかり見ていた気がする。
「……はあ」
カティアは乱れた銀髪をかき上げた。隣のベッドを見ればハーマイオニーのカーテンは閉じられたままだ。
最近のハーマイオニーはカティアの監視をすっかり諦めてしまったようで、いつの間にか昼に起きて夜に眠る”普通の”生活に戻っていた。寝息だけが静かに聞こえる。今日は休日なので起こす必要はないだろう。
最低限の身支度を済ませると、カティアはふらつく足取りで女子寮をあとにした。朝のグリフィンドール談話室にはまだ人影が少なく、窓から差し込む淡い朝日が古びた絨毯をぼんやりと照らしている。もう少しゆっくりしたい気持ちはあったが、カティアは森での大立ち回りでお腹がすいていた。
螺旋階段を下りて大広間へ向かうと、魔法のかかった天井には淡い灰色の空が広がっている。長テーブルにはまだ空席が目立っていた。友人二人の姿を見つけて、カティアはそちらへ歩いていった。
「おはよ……ハリー、ロン……」
半分眠ったような声で言いながら、カティアはハリーの向かいの椅子へ崩れ落ちるように腰を下ろした。
「おはようカティア」ハリーが顔を上げた。「昨日は大変だったね。ハーマイオニーは?」
「まだ寝てる………」
並べられた朝食を眺め、カティアはとりあえず手近なカトラリーを掴んだ。目の前の目玉焼きへ無造作に突き立て、のろのろと口元へ運ぼうとしたその瞬間、テーブルの向こうから伸びた手がひょいとそれを奪い去った。
「ちょっ……え、返して!」
カティアはようやく飛び起きた。反射的に身を乗り出し、獲物を横取りされた猫のようにハリーをにらむ。ハリーはひょいと肩を竦めた。
「カティア。君、ナイフで目玉焼きを食べようとしてたよ」
「えっ」
ハリーが奪い取ったナイフの先に、目玉焼きが丸ごと突き刺さっていた。ロンが耐えきれないといった様子でにやにやしている。カティアは頬が熱くなるのを感じた。
少しの沈黙のあと、パチンと指を鳴らしてナイフをフォークへ変身させた。
「よし」
「そういう問題じゃないと思うけど」ハリーが呆れ半分の声を出した。
カティアはハリーの手から目玉焼きを取り返すと、そのまま一口で頬張る。美味しかった。
「で、カティア。"森"はどうだったんだ?」ロンが聞いた。「ハグリッドと一緒だったんだろ?」
「んー……まあ、それなりにね」
言葉を濁す。ハリーが我慢できないというふうに身を乗り出した。
「僕たち、昨夜は君が帰ってくるのを起きて待とうとしたんだよ。でもハーマイオニーが寝た方がいいって言ってきて……」
「それは正解だったと思うよ。かなり遅かったから」
カティアはそこで一拍置いた。どう切り出したものかと考える。
「結局、どういう理由で森へ行ったの? マクゴナガル先生も一緒だったんだろ? よっぽど大事な調査だったんじゃないかってみんなで話してたんだ」ロンがじれったそうに聞いてきた。
クィレルに襲われたと真実を話すわけにはいかないので、カティアは何食わぬ顔であくびした。
「怪我をしたユニコーンを助けに来てほしいって話だったの。血痕が残っていたから、私の嗅覚で追跡してほしかったみたい」
「なるほど。そういうことだったのか」ロンが納得した声を出した。
「見つかったの?」ハリーが先を促した。
「残念ながら間に合わなかった。亡骸だけを見つけて、ハグリッドが持ち帰って埋葬してあげてたよ」
「それは残念だったね……」ハリーがしょんぼりした声を出した。
カティアは大雑把に肩をすくめた。
「ちゃんと弔えたって、ハグリッドは喜んでたわ。それで良かったんだと思う」
ハリーもロンも腑に落ちない顔をしていたが、それ以上は聞いてこなかった。
なお、カティアはクィレルについてもマクゴナガルに告発しないことに決めていた。
彼に関してはカティアもあまり刺激したくない。理由としては、マクゴナガルとハグリッドを同時に退けられるような相手に勝てる自信があまり無いからだ
対クィレルに関しては、これまで通り”闇の魔術に対する防衛術の教師は毎年代わる”という噂に懸けて様子見を続けたい。学年末も近いので少し待てば時は来る。
しかし、自分で決めたことではあるが、折角の冒険譚もハリーたちに話せないなら魅力は半減だ。
「そもそも”禁じられた森”ってどんな生き物が住んでいるのか知ってる?」ハリーが聞いてきた。
「毒蜘蛛のアクロマンチュラがいるって噂はお母様から聞いたことがあるわ」カティアは自分で言ったことに首を傾げた。「……お母様もどこでこの噂を仕入れてきたのかしら……?」
「おい、朝っぱらからそんな話はやめてくれ」ロンが険しい顔でキッパリと言った。
カティアはまだまだセストラルの話などをしたかったのだが、ロンが何故か機嫌を損ねてしまった。
不意にハリーが顔を顰め、額を強く擦った。
「最近、傷が痛むんだ」カティアの視線に気づいたハリーは言った。
「それは嫌ね。テスト前なのに……」カティアは同情した。
ハリーは稲妻の傷跡を指でなぞりながら、憂鬱そうにため息をついた。
「しかも変な悪夢まで見るんだ。緑の閃光と一緒に女の人の叫び声が―――」
――――――――
学年末試験がやってきた。
陽射しが差し込む教室というだけで思考能力がかなり落ちるカティアだが、筆記試験はまさに日当たりの良い蒸し暑い教室で行われた。これはカティアがマグルの学校に通っている時から抱えていた問題だが、その割には出来は良かった。
「少しくらい配慮してくれてもいいじゃない………」
悲惨な日焼けを再生能力で元の色に戻しながらカティアは文句を言ったが、試験官だったクィレルは聞こえないふりをした
実技試験もあった。
フリットウィック先生が課題は、パイナップルを机の端から端までタップダンスさせるというものだ。『妖精の魔法』はカティアの鬼門で、試験でもそれは変わらなかった。カティアのパイナップルはよたよたと踊りだしたものの、途中で三度つまずいて派手に転んだ。
「ああ……」
思わず声が漏れる。
酔っ払いみたいな動きで机から転がり落ちるパイナップルを、カティアは悲しく見送った。
フリットウィック先生がぽんと肘を叩いてきた。
「よく頑張りました。行ってよろしい」
変身術の試験は、ネズミを嗅ぎタバコ入れに変えることが課題だった。カティアのネズミは一瞬で艶やかな木製の小箱へと姿を変えた。
「結構です」とマクゴナガルは言った。
魔法薬学は"忘れ薬"の調合だった。薄暗くひんやりとした地下牢での試験は、それだけでカティアをずいぶん落ち着かせてくれた。調合は手順どおりにうまくいったはずだ。
そして最後は魔法史。試験官のビンズ先生はいつものように平坦な声で諸注意を述べた。
カティアたちは一斉に羽根ペンを走らせた。題目は"勝手に中身をかき混ぜる大鍋"を発明した魔法使いたちについてだ。
答案用紙を提出した途端、カティアは盛大なあくびをした。目尻に涙が滲む。
緊張の糸がぷつりと切れた。一週間後の結果発表まで自由な時間が待っている。その事実がじわじわと体の芯に染み込んできた。
「カティア、はしたないわよ」
大欠伸をするカティアを隣のハーマイオニーが小声でたしなめてきた。しかし彼女自身も試験の疲れが顔に出ており、目の下がほんのり赤くなっていた。
「眠いんだから仕方ないでしょう」カティアは目尻の涙をそっと拭った。「私は部屋に戻ってお昼寝するわ。疲れちゃった」
言葉にした瞬間、眠気がどっと押し寄せてくる。ふかふかのベッドのことを思うと、足が自然と早くなった。
「あら、私も談話室に戻ろうかしら。どれだけ取れたか確認したいもの」ハーマイオニーが言った。
この期に及んで自己採点をするらしい。カティアは呆れながらも首を傾げるにとどめた。
廊下に出ると、ハリーとロンが歓声をあげながら校庭へ走り出して行くのが見えた。試験が終わった解放感からか、廊下のあちこちで生徒たちが笑い声を上げている。
「大鍋の問題は最後まで書けた?」カティアは聞いた。
「もちろん。エメリック・スイッチの功績まできちんと書いたわ。カティアは?」
「バジリック・ブロームについて三段落書いたところで時間になったわ。でもあれなら満点じゃないかしら」
ハーマイオニーが何か言いかけたが、カティアの耳にはもうほとんど届いていなかった。
廊下の窓から午後の日差しが差し込んで、ほこりがゆったりと舞うグリフィンドール塔の入口では、『太った婦人』がうとうとしていた。
二人の足音に気づいてぱっと目を覚ます。
「あら、試験は終わったの?ずいぶん顔色がいいじゃないの」
「全部終わりました。『バンブルビー』」
肖像画がゆっくりと開いた。談話室に暖炉の熱気がふわりと流れてくる。
カティアは欠伸を嚙み殺しながら、引力に引かれるように寝室への階段を上り始めた。
「おやすみなさい、ハーマイオニー」
「おやすみ、カティア」
談話室のざわめきが階段の下に遠ざかっていく。
寝室のドアを開けると、カーテンを引いたベッドが静かに待っていた。カティアはローブを脱ぎもせず靴を蹴って床に転がし、そのままベッドに倒れ込んだ。
――――――――
気がついたら、部屋が橙色に染まっていた。
カティアは天井を見つめたまま、自分がどこにいるのかを確かめるために瞬きを繰り返した。眠りの底から引き上げられた感覚が体に残り、頭がうまく働かない。
グリフィンドール塔の、女子寮。
窓から西日が差し込んでいて、石造りの壁が温かみのある色に染まっていた。水差しの縁が光を弾いてきらりと光る。
カティアはゆっくりと上体を起こした。周囲のベッドは空だった。
ローブのまま眠っていたせいで生地にしわが寄っている。口の中が乾いていた。髪が頬に貼りついているのを指で払いのけながら、部屋の中を見回す。
「………えーっと?」
ここでようやく、カティアは試験が終わったことを思い出した。
しかしその事実は、昼間に感じていたような幸せをもう連れてこなかった。
橙色の空が美しかった。
カティアは呆然とそれを眺め、しばらくして首を捻って立ち上がった。この時間ならば夕食に間に合うだろう。
鏡の前でローブの皺を手で伸ばしていると、部屋の外から足音が聞こえてきた。
部屋に入ってきたのはハーマイオニーだ。手に本を数冊抱えているハーマイオニーはドアを開けた瞬間にベッドの前に立つカティアと鏡越しに目が合って、ぴたりと止まった。
「……もう起きていたのね」
「ええ。夕食に行こうと思って―――」
カティアは鏡の中でハーマイオニーを見た。何故か酷く緊張しているようだった。
「―――何か変なこと言ったかしら?」
「変だなんて、そんなこと言っていないわ」ハーマイオニーは抱えていた本の束を、ぎこちない手つきで自分のベッドに下ろした。「まだ眠っているかと思っただけよ」
「そうなの?」カティアは髪を耳の後ろにかき上げた。「私、夕食には間に合いそう?」
「わ、私もまだ食べていないわ」
ハーマイオニーはちらりとカティアを窺った。カティアが首を傾げて自分の鞄に視線をやった、その瞬間だった。
「ペトリフィカス・トタルス!」
ハーマイオニーが不意を衝いて杖を向けた。
カティアはたちまち金縛りにあい、自身のベッドに倒れ込んだ。全身がぴくりとも動かせない。まるで全身が一枚の板になってしまったかのような滑稽な格好のまま、杖を構えたハーマイオニーを見上げることしかできなかった。
カティアは信じられない思いだった。
「ごめんなさい……本当に、本当にごめんなさい」
ハーマイオニーの声が震えた。大粒の涙がぼろぼろと頬を伝い落ちる。
「カティア……私、ずっと前からあなたが『賢者の石』を狙っていることを知っていたの」
……それは既知の情報だ。
ハーマイオニーが夜中に寝たふりをしてこちらを監視していることには気がついていた。本人に直接指摘したこともある。
言葉を返せないカティアを、ハーマイオニーは迷いなく持ち上げてベッドの下へと押し込み始めた。
「少し前に、クィレル先生が教えてくださったの。『カティア・アシュリーは賢者の石を狙っている。
ハーマイオニーは一瞬唇を噛んだ。
「だからごめんなさい、カティア。私……クィレル先生に頼まれて、あなたのことを見張っていたわ」
マズい、とカティアは思った。
クィレルを甘く見ていた。ハーマイオニーが疑いを向けてきたのはカティアが夜にベッドを抜け出していたからではなかった。他ならぬクィレルが直接告げ口をしていたのだ。
規則を重んじて権威主義の傾向があるハーマイオニーの真っ直ぐな正義感と、『闇の魔術に対する防衛術』の教師という肩書きのクィレルとの相性は最悪だ。ハーマイオニーは教師の言葉を常に疑いなく信じてしまう。
そしてクィレルが吹き込んだ話——『カティアは死んだ母親を生き返らせるために賢者の石を狙っている』——が、嫌な説得力があるのも事実だった。
カティアが母を愛していることや魔法界に複雑な感情を抱いていることを、ハーマイオニーは薄っすらと察していたのだろう。だからこそこの偽情報が刺さってしまった。
何が厄介かというと、カティアは一時期は本当に『賢者の石』を盗もうとしていたのも事実なのだ。
実際には北ロンドンのジョセフ・ホワイトホールを延命させるために石が必要だったのだが、弁明する機会は与えられなかった。
「本当に、本当にごめんなさい、カティア。でも——」
ハーマイオニーの声は涙で滲んだ。
「——『人喰いナターシャ』の復活を、許すわけにはいかないわ」
感想や評価ありがとうございます。大きな励みになっております