銀髪美少女お嬢様(ワケあり)のホグワーツ生活実践編   作:トリスメギストス3世

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019:因縁

 クィレルはハーマイオニーに『カティアは”賢者の石”でナターシャを復活させようとしている』と伝えたかもしれないが、カティアに言わせればこの話自体が相当嘘っぽかった。

 確かにナターシャは純吸血鬼であるため厳密な意味での死者蘇生とは異なる物にはなるだろうが………それでも復活は不可能であるというのが、カティアの率直な意見だ。『賢者の石』は確かに不老不死を実現するが、死者蘇生を出来るという話は聞いたことがない。

 

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 愛する動物が動かなくなったとき、親が杖を一振りすれば元に戻ると信じてしまう子供は多い。

 しかし、五年前にカティアが飼っていたハムスターが息をしなくなったとき、どれだけ懇願してもナターシャはそれを生き返らせてくれなかった。動かなくなった小さな生き物を見つめて悲しそうに首を横に振る母親に、幼いカティアはひどい癇癪を起こしたものだ。

 

 魔法は万能の奇跡ではない。

 愛する者がいまだ存在しているかのように錯覚させる術は幾人もの魔法使いによって考え出されてきたが、結局のところ、一度死んだ者を甦らせる方法は誰にも見出されていないのが現実だ。

 

 おそらく、マグル生まれのハーマイオニーはその原則を本当の意味ではわかっていないのだろう。

 大人の教員に『賢者の石があればナターシャを復活させられる』と言われ、まんまと丸め込まれてしまったに違いない。

 

 推測するに、クィレルの目的は『ハーマイオニーにカティアを見張らせること』だ。

 そしてハーマイオニーを動かすための口実として、「人喰いナターシャの復活」という煽情的で、いかにもありそうな筋書きをそれらしく作り上げたのだろう。

 

 頭の中を整理しようとしながらも、カティアは指一本動かすことができなかった。

 ハーマイオニーの金縛り術は完璧で、カティアにできることといえば時間が過ぎるのを待つことぐらいだ。

 

 何とも間抜けな状況だが、それはそれとしてカティアには確信があった。

 結局、ハーマイオニーもクィレルも『カティアが賢者の石を狙っていた』という物的証拠だけは見つけられなかったのだ。仮にそういう"決定的な証拠"が存在するなら、ハーマイオニーはカティアを問い詰めたり先生に告げ口をしたりしているはずだ。そしてクィレルは教員の権限を使い、正当な手段で邪魔者のカティアを退学処分にすれば済む話だった。

 

 しかしそうはならなかった。

 女子寮のベッドの下にこっそり隠すというかなり稚拙な手段に出ている時点で、敵側に確たる証拠が存在しないことは確定している。これはかなりの朗報だ。ハーマイオニーに疑われた瞬間に"賢者の石"を盗むことをきっぱり諦めた自分の判断に、カティアは心から感謝した。

 

 そしてどれほどの時間が経っただろうか。

 廊下の向こうから足音が近づいてきた。扉が開いて誰かが入ってくる。ベッドの下から見える脚の太さ的におそらくパーバディだ。

 

 カティアは必死に声を出そうとしたが、それは叶わなかった。

 ベッドのすぐ隣を、赤と金のストライプのソックスがゆっくりと行き来している。この機会を逃すまいと、カティアは指先に意識を集中させた。

 

 床の埃がもぞりと動いた。集まり、丸まり、脚を生やして走り出す。

 

「――きゃあっ⁉」

 

 甲高い悲鳴が部屋に響いた。ソックスが床を蹴って跳び上がり、ベッドに逃げ込む音がする。

 

「ネズミ! どこから入ったの⁉ もう、最悪!」

 

 ちゅう、と一声鳴いて、埃のかたまりはふうっと消えた。

 動揺の気配があった。ネズミが魔法で形作られた物という事に気が付いたのだろう。

 

 しばらく間があって、赤と金のソックスが床に降りてきた。膝をついた。

 ベッドの縁からおそるおそる顔が覗き込んできた。

 カティアの顔を認めた瞬間、パーバティは喉が裂けんばかりに叫んだ。

 

「――きゃあああああああっ!」

 

 それでも彼女は震える手で杖を取り出してくれた。

 

「ふぃ、フィニート・インカンターテム!」

 

 カティアの全身を縛っていたものが霧散した。

 肺に空気が雪崩れ込んでくる。カティアは四つん這いのままベッドの下から這い出し、床に手と膝をついて激しく咳き込んだ。

 

「あ、ありがとう、パーバティ……助かった……」カティアは本気で言った。

 

「ちょっと、カティア! 何してるのよビックリしたじゃない! どうしたの、誰にやられたの? 医務室に行った方が―――」

 

「ううん、大丈夫。ハーマイオニーとちょっと揉めちゃって」

 

 それは嘘でもなかった。

 非常に興味をそそられた様子のパーバディだが、カティアは不安げに女子寮の扉を見る。

 

 助けてもらって申し訳ないが、今は世間話に付き合ってあげている暇がない。

 

「ごめんパーバディ、私ちょっと行くね。お礼はまた今度するから!」

 

 ――――――――

 

 学用鞄を掴んでグリフィンドール寮を飛び出した瞬間、本を両腕いっぱいに抱えたマクゴナガルと鉢合わせてしまった。

 

「おっと」マクゴナガルが片眉を上げた。「ミス・アシュリー、こんな夜遅くにどちらへ?」

 

 カティアは大慌てで平常心を装う。

 幸い、門限はまだ過ぎていない。気持ちを切り替えてぱちぱちと瞬きをしてみせる。

 

「こんばんは、マクゴナガル先生」自分でも驚くほど落ち着いた声が出た。「実はハーマイオニーを探しているんですが、どこかで見かけませんでしたか?」

 

「グレンジャーを?」マクゴナガルの声がわずかに固くなった。

 

 何かを間違えたかとカティアは胸が跳ね上がったが、続く言葉で真っ青になった。

 

「ええ、昼頃に二度ほど。ダンブルドア先生にお目にかかりたいとか何とか言っていましたよ。もっとも、校長先生は魔法省からの緊急の用でホグワーツを留守にされているのですが」

 

「………ダンブルドアがいない? よりによって今夜?」

 

「ミスター・ポッターとまったく同じ反応をなさるのですね」マクゴナガルの声がすっと冷えた。「ええ、ダンブルドア先生は明日まで帰ってきません」

 

 ………なるほど、道理でハーマイオニーがパニックになるわけだ。

 

 ハーマイオニーがカティアを不意打ちしてベッドの下に封印した理由がようやく見えてきた。

 この情報をマクゴナガルから聞いたハーマイオニーが『大変よ! ダンブルドアがいない今夜、石泥棒のカティアが絶対に動くわ!』と言っている姿がありありと思い浮かぶ。

 

 全体的に酷いとばっちりだった。カティアは肩を落とす。

 

「え、ええ。ハリーたちはそれを聞いてなんと?」

 

「………友人でしょう? なぜ私に聞くのですか?」マクゴナガルが前置きした。「この際、あなたたちがどうやって『賢者の石』のことを知ったかは問いません。ですが―――」

 

「ハリーたちが『賢者の石』について先生に話したんですか?」カティアはマクゴナガルの言葉を遮った。

 

「ええ、話しましたとも」マクゴナガルはバシッと言った。「『石』をどうやって知ったかは問いません。しかしグレンジャーは、『石』が何者かに盗まれようとしていると私に訴えてきたのです。そしてダンブルドア先生との面会を求めてきました」

 

 ハーマイオニーがマクゴナガル相手に自分の名前を出していないことに、カティアは気がついた。

 結局のところ、ハーマイオニーはカティアを先生に売らなかったのだ。あの”金縛り術”は石と友人をどちらも失わないための、ハーマイオニーなりの苦肉の策だったのかもしれない。

 

 カティアは息をついて尋ねた。

 

「それで、ハリーたちは今どこに?」

 

「ポッターとウィーズリーなら、二時間ほど前に四階の廊下で出くわしました。石のことは忘れてすぐに談話室へ戻るよう、私から厳しく言い渡しております」

 

 カティアは思わず眉を顰める。

 一気に話が見えなくなってしまった。談話室に彼らの姿は無かったが………。

 

「あなたもすぐ談話室へ戻りなさい。せっかく試験が終わった日の夜ですよ」

 

 ひとまず言われた通りに踵を返した。

 

 談話室はいつになく賑わっていた。

 上級生たちは爆発スナップに興じ、二年生のグループは笑い転げている。誰かが呪文で飛ばした紙飛行機が女子の頭へ直撃するたびに、どっと歓声が上がった。

 

 カティアはその喧噪から少し離れた肘掛け椅子に腰を下ろした。

 

「………………あれ?」

 

 髪の先を指に巻きつけながら、カティアは静かに首を傾げた。

 先ほどから動悸がまったく収まらない。心の中で何かが引っかかっている。

 

 クィレルが石を盗もうとしていること自体はどうでもいい。

 あれはダンブルドアが管理すべき物品だ。いち生徒であるカティアが首を突っ込む必要は無い。

 

 問題は、ハリーも、ロンも、ハーマイオニーもここにいないことだ。

 そもそも彼らから見たら、石泥棒のカティアをベッドの下に封じ込めた時点で一件落着のはずだ。カティアの監視という意味でも、今ごろこの談話室にいるのが自然ではないだろうか。

 

 そのとき、ふとテーブルの上に放置された一冊の教科書が目に留まった。

 『上級魔法薬』だ。その瞬間、カティアはハリーたちがスネイプを石泥棒と疑っていた事を思い出した。

 

「あ」

 

 カティアは顔から血の気が引くのを感じた。

 忘れてた。完全に失念していた。彼らが疑っているのはカティアだけでは無かった。

 

 そしてカティアは恐ろしい可能性に気が付く。

 

 まさか、あの三人、スネイプを石泥棒と勘違いしたまま四階の廊下へ向かったのではないか?

 

 ――――――――

 

 カティアは学用鞄を肩に引っ掛けると、グリフィンドール塔の丸い肖像画の穴を全力で飛び出した。

 太った婦人が「まあ、乱暴ねえ!」と憤慨した声を上げたが、カティアに振り返る余裕はない。螺旋階段を十段飛ばしで駆けあがり、石畳の廊下を高速で突っ切る。

 

 目指すは四階廊下。今夜ばかりは学校の規則など二の次だった。

 急がないと間に合わない。カティアはこれまでの人生でこれほど焦ったことはなかった。

 

 ハリーたちが危ない。本当に危ない。

 クィレルとかスネイプとか以前の問題だ。彼らの場合は三頭犬や悪魔の罠で即死する可能性がある。

 

 グリフィンドール塔を出て僅か三十秒で、カティアは四階廊下に飛び込んだ。

 

 廊下の先に小さな影があった。カティアは足を止める。

 パジャマ姿の男の子だ。少し太ったシルエットの彼は、頭の先からつま先までガタガタと震えながら真っすぐにこちらへ杖を向けていた。

 

 カティアは思わず呟いていた。

 

「……ネビル・ロングボトム?」

 

 ただし、彼が今ここにいる理由が分からない。

 

 ネビルは怯えていた。

 カティアがネビルに怯えられるのは毎度の事だが、流石に相対するだけで大泣きされるほど過剰反応される覚えはない。ましてや杖を向けられているのはカティアの方なのだ。

 

 しかし、いくらネビルでも魔法使いは魔法使いだ。

 油断して”全身金縛り術”あたりを被弾したら悲惨なことになるので、カティアも警戒を強める。

 

「は、は――ハーマイオニーが、話しているのを聞いたぞ、カティア・アシュリー!」

 

 焦るカティアがガチンと牙を打ち合わせると、ネビルの声が裏返った。

 

「き、君が、君がナターシャ・アシュリーを甦らせようとしてるって! そんな事、させるもんか!」

 

「……ああ、そういうこと?」

 

 カティアは静かに息をついた。

 おそらく、ハーマイオニーがハリーやロンに話していることをネビルが盗み聞きしたとかだろう。ネビルの両親に起きた事を考えると、『人喰いの復活』を絶対に許すわけにはいかないのは理解できる。

 

 ネビルにとっては絶対に勝たなければならない戦いだ。

 しかしカティアはカティアで、今はハリーたちのもとへ一刻も早く進まなければならない。ナターシャの復活など無理だとネビルの誤解を解く時間などなかった。

 もっとも、カティアが説明したとしてもネビルは信じないだろう。

 

「……ねえ、まさか本気で言ってる?」カティアはゆっくりと声を低くする。「それは無謀というものよ。この私を止められると思っているの?」

 

 意図的に、声には冷たい殺意を乗せた。

 

「ご両親の仇討ちのつもりならやめておきなさい。私は『磔の呪文』なんてまどろっこしい真似はしないから、その杖を下ろさないと死ぬわ」

 

 可能ならば退いて欲しい。そんな願望を込めてネビルを脅す。

 

 それは絶対に通るはずの脅迫だった。しかし信じられないことに、ネビルは歯を食いしばった。

 涙をこらえながら、真っ直ぐにカティアを睨み返してくる。

 

「ぼ、僕が逃げたら……!」震える声で、それでも彼ははっきりと言い切った。「君が『人喰いナターシャ』を復活させたら、()()()()()()()()()()()()()()()()()。絶対に先には行かせないぞ!」

 

「…………………………へえ」

 

 カティアは思わず感心してしまった。

 彼の動機は仇討ちではなかった。まだ見ぬ誰かの未来を守るために、ネビルは立ち向かっているのだ。

 

「さ、さあ、来いアシュリー!」ネビルが絞り出すように叫んだ。 

 

 勝ち目がないことは、彼自身が一番よく分かっているはずだ。

 それでもネビルの瞳の奥で灼熱の焔が燃え上がったのを、カティアは確かに見た。

 

 半吸血鬼はゆっくりと目を閉じ、そして開いた。

 

 カティア・アシュリーは認めた。

 目の前で涙を流してパジャマ姿で震えている少年は、確かに一人の勇敢な魔法使いだ。

 

 深く息を吐き、意識して焦りを心の底に沈める。最短秒数で突破したいという本音を一度忘れる。

 これほどの因縁が絡み合った敵など、人生でそう出会うものではない。カティアはこの戦いに無粋な雑念を持ち込みたくなかった。

 

 カティアはすらりと杖を抜いた。

 ギョッと身を強張らせるネビルと正面から向き合い、右足をすっと斜め後ろへ引く。

 

 左手の指先でローブの裾をそっとつまみ、軽く膝を折る。

 

「そう、本当に死ぬ気なら付き合ってあげましょう」

 

 カーテシーを終えたカティアは杖を構えた。

 

「エカテリーナ・ナターシャ・アシュリー。皆にはカティアって呼ばれているの」

 

 ミドルネームまで含めてはっきりと告げる。

 カティアは、ロングボトム家に謝るつもりは一切ない。その他の『人喰い』被害者に関しても同じことだ。

 結局、母親のした悪行は母親のものだ。娘だからといってカティアが罪悪感を感じてあげる義理もない。

 

 だからこの場でカティアが示せる誠実さは、ネビルの勇気を正面から受け取ることだけだった。

 

 互いに杖を突きつける中、重たい沈黙が廊下を満たす。

 ネビルの荒い息と、恐怖で鳴る歯の音だけが暗闇に響く。額の汗が壁の松明の橙色をてらてらと照り返す。

 杖を握る指が白くなるほど強張っているのが、カティアの目にはっきりと見えた。

 

 そのまま数分も経った頃に。

 

 ――パチリ、と。

 壁の松明が小さく音を立てて爆ぜた。

 

 二人は全く同時に動いた。

 カティアは完全な無言で薄紫の光線を放った。

 それは、杖を振り回しながら何らかの呪文を叫ぼうとするネビルの胸元を貫いた。

 

 それきりだった。

 糸の切れた人形のように、ネビルは石畳の床へ崩れ落ちた。

 

 

 






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