銀髪美少女お嬢様(ワケあり)のホグワーツ生活実践編   作:トリスメギストス3世

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002:とても都合の悪い訪問者

 ジョセフとマーサが用事で出かけてしまった、静かな土曜日の昼下がり。

 

 長袖のワンピースにスリッパという気安い格好の、カティア・アシュリーは玄関先に立つ来客を見据えて腕を組んだ。

 ガチン、と鋭い犬歯を噛み鳴らす。

 

 とんでもない客が来た。

 

「ふうん………もしかして、あなたは魔法使い?」

 

「いかにも。わしはアルバス・ダンブルドア。ホグワーツ魔法魔術学校の校長を務めておる」

 

「……誰かと思えば、お母様を殺した魔法使いね? お会いできるのを、かねてより楽しみにしておりました」

 

 あえて丁寧な口調で接しながらカティアは呆れ混じりの息を漏らす。

 カティアは母の討伐現場には居合わせてないので、これが初対面だ。

 

 初夏の陽光が柔らかな角度で差し込み、ホワイトホール家の庭先に咲いた白薔薇の花弁を透かしていた。刈り込まれた芝生の上では小鳥たちが気ままに跳ね、遠くからは教会の鐘の音がかすかに聞こえてくる。

 

 一方でダンブルドアは、微かに眉を顰めた。

 

「あー……エカテリーナ・アシュリー、じゃな?」

 

「まあ、ご挨拶が遅れてしまいましたわ。おばあ様に知られたらお叱りを受けてしまいます」

 

 カティアは軽く頭を振ると、ふわりと華やかに笑って見せた。

 

「初めまして。ナターシャの娘のエカテリーナです。親しみを込めて、カティアと呼んでくださると嬉しいです」

 

「……カティア、君のお母上の事は―――」

 

「そんなに急がないで? 立ち話で済ませてしまうには惜しいお話ですから」

 

 大雑把に母親の話を切り上げるカティアに、ダンブルドアは戸惑ったような気配を漏らす。

 

「どちらにしても私に復讐者の性質はありませんので、どうかお気になさらず。ここで敵討ちに挑んで無駄死にでもしたらお母様が悲しみます」

 

 今考えた嘘を言い放ちながら、カティアはじろじろとダンブルドアを観察した。

 

 上質な仕立ての三つ揃えのスリーピース・スーツを着こなしてはいるが、あまりにも長い白い髭と髪の毛がマグルの紳士としての自然さを台無しにしていた。

 半月状のレンズの奥の青い瞳は一切笑っていなかったが、カティアの10倍以上は生きていそうな老人は和やかにこう言った。

 

「上々。正直な話、ここで呪文をぶつけ合う羽目にはなると想定しておった」

 

「私はお母様ほど血の気が多くないので」

 

 カティアの勘違いでなければ、ダンブルドアの青い瞳は確かにこちらの心を見透かそうとしたはずだ。

 こちらに本当にダンブルドアへの悪意が無いと察したダンブルドアは、改めて自己紹介をする。

 

「はじめまして、カティア。わしはアルバス・ダンブルドア、ホグワーツ魔法魔術学校の校長じゃ」

 

 ダンブルドアが近づいて手を差し出し、カティアはその手を取って握手した。

 

「はじめまして、ダンブルドアさん。お噂はかねがね。生前のお母様が、あなたにはくれぐれも警戒するようにと口を酸っぱくして申しておりました」

 

 超然とした老魔法使いが、一瞬だけ、非常に反応に困ったような顔を見せた。カティアは乾いた笑いを漏らした。

 

「あいにくとホワイトホールご夫妻は外出しておりますが、ホワイトホール家の養女として客人をお帰しするわけには参りません。どうぞ中へ」

 

「お気遣い痛み入る、ミス・アシュリー。突然の訪問を温かく迎え入れてくれたことに感謝する」

 

 ダンブルドアは穏やかに微笑み、丁重な会釈を返した。

 そのままカティアに導かれるままに屋敷に足を踏み入れ、彼は感嘆した様子で周囲を見回す。

 

「素晴らしい家だ。それに、庭先の薔薇も見事なものじゃったな」

 

「あちらはジョセフさんが手塩にかけて育てているものです。そう仰っていただければ、彼もきっと喜ぶでしょう」

 

「ふむ。君がこの場所をどれほど大切に思っているか、その一言だけで伝わってくるようじゃ」

 

「この家と夫妻には、ひとかたならぬ大恩がありますので。腰を痛めたマーサさんの代わりに、屋敷の掃除も大体は私がやっています」

 

 カティアはここでようやく年相応の照れくさそうな笑みを見せると、薄い胸を張った。

 ここでダンブルドアは面白そうにカティアを見た。

 

「なるほど。道理でそこかしこに魔法の残り香が漂っておるわけじゃ」

 

「このお屋敷は、子供一人の手で清めるには少々広すぎますからね」

 

 カティアが軽く指先を曲げると、廊下の隅に置かれていた箒とちりとりが独りでに飛び上がった。

 一切の隠蔽なく伸びやかに勝手に廊下を掃き始めるそれらを見たダンブルドアは思わず苦笑する。

 

「少しはマグルから隠す努力もして欲しいのう」

 

「それは研鑽によって魔法を扱う、ヒト特有の考え方です。全身が神秘そのものである私たちみたいな存在からすれば、魔法を使うなと言うのは心臓を止めたまま歩けとおっしゃるのと殆ど同義。あまりに酷な注文というものです」

 

 カティアがニヤニヤ笑いながら半笑いで言い放つと、ダンブルドアは半月眼鏡をギラリと光らせた。

 

「しかし、魔法を使わねば終わらぬ屋敷の掃除を君一人でこなしているとなると……ホワイトホール夫妻は、君の正体を知っているのかね?」

 

「さあ……? 一応バレていないつもりではあります」

 

 カティアは客人を応接間に通す。

 ダンブルドアは、感情の読めない目でじっと小さな案内人を見つめていた。

 

「しかし、メモ帳を札束に変身させてレモネードを買うのは、あまり感心できる行いとは言えんのう」

 

「私たちは本質的にヒトを資源として消費する"捕食者"なので、マグルがどんな不利益を被ろうと知ったことではありません」

 

「ふむ、カティアはホワイトホール夫妻にも同じことを思っておるのか?」

 

「私は半分人間ですから、人を愛することもあります。当然でしょう?」

 

 人間としての立場と吸血鬼としての立場をその場その場で切り替えながら適当に言い訳する。

 応接間についたダンブルドアはカティアが席を促すのを待ってから、ゆっくりと腰を下ろした。

 

「ミス・アシュリー。我々が魔法を秘匿するのは、矜持のためでも、ましてや独占のためでもない。それは魔法を持たぬ存在を、そなたのような魔法を持つ者の脅威から守るためなのじゃ」

 

「それは興味深いですね。では私はお茶を持ってきますね」

 

 数分後、カティアは銀のトレイを手に応接間に戻った。

 磁器のカップには湯気を立てるアールグレイが注がれ、傍らには手作りのスコーンと苺のジャムを添えた。

 

「どうぞ、ダンブルドアさん。毒などは入っておりませんので、ご安心を」

 

「それは重畳。儂はスコーンには少しばかりうるさくてのう……おぉ、これは絶品じゃ!」

 

 柔らかな微笑を湛えてカティアは自身のカップを手に取ると、対面のソファへ腰を下ろした。

 スコーンを実に旨そうに口へ運ぶダンブルドアの姿を見てくすくす笑うカティア。ダンブルドアが玄関先に現れた時は今日が命日かと思ったが、今のところカティアを討伐しに来たような気配は全くない。

 

 済ました顔でティーカップに口をつけるカティアをダンブルドアはじっと観察する。

 

「……我々は、随分と長い間、君のことを探しておった」

 

「私は隠れてました」

 

「おっとこれは手厳しい。しかし、どうやら我々の方が一枚上手だったようじゃな」

 

「まあ少なくともロンドンに隠れる必要はありませんでしたね。お母様の故郷、ロシアにでも潜伏するべきでした……」

 

「魔法省は、今も現地の機関とそちらを重点的に探しておるようじゃ」

 

「ご苦労な事で。それで?」

 

 カティアはカップを置き、本題を切り出した。

 

「捕らえに来られたのではないと仰るなら、ダンブルドア様ほどの御方がどのような御用件でこのような場所まで?  私は”預言者新聞”も久しく目にしておりませんけれど……魔法省の『反吸血鬼法』がどうなりましたか、世情に疎い私に聞かせてくださらないかしら」

 

 丁寧な口調は心の壁だ。

 母の仇。どれだけ警戒してもしすぎるという事は無いだろう。

 

 ダンブルドアは答えた。

 

「残念ながら法は健在じゃ。それどころか、魔法省の一部勢力は君のような存在を『危険な半人間』として登録、あるいは隔離すべきだと息巻いておる」

 

「う……。それは……」

 

 ここで初めてカティアの目が泳いだ。

 結局のところ、それが一番困るのだ。カティアの実力では、襲いかかってくる魔法省の役人や闇祓いを返り討ちにするというのは非現実的と言わざるをえない。

 

 ダンブルドアはスコーンの屑を指先で払い、真剣な眼差しを向けた。

 

「カティア、君がマグルの世界でどれほど完璧に擬態しようと、魔力という灯火は隠しきれん。遅かれ早かれ魔法省の役人が君の玄関を叩くことになる」

 

 カティアは目を伏せた。

 ホワイトホール家の養女として生きていくという夢があっさりと壊れて消える。

 

「………覚悟はしていたつもりです」

 

「ミス・アシュリー、わしは敵では無い。今日は、君にホグワーツへの入学を勧めに来たのだ」

 

 ダンブルドアは黄色がかった封筒をカティアに渡した。

 

「この話の流れで入学を勧められることがあるんですね………」

 

「わしは、君を魔法省から守れる。君の尊厳を守り、そして教え育てるつもりじゃ」

 

「いやまあそれはありがたい限りですが……」

 

 魔法界に関わらず生きるという望みとは、折り合いをつけなければならない時間だった。

 

 エメラルドのインクで宛先が書かれている。

 

 ロンドン ハイゲイト

 ホワイトホール邸 応接間内

 エカテリーナ・アシュリー様

 

 カティアが封を切り中身を取り出すと、そこにはホグワーツの校章と共に、流麗な書体でこう綴られていた。

 

 ホグワーツ魔法魔術学校

 校長:アルバス・ダンブルドア(マーリン勲章勲一等、国際魔法使い連盟会員―――)

 

 親愛なるアシュリー殿。

 

 このたび、ホグワーツ魔法魔術学校にめでたく入学が許可されましたこと、心よりお喜び申し上げます。教科書並びに必要な教材のリストを同封いたします。

 新学期は九月一日に始まります。七月三十一日必着でふくろう便にてのお返事をお待ちしております。

 

 敬具

 副校長 ミネルバ・マクゴナガル

 

 

 手紙を読み終えたカティアは思い切り顔をしかめた。

 

「ホグワーツって魔法使いの為の学校でしょう? 半吸血鬼を入れて大丈夫なので?」

 

「ホグワーツはこれまでにも、人間の血が半分入った生徒を受け入れた実績がある」

 

「まあ、寛容なことですね。私が母親なら、自分の娘がナターシャの血筋と同室になるなんて絶対に嫌ですけれど」

 

 カティアは軽く目を細めた。

 

「魔法省より先に君を見つけられたのは幸運だった。カティア、ホグワーツに入学すれば君は魔法省の管理対象ではなく、ホグワーツの学生としてわしの庇護下に入る」とダンブルドアは言った。

 

 カティアは考え込む。

 それはカティアが思い描いた、魔法界と関わらずにマグルとして生きていく道とは正反対だ。

 しかし、ここでホグワーツ入学の話を蹴ればその先にあるのは終わりのない逃亡生活だ。

 

「……どうかな、ミス・アシュリー。ホグワーツは君を守ることが出来る。夏休みやクリスマス休暇にはこのお屋敷に帰ってきて穏やかな日も過ごせるじゃろう。ホワイトホール夫妻との穏やかな日々を守りたいなら、今は一度、儂の提案に乗ってみてはくれんか?」

 

「私を匿う事に対するホグワーツ側の利益が見え無さすぎて逆に怖いのだけれど」

 

「わしの信念じゃよ。迷える若年の魔法使いを見るとつい教育したくなる、教師の(さが)じゃ」

 

 この言葉には嘘がないように思えた。

 カティアは入学許可証を封筒の中に入れながら両目を瞑る。

 

「……では、これからよろしくお願いしますダンブルドア先生」

 

―――――――――

 

 そうは言ってもカティアは公的にもホワイトホール家の養女だ。当然、自分の進路について養父と養母に報告しなければならない。

 

 同席しようかと申し出るダンブルドアを何とか追い返し、カティアは四苦八苦しながら何とかかんとか自分の正体と、魔法省という存在とそことの関係、そしてホグワーツ魔法魔術学校について説明する。

 

「――と、言うことです。本当に申し訳ありませんおじい様、おばあ様。私は大変な隠し事をしておりました」

 

 ホワイトホール夫妻は信心深く、非常に保守的な人物だ。彼らはカティアの説明を黙って聞いてくれたが、魔法というものを信じてくれないかもしれない。

 

 場合によっては実演の一つも挟まなければならないかと覚悟していたカティアだが、その予想は裏切られた。

 

 ジョセフおじい様は、少し苦笑しながら身を乗り出した。

 

「分かっているよカティア。実を言うと、我らはカティアが自分の口でそれを説明してくれるのをずっと待っておったのだ」

 

「え?」

 

 ぽかんと口を開けるカティアに、マーサおばあ様が優しく説明を付け足す。

 

「カティア、貴女の実親の前提として貴女の母親が何をしたかは貴女に関係が無いわ」

 

「そう言ってくださるなら、私は本当に嬉しいけれど……」

 

 カティアは深く胸を撫で下ろした。

 母親が大犯罪者という事実にホワイトホール夫妻が拒否反応を示すのが一番憂鬱だったからだ。

 

「それに、カティアが不思議な……魔法の力を持っている事なんてずっと昔から気がついていたのよ?」

 

「え?」

 

「だって枯れかけた薔薇園が一夜で復活したり、ヒビの入ったティーカップが綺麗に直っていたり、何も無いところから傘を二本も三本も取り出したりと色々おかしかったもの」

 

 マーサの指摘にカティアは激しく目を泳がせた。

 この夫妻には一切指摘されなかったため完全に油断していた。

 

「マーサが倒れたと電話で聞いたカティアが、二マイルは先にある学校から20秒もかけずに帰ってきたこともあったのう」

 

「あったわねえ。それに私、時々家具とか掃除用具が独りでに動くのをみた気がするわ」

 

「じゃ、じゃあなんで何も言わなかったの!?」

 

 カティアが叫ぶと、夫妻は顔を見合せた。

 マーサは穏やかに笑い、皺の刻まれた手でカティアの頭を撫でた。

 

「それはね、カティア。それを秘密にしなければならないほど、貴女が辛い場所から逃げてきたのだと分かっていたからよ」

 

 彼女は優しく、カティアの手を包み込んだ。

 

「あの日、泥だらけで玄関に立っていた貴女の目は、まるで傷ついた小鳥のようだった。そんな子が必死に隠している秘密を、無理に暴くような真似、私たちにできるはずがないでしょう?」

 

「……そんなに余裕無かったかな、私」

 

「警察に通報しようと思ったのじゃが、気が付けば書いた覚えのない書類が何故か役所を通過しあれよあれよと言う間にカティアが養女となっておった。思い返すと、まさにあの時儂らは魔法を掛けられていたのじゃな」

 

 図星だった。

 目を白黒とさせるカティアを見て、ジョセフは眼鏡を拭きながら悪戯っぽく笑った。

 

「九月から、その『ホグワーツ』という学校へ行くのだね?」

 

「……はい。でも、お休みには必ず帰ってきます」

 

「ああ、待っておるよ。儂らのことは気にするな。カティアは、カティアにしか歩めない広い世界を見てくるんだ」

 

―――――――――

 

 ホグワーツに入学すると決めたカティアは、学用品を揃えるべくロンドンへ行く必要があった。

 

 許可証に同封されたリストを確認し、準備を整える。

 よそ行きのクラシカルなワンピース。

 トートバッグには、ホワイトホール夫妻に用意してもらったマグルのお金。

 

 ホワイトホール屋敷の玄関で、カティアはふと立ち止まり、半眼で同行者を見上げた。

 

「おはようございますダンブルドア先生」

 

「おはようカティア。ホグワーツの話や君の話を聞いて、ホワイトホールご夫妻は何と?」

 

「あの人たちは大人で、私は子供でした」

 

「上々じゃ。何事もその自覚を持つことが第一歩よ」

 

 ダンブルドアは満足げに頷くと、玄関の段差を降りてカティアと視線を合わせた。

 

「さて、出発の前に一つ、現実的な問題について話をせねばならん。カティア、君は実に母親似じゃ」

 

「あら、もしかして口説かれてるのかしら?」

 

 カティアは軽く流し目を送ってみた。

 『人喰い』ナターシャは絶世の美女として知られた吸血鬼だ。もちろん、実娘たるカティアも自分の容姿には絶対的な自信がある。

 ダンブルドアから苦笑の気配が漂ってきた。

 

「ホグワーツの男子生徒達は放っておかんじゃろうな」

 

「よりにも寄って『人喰い』の娘に夢中? 男の子の親御さんは悲しまれるでしょうね」

 

 それはそれとして、カティアも"現実的な問題"については気がついていた。

 

「でもまあ、『人喰い』に生き写しの娘がダイアゴン横丁を歩き回るのは、少し問題ね」

 

「まさにその通りじゃ。君のその銀髪と真紅の瞳は魔法界をあまりに刺激しすぎる。今の君がそのままダイアゴン横丁を歩けば、買い物どころか、三分と経たずに周囲は大パニックに陥るじゃろう」

 

 そしてダンブルドアは続ける。

 

「カティア。申し訳ないが、今日は横丁をのんびり歩く余裕はない。わしが事前に話を通している二つの店――杖作りと制服の店に直行し、必要なものだけを揃えて即座に立ち去る。教科書や鍋は今回はわしが手配しよう。それで異論はないかな?」

 

 カティアは頷いた。

 

「私にとっても好都合です。その方針でお願いします。……でも、お金はどうするんですか? 私はホワイトホール夫妻が用意してくれたマグルのお金しかないのですが」

 

「マグルの紙幣はグリンゴッツという魔法族の銀行で両替できる。その手続きもわしが行おう」

 

 カティアは軽く眉を上げた。

 

「どうして私はグリンゴッツに行けないんですか?」

 

「……どうか気を悪くしないでおくれ。カティアがグリンゴッツに踏み入れば、数多く仕掛けられておる闇の魔法検知システムの何かが誤作動を起こす可能性が高いのじゃ」

 

「ああ、吸血鬼って存在自体が闇の魔術の塊ですからねえ……」

 

 そして、出発の時間となりダンブルドアが左肘をカティアに差し出した。

 

「“付き添い姿くらまし”の経験は?」とダンブルドアが聞く。

 

「お母様との逃亡生活ではだいたいこれでした」と神経質に首筋に手を当てるカティア。

 

 一度、自力で姿くらましを試してみたら片腕が“ばらけ”てしまい死にかけた事があるため、それ以来姿くらましにはどうにも苦手意識があった。

 それを知ってか知らずかダンブルドアは片肘をカティアの目線に差し出した。

 

「では、しっかり掴まっておれ。――そおれ」

 

 カティアが差し出された肘を掴んだ瞬間、針の穴を通り抜けるような凄まじい圧迫感が襲ってくる。

 次の瞬間、肺に流れ込んできたのは、古い羊皮紙と木の匂いが混じり合った空気。

 

 そこは、ダイアゴン横丁。思っていたよりも小さく、質素な店の前だった。

 

 金文字で書かれた看板には、こうある。

 

『オリバンダーの店:紀元前三百八十二年創業、高級杖メーカー』

 

 カティアは喉の奥で小さく音を鳴らした。

 

「へえ……ここが噂の……」

 

「オリバンダーの店。最高の杖を扱う店じゃ」

 

 カティアにとって、魔法使いの杖というのはちょっとした憧れでもあった。

 幼いカティアには、闇祓いや役人たちが振る杖が特別なものに見えていたのは否定できない。

 

 ダンブルドアが真鍮のベルを鳴らして扉を開けると、暗い店内の奥から一人の老人が姿を現した。

 

 月光を閉じ込めたような淡い瞳が、暗がりの中で爛々と輝いている。

 

「おぉ、アルバス。予定より少し早かったな。そして、この子が噂の……!」

 

 カティアは一歩前へ出た。

 

「カティア・アシュリー。『人喰いナターシャ』の実娘です。以後お見知りおきを」

 

 腫れ物のように扱われるくらいなら、いっそ自分から名乗って主導権を握る方がいいという判断だ。

 カティアが優雅にカーテシーを行うと、オリバンダーは手にしていた巻尺を動かすのも忘れ、吸い寄せられるように顔を覗き込んだ。

 

 その瞳に宿っていたのは、恐怖ではなく職人特有の純粋な好奇心だった。

 

「……信じられん。瓜二つだ。あの真紅の瞳、月光を透かす銀の髪。まさか、ナターシャ・アシュリーの娘をこの店に迎える日が来るとは」

 

 オリバンダーは、まるで希少な魔法生物を観察するかのようにカティアの周りを一周した。

 鳥肌が立つカティア。あまりに不躾な観察に傍らのダンブルドアがゴホンと咳払いをする。

 

 我に返ったオリバンダーは、いそいそと棚の奥から煤けた細長い箱を取り出し、恭しく蓋を開けた。

 

「ミス・アシュリー。まずはこれから試してみよう。マホガニーにドラゴンの心臓の琴線、二十八センチ。偏屈だが強力じゃ」

 

 カティアは杖を指先で摘み上げ、軽く振る。

 

 火花が散るわけでも、風が吹くわけでもない。埃っぽい空気が、ほんの一瞬だけ衣服に沿って揺れただけだった。

 

 オリバンダーは即座にそれを奪い取り、別の箱を開ける。

 

「杉に一角獣のたてがみ、三十センチ。杉は信念を曲げぬ者に、一角獣は混じりけのない忠誠を好む」

 

 再び振る。何も起こらない。

 

 オリバンダーは梯子に飛び乗り、天井近くのもはや誰の手も届かぬ場所から、黒ずんだ箱を引き抜いた。

 

「ならば、これはどうだ? 桜に不死鳥の羽根。珍しい組み合わせじゃが……」

 

 軽く振る。やはり何も起こらない。

 

 カティアは杖を見て首を傾げた。

 

「ねえ、これ電池入ってます?」

 

「杖が魔法使いを選ぶのじゃ。まだ、君に相応しい“声”が見つかっていないだけのこと」

 

 オリバンダーは桜の杖をカティアの手から取り上げ、店の最深部の帳簿すら置かれていない闇の奥へと、いそいそと消えていった。

 

 気丈にふるまいながらもちょっと落ち込むカティア。ダンブルドアは少し心配そうだった。

 

「カティア、君の母上は………日常生活で杖を使っていることはあったのかね?」

 

「お母様は杖を持っていませんでした。まあ吸血鬼は妖精とかと同じで、杖が無くとも魔法が使えるものなのですが―――」

 

 カティアはパチンと指を鳴らして、身体の周りを飛び回って寸法を取ってくる魔法の巻尺を蛇に変えてみせた。

 首筋に飛びかかってくる毒蛇を鷲掴みにして遠ざけながらカティアは肩を竦める。

 

「―――こういう魔法は、ヒトの魔法使いが”学ぶ”魔法と違って”出来る”ことなので、新たに増やすとかそういうものではありません」

 

「そうか………ホグワーツで魔法を学ぶのに杖はどうしても必要じゃが………」

 

 オリバンダーがまた古びた細長い箱を次々と引っ張り出してきたのでカティアは蛇を巻尺に戻した。

 

 それからもカティアは次から次へと持ちだされてくる杖を試したが、時折弱気な火花が散ったりすればいい方で、どうやら杖自体がカティアとの相性が悪いと認めざるを得なかった。

 

「まあ全く使えないってわけでもなさそうですね」

 

 楓の杖を適当に降り、髪の毛が僅かに揺れる程度の微風を発生させながらもカティアは肩を落とした。

 

「難しい客じゃ。半吸血鬼………だが心配なさるな。必ずお嬢さんに合う杖が………イチイとドラゴンの心臓の琴線。二十四センチ。静かで繊細」

 

 それを手に持った瞬間、指先が温かくなった。

 何もせずとも杖先から噴き出した煙が、蝙蝠の形をとって飛んでいく。

 

「あ」とカティアは手中のイチイの杖を見た。

「素晴らしい!!」とダンブルドアが立ち上がって拍手する。

 

「すばらしい………良かった。しかしまあなんという偶然………なんと………イチイ………なんと………」

 

 ぶつぶつ呟くオリバンダー。

 ダンブルドアが立ち上がってオリバンダーの言葉を遮った。

 

「では会計を頼む。すまぬな、少々急ぎなのだ。マダム・マルキンの店で待ち合わせをしておるが、既に刻限を過ぎておってな」

 

 

 

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