銀髪美少女お嬢様(ワケあり)のホグワーツ生活実践編   作:トリスメギストス3世

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第二学年
024:ホワイトホールのお嬢様


 ホワイトホール家は、その起源を十三世紀にまで遡る由緒正しい地主の名門だ。

 彼らの遠い祖先は王室より領地を賜った騎士であり、一族にはその土地を守り続けてきた歴史がある。そしてかつては平凡な田園地帯に過ぎなかったその土地はロンドンの発展とともに一等地へと変貌を遂げ、今やホワイトホール家は莫大な価値の地所を有する大地主として広くその名を知られていた。

 

 現当主のジョセフ・ホワイトホールもまた、古き良き地主貴族の気風を色濃く受け継いだ人物だ。

 カティアはそんなホワイトホール家の公的な養女である。ただしマグルの友人には何かと誤解されがちなのだが、これは子のいない夫妻の後継者として迎えられたという意味ではない。

 そもそもホワイトホール家をはじめとするイギリスの地主階級では、爵位も地所も男子が継ぐというのが絶対の掟だ。ホワイトホール家に関しても次代の当主は当主ジョセフの弟、アルフレッド・ホワイトホールと遥か昔から定まっている。

 

 なお、カティアはこの相続関係や一族の序列に細心の注意を払う必要があった。

 実はマグルの上層階級は、スリザリンの純血主義が比較にならないほどの絶対的な血統主義だ。吸血鬼の母を持ち父親は不明のカティアは自分の血筋を証明しようがないため、何かと周囲から疑惑の目を向けられがちだった。魔法による働きかけなしには夫妻に養女として迎え入れてもらうことすら叶わなかっただろう。

 

 加えてカティアはロシア系のルーツを持つ。

 マグルの上層階級の中ではこれも問題で、周囲からはどうしても『身元の知れぬロシア系の美少女が突如として資産家の老夫婦の養女に収まった』という構図に映るのだ。それがあまりにも怪しすぎるためソ連のスパイ扱いされることも日常茶飯事だった。

 だからこそカティアは自分が一代限りの居候であり、いかなる野心も持ち合わせていないと繰り返し主張し続けなければならなかった。ジョセフに『ホワイトホール』を名乗るよう勧められても、ファミリーネームを頑なに『アシュリー』のまま保ち続けているのはそうした事情もある。

 

 もちろん今では、ホワイトホール夫妻はカティアが半吸血鬼であることすら知っている。

 それどころか彼らは、自分たちが魔法で惑わされていたことを知ってなおカティアを大切にしてくれるのだ。

 

 天涯孤独のカティアにとってこれほど暖かい話は無い。

 しかしこういう関係には大抵義務が伴うもので、養女として家の一員に加わったカティアにはそれ相応の務めが期待されていた。たとえば、近隣の地主や有力者を招いたお茶会への出席といったところだ。

 

 分厚いレザーのシートを通じて、エンジンの振動が背中に伝わってくる。

 スモークガラスの向こうの街の景色や歩行者たちが、音の消えた映画のワンシーンのように後ろへと遠ざかっていく。おそらく、まだロンドンだろう。

 

「お嬢様、旦那様はあなたがお帰りになってから、本当に嬉しそうにされております」

 

「そうかしら。“じいや”の目からもそう映っているなら、娘としてそれほど嬉しい話もないけれど」

 

 運転席でハンドルを握る、ロマンスグレーの髪をオールバックにした老齢の男性は頷いた。

 彼は、半世紀以上ホワイトホール家に仕え続けた使用人だ。実質的なカティア担当でもある。

 

「ええ、近頃の旦那様は顔色も良くなりまして、庭をお歩きになる回数も増えております。どうやら来月に久々のゴルフのご予定を入れようとされて奥様に止められたとか……」

 

「あらやだ。もう少し安静にして貰わないと困るわ? 私からも念を押しておかないと」

 

 口ではそう言いながらも、後部座席のカティアはどうしても笑いを抑えられなかった。

 ジョセフがゴルフに行きたがるのも無理からぬことだ。カティアがこっそりと盛った『命の水』の効果はあまりに絶大で、ジョセフの病を丸ごと吹き飛ばしてしまったのだ。そして『命の水』はついでとばかりにマーサの慢性的な腰痛も一気に消し去った。

 

 もっとも、当人たちはカティアが帰ってきたから体調不良が治ったと解釈しているようだ。

 カティアはそれが愉快でたまらなかった。ニヤニヤ笑うカティアの様子をミラー越しに窺ったのだろう。運転席から鋭い声が飛んだ。

 

「お嬢様」

 

「はいはい。お外で笑うときは口元を手で抑えないといけません。気を付けます」

 

 そう言うカティアの服装は、淡いパステルカラーのデイドレスにレースの手袋だ。

 膝の上に置いたブリムの広いサマーハットで無意識に手遊びしていると、作法に厳しいじいやの眉が吊り上がった。カティアは慌てて話題を次へと移す。

 

「今から行くお茶会の概要を教えてくださる? 何か特別な注意点はあるかしら」

 

「今回はチェスターフィールド男爵夫人が主催される、歴史的庭園保護のチャリティーパーティーでございます」

 

「また庭園保護? あの家も大変ね……お金が足りないのかしら……」

 

 彼らにも切実な事情がある。

 イングランドの貴族や大地主にとって歴史的な庭園を維持することは彼らの魂であるが、マグルの政府が資産家の土地に掛ける税金はとにかく苛烈なのだ。

 

 なお、資産はあるが現金がないのが古い地主共通の特徴だ。

 多くの名家は広大な庭園や屋敷を維持する余裕を失いつつあるのが現状であり、既に没落してしまった家も多い。ホワイトホール家はジョセフが優秀だったため相当うまく乗り切れた方だが、対策は今後も続けなければならない。

 

 その関連で、マグルの富裕層では歴史的庭園の保存運動が大流行しているのだ。

 彼らは『歴史的価値のある庭園を未来へ引き継ぐため』と謳うが実態は完全に税金対策である。何しろ保存団体を立ち上げて免税の権利を何とか勝ち取り、寄付を募るためのパーティーや晩餐会を盛んに開きでもしないと地主はあっという間に没落してしまうのだ。

 

 今回のチャリティーも、まさにそういった集まりの一つである。

 

「近隣の有力な地主層や、保守党の地元有力議員なども顔を揃える予定です。今回はアルフレッド様のご推薦として、お嬢様にはホワイトホール家の気品をお示しいただかねばなりません」

 

「あの人は私を便利に使って……」

 

「今回はアルフレッド様の孫娘であるエリンお嬢様の代役といったところでしょう。彼女は数週間前から手酷い夏風邪に罹ってしまったようで……」

 

「ああ、エリン? あの可愛い子? また身体を悪くしているの?」

 

 エリン・ホワイトホールは喘息持ちの繊細な女の子だ。

 彼女自体は悪い子では無いのだが、祖父のアルフレッドは孫娘のこととなると少々周りが見えなくなる悪癖があった。おそらくカティアは身代わりにされている。

 

「……で、政治家の方に『うちの土地の近くに開発道路を通さないでくれ』とか言わなくていいの?」

 

「それはお嬢様のような年若い少女の仕事ではありません」

 

 この手のパーティーに向かうリムジンの後部座席で、歴戦の使用人が伝える情報は令嬢の生命線だ。

 一切の失言を許されない社交の場にはホグワーツには存在しない緊張感がある。カティアは話を聞くうちに特有の雰囲気を思い出してきた。

 

「ところでお嬢様は、今回のホストのローレンス・チェスターフィールド男爵夫人については、どれほど覚えておられますか?」

 

 運転席から急に質問が飛んできた。

 最後に会ったのは去年の夏だ。カティアはこめかみに指をあてて記憶を思い起こす。

 

「あー……右目がやや内側に寄った斜視。歩くときに肩が大きく前後に揺れる。伝統と格式を重んじる典型的な保守層で例に漏れず噂好き。薔薇の交配が趣味の恰幅の良い中年女性。……あとは、娘さんがオックスフォードの経済科に進学されたことを、それはそれは滅茶苦茶に自慢された記憶しかないわね」

 

「お嬢様。チェスターフィールド夫人のご息女はオックスフォードを中退されました」

 

「あっぶないわねえ………! え、嘘でしょう? あんなに自慢しておいて中退されたの?」

 

「公然の秘密でございます。決して話題になさらないように……」

 

 カティアは震え上がる。この情報をここで確認できてよかった。

 現地で迂闊に話題を振っていたら大惨事だった。そして社交界における大惨事は、たいていの場合魔法によるものより始末に負えないものだ。

 

 歴戦の老使用人は後部座席から返ってきた反応がよほど面白かったのか、喉の奥でかすかに笑っていた。

 

「お嬢様。全寮制の学校に行っていた令嬢が古い情報のまま帰省直後のパーティーに挑み、大失敗するのは毎年の定番でございます」

 

「あまり身を以て味わいたい失敗ではないわよ」

 

「間違いありません。また、本日お見えになるハミルトン子爵ですが、例のロイズの件でロンドンのタウンハウスを差し押さえられる寸前でございます。間違っても『最近の投資状況のご機嫌は?』などと経済の話題を振ってはいけません。

さらにウェストウッド家のご夫妻。小耳に挟んだところでは、旦那様が若い秘書の方とスコットランドへ『お忍びの静養』に出かけられたとか……。また、本日チェスターフィールド夫人の右隣に座られる予定のブラッドフォード伯爵夫人ですが、先月に旦那様との別居と離婚手続きが『デイリー・メール』紙にすっぱ抜かれました」

 

「そりゃあイングランド中の主婦が夢中になったでしょうね……」

 

「時の人でございます。そして老骨の聞くところによると、現在は親権と絵画の所有権を巡って泥沼の裁判中だとか。この二組に関しては間違っても『相変わらずおしどり夫婦で羨ましい限りです』などと微笑みかけてはなりません―――」

 

「あの人たちはよくもまあそんな具合で、私に髪飾りの角度がどうとか説教できるわね……」

 

 カティアはげんなりしながら大人たちの醜聞を頭に入れていく。

 普通にゴシップとして聞く分には相当面白いのだが、今からチャリティーパーティーに行く身としてはただ目の前が地雷原だと伝えられているだけだ。ハッキリ言ってかなり怖い。

 

「―――もう一方、新興の投資家であるカウエル氏がお見えになります。彼は下院議員への献金で強引に土地を買い漁っている男でございます。伝統的な地主層は彼のことを腹の底では軽蔑しておりますが、その資金力は利用したいのが本音。ただし女癖に非常に大きな問題を抱えているため、お嬢様は決して近づかないように。

そしてドレッド家のご子息についてです。お嬢様も良く知るあの方はオックスフォードのラグビー部で手痛い不祥事を起こし、現在はロンドンを追われて実家のカントリー・ハウスで謹慎生活を送っておられます。『最近ロンドンでお兄様をお見かけしませんね』などと妹君に尋ねるような真似は、厳に慎んでいただきたく存じます」

 

「え、私はルーシーにどんな顔をして話しかければいいのよ。会うのを楽しみにしていたのに……」

 

 ロンドンの夏は、そこら中でお茶会やガーデンパーティーが開かれる社交の季節だ。

 夏休み中の名家の令嬢たちはこの手の行事の出席を求められる。教会のバザーや慈善団体の催しに顔を出すことも半ば義務のようなものだ。

 そして会場では礼儀作法に厳しい中高年の女性たちが目を光らせ、姿勢や言葉遣い、教養からドレスの趣味、果ては家の評判に至るまで値踏みしてくるのだ。もちろんそんな生活は決して楽しい物ではない。

 

 豪華なドレスを纏い華やかな社交界を渡り歩く生活は庶民から見れば憧れに映るかもしれないが、実際にはその重圧に疲れ果てて九月頃には心身を病んでしまう令嬢も珍しくない。カティアのマグルの友人にもそうした子が何人かいる。

 

 童話のお姫様が身分を捨てて貧しい男と駆け落ちするのにはそれなりの理由があるのだ。

 

「―――あとはダヴェンポート婦人についてですが、ついに身籠られました」

 

「あら、あの家に関しては念願叶ってという感じね。素敵じゃないの」

 

「その通り、結婚から十年、ダヴェンポート家にとってはまさに待望の跡継ぎでございます。……ただし、カティアお嬢様、どうかこの老骨の忠告をお耳に入れてください。お祝いの言葉を述べる際には決して―――」

 

「――()()()()()()()()()()()()()()()()()」カティアは呆れて割り込んだ。「あのねえ、この私が今さらそんな初歩的な間違いをするわけないでしょう?」

 

「お許し下さりませお嬢様。それがまた、分かっていても案外頭から抜けるのでございます」

 

 爺やは本気で心配しているようだった。

 

「お嬢様と同じようなことを往路で宣言した若き令嬢が、妊産婦のふっくらしたお腹を見て舞い上がり、『男の子かしら、女の子かしら!楽しみね!』と口を滑らせる姿を、この老骨は何度も見て参りました」

 

「分かった。分かったわよ。気を付けるから! しっかり気を付けるから安心してくださいな!」

 

 情報のやり取りをしていると、リムジンがチェスターフィールド邸の正面玄関に滑り込んだ。

 爺やが車のドアを開けてくれる。カティアはリムジンから降りて忌々しげに夏の太陽を見上げた。

 

「……今日は野外に長居出来ないわね」

 

「それは先方も把握しておられます。何らかの配慮があるでしょう。それではお嬢様……」

 

「ええ、私に任せて。何とかしてみせるわ」

 

 もっとも、カティアは基本的にホワイトホール家の老夫妻に頼まれて社交の場に出ているわけではない。

 社交界の負荷を良く知るジョセフとマーサは、カティアを難しいイブニングパーティーなどには寄越さないほどだ。今回はアルフレッドの顔を立てたが、それはジョセフへの自発的な恩返しでもある。

 

 事実、社交界でのカティアの評判はかなり良かった。

 自分で認めるのは少し気恥ずかしいが、カティアは容姿が非常に優れているため誰からも覚えが良いのだ。

 そして人の顔や名前を一度で一致させられる程に記憶力も良く、ゴシップから経済まで幅広く会話もできる。自分を魅力的に見せる方法も本能的に心得ていて、それでいて無理しているわけでもない。

 

 つまるところ、カティアは上流階級の令嬢に求められる資質をほとんど完璧に備えていた。

 

 ホワイトホール家の老使用人は、眩しそうにカティアを見つめる。

 

「それではお嬢様、ご武運を」

 

「大袈裟よ。でも頑張ってくるね。それでは夕方にまた会いましょう」

 

 カティアは魔法抜きの社交がそれほど苦にならなかった。

 簡単に言ってしまえば、カティアは人と話すのが好きなのだ。

 

 ―――――――――

 

 退屈なお茶会を何とか乗り切って迎えた夜だった。

 ホワイトホールの家では、こういう日には必ず何かご褒美がある。例えばカティアの好物が夕食に出てくるなどだ。

 

 皿の上の巨大なローストビーフと格闘していると、マーサが柔らかな声で話しかけてきた。

 

「チャリティーパーティーはどうだった? 今日の集まりは大変だったでしょう」

 

「あまり楽なパーティーではありませんでした……」カティアは認めた。「特に学校生活について聞かれるのが大変だったの。スイスのレマン湖畔にあるフィニッシング・スクールの出来事を披露したところまではよかったの。事前に準備をしていたもの。だけどアイゲート夫人が、『姪があちらの学校に行っていたの。あの厳しいマダム・デュポンはまだいらっしゃる?』とか言い出して、もう生きた心地がしなかった……」

 

「おやまあ! それは私たちの調査不足ね。カティアに余計な苦労をかけてしまって……」

 

 マーサが深刻な顔で首を横に振った。

 しかし、カティアがホグワーツに行かなければならなかったのはこちらの都合だ。マーサは一切悪くない。

 

「マーサおばあ様が事前にあちらの学校を色々と調べてくれていたから助かったわ。それでもかなり綱渡りだったし、我ながらよくアドリブで誤魔化しきったものよ……」

 

 全寮制の学校に通っている令嬢が学生生活について尋ねられるのは至極当然のことだが、間違っても『ホグワーツ魔法魔術学校に通っております』と口を滑らせてはならないのがカティアの泣き所だ。

 しかし愚痴ばかり言っても仕方ない。カティアは人差し指をあげて声色を明るくする。

 

「だけど、チェスターフィールド夫人の嫌味な自慢話に付き合わされた甲斐もあった気がするの」

 

「そうなの?」

 

「少し面白い話を聞いたわ。薔薇のアーチの陰で彼女と保守党の議員が話し込んでいたのを聞いてしまって……そう、来月に国税庁の臨時の税務調査が、このハイゲイトを含む北ロンドン地区の一斉巡回に切り替わるとか何とか……」

 

「カティア、それは本当かい?」ジョセフが目を丸くした。

 

 カティアは大きく頷く。こういう話を聞けるかもしれないから、カティアはパーティーに顔を出しているのだ。

 

「ブラフのようには聞こえなかったわ。もしかしたら彼らも、今日のパーティーで『公開実績』を急ごしらえしたのではないかしら……」

 

「……ミスター・ブラウンを呼び出す予定を入れなければならんようだな」

 

「会計士の?」カティアが聞いた。

 

「その通りだ。しかしカティア、お手柄だぞ。マーサ、私たちは早めに庭園の帳簿の整理にとりかからねばならん」

 

 老夫婦は深刻な面持ちで視線を交わしたが、マーサが流れを断ち切るように首を横に振った。

 

「……夕食の席で税務局の話はもう十分よ。カティア、私たちはあなたの本当の学校の話を聞かせてもらいたいの」

 

「ホグワーツの?」カティアはちょうどローストビーフを口に突っ込んだ所だった。

 

 大慌てで大きな肉片を呑み込み、軽く咳払いする。

 クリスマスやイースターの休暇時にあの学校のことはそれなりに話しているので、新しいエピソードを引っ張り出してこなければならない。

 

 試験の話は退屈だ。まさか『賢者の石』を巡るクィレルとの死闘を語るわけにもいかない。

 だからといって老夫婦にクィディッチを説明するのは、ロンにサッカーのオフサイドルールを理解させるより骨が折れそうだ。

 どうしたものかとカティアが頭の中をひっくり返していると、まさにこういう時にぴったりの話を思い出した。

 

「そういえば、ドラゴンの赤ちゃんが卵から孵るところを見ましたよ」

 

 ジョセフはワインをテーブルクロスの上にこぼしてしまった。

 

「ドラゴン? その……炎を吹いて、空を飛ぶ、あの伝説の生き物で合っているのかい?」

 

「おじい様が想像した通りの生き物よ。実は実在するの。あとはマグルにも知られていそうな魔法生物といえば、不死鳥やユニコーンも見かけて――」

 

 見かけたユニコーンが死体だったことは内緒だ。

 まるで少年のように目を輝かせるジョセフに気を良くしたカティアは、ローストビーフにナイフを入れながら続けた。

 

「――どちらもとても美しい生き物よ。だけど魔法使いたちは、こういった魔法生物をマグルの目から隠すのに必死だったりするわ」

 

「そうなのか……。私も一度お目にかかりたいものだが……」ジョセフはどこか遠くを見た。

 

「あまり推奨はしませんよおじい様。特にドラゴンはとても強力な生き物だから、うっかり出くわしたら生きて帰れる保証はないわ……」

 

 魔法使いたちは、何も意地悪でマグルの目からドラゴンを隠しているわけではないのだ。

 

「だけどね、ドラゴンの卵なんて魔法使いからしてもとびきり貴重なものよ。そしてホグワーツには、ハグリッドという名前の森の番人がいてね――」

 

 危険な部分と違法な箇所を大幅に省いたノルウェーリッジバックのノーバートの一件は、ホワイトホール夫妻に大好評だった。

 

「まあ、なんて素敵なお話かしら!」

 

 カティアが話し終えると、マーサが胸の前で両手を組んでこう続けた。

 

「それに、カティアがホグワーツで楽しい毎日を送れているようで何よりだわ。私にはそれが一番嬉しい。あなたのことだもの、話に出てきたハリー君やロン君、それからクリスマスに一度ここへ来たハーマイオニー嬢のほかにも、お友達がたくさんできたのでしょうね……」

 

「――ええ、もちろんよ。毎日賑やかで退屈する暇もないくらい!」

 

 カティアは思わず見栄を張った。その言葉をジョセフは微塵も疑わなかった。

 

「当たり前だよ、マーサ。うちのカティアはどこへ行っても人気者なんだ!」

 

「ええ、まあ……。そうね……?」

 

「お友達から夏休みのお誘いがたくさん来て、さぞかし大変だろう?」

 

「……私は魔法使いのお友達と過ごすよりも、ここにいる方が好きよ」

 

「おお、カティア!」

 

 ジョセフはとても感動したようだった。

 

―――

 

 夕食も終わって、カティアはようやく自分の部屋で一人の時間を作れた。

 窓際の椅子に座って夜空を見上げながら、カティアはぽつりと漏らす。

 

「……うそを言っちゃった」

 

 養父母はカティアが人気者と信じ切っているようだ。

 そしてカティアはそれを訂正するタイミングを完全に逃してしまった。ホグワーツでは大抵の生徒がカティアを遠巻きにしているし、友達がたくさんいるなんて大嘘だ。

 

 しかし、いまさら本当のことをジョセフとマーサに伝えるのはどうにも気が進まなかった。

 仮に『実はアシュリーの娘だから、みんなに気味悪がられているの』などと真実を打ち明けたところで、マグルの老夫妻に何ができるというのだろうか。彼らが胸を痛め、怒り、そして自分たちの無力さに夜も眠れなくなるだけだ。

 

 結局のところ、カティアがこの一年で作れた友人と呼べる人物は三人だけだ。

 デスクの上に置かれた数少ない手紙を手に取る。昨日の夜に届いた、几帳面な文字で埋められた便箋だ。

 

―――

 

 親愛なるカティアへ

 

 私は一年生の呪文学と変身術のノートをようやくまとめ終えたわ。

 夏休みの間に実技を試せないのが本当にもどかしい! カティアも、くれぐれも自宅での魔法の使いすぎには気をつけてね。

 

 さて、ハロウィンの件や賢者の石をめぐる一連の騒動について、どこかできちんと口裏を合わせておきませんか? 私はパパとママにホグワーツで危険なことをしていると知られたくないし、それはカティアも同じでしょう? 私の両親とあなたの養父母は顔見知りだもの、うっかり話が食い違っては困るわ。

 

 よかったら、近いうちに会えない?

 来週の土日はどうかしら? ロンドンの図書館に行けばゆっくり話せるし、宿題も見せあえるわ。

 

 ハーマイオニー・グレンジャー

 

 

 追伸 ハリーに届けた手紙の返事が返ってこないの。あの家の親戚の方が何かまずいことをしていないか心配です。カティアには何か連絡があった?

 

―――

 

 少し落ち込んでいたカティアだが、手紙を読み返していると段々と元気が出てきた。

 折角の夏休みだというのにマグルの図書館で魔法史のレポートを見せ合おうとするなど、いかにもハーマイオニーらしい。こちらとしては本当は映画館に行ったりブティックを見て回ったりしたいところだが、ハーマイオニーがどうしてもというなら付き合ってあげてもいい。

 たったの三人の友人ではあるが、友人というのは結局は数ではないとカティアは信じていた。

 

 何にしてもグレンジャー夫妻はハムステッドの高級住宅街に住む開業歯科医だ。ここから自転車で十五分ほどのご近所さんのため出会うのは非常に容易い。

 そしてそれは保護者同士でも同じことだ。旧家の地主であるカティアの養父母と知的な専門職であるグレンジャー夫妻は細かい違いはあれど、どちらもホグワーツに娘を通わせているアッパーミドルのマグル同士だ。抱える悩みや心配事も似通ってくるだろう。

 噂を聞く限り、彼らは子供の知らない所で一緒に食事をしていたりもするらしい。それで養父母やグレンジャー夫妻の心配が減るならば素晴らしいことだとカティアは思っていた。

 

「……ハリーからの返事は私にも来ていないけれど」

 

 しかし追伸の部分を読み返すと、カティアの幸福な気持ちは萎んでしまった。

 ハリーはカティアの手紙にも反応を返してくれないのだ。普通なら忙しいか、あるいは怒らせたかと思うところだがいくらなんでも心当たりがなさすぎる。ダーズリーの家で孤独に耐えているハリーがホグワーツの友人からの手紙を無視するなんてあり得ないはずだ。

 

 首を傾げながらカティアはもう一枚の手紙を手に取った。こちらはハーマイオニーのものと打って変わって乱雑な殴り書きだ。

 

 ―――

 

 カティアへ

 

 元気にしてるか?

 ハーマイオニーは夏休みに入ってからもう三通も手紙を送って来たんだ。それも全部『宿題の進捗はどう?』って内容だぜ? 信じられる? 休みだぞ!

 もちろん僕は魔法史の巻物を一インチも広げてない。カティアの方からもハーマイオニーに少しは落ち着けって言ってやってくれ。

 

 それはそうと、君にはハリーから連絡はあったかい?

 実は、僕が送った手紙の返事が一通も返ってこないんだ。……なんかおかしくないか?

 

 ロンより

 

 ―――

 

 こちらは、エロールという非常に老齢のフクロウが届けてきた手紙だ。それにも同じようなことが書かれていた。

 つまり、三人そろってハリーと連絡が取れなくなっているということだ。そしてハーマイオニーやロンと同様に、カティアはいよいよハリーの身を案じ始めていた。つくづく電話番号を聞きそびれたのは痛恨だったと言わざるを得ない。

 

 しかしどうにも尋常な状況ではない。頬杖をついて二人の手紙を見比べる。

 やはり問題はダーズリー家だ。カティアの記憶が正しければハリーの叔母一家という関係だったはずだが……。

 

 彼らはプリベット通りに住む生粋のマグルだ。

 ハリーから聞く話を総合すると、保守的で偏狭な価値観の持ち主という印象が強い。この手の人々は普通であることを何より重んじ、そこから外れるものをひどく嫌う。ハリーが魔法使いであることに対しても相当な厳しさをもって接しているという話は本人からも聞いている。

 

 そんな家に住むハリーと連絡が取れないという事は……。

 

「……監禁、とか?」

 

 あり得ない話ではない。

 

 リトル・ウィンジングに住むような中流階級にとっての最大の恐怖とは、冗談でもなんでもなく『近所に妙な噂を立てられる』ことだ。

 『普通で、まともで、平均的な、立派な家庭』という体裁にかける彼らの執念は時に狂気的なものがあり、なおかつ人間というのは体裁のためならいくらでも残酷になれる生き物だ。

 そして悲しいかな。『世間体が悪くなるから』『近所に恥ずかしいから』という身勝手な理由で障害のある家族や自分たちの価値観に従わない子どもを虐待したり自宅の一室や地下室に何年も閉じ込めるという痛ましい事件は、マグルのニュースでも時おり報じられる内容でもある。

 

 マグルのダーズリー家と魔法使いのハリーはその典型だ。

 ハリーが部屋に閉じ込められて手紙のやり取りすら封じ込められているというのは、残念ながら非常に想像しやすい光景だ。

 

「………………」

 

 実際のところ、ハリーが監禁されているだけなら"まだマシ"だとカティアは思っていた。

 もし本当にそうならば打てる手はある。他所様の家庭の繊細な事情に介入するのは非常に気が進まないが、本当に最悪の場合は、ダーズリーを直接魔法で脅迫すればそれで済む話なのだ。もちろん、ロンと連携してハリーをウィーズリー家に逃がしてしまうという手段もある。

 

 カティアが気にしているのは、ハリーがもっと深刻な脅威に晒されている場合だった。

 何しろ彼はハリー・ポッターなのだ。いきなり闇の魔法使いに狙われて、襲撃や拉致をされている可能性が否定しきれない。それはあまり現実的ではないとはカティアも思うが、万が一にもこの可能性を引き当てているなら彼には一刻の猶予もない。

 

「……仕方ないか」

 

 一度この可能性が頭に浮かんでしまったら、もう様子見はできなかった。

 養父母に宛てた簡単な書き置きを机の上へ残し、カティアはベッドの下に隠していた運動靴を引っ張り出した。

 

 靴を履いた後に出来るだけ静かに窓を開き、ゆっくりと身を乗り出す。

 眼下には深い眠りに沈んだ邸宅の庭園が広がり、その向こうには月光を浴びたロンドンの街並みが淡く霞んで見えた。目撃者はいなさそうだ

 

 カティアは窓枠を乗り越えて垂直の外壁へ靴底をつけた。

 数歩で壁面を駆け上がり、傾斜した屋根の棟へ軽やかに立つ。そこで改めて周囲へ視線を巡らせた。

 

 空には雲ひとつない。

 銀色の月光は街も森も等しく照らし出し、夜の世界を鮮明に浮かび上がらせている。

 これから行うことを考えれば、晴天は必ずしも好条件とは限らない。しかし風雨に悩まされる心配がないという意味では、この穏やかな夜も悪くなかった。

 

「……マグルに見つかりませんように」

 

 カティアは遠く南西の空を見据え、深く膝を曲げる。

 ばさり――と空気を打つ音とともに、少女の背から蝙蝠じみた薄膜の翼が広がった。

 

 目標、サリー州リトル・ウィンジング。

 屋根を蹴った少女の身体が弾丸のように夜空へ飛び出し、翼で力強く風を掻いて一息にロンドンの上空へ躍り出る。

 月光に照らされて銀に染まった街並みが瞬く間に後方へ流れ去り、やがて夜の彼方へと消えていく。

 

 あとに残されたのは静かな夜風に晒されるお屋敷と、屋根に刻まれた小さな靴跡だけだった。

 

 

 






二学年目開幕です

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