銀髪美少女お嬢様(ワケあり)のホグワーツ生活実践編 作:トリスメギストス3世
ロンドンからサリー州まではそれほど遠くない。
車でも二時間とかからない距離だ。直線で結べる空路ならなおさら近く、カティアには途中で休憩を挟む余裕さえあった。
テムズ川をひと息に越えて月明かりに照らされた郊外の街並みの上を滑るように飛ぶ。やがて三十分も経たないうちに、目的地であるプリベット通りの上空へ到達した。
そこでようやく、カティアは肝心の番地を覚えていないことに気づいた。
「ハリーはどう言ってたっけ……」
首を傾げながら、カティアは地面へ向かって力強く数度羽ばたいた。
下へ加速して自由落下すら上回る勢いで夜空を切り裂いて住宅街へ急降下する。街灯の明かりが流星の尾のように視界を流れ、地面が猛烈な速度で迫った。
アスファルトに激突する寸前にカティアは再び翼を大きく広げ、速度を殺す。そのまま路面に靴底を擦りつけながら着地し、羽を元の衣服の形に戻しながらあらためて周囲を見回した。
そこは『四角四面』という言葉がこれ以上なく似合う場所だった。
典型的なロンドン郊外の分譲住宅地だ。どの家も同じレンガの色、同じ形の庭、よく似た型の車、丁寧に刈り込まれた芝生といった具合で無個性極まりない。
そのせいでハリーの家がどれかまるで見当がつかない。
カティアはスカートのポケットに手を突っ込み、古びたトランプの束を取り出した。
ケースをひっくり返すとカードがひらひらと宙へ舞い上がり、瞬く間にそれぞれが小さなコウモリへと姿を変えた。漆黒の翼が夏の夜をかき乱し、羽音が通りの静寂に広がっていく。
無生物を変えた使い魔に複雑な命令を理解させるのはかなり難しいのだが、カティアはれっきとした半吸血鬼だ。使い魔を扱う能力は血そのものに刻まれている。
「呪いの傷跡を持つ男の子を探しなさい」
乱雑に飛び回る群れの動きに規則性が宿った。
”紙蝙蝠”はしばらく散り散りに飛び回ったのち、段々とひとつの場所へと収束していく。
プリベット通り、四番地。
他の家と何ひとつ変わらないごく平凡な一軒家だった。きちんと整えられた生垣、几帳面に拭き清められた窓。玄関わきの小さな花壇にはマリーゴールドが行儀よく並んでいる。あまりにも模範的な外観はここの住人がいかに外聞を気にしているかを雄弁に物語っていたが、今この瞬間は黒いコウモリが軒先にわらわらと群がり鈴なりにぶら下がっていた。
カティアは助走もとらずに軽く跳躍し、屋根の上へふわりと降り立った。
軒先を忍び歩き、そのまま身を乗り出して逆さまに頭を垂らした。髪が夜の空へ広がる。
ガラス越しに暗い室内が見えた。
狭い部屋だ。無理やり押し込まれたような小さなベッドと、申し訳程度の勉強机。そしてシーツに半ば埋もれるようにして一人の少年が眠っている。
黒くぼさぼさした髪。あどけない顔立ち。
特徴的な丸眼鏡がサイドテーブルの上で月明かりを反射していた。額に走る細い傷跡が逆さまの視界の中ではっきりと見えた。
「……ハリー、起きて」カティアは試しに小声で呼びかけてみた。
流石に無理があった。ハリーは眠っている。
しかし監禁や拉致といった最悪の事態にはなっていないようで、カティアはひとまず胸を撫で下ろす。
手をひらりと振ると、軒先にぶら下がっていたコウモリたちが一斉に羽ばたいて波のようにカティアへと押し寄せてきた。それぞれが次々にスカートのポケットへ飛び込んでいき、ぽふ、と間の抜けた音を立てながら元の姿を取り戻していく。
安全を確認できて一安心だが、ここまで来てハリーと話さずに帰るという選択肢はない。
根気強く窓ガラスをコツコツと叩き続けると、ハリーがいやいやといった様子で目を開き――そして窓の外を見るとぽかんと口を開けた。
「カティア!」
ハリーは声を殺して叫んだ。
彼が鍵を開けて窓ガラスを押し上げてくれるのを待ち、カティアは部屋の中へ体を滑り込ませた。そこが物凄く埃っぽい部屋だったためカティアは顔を顰める。
「カティア、いったいどうやって――」
「空を飛んで来たの」カティアは話を遮った。「それよりハリー、どうして返事をくれなかったの?」
ハリーは何もかもについていけないといった様子だ。
ひどく混乱した表情で、彼は辺りをきょろきょろと見回す。
「手紙の話だよね……? むしろ僕こそ、君たちからどうして手紙が来ないんだろうってずっと思っていたんだけど――」
「私はあなた宛に何度も何度も手紙を送っているわ。ロンもハーマイオニーも相当送っているみたい」
「そんな……! でも僕のところには一通も……!」
「さあ……? ロンもハーマイオニーも『ハリーから返事が来ない』って心配しているのよ。だから何か良くないことが起きているんじゃないかと思って様子を見に来たの」
今度は消えた手紙という新たな謎が浮かび上がった。
しかしその話題に踏み込む前に、ハリーが少し震える声で、確かめるように聞いてきた。
「それじゃあ……僕は、君たちに忘れられていなかったんだね?」
「私たちってそんな薄情だと思われてたの? それはちょっと心外よ……」
カティアは本気で呆れ返ったが、ハリーには何か込み上げるものがあったようだ。
いきなりそっぽを向いた彼をからかわないだけの優しさがカティアにはあった。かなり間を置いてから、カティアは最大の疑問を口にする。
「だけど手紙が届かないならあなたが自分で手紙を出せばよかったじゃないの。せっかくヘドウィグがいるんだから――ああ、なるほどね」
雪のように白いふくろうが鳥かごの中からじっとこちらを見つめていた。檻の扉に大きな南京錠がかけられている。
「ここのマグルも、ひどいことをするものね……」
カティアが指先の力だけで錠をへし折った。
ヘドウィグは感謝を伝えるかのようにとても小さな声で鳴いた。彼女はひとりでに籠から飛び出すと、まだそっぽを向いているハリーの肩にちょこんと降り立った。
カティアはちらりと窓の外を見た。
「実は私もこっそり家を抜け出してきてるから、あまり長居できないの。夜が明ける前に帰らないと……」
「もう帰っちゃうの?」ハリーがいきなり振り返った。
「あと二時間くらいならここにいられるわ。……だけどこの部屋は少し窮屈ね」
カティアは無造作にドアノブに手をかけた。
「大丈夫よ」
制止するハリーを無視して暗い廊下に出る。
一番手前のドアを勝手に開けると、そこはハリーの部屋の倍はあろうかという広さの子供部屋だった。おもちゃの残骸、ゲーム機、菓子の包み紙——様々ながらくたが床を埋め尽くし、その中心に大きなベッドがどっしりと鎮座している。
部屋の主を見て、カティアはニヤリと笑った。
その少年の体積はどう見てもハリーの倍はあった。脂肪の重みで左右に引き延ばされたような顔に、ぐるぐる巻きの金髪。首と顎の境界は肥満で曖昧になり、シーツからのぞく腕はカティアの胴回りよりも太い。
これが噂に聞くダドリー・ダーズリーに違いない。
彼は低い唸り声に近い寝言をもらしながら、口を半開きにして眠っていた。
カティアは無造作にベッドに近づき、身をかがめると、ダドリーの腫れぼったいまぶたに指を当ててそっと押し上げた。薄く開いた目を覗き込んだ次の瞬間、唸り声がぴたりと止まる。
カティアはまったく同じやり方で残りの住民にも同じ処置をした。
でっぷり太った中年男性と馬面の中年女性は、カティアの存在に気が付くことすらなく深い眠りへと落ちていく。
「何をしてたの?」
ダーズリー夫妻の寝室を出ると、ハリーがドアのすぐ外で待ち構えていた。顔が蒼白だ。
「かなり強めに"視た"わ。明日の昼間まで何をしても起きないはずよ」
「……まったく、君には敵わないよ。僕にもその力の片鱗さえあればなあ……」
「ここのマグルって本当にひどいのね」カティアはうんざりして首を横に振る。
二人で階段を降りる。
ダーズリー一家がまとめて目覚めないとなればハリーの部屋でこそこそ話す必要性も薄い。
「聞きたいことが山ほどあるわ。手紙の件もそうだけど、他に何があったの?」
「何って……手紙が来なかった以外はいつも通りさ。でも帰ってきたらバーノンおじさんに杖も教科書も物置に閉じ込められちゃって、宿題もできないんだ」
「夏休みに宿題をさせてもらえない子供なんて前代未聞ね。普通は逆でしょうに」
ダーズリー家の居間はキッチンとひと続きになっていた。
やはりそこらじゅうがピカピカに磨き上げられていて、大きなテレビ、革張りのソファ、ガラスのローテーブルは新品同様だ。カティアは大きな冷蔵庫をちらりと見た。
「ちょっと待って。ハリーが飢えてるんじゃないかと思って、途中で買ってきたの」
カティアはスカートのポケットに手を突っ込む。
乾燥スパゲッティの袋、ホールトマトの缶、オリーブオイルの小瓶、塩の小袋。それから菓子類や保存食の山を次々に取り出す。最後に申し訳程度のサイズの鍋とカセットコンロをテーブルに置く。
「どうやって……」ハリーは言葉を失っていた。
「大昔にお母様が作ってくれたお洋服なの。便利な魔法がかかってるから仕立て直したりして騙し騙し使ってるんだけど……私のスカートの話はいいわ」カティアは咳払いした。
「これはハリーの分よ。食べる物もこれだけあれば数週間は凌げると思うけど、どう?」
「……これ、本当にもらっていいの?」ハリーが遠慮がちに聞いてきた。
「どうしても気になるなら、気の早い誕生日プレゼントってことにするけれど」
「あ、ああ。そうしてくれ。ありがとうカティア、本当に助かった……」
ハリーは申し訳なさそうに、保存食の山とカセットコンロを自室へ運んでいった。
彼が席を外した隙にカティアはふと飾り棚へ近寄った。そこには写真立てがずらりと並んでいる。
写っているのはどれもふっくらとしたマグルの男の子だ。
ビーチでアイスを頬張るダドリー。制服を着て胸を張るダドリー。ダーズリー夫妻に囲まれた赤ん坊のダドリー。
見る前からなんとなく予感はしていたが、どこを探してもハリーが写っている写真は一枚もなかった。
「……嫌なものを見ちゃった」
実の子でないというだけで、大人はここまで子供に残酷になれるものなのだろうか。
「カティア? どうしたの?」
「ううん。それより保存食はちゃんと隠せた?」
ハリーが戻ってきた。カティアは明るい笑みを向けて何もなかった振りをする。
写真を見て感じたことを口にしてはいけない気がした。これ以上は自分の手に負える話ではない。
ハリーが遠慮がちに申し出た。
「あー……実は腹ペコなんだ。君がくれた食材でパスタでも作ろうと思うんだけど、カティアも食べる?」
「いいわね。健康に悪そうで」
とんでもない時間の夜食だった。
ハリーは手慣れた様子でキッチンに立ち、素早くトマトソースパスタを作ってくれた。しかもちゃんとニンニク抜きだ。
「あら、おいしい。お料理が上手なのね」
「この家だとよく作らされるから……」
ふたりとも腹ぺこだった。
ろくに言葉も交わさないまま大急ぎでパスタを平らげ、ナプキンで口元を拭いながらカティアはようやく話を切り出す。
「じゃあ、私たちの手紙はどこに消えたのかしら?」
やはり最大の疑問はここだ。
ダーズリー家での証拠隠滅のため皿洗いに励むハリーを眺めながら小首を傾げる。
「うーん……おじさんはふくろう便が大嫌いなんだ」
「そうでしょうね……」
「この家にふくろうが来ていたら絶対に大騒ぎしていると思う。多分、ここまでこれていないんじゃないかな」ハリーが意見を述べた。
「あー……だけど私に来るロンとハーマイオニーの手紙を読む限り、プリベット通りに飛ばしたふくろうは何も持たずに帰ってくるみたいなんだけれど」カティアが指摘する。
「そうなの? じゃあ誰が受け取ってるのかな……?」ハリーは自信をなくしたようだ。
やはり手紙の行方が分からない。
それにダーズリー家がうまくハリーから手紙を隠しているという可能性は、カティアの立場からも否定できてしまうのだ。
「それに私は便箋を直接コウモリに変身させてあなたへ飛ばす方式を使っていたの。ハリーに気づかれずにマグルが手紙を隠すのは難しいんじゃないかしら」
”コウモリレター”はカティアがホグワーツでよく使う方式だ。
城内での軽い伝言に便利なため常用しているが、入り組んだ城内では時折道に迷うのが玉に瑕だった。
推理が手詰まりになってしまい、沈黙が部屋に落ちた。
カティアが思考の海に沈んでいると、不意に皿洗い中のハリーの手が止まった。
「誰かが――僕の手紙を盗んでいるんじゃないかな」
「……それ以外には考えられないわ」カティアは静かに頷いた。
「ドラコ・マルフォイだ!」ハリーは間髪を入れずに断言した。
彼の緑の瞳に怒りの炎がメラメラと燃え上がるのを目にしながら、カティアは慎重に口を開いた。
「マルフォイ? まあ……いかにもやりそうな嫌がらせだけれど――」
「マルフォイならやりかねないよ。僕の手紙を盗んで、惨めな気持ちにさせようって――」
すっかり決めつけにかかっているハリーだが、カティアは慎重だった。
確かにマルフォイはそういった嫌がらせを思いつく気質を持ち合わせているが、どうしても釈然としない点がひとつある。
「だけど配達中のふくろう便を捕まえるなんて芸当がマルフォイにできるかしら? 私の蝙蝠を捕まえるなんてもっと難しいと思うけれど」
「カティア、君はマルフォイを甘く見てる!」ハリーは洗ったばかりのトングを振り回す。「いいかい? 僕への嫌がらせとなれば、マルフォイはどんな労力がかかっても――」
「しかも魔法抜きでよ。逆に聞くけど、ハリーは虫取り網を構えるマルフォイをこの辺で見かけたりした?」
ハリーが急停止した。
真夏のプリベット通りの生け垣に身をひそめ、虫取り網を握りしめて夜な夜なハリー宛のふくろうやコウモリを必死に追いかけるマルフォイというのは、どうしても絵にならない光景だ。
「じゃあ誰が……」
「さあ……? でもこの調子だと、ヘドウィグを飛ばしても手紙が届かないこともあるかもしれないわね」
「そんな! なら何とかしないと!」ハリーは顔色を変えた。
とはいえ正直なところ、犯人捜しは後回しでいいとカティアは考えていた。
「心配しないで。こうして直に会えたんだもの、どうとでもなるわ。ほら、たとえば——ロンがあなたをウィーズリー家に呼びたくてうずうずしてるみたいだけれど、代わりに私が返事をしてもいい?」
「あ……じゃあ、頼んでもいいかい?」
「ええ。じゃあ私があなたの代わりにロンと連絡を取るわ。うまくいけば、誕生日の前には連れ出せるかもしれないわね……」
ハリーの顔がぱっと明るくなった。
そのまま二人で、手紙を盗んだ犯人は誰かという話で盛り上がる。最終的にセブルス・スネイプが最重要容疑者として浮かび上がってきたところで、カティアが窓の外を見た。
空がわずかに白み始めていた。一刻も早く帰らなければ大変なことになる。
ハリーは玄関までカティアを見送ってくれた。
「来てくれて助かったよ。あと、ロンにできるだけ急ぐよう伝えておいてくれる?」
「了解。じゃあハリー、また九月にホグワーツ特急で。夏の間に顔を見られてよかったわ」
「帰り道は気をつけて。ハーマイオニーにもよろしくね」
ハリーはカティアが訪ねてきたときと比べてずいぶん晴れやかな顔になっていた。
カティアはウィンクすると翼を広げ、勢いよく飛び立った。白み始めた空から逃げるように、北へ向かって速度を上げる。
―――――――――
あの劇的な夜間飛行から、丸一週間が経った。
もちろんカティアは、ハイゲイトの屋敷に帰るとすぐにロンに宛てた手紙を書いた。ハリーの現状と、ウィーズリー家への宿泊希望を伝えるためだ。
ところが、なかなかロンから返事が届かない。
もしやこちらの手紙まで盗まれてしまったのではないかとカティアは心配したが、数日後に返事が届かない理由がまったく別のところにあったことが発覚した。
ホワイトホール家が雇っているマグルの庭師が、敷地内のポプラの木の下で今にも力尽きそうになっている老齢のフクロウを発見していたのだ。
その話を耳にしたカティアは慌てて庭師の詰め所に飛び込んだが、そこで思わぬ難関に直面することになった。
「いいえ。いくらお嬢様のお言葉でも聞き入れるわけには参りません。この子は私が動物病院に連れて行きます」
ヘイゼル・ブルックスは、ホワイトホール邸の庭の管理を長年担ってきた女性庭師だ。
そのマグルの中年庭師がウィーズリー家の老フクロウをわが子のように胸に抱きしめているのだから、カティアはすっかり途方に暮れてしまった。
「お願い、ヘイゼル。一生のお願い! 私が責任を持って看病するから! 私に預からせてください!」
「お嬢様にこの子の何ができるとおっしゃるのですか」
それでも引き渡してもらわないと困ってしまう。
問題の焦点は困惑気味のエロールの脚に括りつけてある手紙だ。ロンからカティアに向けた手紙をマグルに見られたら大変なことになる。
ヘイゼルはそれを野鳥の生態調査用のナンバリングタグか何かと勘違いしているようだったが、中身を見られる前に絶対に回収しなければならない。
「ち、ちょっとだけ! ちょっとだけフクロウを触らせてほしいの!」
「なりません。このようなことは庭師にお任せください」
実を言うと、たかが四年前にホワイトホール家入りした新参のカティアは微妙に命令権が弱かった。
そして結局は力及ばずエロールは動物病院へ連行されてしまい、カティアはそれを呆然と見送ることになる。寸前に何とか手紙だけは回収できただけマシではあったが。
エロールは、マグルの病院で徹底的な検査と栄養点滴を受けさせられた。
因みに同行したヘイゼル曰く、獣医はエロールのことを『人にもよく慣れておりとても大切に育てられて来たことが伺えます。おそらくボケて逃げてしまい、帰れなくなってしまったのではないか』と診断したらしい。
病院から戻ったヘイゼルは、フクロウをしっかりと両腕に抱きかかえて厳かにこう宣言した。
「この子は、私が預かることにしました」
「やめてーーーっ!!」
まさかウィーズリー家の現役ふくろうをマグルに渡すわけにはいかない。ロンになんと説明すればいいのだ。
結局カティアは養父母に事情を打ち明けて泣きつき、必死の交渉の末にどうにかエロールを取り戻したのだった。
自室に戻ったカティアはすっかり疲労困憊だった。ぐったりとしながらエロールに話しかける。
「あなたはそろそろ引退させてもらいなさい……」
まだまだ現役だと言わんばかりに、老ふくろうはか細く鳴いた。傍らにはロンからの短い手紙が広げたまま置かれている。
―――
カティアへ
手紙を読んだよ。まさかハリーに僕たちの手紙が届いていなかったなんて夢にも思わなかった。カティアが確かめに行ってくれて本当に良かったよ。
もちろん君の手紙を読んですぐに、僕たちはハリーを助けに行ったんだ。やり方がまずかったせいでお母さんには滅茶苦茶怒られたけど、ハリーは無事だよ。今は僕の部屋に泊まってるんだ!
ロン
―――
カティアは、ロンがウィーズリー夫妻と相談したうえでハリーを迎えに来るものとばかり思っていたのだが、どうやらその読みは外れてしまったらしい。
ハリーがダーズリー家で杖も教科書も取り上げられてまともな食事も与えてもらえていないと、正直に手紙に書いてしまったのがまずかったのだろうか。居ても立ってもいられなくなったに違いない。
手紙に記されていた『やり方』というものがひどく気になりはしたが、深く聞かないほうが賢明な気がした。
そしてなんと、エロールの隣にはとても美しいシロフクロウが鎮座していた。
相変わらず気品のあるふくろうだ。彼女がここに来たのは今日の朝のことで、その脚に結ばれていた手紙にはこうあった。
―――
カティアへ
この前は本当にありがとう。
短い時間だったけれど話せて嬉しかったよ。君が来てくれたおかげで、ダーズリーのところをずっと早く離れられたよ。
あのとき君がくれた誕生日プレゼントの保存食なんだけど、僕の部屋の床の板の下に隠しておきました。来年の夏休みにプリベット通りに戻らなきゃいけないときのためにね。
この手紙がちゃんと届くかどうか自信がないけど、伝えておきます。エロールがなかなか戻ってこないから、またどこかで手紙を横取りされてるんじゃないかと心配なんだ。
ウィーズリー家のみんなはすごくいい人たちだよ。エロールのこともみんな気にかけてる。彼は今そっちにいるよね?
ハリーより
追伸 エロールが無事かどうか、できるだけ早く返事が欲しいです。ヘドウィグに持たせてください。
―――
ハリーが無事にウィーズリー家に保護されたことを、カティアは心から喜んだ。
それにエロールだって無事だ。手紙を盗まれていたわけでもなくマグルの庭師に保護されていただけで、今は目の前でぴんぴんしている。
その返事を書いてヘドウィグに運ばせればウィーズリー家のみんながどれほど安心するかは良く分かっていたが、それでもカティアはすぐには返事を書かずにひとまずヘドウィグを自室に留め置いていた。
「……ヘドウィグに任せて本当に大丈夫?」
『手紙泥棒』の謎が解けていないことがどうしても引っかかるのだ。
ヘドウィグの頭を撫でながらカティアはしばらく考え込み、そして白紙の便箋を手に取った。
―――
ハリーとロンへ
ハリーが無事にそちらへ着いたと聞いて、本当にほっとしました。
ロンのご家族にもよろしくお伝えください。救出の際にあまり法に触れるようなことをしなかったことを祈っています。もっとも、私もハリーに会いに行くとき相当無茶な手段を使っているので、あまり人のことは言えませんが。
さて、一番気になっているであろうエロールの件ですが、無事です。この手紙を書いている今も、彼は目の前で元気よく餌を食べています。
ロンの手紙への返事が遅れたのは手紙泥棒のせいではなく、彼が体力不足でうちのポプラの木の下に倒れていたのが原因でした。うちのマグルの庭師に拾われて動物病院へ連れていかれてしまうという一悶着がありましたが、とにかく元気です。
ただ、エロールが無事だったとしても、ハリーの手紙を盗んでいた『手紙泥棒』が気になります。
正直なところ、今の状況でヘドウィグやエロールを飛ばすのは危険だと考えています。もし構わなければ、謎が解けるまで二羽とも私の部屋で預かってもいいでしょうか。考えすぎかもしれないけれど……。
ところで、ダイアゴン横丁へ教材を買いに来る予定はありますか?
もしよければ、そこで落ち合いませんか? そこで二羽を直接引き渡すことが出来ると思います。
カティアより
―――
勢いのままに手紙を書き終えてなお、カティアは自分の判断に自信を持てなかった。
何しろ実際に目の前のエロールとヘドウィグは、カティアに手紙を送ることに成功しているのだ。考えすぎと言われたらそれまでだ。
少し疑心暗鬼だ。自分のしていることが正当な警戒なのか、あるいは不当な勘繰りなのか判断がつかない。
しかし、問題の手紙泥棒が実はかなり高度なことをしているのは確かなのだ。
ふくろう便から手紙を抜き取るにしてもカティアの"コウモリレター"を捕まえるにしても、ハリーに一通も届けることなくすべてを遮断するというのは並大抵の難易度ではない。
つまり『正体不明のかなり強力な魔法使いが、明確な意図をもってハリーへの手紙を遮断していた』と考えると中々に恐ろしい。ふくろうの無事を考えると、やはりカティアは慎重に物事を運びたかった。
ここまで思考して、カティアは便箋にこう書き足した。
―――
追伸
この手紙は一度開封されてから二十分後に自動的に蝙蝠へ変身し、私のもとへ帰還する仕組みとなっています。返事をするならお早めに。
―――
打てる手としてはこんなものだろう。
カティアがパチンと指を鳴らす。
すると便箋はたちまち一匹の蝙蝠へと姿を変え、開け放たれた窓から夜の空へ飛び立っていった。
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