銀髪美少女お嬢様(ワケあり)のホグワーツ生活実践編   作:トリスメギストス3世

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027:ワンダフル・ライフ

 集合時間になった。

 アイスクリーム屋の前に立つロン・ウィーズリーは、目の前の光景を脳内で必死に処理しようとしていた、

 

「カティア……君はカティアなのかい?」

 

「そうだけど。お久しぶりね。エロールを返しに来たわ」

 

 カティアはエロールの入ったかごをロンに突きつけた。六歳児ほどの外見で。

 ロンの混乱も無理もない。夏休みに入る直前まで同じ学年で机を並べていた友人が、突然ひと回り縮んで目の前に現れたのだ。ロンはひとまずエロールを受け取り、かごを覗き込んで生存を確認した。

 そして小さなため息のあと、その視線はゆっくりとカティアの抱くふわふわした黄金色の毛玉へ移った。

 

「ところでその犬っころは何なんだい? 君の飼い犬か?」

 

「メイベルって名前なの。十分前にお迎えしたばかりよ。可愛いでしょう?」

 

 腕の中のメイベルは飼い主の苦悩など露知らず、目を細めてご満悦だった。石畳を行き交う魔法使いたちの喧騒にもロンの目線にもまったく動じる様子がない。

 

「せっかく新しい子犬を飼ったなら、もっと嬉しそうな顔をしたらどうだい?」

 

 ロンの至極まっとうな指摘に、カティアは低く呻いた。

 ホグワーツで犬を飼うのだ。どんな苦労があるか想像もつかない。それでもつぶらな瞳に見つめられた瞬間に理性が綺麗さっぱり蒸発してしまったのだ。もちろん飼ってしまったからには必ず大切に育てるつもりだが、ホグワーツでの躾から毎日の散歩の段取りまで心配事がいっぱいだ。

 

 ロンは今度はハーマイオニーの方へ目を向けた。

 

「それでハーマイオニーもどうしちゃったんだい? 財布でも忘れたのか?」

 

「え、ええ……。久しぶりねロン。会えて嬉しいわ」

 

 ハーマイオニーは上の空だった。あのオレンジ色の猫と別れてから、ハーマイオニーは十秒に一回はペットショップの方角を振り返ってはため息をつく始末だった。

 怪訝そうな顔のロンにカティアが説明する。

 

「ハーマイオニーはお気に入りの猫がいたんだけれど、お金が少し足りなかったの」

 

「なーるほど。その気持ちは良く分かるぜ、ハーマイオニー。僕だってスキャバーズにどれだけうんざりしているか——」

 

 あの猫は来年も同じ店で売れ残っているかもしれないと、カティアはそっと思った。

 何にしてもロンとの再会はあまり感動的なものとはならなかったが、それはそれとしてカティアはあたりを見回した。

 

「ハリーは? ウィーズリー家に来ると思っていたけれど……」

 

 今日ヘドウィグを連れてきたのも、彼女を本来の飼い主に引き渡すためだ。

 

「それがね……来てないんだ」ロンは声を落とした。「僕たちは煙突飛行粉で来たんだけど、ハリーだけ別の暖炉に吐き出されたんじゃないかってパパが言っていて」

 

「かなりの大事件じゃないのそれ。ハリーの居場所が分からないってこと?」

 

 カティアは急に現実へ引き戻された。ハーマイオニーもようやくロンの方を見る。

 

「それでパパとママが大慌てで、今は家族全員でダイアゴン横丁を探してる最中なんだ。君たちとの集合時間だからって理由で僕だけここに寄越されたんだけど——」

 

「すぐに私たちも探しましょう」ハーマイオニーがきっぱりと言った。

 

 ロンがエロールのかごを、ハーマイオニーがヘドウィグのかごを抱える。

 カティアはメイベルを胸にしっかりと抱いたまま二人の後を追った。六歳の身体では歩幅が足りず、遅れないようにするにはかなり本気で走らなければならなかった。

 

「ハリー!」「ハリー、どこにいるの!」

 

 ロンとハーマイオニーが交互に叫びながら雑踏をかき分けていく。

 夏のダイアゴン横丁は人でごった返していて、呼びかけの声はすぐに喧騒に飲み込まれてしまった。カティアも呼ぼうとしたが、六歳児が大声を上げればそれだけで人目を集めかねない。周囲に注目されることが命取りになりうるカティアは、口をつぐんで足を動かすことに専念する。

 

 箒屋の前を通り、書店の角を曲がり、魔法薬材料店の並びを抜ける。

 金色の子犬はカティアの腕の中で、状況など何も分からないまま耳をぱたぱたと揺らし、楽しそうにあたりを見回していた。

 

 グリンゴッツの白い石段の下まで来たとき、ハーマイオニーがカティアに耳打ちしてきた。

 

「ところでカティア、ロンが言ってた“煙突飛行粉”ってなに?」

 

「……魔法使いが移動に使う特殊な粉のことよ。暖炉に投げ入れると炎が緑色に変わって、その中に入って行き先の名前を言えば、煙突から煙突へと瞬間移動できるの」

 

 我ながらあまりうまい説明ではないとカティアは思った。あの独特の感覚——くるくると回転しながら次々と見知らぬ暖炉の前を通り過ぎていくあの感覚は、実際に体験してみなければ分からないものだ。

 

「ハグリッド!」ロンが叫んだ。

 

 人混みの向こうに、途方もなく大きな人影があった。もじゃもじゃの黒髪と豊かな顎髭にくたびれた毛皮のコート——周囲の人間が全員子供に見えてしまうほどの巨躯だ。そしてその巨漢の隣に、黒髪の小柄な少年がいた。

 

「ハリー!」

 

 ハーマイオニーの大声がダイアゴン横丁に響き渡った。

 少年の割れた丸いメガネの奥で、緑色の目が大きく見開かれる。

 

「ハーマイオニー! ロン!」

 

 ハリーは人混みをかき分けてこちらへ駆け寄ってくる。ハーマイオニーが真っ先に飛びつき、ロンがその肩を嬉しそうに叩いた。ハグリッドが窮屈そうに後ろから追いついてきて、その巨大な存在感だけで周囲の通行人が自然と道を開ける。

 

「よかった、無事だったのね!」ハーマイオニーが声を上ずらせた。「心配していたのよ、いったいどこにいたの?」

 

「それが上手くいかなくて別の暖炉から出てきちゃったんだ——」

 

 ハリーは割れた眼鏡を押し上げながら言いかけ、そこで初めてカティアの存在に気がついた。

 視線が六歳児の姿のカティアへと落ち、それからメイベルへと移る。ハリーは思い切り不審そうな顔をした。

 

「……カティアって妹がいるんだっけ?」

 

「私がカティアよ」カティアはやや疲れた声で言った。「こういう魔法使いがたくさんいる場所では、ちょっと対策が必要でしょう?」

 

 今日だけで何回同じやり取りをすればいいのだろうか。

 カティアがパチンと指を鳴らすと、軽い金属音とともにハリーの眼鏡のひびが消えて新品同様の状態に戻った。ハリーは目をぱちくりとさせながら眼鏡を外し、しげしげと眺める。

 

「何にしても、無事にダーズリー家を脱出できたようで何よりだわ。……それとこの子はメイベルって名前なの」

 

 カティアは胸に抱いたゴールデンレトリバーの子犬を軽く持ち上げてみせた。

 

「ついさっきお迎えしたのよ」

 

「おー! こりゃええ毛並みの犬だ!」

 

 ハグリッドが真っ先に反応した。豪快にも、カティアが六歳児の姿になっていることはとりあえず気にしないことにしたらしい。

 ハグリッドは地面に片膝をつき——それでもまだ今のカティアの二倍は高さがあったが——メイベルの頭を大きな手でそっと撫でる。髭もじゃの顔に埋もれた黒い瞳が、慈愛に満ちた輝きを帯びた。

 

「犬はいいな、最高の友達だ」ハグリッドはメイベルの耳の後ろを指先でくすぐりながら言った。「だがカティア、お前さんはこの子をホグワーツに連れて行くつもりか?」

 

「そのつもりでお迎えしたんだけれど……ホグワーツで犬を飼うのは禁止されていないわよね?」

 

 生徒が犬を連れているのを一度も見たことがないだけで校則違反ではないはずだ。

 自分にそう言い聞かせながらも、カティアは段々と心配になってきた。ハグリッドの鋭い目がカティアをじっと見据える。

 

「んにゃ、禁止はされてねえ」ハグリッドはゆっくりと認めた。「じゃが、ホグワーツの生徒があまり犬を飼わんのには理由がある。お前さん、どんだけ試験が忙しくとも、天気が悪くとも、必ず毎日その子を散歩に連れて行く覚悟はできとるんだろうな」

 

「もちろんよ」カティアは即答した。「躾だって何とかしてみせるわ」

 

「……まあ良かろう」ハグリッドはメイベルの頭をもう一度ぽんと叩いて立ち上がった。「この子のことで何か困ったことがあれば俺に言え。脅すわけじゃねえが、大型犬を育てるっちゅうのは思った以上に大変だぞ」

 

 ハグリッドの言葉はお世辞にも安心できるものではなかったが、否定はされなかったことに胸をなで下ろす。

 もっとも、ドラゴンを自分の小屋で飼ったあげくその引き渡しを一年生に丸投げした男にペットを飼う事の覚悟を問われるのは、少々癪ではあった。

 

「お、ハリー。あれはお前さんを探していたんじゃないか?」

 

 カティアの内心を知ってか知らずか、ハグリッドが遠方を見てにっこりとした。

 人混みでごった返した通りの向こうから見覚えのある赤毛が次々と現れた。ロン、フレッド、ジョージ、パーシー。そして四人の後ろから、赤毛が薄くなり始めた中年の魔法使いが息を切らして駆けてきた。

 

「ハリー、ハリー!」

 

 大人の魔法使いが肩で息をしながらハリーに歩み寄った。禿げかけた額に光る汗を手の甲で拭い、ハリーの顔をまじまじと確かめる。

 

「よかった。本当によかった。せいぜい一つ隣の暖炉に出てきたくらいであればと願っていたんだよ……」

 

 安堵と疲労が入り混じる顔をしたこの魔法使いが、おそらくロンの父親だろうとカティアは見当をつけた。

 

「パパ、紹介するよ」ロンが言った。「この栗色の髪がハーマイオニーで、犬を抱いた銀髪の子がカティアだ」

 

 カティアという名前を聞いた瞬間、ウィーズリー氏の目の奥に一瞬だけ強い緊張の色が走った。

 しかしウィーズリー氏は素晴らしい自制心で、息子の友人を迎えるための穏やかな表情を瞬時に作り上げる。

 

「なんとまあ! ロンがよく話題にしている——」ウィーズリー氏はハーマイオニーににこやかに微笑み、それから全く同じ表情でカティアへ視線を移した。「——ハーマイオニーに、カティアだね。会えて嬉しいよ。二人のことはうちの子たちからよく聞いていてね」

 

「ちょっと待ってくれ」

 

 我慢しきれずに割り込んできたのはフレッドだった。自分より遥かに背の低いカティアを、興味津々といった目でしげしげと見下ろす。

 

「俺たちの知るカティア嬢は確かにデカくはなかったが——いくらなんでもここまで小さいってことはなかったぞ。本当に君がカティア嬢なのかい?」

 

「もう……! 毎回説明しなきゃダメなのかしら」

 

 その場でくるりと回り、自分の年齢をもとの姿へと戻す。みるみるうちに背が伸び、未就学児ほどの小さな体がハーマイオニーと同じぐらいの背丈へと戻っていく。

 ウィーズリー氏はその変化に目を丸くして数歩後ずさり、勢いあまって自分のローブの裾を踏んずけた。

 

「『変齢者』……! いや、確かに魔法省の報告書には……」ウィーズリー氏が口走った。

 

 カティアは自分の笑顔が引き攣るのを感じた。

 かつて魔法省は『人喰いナターシャ』の娘を本気で排除しようとした時期がある。闇祓いたちがカティアのこの特性を把握したのは当然のことだろう。ウィーズリー氏が魔法省職員であるなら、どこかでその報告を目にしていたとしても不思議ではない。

 

「この子は大丈夫ですよ、お父さん」

 

 穏やかな声で父親を宥めたのはパーシーだった。

 

「彼女は成績優秀でしっかりしたグリフィンドール生です。僕は監督生として一年間見ていましたから」

 

 パーシー・ウィーズリーは、何かと他の生徒からカティアを庇ってくれる人だった。

 口うるさくて真面目すぎると他の生徒からは敬遠されがちなパーシーだが、カティアにとっては数少ない頼れる上級生だった。

 

 そして今度はまた別の人物が、飛び跳ねるようにして人混みをかき分けてくるのが見えた。片手に提げたハンドバッグが大きく揺れ、もう一方の手には赤毛の小さな女の子がしっかりと繋がれている。

 

「モリーだ。私の妻だよ」ウィーズリー氏は今度こそ穏やかな空気を保とうと苦心しているようだ。

 

 しかしウィーズリー夫人の目にはハリーしか映っていないようだった。

 

「あぁ、ハリー——おぉ、ハリー——とんでもないところへ行ってしまったんじゃないかと思って……」

 

 息を切らしながらハンドバッグの中を探り、どこから取り出したのか大きなはたきを引っ張り出すと、ハリーの全身についた煤をぱんぱんと払い始めた。それからようやく周囲に目を向け、立ち尽くすハーマイオニーを見つけ——次いでカティアに気がついて、小さな悲鳴を上げた。

 

「さあ、もう行かにゃならん!」

 

 ハグリッドが何事もなかったかのように大声で言い放った。そのままずしんずしんと大股で去っていく後ろ姿は人波の中でひときわ目立った。

 その流れに乗るようにして一行も移動を始めたが、ウィーズリー家とカティアたちの間にはどこかぎこちない空気が漂っていた。

 

「ごめん、カティア。パパとママが本当にごめんよ」

 

 カティアは再び六歳児の姿に戻した。隣に並んだロンが、青ざめた顔で謝る。

 

「ちゃんと君のことをいい奴だって何度も伝えてはいたんだけど―――」

 

「気にしなくて大丈夫よ」カティアは穏やかに微笑んだ。「私はあなたのご両親を悪く言ったりなんてしないわ」

 

「いや、君にはうちのママに文句を言う資格があると思うね」ジョージが割り込んだ。

 

 その隣のフレッドは、彼にしては非常に珍しい困り果てたような顔でこう続ける。

 

「俺たちがいくら言い聞かせてもママは聞かないんだ。未だに君のことを腹を空かせた虎か何かだと思ってる」

 

「もう、私のことであなたたちがご両親と揉める必要なんてまったくないのよ」今度はカティアが宥める番だった。「この話はこれでおしまい! ね?」

 

 正直なところ、今日のウィーズリー夫妻の対応は想定の中ではかなり良好な部類に入る。ロンたちが続けてきた草の根活動がなければもっと悲惨なことになっていたのは間違いない。

 隣を見るとハリーとハーマイオニーがショックを受けたような顔をしていたため、カティアは素早く話題を変えた。

 

「ところでハリー、飛行粉でどこに流れ着いたの?」

 

「あー……『夜の闇横丁』ってところさ」ハリーが答えた。

 

「すっげえ!!」フレッドとジョージが声を揃えて叫んだ。

 

 全員が努めて明るく話していると、だんだんとその場の空気も和らいできた。こういう時に一番の当事者がにこにこと笑って気にしていない態度を取ることは大切だ。カティアが落ち込んでいてはいつまでも暗い雰囲気が尾を引いてしまう。

 

「それで『ボージン・アンド・バークス』の店で誰に会ったと思う?」

 

 ハリーが全員を見回しながら言った。

 

「マルフォイと、その父親なんだ」

 

「ほう! ルシウス・マルフォイは何か買っていたかね?」ウィーズリー氏が急に身を乗り出した。

 

「いいえ、売ってました」

 

「なら手元に置いておくのが心配になったわけだ」ウィーズリー氏はどこか満足そうに言った。「あぁ、いつかルシウス・マルフォイの尻尾をつかんでやりたいものだ……」

 

 それからひとしきり話が盛り上がった後、自然と別行動の流れになった。一時間後にフローリシュ・アンド・ブロッツ書店で落ち合う約束をしてそれぞれに散らばっていく。

 

「ところで、あのジニーって女の子がロンの妹さんなの?」

 

 ウィーズリー夫人に手を引かれていた小さな赤毛の女の子は、ずっと怯えた目でカティアをちらちらと窺っていた。何も気にしていないふりをしながらカティアが話題に出すと、ロンが気まずそうに頷く。

 

「そうさ。ジニーは今年入学なんだ」

 

「ふうん……あの子とも仲良くなれるといいけれど」

 

「カティアならすぐになれるよ」

 

 家族への情とカティアへの友情の間で板挟みになっているロンはずっとかなりやりづらそうだったが、そう言ってくれるだけでカティアは嬉しかった。

 

 同学年の四人で曲がりくねった石畳の道を歩き回るのは楽しかった。ハリーが屋台で買ってきた苺とピーナッツバターの大きなアイスクリームを手に路地をぶらつく時間は穏やかで、それだけのためにダイアゴン横丁まで来た価値があるとカティアは思った。

 

 ロンが『高級クィディッチ用具店』でチャドリー・キャノンズのユニフォーム一揃いを見つけて根が生えたように動かなくなってしまったが、クィディッチに興味のないハーマイオニーが男の子たちの腕を引っ張って文房具店まで歩いていった。

 その途中、買ったばかりのリードをメイベルに付けて試しに散歩させてみると、子犬のつぶらな瞳はダイアゴン横丁中の魔女たちをあっという間に虜にした。

 

「まあまあまあまあ可愛いでちゅね!! ワンちゃん!! んも〜、あなたったら可愛いんだから。ねえ、どこから来たの? んま〜! 男の子? 女の子?」

 

 見ず知らずの中年魔女がメイベルに赤ちゃん言葉で話しかけ始めるなんてことも数度あった。肝心のメイベルが明らかに困惑した様子でカティアを見上げてくるので、カティアは思わず笑ってしまった。

 

 ダイアゴン横丁のちっぽけな雑貨屋には、実に色々なものが売られていた。折れた杖、目盛りの狂った台秤、魔法薬のシミだらけのマント——そういったジャンク品が所狭しと並ぶ棚の前で、カティアたちはパーシーを発見した。『権力を手にした監督生たち』という、なかなか野心的な題名の本に夢中になっている。

 

 こっそりと近寄ったロンが、裏表紙に書かれた言葉を読み上げた。

 

「『ホグワーツの監督生たちと卒業後の出世の研究』……」

 

「あっちへ行け」パーシーが噛みつくように言った。

 

 パーシーを店に残して出た後、ロンが声をひそめてこっそりと教えてくれた。

 

「パーシーは野心家なんだ。将来の計画はばっちりさ……魔法大臣になりたいんだ……」

 

 それから一時間後、全員でフローリシュ・アンド・ブロッツ書店へと向かった。

 書店の前はすさまじい混雑だった。大勢の魔女たちが押し合いへし合いしながら入り口へと殺到している。その理由は、上階の窓に掛かった大きな横断幕を見れば判明した。

 

サイン会 ギルデロイ・ロックハート 自伝「私はマジックだ」

 

「本物の彼に会えるわ!」

 

 ハーマイオニーが黄色い声を上げた。あまりの混雑に、カティアはメイベルを地面から素早く拾い上げてしっかりと抱き直す。

 人だかりはほとんどが中年の魔女だった。入り口のところには当惑した顔の店員が一人立ち、押し寄せる客たちを必死に制しようとしていた。

 

「奥様方、お静かに願います……押さないでください……本にお気をつけ願います……」

 

 長い列は店の奥まで続き、その先頭でギルデロイ・ロックハートがサインをしていた。

 確かに、ロックハートは目を引くほどハンサムな魔法使いだった。魔女たちが夢中になる理由は一目見ただけで十分理解できたが、目の前の男が『バンパイアとばっちり船旅』を書いた張本人だと考えるだけで、カティアの気持ちはすっかり冷めてしまった。

 

 ハーマイオニーがウィーズリー一家の列にするりと割り込んでいくのを横目に、カティアは混雑した店内を縫うようにして自分の教科書を揃え始めた。会計の男性店員は、どう見ても未就学児の女の子が『基本呪文集(二年生用)』を持ってきたことを不審に思ったようだ。

 

「ご家族の分かい?」

 

「お姉ちゃんがあっちに夢中になっちゃって……」カティアはサインの列の方を親指で指さした。

 

 我ながら完璧な嘘だった。店員は深く納得したようだ。

 

「お嬢ちゃんは偉いね」彼はお釣りを手渡しながら言った。「気をつけて帰りなさい。ロックハートのファンに踏み潰されないようにね」

 

 書店店員は疲れ果てたようにため息をついた。店内のサイン会はよほど負荷が大きいのだろう。

 今日という一日が一刻も早く終わってほしいと願っているのが丸わかりだ。

 必要な教科書を揃えて会計も済ませたカティアが、混雑した店内から出ようとしたその時、ロックハートが大きな声を張り上げた。

 

「みなさん!」

 

 思わず振り返ると、なぜかロックハートはハリーの手を握っていた。

 意味が分からず目を凝らしていると、ハリーが今すぐその場から逃げ出したいというように身をよじっていた。しかしロックハートはハリーを抱え込む腕にぐっと力を入れて離さない。

 

「なんと記念すべき瞬間でしょう! 私がここしばらく伏せていたことを発表するのに、これほどふさわしい瞬間はまたとありますまい!」

 

 随分とわざとらしい物言いだ。カティアは意識的に警戒心を引き上げた。

 

「ハリー君が、フローリシュ・アンド・ブロッツ書店に本日足を踏み入れたのは、私の自伝を買うためだけでありました——それをいま、喜んで彼にプレゼントいたします。無料で!」

 

 人垣がどっと拍手した。瞬間、カティアは思い出した、

 よく通る声、計算された抑揚、ここぞという場面での間の取り方。これはチャリティーパーティーに顔を出す政治家たちの声に近い。自分をどう見せれば最も魅力的に映るかを厳密に計算し尽くした男の声だ。

 カティアの警戒心は、あっという間に強い不信感へと育った。

 

「——この彼が思いもつかなかったことではありますが——」

 

 ロックハートの演説は続く。ハリーの肩を大げさに揺すったので、メガネが鼻の下までずり落ちていた。

 

「まもなく彼は、私の自伝ばかりでなく、もっともっとよいものを手にすることになるでしょう。彼も、そのクラスメートも、必ず『私はマジックだ』の実物を手にすることになる——みなさん、ここに大いなる喜びと誇りを持って発表いたします。この九月から、私はホグワーツ魔法魔術学校にて、『闇の魔術に対する防衛術』の担当教授職をお引き受けすることになりました!」

 

 割れんばかりの拍手が起きたが、どうやら今年の『闇の魔術に対する防衛術』もダメそうだ。

 カティアが店の外へ出てメイベルをそっと地面に下ろした。そしてリードを持ち直してしばらく待つと、書店の扉が勢いよく開いて男が出てきた。

 

「あら……?」

 

 思わず声を漏らすが、相手は気が付かなかったようだ。

 出てきたのは銀色の長い髪をした男だ。仕立てのいいローブに象牙細工の持ち手がついた杖、そして苛立たしく光る薄灰色の目——隣には同じ銀髪の少年が並んでいる。ドラコ・マルフォイだ。

 親子そろってローブの合わせを直しながら不機嫌そうに出てきたが、当然ながら六歳児状態のカティアには気が付かなかった。

 

 それから少し遅れて、再び書店の扉が開いた。

 最初に出てきたハグリッドのコートはよれており、続いて出てきたウィーズリー氏はローブの襟が大きく歪んでいた。耳のあたりが真っ赤だ。フレッドとジョージはにやにやと笑いを嚙み殺し、ジニーは母親の手をぎゅっと握っていた。

 

「……何があったの?」

 

 カティアがロンに小声で訊くと、ロンは口の端を引き上げてこそっと教えてくれた。

 

「僕のパパと、マルフォイの父親が揉めたんだ」

 

「ダイアゴン横丁の書店であなたたちは何をやっているのよ……」

 

 ――――――

 

 しかし今日のダイアゴン横丁行きを振り返ると、収穫はなかなかのものだと言える。

 まずは預かっていたヘドウィグとエロールをそれぞれの飼い主に無事返却できた。残念ながら——そして予想していた通り——ウィーズリー家とはあまり打ち解けられなかったが、同級生たちと一緒にフローリアン・フォーテスキューのアイスを食べながら石畳の路地を歩き回れただけでカティアは十分だった。

 

 そして何よりメイベルがいる。

 帰り際、辺りをきょろきょろと見回している毛玉をカティアはぎゅっと抱え直した。そしてチャリング・クロス通りでモートンの運転する車を見つけた時、カティアは心底ほっとした。

 

「お帰りなさいませ、お嬢様。……なるほど、犬ですか」

 

 じいやはカティアが抱える子犬を見て僅かに目を細めた。メイベルは短い尻尾を千切れんばかりに振って老使用人を見上げる。

 

「メイベルって名前なの。可愛いでしょう?」

 

「ええ。レトリバーならば当主様もお喜びになられるでしょう。カティアお嬢様が何をお連れになるか、少し心配しておられたようですので」

 

 言葉の裏を読んで、カティアはくつくつと笑った。

 ジョセフはカティアには何も言わなかったが、養女が珍妙な生き物を連れて帰ってこないかと内心では気が気でなかったに違いない。しかし保守的な地主層が好む動物というのは、テリア系、スパニエル系、そしてレトリバー系と相場が決まっているものた。

 

 もっとも、礼儀正しく立派なレトリバーというのはまだまだ先の話だった。

 ペットショップでの大人しさはどこへやら、メイベルはもはや小さな怪獣だった。カティアが後部座席にハーマイオニーと並んで腰を落ち着けた瞬間、子犬はシートの上を走り回って高価な革張りの座面を小さな爪でガリガリと引っかき始めた。慌てて引き離すと今度はハーマイオニーの膝に前脚をかけてよじ登ろうとしたあとすぐに飽きて、とことことカティアの方へ戻ってきた。

 

「落ち着きなさい、メイベル」カティアは一応言ってみた。

 

 聞いちゃいなかった。今度は運転席に向かって突進しようとする毛玉を間一髪で掴まえて膝の上に引き戻し、両手でしっかりと押さえる。

 

「……躾は大丈夫かしら」

 

 カティアを甘噛みし始めたメイベルを見てハーマイオニーがおかしそうに言った。

 

「ホグワーツに連れて行くんでしょう? これから大変そうね」

 

「まあ私が頑張るしかないわねえ……」

 

 大型犬の躾というのはどうやら本当に大変らしい。

 それでもハーマイオニーをグレンジャー家の前で降ろす時、窓に前脚をかけて外を見送るメイベルの姿はため息が出るほどかわいかった。

 

「また九月にね」ハーマイオニーが言った。

 

「ホグワーツ特急で会いましょう。まあどうせすぐよ」

 

 車がホワイトホール邸に着いた頃にはすっかり夕方になっていた。

 広い屋敷の庭でメイベルを放すと、彼女はそのまま鼻を地面すれすれまで下げてそこら中を嗅ぎまわった。門柱のにおいを執拗に確認し、植え込みに頭ごと突っ込み、レンガの壁を舐め回す。

 

「こんな大きなお家に飼われるなんて、あなたも幸せ者ねえ」

 

 パチンと指を鳴らして手中にテニスボールを創り出すと、メイベルの目が興奮で輝いた。

 また、犬というのは一度も教えたことがなくてもボール遊びができるものらしい。広い庭で動くぬいぐるみのような子犬がボールを一生懸命に追いかけ、誇らしげにくわえて戻ってくる姿は、飼い主としてこの上なく満足のいく光景だった。

 ご褒美のお菓子を与えたりしてしばらく庭で遊んでいると、茂みの陰から鳩が一羽飛び立った。仰天したメイベルが全身の毛を逆立てて脱兎のごとく駆け戻ってくるのを、カティアは笑いながら受け止める。

 

「そろそろお屋敷に帰りましょうか」

 

 今すぐにでも養父母にメイベルを見せびらかしたいのに、二人が外出で不在なのが残念だ。

 屋敷に連れ込んで膝の上に固定してタオルで泥だらけの脚を拭いてやっていると、気がつけば子犬はすやすやと眠っていた。

 

 

 









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