銀髪美少女お嬢様(ワケあり)のホグワーツ生活実践編 作:トリスメギストス3世
ハリー・ポッターとロン・ウィーズリーが、空飛ぶフォード・アングリアでホグワーツまでやってきた。
これだけでも十分すぎる武勇伝なのに、墜落した車が暴れ柳を半壊させるというおまけまでついているのだ。こんなに面白い話をホグワーツの生徒が放っておくはずがない。
翌朝の朝食の席では四つのテーブル全てがこの話題で持ちきりで、いつもより一段と賑やかだった。
カティアはトーストを皿に置いて、向かいに座る二人を半眼で睨みつける。
昨夜よりはずっと綺麗になっていたが、ロンの首筋には暴れ柳に引っかかった傷がまだ赤く残っていた。二人ともグリフィンドールのテーブルの端に、できるだけ目立たないよう小さくなって座っていて、まるで悪い事をしたあとの子犬のようだった。
「あのねえ……」
カティアが人差し指でテーブルをこつこつと叩きながら切り出すと、二人は同時に首をすくめた。
「あなたたちはどうして、キングス・クロス駅からふくろうを飛ばさなかったの? ダンブルドア校長に手紙を送るとか、大人が来るまで待つとか、方法はいくらでもあったでしょう?」
「やめてくれよ……確かに君の言う通りさ。だけど、あのときは思いつかなかったんだ!」
ロンが片手を振りながら抗弁する。顔が耳まで赤い。
昨夜、先生方に散々詰められたに違いない。しかし、魔法で改造した空飛ぶ自動車でスコットランドまで飛ぶなど行き当たりばったりを通り越して無政府主義の領域だ。男の子というのはみんなこういうものなのだろうかとカティアは真剣に疑問に思った。
ハーマイオニーはもっと怒っていて、朝食が始まってから分厚い本を盾のように目の前に立てて、男の子たちを断固として見ようとしなかった。
新学期早々、気まずい朝食だった。
ちょうどそのとき、大広間の高窓が一斉に開きホグワーツの朝恒例のふくろう便が始まった。何羽もの大小さまざまなふくろうが灰色の空から舞い込み、羽毛が朝食のテーブルの上に降り注ぐ。カティアは急いで両手でヨーグルトの皿を守った。
群れの中にひときわ不安定な飛行をしているふくろうが一羽いた。
見覚えのあるカラフトフクロウだ。それはよろよろと大広間を横切ったかと思うと、そのままハーマイオニーの皿に墜落して鈍い音をたてた。
「エロール!」
ロンが椅子を蹴って立ち上がり、スクランブルエッグに沈んだふくろうを両手で掘り起こした。ハーマイオニーが顔をしかめて皿を押しやる。
「引退させてあげなさいよ……」カティアは思わず口を挟んだ。「私がその子の世話でどれだけ苦労したことか……」
「エロールもこれでいて意外と運びたがるんだ。引退は嫌がると思う——」
言いかけたロンの顔色が、突然変わった。エロールの嘴に真っ赤な封筒が挟まっていたのだ。
「……まずい」
ロンは震える手をゆっくりと伸ばし、そうっと、可能な限りゆっくりとエロールの嘴から封筒を外した。
封筒はすでにぷるぷると震えている。一見普通の手紙に見えるが……。
「それ何——」カティアが聞きかけた瞬間だった。
爆発したかと思った。
赤い封筒が大きく口を開き、大広間全体に女性の怒声が炸裂した。
「車を盗み出すなんて、退校処分になってもあたりまえです。首を洗って待ってらっしゃい。承知しませんからね。車がなくなっているのを見て、わたしとお父さまがどんな思いだったか、おまえはちょっとでも考えたんですか——!」
大広間にいた全員があたりを見回し、誰が手紙をもらったのだろうと探している。
ロンが椅子に縮こまり、真っ赤な額だけがテーブルの上に出ていた。まるで日の出のようだった。
「昨夜ダンブルドアからの手紙が来て、お父さまは恥ずかしさのあまり死んでしまうのではと心配しました。こんなことをする子に育てた覚えはありません。おまえもハリーもあと少しで死ぬところだった——!」
そのハリーもすっかり縮こまっている。カティアはヨーグルトのスプーンを持ったまま固まり、呆然と吠え猛る手紙を見ていた。
「愛想が尽きました。いいですか、お父さまは役所で尋問を受けたのですよ。みんなおまえのせいです。今度ちょっとでも規則を破ってごらん。わたしたちがおまえをすぐ家に引っ張って帰ります——!」
耳がジーンとなるほどの沈黙が落ちた。
それから吼えメールは、唐突に声のトーンをやわらげた——それでも大広間に十分響き渡る音量ではあったが。
「……ジニー、グリフィンドールで良かったわね。私たちも鼻が高いわ」
哀れなジニーは全校生徒の注目を浴び、今にも消えてしまいたいという顔をしていた。
ロンの手から床に落ちた赤い封筒が、ぼうっと炎を上げ、チリチリと灰になった。
ハリーとロンはしばらく呆然と椅子にへばりついていたが、何人かが笑い声をあげ、だんだんと朝の喧騒が戻ってきた。
カティアは軽くハーマイオニーに視線をやり、笑い混じりに切り出した。
「まあ……私たちの言いたいことは、ロンのお母様が大体言ってくれたんじゃないかしら」
「当然の報いを受けたって言いたいんだろ」ロンが噛みついた。
「"清算"って言うのよ、こういうのは」
これ以上追い打ちをかけるのは気の毒だ。
二年生最初の授業はハッフルパフと合同の『薬草学』だ。屋外や温室での作業が多いこの教科をカティアはあまり好きではなかったが、必修なのだから仕方がない。
四人で連れ立って城を出て、野菜畑を横切り、温室へと向かう。
朝の空気はひんやりとして芝生にはまだ露が光っている。遠方の『暴れ柳』の枝にはあちこちに吊り包帯が巻かれていた。
クラスメイトと共に温室の外で先生を待っていると、やがて芝生を大股で横切ってくる人影が二つ見えた。
スプラウト先生と——まさかのギルデロイ・ロックハートだ。スプラウト先生は腕いっぱいに包帯を抱えていて、その表情は普段の明るさが微塵もなかった。
「やあ、みなさん!」
ロックハートは集まった生徒たちを見渡して、輝くような笑顔を向けた。
「スプラウト先生に『暴れ柳』の正しい治療法をお見せしていましてね。もっとも、私のほうが先生より薬草学の知識があるなどと誤解されては困りますよ。私は旅の途中で『暴れ柳』というエキゾチックな植物に、偶然出遭ったことがあるだけですから―――」
「みんな、今日は三号温室へ!」スプラウト先生がロックハートの長話に割り込んだ。
興味津々の囁きがあちこちで起きた。これまでの『薬草学』で様々な魔法植物を扱ってきたが、三号温室には一度も足を踏み入れたことがない。先生が大きな鍵でドアを開けると、天井からぶら下がった傘ほどの巨大な花の強烈な香りが一気に押し寄せてきた。
四人が一緒に中へ入ろうとした瞬間、ロックハートの手がすっと伸びてハリーを引き留めた。
「ハリー! 君と少し話したかったんだ——」ハリーが愕然とした顔でカティアを振り返った。「——スプラウト先生、彼が二、三分遅れてもよろしいですね?」
スプラウト先生のしかめっ面を見れば答えは明らかだ。
しかしロックハートはかまわず「お許しいただけまして」と言い、ハリーを引きずるようにしてぴしゃりとドアを閉めた。
「こんな出鱈目な先生がいるか?」ロンが閉まったドアを見つめたまま言った。
「素晴らしい実績のある先生よ」ハーマイオニーがすかさず言い返した。「ロックハート先生の書いた『とろい旅』には——」
温室の中では、かなり不機嫌なスプラウト先生がすでに準備を整えていた。
架台に板を渡したベンチが並び、色とりどりの耳当てが二十個ほど置かれている。数分後、すっかり憔悴した様子のハリーが戻ってきて、ようやく授業が始まった。
「なんだったの?」カティアが小声で訊くと、ハリーは呆然と首を振った。
「よく分からないんだ。目立つのは悪いことじゃないけど、僕がロックハートより有名じゃないからといって焦る必要はない。まだ若いのだからとかなんとか……」
「何をどう考えてもハリーの方が有名人だと―――」
「今日はマンドレイクの植え替えをします!」スプラウト先生の大声が私語をかき消した。
授業が始まった。
今回扱うマンドレイクは回復薬の主成分で、呪いをかけられた者を元に戻す効能を持つ強力な薬草だ。
しかし、その泣き声は聞いた者を死に至らしめるほど危険だ——ということを、先生に当てられたハーマイオニーが淀みなく説明した。
カティアは何となく目の前の鉢植えを見た。
説明を聞く限り、マグルの伝承に登場するマンドレイクとそう変わらない性質を持つようだ。『国際魔法使い機密保持法』が成立する以前の話がそのまま現代に語り継がれているのかと思うと、伝承というのも中々侮れない。
「耳当てを一つずつ取って。まだ苗ですので泣き声を聞いても死にはしませんが、間違いなく数時間は気絶します。作業中は絶対に外さないように」
誰もがピンクのふわふわした耳当て以外を取ろうと揉み合った。カティアはさっさと手近なものを掴んで両耳に当てる。何かしらの魔法がかかっているらしく、外の音が完全に消えた。
全員が耳当てを装着したあと、スプラウト先生がふさふさした植物をぐいっと引き抜いた。土の中から出てきたのは薄緑色のまだら肌に頭から葉っぱの生えた、小さな泥だらけの赤ん坊のような存在だった。
物凄く醜い。
動き回る根菜のような彼らは声のかぎりに泣き喚いているようだったが、耳当てのおかげで何も聞こえなかった。先生は大きな鉢にそれを押し込んで堆肥で埋め、親指を立てて見せた。
そしていよいよ実習だ。
ハリーとロンはディーンとシェーマスと組み、カティアとハーマイオニーは見知らぬハッフルパフの生徒と向かい合う形になった。
「あー……」金髪を三つ編みにした女子生徒は、カティアと目を合わせないように必死だった。
他寮の生徒にこういう態度を取られるのは今に始まった話でもない。
隣のハーマイオニーの顔がみるみる険しくなるのを軽く肘で小突き、首を小さく横に振る。
しかし、もう一人のハッフルパフ生——髪の毛がくるくるとカールした男の子——は、まったく気にしていないようだった。
「ジャスティン・フィンチ=フレッチリーです」
カティアと握手しながら、はっきりとした発音で自己紹介した。
とても綺麗な英語だ。かなり良いご家庭のお坊ちゃんだろうとカティアはあたりをつける。
「お二人のことは存じています。えっと……あの”有名”な、カティア・アシュリーさんですよね」ジャスティンは軽く苦笑し、怯えるハンナを顎で示した。「僕はマグル生まれなので」
道理でカティアを怖がらないわけだ。ジャスティンは次にハーマイオニーの手を取った。
「そしてハーマイオニー・グレンジャー。何をやっても一番だとハッフルパフでも噂ですよ。ここでお話しできて光栄です」
ハーマイオニーはすっかり機嫌を直して、満面の笑みでジャスティンの握手に応じた。
鉢にドラゴンの糞の堆肥を詰め込むジャスティンが朗らかに続ける。
「実は僕、イートン校に行くことが決まっていたんです」
「イートン校?」カティアは思わず反応した。
この国最高峰の私立の全寮制男子校だ。養父のジョセフ・ホワイトホールの母校でもある。
本人の能力はもちろん、相当な家柄と社会的地位までなければ絶対に入れない学校だ。
「あっ、魔法使いの方にはあまり有名ではないかもしれません。単にマグルの男子校とだけ思っていただければ……」
「あー……間違ってたらごめんなさい。もしかして、ギルフォード近郊にお住まいだったりする?」
半年ほど前に『ギルフォードの治安判事のところの跡取りがイートンに入る』とかいう噂話をどこかで聞いていた事を思い出した。
ジャスティンがぽかんと口を開け、ドラゴン堆肥のスコップを握りしめたまま何度も頷く。
「そ、そうです……でも何故……?」
「私、今はホワイトホール家の養女なの」
ジャスティンの目が驚愕で見開かれた。
「ホワイトホール家!」ぱっと顔が明るくなる。「なるほど、合点がいきました。ジョセフ・ホワイトホールさんが養女を迎えたという話を、父がしていたかもしれません」
公的にはそういう話になっている。
しかし、まさかホグワーツに来てまでこんな繋がりが出てくるとは思わなかった。カティアは軽く笑って訊いた。
「それじゃああなたのご両親は、何とかイートン校を諦める事が出来たのね?」
「もちろん、猛反対されました……」ジャスティンは大きなため息をついた。「母がどれだけ僕がホグワーツに入学することを渋ったか……。でも、だんだん理解してきたみたいです。家族の中に訓練を受けた魔法使いがいると、どれほど便利かということを―――」
マグル生まれのハーマイオニーは深く頷いていたが、もう一人のハッフルパフ生はすっかり置いてけぼりだった。
それからはジャスティンと話すチャンスがあまりなかった。耳当てをつけ、マンドレイクと格闘しなければならなかったからだ。
実際、植え替えはかなり難しかった。マンドレイクは土から出るのを嫌がり、いったん出ると今度は元に戻りたがらない。大暴れするそれに苛ついたカティアは、力づくで鉢に押し込む際にうっかりマンドレイクの腕を折りかけた。
醜い顔がますます歪んで抗議するように暴れるのを抑え込むのはあまり楽しい作業ではなかった。
授業が終わり、城へと帰る道中でロンが言った。
「僕だったら、あの植物を庭に植えようとは絶対に思わないな」
誰も異論を唱えなかった。
クラスの誰もが汗まみれの泥だらけで、疲労のまま黙々と連れ立って城まで歩いて戻った。
次の授業は『変身術』だ。
この教科では一年生の時点でほとんどの課題や演習を免除されている。
カティアは今日も教室の後ろの席に陣取り、マクゴナガル先生から特別に渡された恐ろしく難解な本——『石像のまま目覚めぬ者たち:人体無機化における可逆性の限界』——を何とか読み解こうとしていた。
人体を無機物に変身させることについて書かれた本なのだが、文体があまりにも難解なため解読は遅々として進まない。
そして脳が石化して魔法を解除する思考を失った魔法使いの写真があまりにもショッキングで、カティアはすっかり元気を無くしてしまった。
他の生徒たちにはコガネムシをボタンに変える課題が与えられていた。
相変わらずハーマイオニーだけは難なく成功させていたが、今回特別にひどかったのはロンだ。
フォード・アングリアの墜落で、ロンの杖は折れてしまったのだ。
スペロテープで継ぎはぎして修理したそれはあまり上手く行っているようには見えず、コガネムシに杖を向けるたびに腐った卵の臭いがする濃い灰色の煙が噴き出す始末だった。
しまいには煙で手元が見えなくなったロンがうっかりコガネムシを肘で押しつぶし、新しいのをもらいに行く羽目になっていた。
ついロンの惨事に気を取られていると、規則正しい足音が近づいてきた。
「では、ミス・アシュリー」
かなり不機嫌なマクゴナガル先生が教室の後ろまでやってきた。厳しい目でカティアを見下ろしてくる。
「その本でどのような事を学んだのか、見せてはくれませんか?」
無茶な話だとカティアは思ったが、腹をくくって腕を振る。
ローブの袖から何本もの鎖がガシャガシャと飛び出した。左腕を丸ごと鎖の束に変身させたのだ。
カティアは集中して金属製の触手をうねらせ、先程まで読んでいた本を"手に取り"、ゆっくりとページをめくって見せた。
マクゴナガル先生は感心してしまったらしい。
もう一度腕を振ると鎖は金属音を立てながら短くなり、何事もなかったかのように人間の腕が戻ってきた。
「お見事。非常に独創的で、繊細な技術です」
まとまった点数がグリフィンドールに加算された。
カティアはとてもいい気分だったが、ハーマイオニーがものすごく複雑な顔でこちらを見ているのには気がつかないふりをしなければならなかった。
昼休みのベルが鳴り、カティアはようやく息をつく。
これで初日の午前しか終わっていないのが信じられない思いだ。教室ではロンが、スペロテープだらけの杖を机に叩きつけて悪態をついていた。
「こいつめ……役立たず……コンチクショー」
「家に手紙を書いて新しいのを送ってもらえば?」ハリーが提案した。
「あぁ、そうすりゃまた『吼えメール』が来るさ」ロンは悲しそうに言った。「『杖が折れたのは、おまえが悪いからでしょう——』ってね」
「そういうわけにもいかないでしょうに」カティアは横からロンの杖をさっと掠め取った。「折れた杖で受ける授業に何の意味があるのよ」
物は試しということでパチンと指を鳴らす。
折れた杖は中途半端にくっついたがいかにも不安定で、ロンの手に戻すだけで折れた。
「折れた杖は直せないんだ……」ロンが悔しそうに呟く。「何とかして別の杖を手に入れないと……」
昼食の席では、見事に変身させたボタンをこれみよがしに机の上に置くハーマイオニーをロンが懸命に無視しようとしていた。カティアはそれを横目で見ながらスープを口に運んでいると、ロンがふとカティアの手を見た。
「君みたいに杖なしで魔法が使えたらなあ!」
「杖がないと何もできなくなるあなたたちの方が不思議なのだけれど……」
「午後のクラスは何だっけ?」ハリーが話題を変えた。
「『闇の魔術に対する防衛術』よ」ハーマイオニーがすかさず答えた。
「ねえハーマイオニー」ロンがハーマイオニーの時間割をひったくる。「ロックハートの授業を全部小さいハートで囲んであるけど、どうして?」
カティアはくすくす笑いが止まらなくなってしまった。ハーマイオニーは真っ赤になりながら時間割をロンから奪い返した。
昼食を終えると、三人は中庭へと向かった。しかしカティアは一度寮に戻ることにする。
メイベルの様子を見ておきたいのだ。子犬というのはおおむねそういうものだが、メイベルはとりわけお留守番が苦手で、たった十五分でも一人にされようものなら世界の終わりが訪れたかのように怖がってしまう。
とはいえ、暴れる金色の毛玉を薬草学の授業に連れていくわけにもいかない。
グリフィンドール塔へ続く石段を駆け上がって太った婦人の肖像画に合言葉を告げる。談話室に続く穴に飛び込むと——。
「あら、遊んでもらっていたの?」
暖炉のそばの絨毯の上で、あまり話したことのない上級生の女生徒がメイベルと戯れていた。
五年生あたりだろうか。彼女が羽ペンをひらひらと振るたびにメイベルは全力で飛びかかっては絨毯の上をごろごろと転げ回っている。
少し近寄ってみると、メイベルがカティアの気配に気づいた。四本の短い足を懸命に動かしてまっすぐ突進してくる。カティアはしゃがんで両手を広げ、全身でよじ登ってくる小さな温もりをしっかりと受け止めた。
「ありがとうございます、メイベルと遊んでもらって」
「いいのよ。だって可愛いもの。素敵なワンちゃんね」
今日の午後は授業がないとのことで、女性とはメイベルのことは自分が見ていてあげると快く引き受けてくれた。この調子ならしばらく談話室に放しておいても大丈夫そうだ。カティアは小さな頭をひとつ撫でてから、急いでロックハートの教室へ向かった。
滑り込むようにハーマイオニーの隣に座ると、ロックハートは大きな咳払いをひとつした。
教室がしんとなる。ロックハートは悠然と生徒の方へ歩み寄り、ネビル・ロングボトムの持っていた『トロールとのとろい旅』を取り上げ、自分自身がウインクしている写真のついた表紙を高々と掲げた。
「私だ」本人もウインクしながら言った。
初っ端からカティアは開いた口が塞がらなかった。
これまで色々な大人を見てきたが、ここまで強烈なナルシストには初めてお目にかかる。自分が好きなこと自体は別に悪いことではないが、まともな大人ならば隠す努力をするべきだ。
「ギルデロイ・ロックハート。勲三等マーリン勲章、闇の力に対する防衛術連盟名誉会員、そして『週刊魔女』五回連続『チャーミング・スマイル賞』受賞——」
魔法界というのは顔さえよければ何でもいいのだろうかとカティアは真剣に考えた。
「——もっとも、私はそんな話をするつもりではありませんよ。バンドンの泣き妖怪をスマイルで追い払ったわけじゃありませんからね!」
ロックハートはみんなが笑うのを待ったが、ごく数人が曖昧に笑っただけだった。
「全員が私の本を全巻そろえたようだね。大変よろしい。では最初にちょっとミニテストをやろうと思います——心配ご無用。君たちが私の本をどのぐらい読んでいるか、どのぐらい覚えているかをチェックするだけですからね」
テストの問題を見て、カティアは眩暈がした。
1 ギルデロイ・ロックハートの好きな色は何?
2 ギルデロイ・ロックハートの密かな大望は何?
3 現時点までのギルデロイ・ロックハートの業績の中で、あなたは何が一番偉大だと思うか?
こんな質問が延々三ページ、裏表に渡って続く。ちなみに最後の質問はこうだった。
54 ギルデロイ・ロックハートの誕生日はいつで、理想的な贈り物は何?
カティアは羽ペンを握ったまましばらく固まった。なまじ記憶力が良いせいで、一度教科書に目を通しただけでそこそこ答えられてしまうのが余計に癪だった。
三十分後、ロックハートは答案を回収し、クラス全員の前でパラパラとめくる。
「チッチッチ——私の好きな色はライラック色だということを、ほとんど誰も覚えていないようだね。『雪男とゆっくり一年』の中でそう言っているのに。『狼男との大いなる山歩き』をもう少ししっかり読まなければならない子も何人かいるようだ——第十二章にはっきり書いているように、私の誕生日の理想的な贈り物は、魔法界と非魔法界のハーモニーですね。——もっとも、オグデンのオールド・ファイア・ウィスキーの大瓶でもお断りはいたしませんよ!」
ロックハートはいたずらっぽくウインクした。
どうやらロックハートの魅力は男の子には効きが悪いようで、ロンは呆れてものも言えないという表情でロックハートを見つめていたし、前列に座っていたシェーマスとディーンが声を必死に笑いを押し殺して震えていた。
しかし、女の子でロックハートの魔法にかかっていないのはカティアだけだ。
「——ところが! ミス・ハーマイオニー・グレンジャーは、私の密かな大望を知っていましたね!」
隣のハーマイオニーがびくりと肩を跳ねさせた。カティアは肘で思い切り小突く。
「この世界から悪を追い払い、ロックハート・ブランドの整髪剤を売り出すことだとね——よくできました! それに——」ロックハートは答案用紙を裏返した。「満点です! ミス・グレンジャーはどこにいますか?」
ハーマイオニーが震える手を挙げた。
「すばらしい!」ロックハートがにっこりした。「まったくすばらしい! グリフィンドールに一〇点あげましょう! では、本題の授業ですが——」
カティアは机の下でハーマイオニーの足を蹴って正気を取り戻させようとしたが無駄だった。怒ったハーマイオニーと不毛な小突き合いをしているうちに、ロックハートは教壇の後ろから覆いのかかった大きな籠を持ち上げた。籠はずっしりと重そうで、机の上でガタガタと揺れている。
「さあ——気をつけて! 魔法界の中でもっとも穢れた生き物と戦う術を授けるのが、私の役目なのです!」
カティアは馬鹿にして鼻を鳴らした。
「この教室で君たちは、これまでにない恐ろしい目に遭うことになるでしょう。ただし、私がここにいるかぎり、何物も君たちに危害を加えることはないと思ってください」
まあ何が出てきても、昨年のノーバートよりは危険ではないだろう。
カティアがそう高を括っていると、ロックハートが覆いに手をかけ引き払った。
「さあ、どうだ。捕らえたばかりのコーンウォール地方のピクシー小妖精!」
本当に大したものじゃなかった。
シェーマスが噴き出した。さすがのロックハートでも、これを恐怖の叫びとは受け取れなかったらしい。
「どうかしたかね?」
「あの、こいつらが——そんなに——危険、なんですか?」シェーマスは咽せ返りながら言った。
「思い込みはいけません!」ロックハートは指を振ってたしなめた。「連中は厄介で危険な小悪魔になりえますぞ!」
ピクシー小妖精は身の丈二十センチほどの群青色の生き物だ。キーキーと虫と鳥の中間のような甲高い声で騒ぎ、籠の中を飛び回っている。中には金属の格子をガタガタと揺らして生徒に舌を出したり目を剥いたりして挑発している個体もいた。
「さあ、それでは君たちがピクシーをどう扱うかやってみましょう!」
具体的な対応策を示すことなく、ロックハートは籠の戸を開け放った。
青い妖精たちが四方八方に飛び散る。さっそく二匹がネビルの両耳を引っ張って空中に吊り上げ、ネビルの悲鳴が響き渡った。数匹が窓ガラスを突き破り、後ろの席の生徒にガラスの破片の雨を浴びせていく。残りはインク瓶をひっつかんで中身を撒き散らし、本やノートを引き裂き、壁から写真を引っぺがし、カバンを奪っては破れた窓の外へ放り投げた。
カティアは自分の羽ペンを奪おうとしたピクシーの胴を逆手に鷲掴みにし、頭を下にして机に叩きつけた。
「そんな!」ハーマイオニーがショックを受けてカティアを見た。
マグル生まれには少し刺激が強い光景だったかもしれない。
机の上でしばらく痙攣して動かなくなるピクシーを呆然と見つめるハーマイオニーだが、別のピクシーがローブの中に潜り込んできたことでパニックに陥り、大きな悲鳴を上げた。
妖精というのがマグルの絵本に出てくるような愛らしい生物ではないことを、ハーマイオニーは早くも理解したようだ。カティアは慌ててハーマイオニーのローブの中に手を突っ込みピクシーを引っこ抜く。
数分後には、クラスの半分が机の下に避難していた。
ネビルは天井のシャンデリアにぶら下がったまま奇妙なオブジェみたいになっていた。
「さあ、さあ。捕まえなさい。たかがピクシーでしょう……」
腕まくりして杖を振り上げたロックハートが「ペスキピクシペステルノミ!」と叫んだが、何も起きなかった。それどころかピクシーが一匹、するりとロックハートの手から杖をもぎ取り、窓の外へ放り投げた。
「ヒェッ」
上を見上げたロックハートが短く叫んで自分の机の下に潜り込む。一秒遅ければ、シャンデリアごと落下してきたネビルの直撃を受けるところだった。
カティアはそろそろ頃合いだと判断した。
これでもカティアは大人の権威を尊重していたし、何か策があると信じてロックハートを待っていたがもう限界だ。
ポケットから古びたトランプを一式取り出し、空中にばら撒く。
五十三枚のカードは宙を舞いながら次々と真っ黒なコウモリへと変化し、赤い残光を引きながらピクシーを猛追し始めた。妖精たちはカティアの使い魔を迎え撃とうとしたが、十秒も経たないうちに全てのピクシーがコウモリの群れに群がられ、噛みつかれながら地面に墜落した。ピクシーたちの凄まじい悲鳴が教室に響き渡る。
カティアはグリフィンドールに二十点もらったが、少しも嬉しくなかった。
授業後、カティアは早足で教室を出ながらガチンと牙を鳴らした。
「ダンブルドアはどういう神経をしているの? あんなのを教師にするなんて!」
「そんな!」ハーマイオニーが声を上げた。「ねえ、違うわ。カティア、彼の本を読んだでしょう——あんなに目の覚めるようなことをやり遂げているじゃない……」
「ご本人はやったとおっしゃいますがね……」ロンがぼそりと呟いた。
「ロンとカティアの言う通りだよ」ハリーも頷いた。「ロックハートはとんでもない無能だ。あれに比べたらクィレルの授業の方がまだましだったな」
四面楚歌のハーマイオニーがあまりにも傷ついた顔をしたため、三人は渋々と口をつぐんだ。
感想や評価ありがとうございます。大きな励みになっております