銀髪美少女お嬢様(ワケあり)のホグワーツ生活実践編 作:トリスメギストス3世
オリバンダーの店からの姿くらましは、一度目よりわずかにましに感じられた。
胃が喉元まで押し上げられるような不快感とともに、ダイアゴン横丁の喧騒から少し外れた小綺麗な店の前へと降り立つ。
『マダム・マルキンの洋装店』
看板を見上げながら、カティアは乱れた髪をかき上げた。
「ダンブルドア先生、私たちはここで誰と待ち合わせをしているのですか?」
「心強い先導役が、もう一人の新入生を連れてこちらへ向かっておるはずじゃ。名はルビウス・ハグリッド」
ダンブルドアは暖かい声でこう付け加えた。
「ホグワーツの森の番人で、わしが最も信頼を置いている男の一人じゃよ」
そして洋装店に足を踏み入れたカティアが最初に思ったのは、『ルビウス・ハグリッドを紹介するうえで、"巨漢"という要素を省くのは重大な説明不足ではないか』ということだった。
なにしろ、本当に大きい。
普通の人間三人分はあろうかという背丈に、絡まり合うような濃い顎鬚。彼がそこに立っているだけで洋装店そのものが縮んでしまったかのようだった。
「おお、ダンブルドア先生! ほら、ハリー、あの方がダンブルドア校長先生だ」
ハグリッドの隣には、サイズの合わない服を着た小柄な眼鏡の少年が所在無げに突っ立っていた。
カティアの真紅の瞳が、少年の額にある稲妻形の傷へと吸い寄せられた。
「ハリーって……あのハリー・ポッター?」
思わず口をついて出た問いに、ハリーはびくりと肩を揺らした。
「おお、よろしくなあ、カティア! ダンブルドア先生から事情は聞いておる!」
ハグリッドは大声でカティアに近寄り、深く身を屈めて熱烈な握手を求めてきた。
「はじめまして。カティア・アシュリーです。今年からよろしくお願いいたします」
カティアは笑顔でその手を握りながらも、やはり興味はハリーの方だった。
ハリー・ポッター。"例のあの人"が殺せなかった男の子。
ハリーはひどく気まずそうに身を縮めた。
「同学年よ。仲良くしましょうね」
カティアがパチンとウィンクすると、ハリーはひどく迷っている様子だったが(カティアの場合、初対面の男の子は大体こんな具合だ)やがて意を決したように口を開いた。
「……よろしく。えっと……君は魔法使いのお家で育てられたの? 僕より慣れてるみたいだから」
「んん? あ、えーっと、もしかして私のお母様を知らない………?」
かなり想定外の質問だった。
『生き残った男の子』が魔法界から切り離されて育ったのは知っていたが、まさかアシュリーのファミリーネームを知らないほど無知だとは夢にも思わなかったのが本音だ。
非常識というよりマグル生まれかと疑うほどの欠落である。
「私の家ってちょっと複雑で………ある意味あなたに負けないぐらい有名でもあるけれど………」
「ご、ごめんなさい。僕はずっとマグルの家で育てられてきたから、魔法使いたちのことが全然わからなくて……」
「悪い方面の噂だから気にしないで。お互い有名だと大変よね」
カティアがくすくすと笑うと、ハリーも緊張しながらも安心したように小さな笑いをこぼした。
アシュリーの姓を持つ相手に、これほど真っ直ぐな言葉をかけてくる魔法使いがいるとは思いもしなかった。彼も『人喰い』のことを知った後は、怪物を見るような目を向けるのだろうか。
カティアは声のトーンを和らげた。
「ねえ、ハリーはどこに住んでいるの? ロンドンの近く?」
「サレー州のリトル・ウィンジングってところ」
「そりゃまた随分と魔法から縁遠そうな場所ね……」
ハリーが何度も頷いた。
リトル・ウィンジングはロンドン郊外に位置する住宅地だ。とにかく均質で保守的で変化を嫌う中流階級が住まう、薄味で退屈な街というのがカティアの印象だった。
「あなたを育てているマグルは、魔法界のことに何も触れないの? どんな人たち?」
カティアの問いに、ハリーは少し顔を曇らせた。
「……叔父さんと叔母さん、それにいとこのダドリー。あんまり魔法のことは好きじゃないんだ。僕のことも……たぶんね」
「あら、聞いちゃダメだったかな。それじゃあハリーは、ほとんどマグル生まれみたいな育ち方をしてきたわけ?」
「えーっと、マグル生まれって……」
「両親がマグルだけど、魔力を持って生まれた人のこと。十一歳でホグワーツから入学許可証が来て、初めて自分が魔法使いだと知る人が殆どなんだって」
軽く補足してやると、ハリーは安心したように息をついた。
「僕もまさにそうだったよ。十一歳の誕生日に初めて自分が魔法使いであることをハグリッドに教えてもらったんだ。ホグワーツの存在も、両親に何があったのかも」
「昨日? 昨日に知ったの? これまで誰もあなたに『君は魔法使いだ』って言ってこなかったわけ?」
「うん。それに何か問題が……」
「ううん、ポッター家って魔法族の中でもかなりの名門だから、遠縁の親戚筋がこっそり育てているのかと思っていたから……。……そっか、ハリーの家も色々とあるのね」
カティアが目を瞬かせると、ハリーはカティアの全身をちらりと見た。
「……君は? やっぱり、魔法使いが住む特別な場所に住んでるの?」
「私? ううん。今は北ロンドンのハイゲイトに住んでいるよ。ダイアゴン横丁からもそう遠くないわ」
ハリーはぽかんと口を開けた。
ハイゲイトはロンドンでも指折りの高級住宅街だ。丘の上の優雅な立地でアクセスも良く、歴史ある成功者の町と言い換えても間違いではない。
「ハイゲイト……。じゃあ、カティアの家もマグルが住んでいる場所なんだね。あ、変な意味じゃなくて。その……僕の家とは全然違うんだろうなって」
ハリーは、自分のぶかぶかで毛玉だらけの服を少し恥じるように引っ張った。
カティアが着ているのはベルベットのクラシカルなスモックドレスだ。随分と格差があることは間違いないが、カティアは微妙な顔をした。
「あー、うん。私は養女だったりするから色々とね……」
「あ、ごめん。さっき悪い方面の噂で有名って言ってたもんね」
「三年ぐらい前までは、お母様とロシアやらアメリカやらを逃げ回っていたの。ハイゲイトのマグルの家に落ち着いたのも、結構最近の話なのよ」
「逃げ……え!?」
「私のお母様、とても有名な闇の魔法使いだったの。少しでもアシュリーの名を知ってる魔法使いは、決して私に近づこうとしないわ」
とりあえず吸血鬼であることは説明しなかった。言ってもハリーが混乱するだけだろう。
ハリーが思わずハグリッドとダンブルドアの方を向くと、ハグリッドは実に居心地が悪そうに曖昧に肩を竦めてみせた。
「ふふ、魔法界で『アシュリー』がどう思われているか、ハグリッドに聞いてみるといいわ」
「でも………でもそれって、カティアが悪い事をしたわけじゃないよね?」
「……ねえ、ハリー。良かったらお友達になりましょう?」
上目遣いにハリーをじっと見つめると、彼は困ったようにハグリッドを振り仰いだ。
対するハグリッドはさらに困り果てた顔をしていた。アシュリーの娘とハリーが友達になるというのが、相当予想外らしい。
「……友達。……うん、僕でよければ」
「良かった! これからよろしくね、ハリー!」
――――――――
ホグワーツに行けば酷い偏見と嫌悪に晒されることが目に見えているカティアにとって、入学前に"友達"と呼べる人物ができたことは大きな収穫だった。
ダイアゴン横丁から、ダンブルドアの付き添いのもと姿くらましでホワイトホール屋敷に戻る。
ハイゲイトの涼やかな風が鼻腔を抜けた時、カティアは無意識に笑みを漏らしていた。
「ハリーとは気が合いそうかのう?」
門扉の前で杖を収めながら、ダンブルドアが茶目っ気たっぷりに目を細めた。
カティアは澄ました顔で見上げる。
「思っていたよりずっと"普通"でした。ほら、『生き残った男の子』については色々と噂があったでしょう?」
「それは『ハリーがヴォルデモートを撃退できたのは、自身が極めて強力な闇の魔法使いだから』という説のことかのう」
「………あまりその名前を口にしないでいただけますか」
カティアは苦言を呈した。
「とにかく、母も少し気にしておりました。ポッター少年はさらに強大な力を持った純血支持者であるとか何とか………」
改めて口に出すと、実に荒唐無稽な話としか言いようがない。
しかし、赤子のハリーが"あの人"を返り討ちにしたという事実を説明しようとすれば、これくらいの荒説に頼るしかないのも確かで、一概に馬鹿にできたものでもない。
事実、ハリーが魔法界から完全に隔離されているように見えたことも、この噂に拍車をかける一因だった。
ダンブルドアは真剣な顔で頷く。
「では、カティアはハリーと直に会ってみて、どう思うた」
「年相応の普通の男の子ですね。私とのやり取りが全て腹芸ならそれはそれで大した物ですが………」
あの困惑しきった様子、魔法界の常識の欠落、アシュリーの姓を聞いても顔色ひとつ変えなかった無知。
カティアにはどうしても、ハリーが歳相応の男の子にしか見えなかった。
物憂げに口元へ指先を当てるカティア。
「何にしても仲良くなれそうで良かったです」
「それは良かった。ハリーにとっても、君のような友人ができることは大きな救いになるはずじゃ」
ダンブルドアは満足げに頷くと、屋敷の重厚な鉄柵に手を掛けた。
「さて、今日はここまでにしようかの。必要なものは全て揃った。あとは九月一日の出発を待つばかりじゃ」
「はい。それではダンブルドア先生、今後ともよろしくお願いいたします」
―――――――――
ダイアゴン横丁での出会いから数日。
ハイゲイトのホワイトホール邸、その二階にあるカティアの自室の窓を、コツコツと叩く音がした。
「………ふくろう便?」
ホワイトホール夫妻が持つ会社からの土地や不動産のリストや、贈答品の目録を処理していたカティアは、ペンを止めて顔を上げた。
視線の先、窓の外にとまっていたのは、雪のように白いふくろうだった。
窓を開けると、その美しいふくろうは机に降り立って脚に結ばれた手紙を差し出した。
カティアへ
元気にしていますか?
ダイアゴン横丁に行った日、ハグリッドがこのふくろうを誕生日にプレゼントしてくれたんだ。僕は魔法史の教科書から見つけたヘドウィグっていう名前をこのふくろうにつけました。
魔法使いはふくろうで手紙を送るらしいけど、これが無事にカティアに読まれていることを願っています。
君はもう学校の準備は終わった? 僕は毎日、教科書を読んでいます。信じられないことばかり書いてあるけどすごく面白いよ。
ひとつ、どうしてもわからないことがあるんだ。
もらったチケットに「九と四分の三番線」から出発するって書いてあるんだけど、変だよね。でもそれに気づいた時はハグリッドと別れた後だったんだ。ダンブルドア校長先生は、カティアに何か話してくれた?
君の近況も教えて。ハイゲイトの家はどんな感じ?
ハリーより
追伸:君のお母さんがしたこと、ハグリッドから少しだけ聞いたよ。でも、僕が前に言った通り「カティアが悪いことをしたわけじゃない」という考えは変わらない。学校で会えるのを楽しみにしてる。
ハリーからの手紙を読み終えたカティアは、しばらくの間そのまま立ち尽くしていた。
ハグリッドから『人喰い』の話を聞かされてなお、彼は「君が悪いわけじゃない」と言ってくれた。
鼻の奥がツンとするのを懸命に無視しながら机に向かい、カティアは引き出しの奥から最高級のレターセットと封蝋を取り出した。
親愛なるハリーへ
手紙をありがとう。
美しいふくろう。私の窓を叩く彼女の姿には心から見惚れてしまいました。
追伸に書いてくれたこと、心から感謝します。
私の家名を聞いてなおそう言ってくれる人は、おそらく殆どいません。あなたが私の「友達」でいてくれることをとても嬉しく思います。
さて、九と四分の三番線のことです。
結論から言うと私にも分かりません。ダンブルドア先生も何も言わなかったので、一応現地に行けば分かるのではとも考えてはいますが私も不安です。
そこで提案があるのだけれど、九月一日の数日前から、ハイゲイトの私の家に泊まりに来ないかしら?
サレーからロンドンまで、あなたの親戚はマグルの車で送るつもりでしょう?
九月頭のロンドンの渋滞は最悪ですし、何より、あなたの意地悪な親戚が当日朝とかの土壇場であなたを困らせるようなことをしないか心配です。
ハイゲイトならキングス・クロス駅まですぐです。
うちのおじい様とおばあ様も、私の友達が来るなら喜んで歓迎してくれます。
もしよければ、私の家からプリベット通りまで車を出します。あなたの親戚を煩わせないようにね。
良ければ”有名人”同士、肩を並べてホグワーツ特急に乗りましょう。
お返事を待っています。
あなたの友人、カティア・アシュリーより
書き上げた手紙を読み返して一度頷く。そしてカティアを見上げて待っていたヘドウィグに手招きした。
突き出された脚に手紙を括り付け、白ふくろうの頭をそっと撫でる。
「よろしくね?」
ヘドウィグは大きく一度鳴き、窓から音もなく飛び去った。
ハイゲイトからブリベット通りまでは、直線距離はそれほど無い。数時間もすればカティアの手紙はハリーの元に届いてくれるだろう。
――――――――
カティアの提案は滞りなく受け入れられた。
ハリー・ポッターは新学期を迎えるよりも一足早く、プリベット通りを離れることとなり、ハイゲイトのホワイトホール屋敷で過ごす月の終わりまでの数日間。
カティアはハリーを、レスター・スクウェアの映画館やハムステッド・ヒースでのピクニックに連れ回し、とても楽しい時間を過ごした。
そしてハリーはとても謙虚で、礼儀正しかった。
彼は少し自己評価が低すぎる所はあったが、頭の回転が速くユーモアのセンスもあり、カティアにとって一緒にいて楽しい人だった。
ロンドン中を駆け回る二人が打ち解けるのは、夏の午後の日差しがグラスの氷を溶かすよりも早かった。
「―――それで、叔母さんにどれだけ髪を切られても、どういうわけか翌朝には元通りになっているんだ。これって魔法使いの子どもにはよくあることなのかな?」
出発を明日に控えた夜。二人はカティアの部屋の絨毯に学用品を広げ、最終確認中だった。
カティアは『基本呪文集(ミランダ・ゴズホーク著)』をトランクに押し込みながら、ちらりとハリーを見やる。
「あー……どうだろう。そもそも無理やり散髪させられる魔法使い自体があんまりいないと思うけど……」
彼の話にたびたび登場するダーズリー家での扱いは、聞くたびに眉をひそめたくなるものばかりだ。
ホワイトホール夫妻にも実母のナターシャ・アシュリーにも、親の愛を一身に受けて育ったカティアとしては、聞いているだけで苛立たしいものがある。
とはいえ、旅立ちの前の日にそれを話題にするほどカティアは馬鹿でもなかった。
「ま、一般論として魔法族の子どもは、感情が高ぶったときとかに本人の意思とは関係なく魔法が発動することがあるのは確かだよ」
「そうなの?」
「ほら、棚の上のお菓子を触れずに引き寄せたりとか、嫌いな食べ物を消しちゃったりとか?」
「よかった……みんなに起こることだったんだね」
ハリーは息をついた。カティアは肩を竦める。
大鍋をどうにかトランクへ押し込めながら、ハリーは顔を上げた。
「それじゃあカティア、君の最初の魔法はなんだったのかな?」
「私? うーん……強いて言えば、この“瞳”かな」
「瞳?」
「“眠りの魔法”。体験してもらった方が早いかな」
そう言うと、カティアは髪をかき上げ、身を乗り出してハリーの緑色の目を覗き込んだ。
深紅の瞳が揺らめき、ハリーはがくりと体勢を崩した。
「ちょ……ちょっと待って……!! カティア……僕はまだ荷造りが……!!」
「ね? 私は生まれつきこの目を持ってるの。一応これが最初の魔法ってことになるかな」
カティアの“眠りの瞳”は、視線を合わせた相手を眠りへと誘う力だ。
こうした"視る魔法"は、魔法生物にはときおり見られる特徴だ。カティアの場合、マグルには確実に効くが魔法使いに対しては効き目にばらつきがある。
カティアがぱちぱちと目を瞬かせて視線を外すと、ハリーは数十秒かけてようやく意識を引き戻した。
「……すごい。ホグワーツに行ったら、僕もこんなことができるようになるのかな」
「あー……それはどうかな。私は半吸血鬼だからね」
この数日で、カティアは自分の事情をほとんどすべてハリーに話していた。
赤子の頃から続いた逃避行の日々、母との別れ、マグル社会での潜伏生活。そして、魔法界が自分に向ける視線。
ナターシャ・アシュリーが、ほとんど“あの人”に与する闇の勢力に属していたと聞かされても、ハリーの態度は変わらなかった。
そのハリーは、ヘドウィグへと視線を移してぽつりと呟く。
「きっと僕、クラスで最下位だ」
「んー、そんなことないと思うよ。むしろ心配なのは私の方だよ………」
カティアはトランクの蓋を無理やり押し込み、鍵をかけた。
実のところ、この夏休みの間にひとつ、極めて重大な問題が発覚していたのだ。
「まさか、呪文集に載っている魔法の多くが、うまく機能しないなんてね……」
おそらく、人間用に調整された杖と呪文がカティアの体質に適合していないのだ。