銀髪美少女お嬢様(ワケあり)のホグワーツ生活実践編   作:トリスメギストス3世

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032:森と地下

 ハグリッドと禁じられた森に行く週末までの間に、カティアたちは図書館に通い詰めた。

 

 もちろん、杖作りの下調べのためだ。

 最近、ロンの杖がいよいよ危険な挙動を示すようになってきたこともあり、何か取り返しのつかない大事件が起きる前に杖を完成させてしまいたいというのが全員の意見だった。

 

 木曜日の夕方、ロックハートの不毛な授業が終わってすぐカティアたちは図書館に飛び込んだ。

 なお、ハリーはウッドに捕まりクィディッチピッチへ引きずられていったため不在だ。

 

「うわあ……僕がキャプテンだったら今日は練習を中止にするけどな……」ロンが窓の外を見て絶句した。

 

 カティアもちらりと図書室の窓を見る。外は朝からずっと雨だった。図書館の高い窓には水滴が幾筋も流れ落ち、その向こうの中庭はすっかり灰色に沈んでいる。

 しかし、グリフィンドールチームのキャプテン、オリバー・ウッドは熱血だ。カティアの知る限り、彼が悪天候でクィディッチの練習を中止にしたことは一度もない。湖から吹きつける冷たい雨風の中、何時間もスニッチを追いかけ続けるハリーの姿を想像して、カティアは心から同情した。

 

 というわけで、図書館に向かったのはカティアとハーマイオニーとロンの三人だった。

 雨音が喧騒を遠ざけ、館内には紙とインクと埃の匂いが満ちている。あちこちの机でランプの灯りが点り、ペンの音と紙をめくる音だけが静かに響いていた。

 

 三人は奥の隅の机に陣取り、それぞれ何冊もの本を積み上げた。

 ロンは『杖の歴史と芯材選定の伝統』という分厚い古書に夢中になっていた。普段のロンからは想像もできないほどの熱心さで、ページを食い入るように見つめている。

 

「すごいぞこれ、見てくれよ!」

 

 ロンが興奮気味に本を指で叩いた。

 

「昔の杖職人って芯材に何でも使ってたんだ。お気に入りのニーズルのひげとか、父親を毒から救ったっていうハナハッカの茎とか——あ、これなんてスコットランドで休暇中に出会ったケルピーのたてがみを使ってる! つまり何でもいいんだ!」

 

 一方、ハーマイオニーは別の本——『現代杖学概論』を熱心に読み進めていた。

 

「ねえ、これ知ってた?」ハーマイオニーが顔も上げずに言った。「『職人が杖を作り、杖が客を選ぶ』っていう方法って、実は今代のオリバンダーさんが考えた手法なんですって。それまでは客の持ち込む芯材と、希望の木材を組み合わせて作っていたみたいなの……」

 

 しかし問題は、杖を作る具体的な方法が書かれた書籍が全く見つからないことだった。

 カティアは『十五世紀における杖細工の衰退とギルドの秘匿』を見ながら顔をしかめた。図書館全般の杖の本に共通することだが、歴史的経緯は詳しく説明されていても肝心の「どうやって木に芯材を詰めるのか」という部分になると全く役に立たないのだ。

 

「まったくもう、『杖に芯を詰める工程は神聖なる誓いによって守られており、文字に記すことは許されない』じゃないのよ。それを記述することに何の意味があるっていうの?」

 

 カティアはバタンと本を閉じた。

 少なくとも『誰でも簡単!庭の木で自分だけの魔法の杖を作ろう!』が図書室に置かれていないのは確かだ。この調子では、材料を揃えてから、ある程度の試行錯誤は想定した方がいいかもしれない。

 

「多分、作ること自体はそれほど難しくないと思うわ」ハーマイオニーが本のページをめくりながら言った。

 

「人類最初の杖がそんな繊細な技法で作られているわけないもの。それに柳とか楓とか、扱いやすい木はいくつかあるみたいよ」

 

 三人で額を寄せて話し合っていると、図書館の入り口の方から見覚えのある赤毛が現れた。

 

「あら、ジニー。もしかして宿題?」

 

 ハーマイオニーが声をかけると、ジニーは本を数冊抱えたまま足を止めた。

 

「あ……みんな、こんにちは」ジニーがやり辛そうに言った。兄のロンがいるのが気になるらしい。「また『闇の魔術に対する防衛術』の課題が出ちゃって……ロックハート先生の本、もう五冊目を読まなきゃいけないの」

 

 ジニーは三人と当たり障りのない世間話をした後、「それじゃあ、また」と言って図書館の奥の方へ歩いていった。本を抱えた小さな後ろ姿が書架の間に消えていく。

 

 三人は思わず顔を見合わせた。

 

「相変わらずあまり元気がないわね……」ハーマイオニーが声を落として言った。

 

「うん、僕もそう思った」ロンが頷いた。「ジニーに元気がないってパーシーが随分と気にしてるんだ。ジニーのやつも家ではあんなに大人しくないんだけどな」

 

 ――――――

 

 週末の朝は見事な晴天だった。

 数日続いた雨はすっかり止み、空には雲一つない青が広がっている。ホグワーツの中庭には朝露がきらきらと光り、湖面が朝日を受けて穏やかに輝いていた。

 

 四人は外行きのマントを着込み玄関ホールに集合した。

 全員が薬草学用のドラゴン皮の保護用手袋をつけている。カティアの腕の中ではメイベルが散歩の気配を察知して興奮気味に尻尾を振っていた。

 

「禁じられた森にメイベルを連れていって大丈夫なの?」ハーマイオニーが心配そうに言った。

 

「だって寮に置いていったら寂しがるもの……」カティアはメイベルをぎゅっと抱き寄せた。「色んな所に連れていってあげたいの。ねえメイベル、一緒に行きたいよね?」

 

 メイベルが嬉しそうにワンと鳴いた。ハリーとロンは、やってられないと言わんばかりに顔を見合わせる。

 芝生を踏みながらハグリッドの小屋へと歩く。煙突から立ち上る煙が、晴れた空に細く真っすぐ伸びていた。小屋に近づくとドアが勢いよく開いた。

 

「よう来たな!」

 

 ハグリッドが満面の笑みで出てきた。背中には大きな弩を背負っている。

 隣ではファングが鼻をひくつかせながら、待ちきれない様子で足踏みしていた。

 

「それ、なに?」ロンが弩を見て少し怯んだように聞いた。

 

「森の中じゃ何が出るか分からねえからな」ハグリッドはこともなげに言った。「念のためだ。心配すんな、お前さんたちに向けるもんじゃねえ」

 

「それを向けるような動物が出てくるかもしれないってこと?」ハーマイオニーが怖がって聞いた。

 

 しかし今更引き返すわけにもいかない。

 ハグリッドが大股で先頭に立ち、ファングが嬉しそうに駆け回りながらその後を追った。四人とメイベルは、その後ろにぴたりとついていく。校庭の端、木々の生い茂る境界線が見えてくるとカティア以外の足取りは段々と重くなっていった。

 

「ねえハグリッド、森には何が住んでるの?」ハリーが聞いた。

 

「うんにゃ、たーくさん住んでるぞ」ハグリッドはあっさりと答えた。「妖精、ノグテテイル、ヒッポグリフ、ケンタウルス、ユニコーン——この中で鶏を殺したのは誰なのやら——まあ、心配いらん」

 

 ハリーとロンの顔が、聞けば聞くほど青ざめていった。

 

「心配いらんって言ったろ」ハグリッドは笑った。「今日行く所はそんなに深くねえ。森の入り口あたりだ」

 

 大抵の魔法生物には素手で勝てるカティアはあまり心配していなかった。

 メイベルのリードを軽く握りながら気楽な調子で森の中を進んでいく。木々の合間から差し込む光が、まだら模様に地面を照らしていた。下生えをかき分け、太い木の根を踏み越えてしばらく歩き続けると、唐突に視界が開けた。

 

 円形の小さな広場のような、ぽっかりと空いた空間だった。

 頭上には狭く青空が見えている。柔らかな苔が地面を覆い、その上に折れた古い倒木が一本横たわっていた。

 

「よし、まあこのへんかな」

 

 ハグリッドが足を止めて、満足そうに辺りを見渡した。

 

「ここから先は、俺たちゃボウトラックルっちゅう生き物を探さにゃならん」

 

「ボウトラ……なに?」

 

 カティアは思わず聞き返してしまった。ハリーとロンも酷く混乱した様子だったが、ハーマイオニーの手がぴんと垂直に上がった。授業でもないのに挙手してしまったハーマイオニーは、すぐに自分でもそれに気がついてぱっと頬を赤くしたが、ハグリッドは嬉しそうに頷いていた。

 

「お、ハーマイオニーは知ってるみてえだな。どうだ?」

 

「ええと……」ハーマイオニーは咳払いして居住いを正した。「ボウトラックルは、木の小枝に似た姿をした魔法生物です。木の番人と呼ばれていて、通常は杖品質の木に住み着いて守っています。普段は気づかれないように木の幹や枝に擬態していて——」

 

「そういうことだ」ハグリッドがにっこりと笑った。「杖に使えるような木はそう多くねえ。じゃが、ボウトラックルが住み着いてる木があったらそれは間違いなく良い木だ。あいつらは質のいい木をよーく分かってるからな」

 

 しかし満を持して始まったボウトラックル捜索は中々苦労させられた。

 見た目はほとんど木の小枝だというハグリッドの説明を聞いてカティアはナナフシを想像したが、いざ探し始めてみるとどれが本物の枝でどれが生き物なのか全く判別がつかなかった。枝が動いたと思って注視しても、大抵の場合は風が吹いて揺れただけなのだ。しまいにはあらゆる木の節がボウトラックルの顔に見えてきて、カティアはすっかり疲弊した。

 

 メイベルが勝手に木に向かって吠えたら一発で見つかるのではとカティアは期待したが、当のメイベルは松ぼっくりで遊ぶのに夢中で全く役に立たなかった。

 

 二時間近くも森の中を走り回り、あちこちの木を一本ずつ確認し続けた頃、ようやくハリーが声を上げた。

 

「ハグリッド! これ、これじゃない?」

 

 ハリーが指さしたのは、古いリンゴの木だった。

 駆け付けたカティアが目を凝らしてみると、その枝の一本に確かに何かがしがみついている。

 よく見ると、それは小さな木彫りの人形のような姿をしていた。樹皮のような肌、節くれだった指、木の枝のような頭部。木でできた小人がまさにそこにいて、四人に見つかったことに気づくとキーキーと耳障りな声で怒り出した。

 

「おお、いたいた!」追いついたハグリッドが満足そうに頷いた。「あまり近づくなよ。目ん玉をくり抜かれるからな。よし、ここからが本番だ」

 

 ハグリッドはポケットから小さな袋を取り出した。

 

「ワラジムシだ」カティアの視線を受けて、ハグリッドが事も無げに言った。

 

「ポケットの中にワラジムシを入れて歩いてるの?」カティアは思わず聞き返してしまった。

 

「ボウトラックルの大好物だ。さて、これに気を取られてる間に枝を切るぞ」

 

 ハグリッドは気にせずその中身——うじゃうじゃと動くワラジムシの群れ——を木の根元にばらばらと撒いた。効果は抜群で、ボウトラックルは目を輝かせてワラジムシに飛びついた。

 

「よし、今だ!」ハグリッドがロンに鉈を手渡した。「あの太い枝を根元から切り落とせ!」

 

「え!」

 

「お前さんの杖だろうが!」

 

 ロンは鉈を両手で構え、腰が引けたまま小走りでリンゴの木に近づいた。

 ボウトラックルがワラジムシに夢中になっている隙に、目当ての枝に刃を当てる。

 

 一度では切れなかった。ボウトラックルがワラジムシを喰いつくす前に終わらせなければならない。ロンは鉈を二度、三度と振り下ろした。カティアは木の枝と格闘するロンをハラハラとしながら見守った。

 四度目でようやく、枝はぼきりと音を立てて折れた。

 

「やった!」

 

 ロンが木の枝を両手で掲げて叫び、走って戻ってきた。

 

「やったわ、ロン!」ハーマイオニーが拍手した。

 

「お見事だ」ハグリッドが満足げに笑った。「これでお前さんの杖の半分は出来上がったようなもんだぞ」

 

 全員で歓声を上げながら急いでリンゴの木から離れる。

 ボウトラックルはワラジムシを抱えたまま木の上で怒り狂っていたが、もう誰も気にしていなかった。

 

 森の中の広場に戻ると、ハグリッドはポケットをゴソゴソと漁った。

 

「あとは芯材だが……ほれ、実はロンの話を聞いてから、俺もちーと集めていたんだ」

 

 ハグリッドは美しい白銀の毛を取り出した。

 陽の光を受けてきらきらと輝くそれを見て、ハーマイオニーが両手でぱちんと口を覆う。

 

「ユニコーンのたてがみだ。俺はあんまり詳しくねえが、杖の芯といえばこれだろうよ」

 

「えっ……それ、とても高価なものなんじゃ——」ハーマイオニーが恐る恐る聞いた。

 

「んにゃ、拾っただけだ。あいつらは木に体を擦りつける癖があるからな。抜け毛なら誰も困らねえ」

 

 それだけでは終わらず、ハグリッドはポケットから次々と取り出してくる。

 

「これはヒッポグリフの羽の芯だ。生え変わる季節だからな。これは天馬の尾の毛……セストラルの尾毛じゃが……」

 

 次々と渡されるそれらを、リンゴの木の枝で両手が塞がっていたロンの代わりにカティアが受け取った。

 両手いっぱいに収まった白銀の毛束や羽の芯を見下ろして唾を呑む。店で同じものを揃えようとしたら、三十ガリオンは下らないだろう。

 

「気にすんな。どれが合うか分からんからな、たくさんあった方がいいだろうよ。それに——」

 

 ハグリッドは心を読んだように手を振った。

 

「——去年お前らは、ほら、ノーバートのことで随分と頑張ってくれたからな。恩ぐらい返させてくれや」

 

 四人は何度も何度もハグリッドにお礼を言った。両手いっぱいに材料を抱えて急いで森を出る。

 腕の中のメイベルはすっかり疲れて眠ってしまっていた。小屋に戻ると、ファングが盛大に吠えて四人を見送った。

 

「またいつでも来い! 上手く杖が出来たら見せにきてくれよ!」ハグリッドが小屋の前で大きく手を振る。

 

 その声を背にして急いで城への道を駆け戻った。

 昼食の時間が過ぎようとしている。走って大広間に駆け込み、ローストポテトとパイをほとんど噛まずに腹の中へ流し込んだ。

 

「早く杖を作ろう」ロンが待ちきれないという風に言った。

 

 かなり大きいリンゴの木の枝を足元に置いて、ロンは愛おしく撫でていた。

 

「そうね。でも気をつけた方がいいわ」ハーマイオニーが声を落として言った。「杖の製造なんて! 先生方が見たらあまり良い顔をしないでしょうから、誰も邪魔に入ってこない落ち着いた場所で……」

 

「諸君が今度はどのような悪巧みを目論んでいるのかは知らないが——」

 

 至近距離からの声に四人とも飛び上がった。

 いつの間にかスネイプが忍び寄っていた。スネイプの底冷えのするような目がロンの足元にあるリンゴの木の枝をなぞったが、すぐにカティアに視線を移した。

 

「——アシュリー。話がある。ついてこい」

 

 カティアはゾッとしたようにハリーたちを見た。

 一人で呼び出されるような心当たりがまったくない。ハリーもロンもハーマイオニーも、同じように混乱した顔をしていた。

 

「私を……?」カティアは戸惑いながら聞き返した。「どういう用件でしょうか?」

 

「ついてこいと言っている。そちらにとってもその方が都合が良かろう」

 

 それ以上碌に説明もせずに、スネイプは黒いローブを翻して歩き出した。

 膝の上に乗っていたメイベルをハーマイオニーに預けてカティアは立ち上がる。心配そうなハリーたちに小さく頷いてから、スネイプの後を追って大広間を出た。

 

 基本的にいつもそうなのだが、今日のスネイプもかなり機嫌が悪そうだった。

 

「傲慢な目立ちたがり屋め」スネイプが吐き捨てた。「『生き残った男の子』。特別で優秀な自分ならば学校の規則など破っていいとでも考えているのだろうよ……」

 

「スネイプ先生は学生時代は品行方正で、何一つ規則違反はしていなかったと?」

 

 カティアは刺々しく言った。先を進むスネイプは振り返ることもなく一定のペースで歩き続ける。

 

「吾輩が学生時代にどうであったかなど、今の君たちの非行の免罪符にはならん」

 

「語るに落ちる―――」

 

「アシュリー、これ以上吾輩に口答えするようなら、君は罰則を受けることとなる」スネイプはサラリと言った。

 

 カティアは鼻を鳴らして口を閉ざした。スネイプは満足したように続ける。

 

「それとも自分自身の血筋の危うさも忘れて、ポッターやウィーズリーとつるむことが貴様の身のためになると?」

 

「聞かれたから答えますが、損得で友情を語るようなお寒い真似を私はしません」カティアは冷たく言った。

 

 既にこれ以上ないというほど雰囲気は最悪だったが、カティアは別にどうでもよかった。

 たかが陰険なだけの先生を怖がるほどカティアは甘くない。この学校の大人で恐ろしいと思えるのは、良くも悪くもダンブルドアだけだ。

 

 地下牢へ続く階段を下りていくと、空気が一段と冷たくなった。

 どうやらこの城でもとびきり陰気な場所に連れて行かれるようだ。昼だというのに蝋燭の灯りがぽつぽつと壁に並ぶ長い廊下の奥へと進んでいく。

 

 やがてスネイプは、一枚の重い木の扉の前で足を止めた。

 

「入れ」

 

 扉が開かれた先は、薄暗い部屋だった。

 壁一面に並ぶガラス棚には無数の瓶が整然と収められている。とろりとした緑色の液体、何かの臓器らしきものが浮かぶ瓶、乾燥した動物の死骸——どれもラベルが几帳面な字で書き込まれていた。

 ここはスネイプの研究室に違いない。天井から干された薬草の束がいくつも吊り下げられ、机の上には開かれたままの本と、まだ煙の立つ大鍋が置かれていた。

 

 スネイプは机の向こうに回り込み、椅子に腰を下ろした。

 

「さて」

 

 そしてスネイプはこう切り出した。

 

「アシュリー、吾輩に手紙を送ったのは貴様か?」

 

「手紙? 誰が誰に送った手紙の話をしておられるので?」カティアは素っ頓狂な声を出した。

 

 本当に心当たりのない話だ。スネイプに手紙なんて出すわけがない。

 スネイプは疑わしげにカティアを見たあと、デスクの中から一枚の羊皮紙を取り出した。

 

「読め」

 

 机の上を滑らせて渡されたそれには、綺麗な文字でこう書かれてあった。

 

―――

 

 親愛なるセブルスへ

 

 随分と長い間ご無沙汰してしまいました。お元気にしていらっしゃいますか。

 十年程前、あなたがホグワーツの魔法薬学教授になられたという話を耳にしました。当時はとても驚きましたが、それ以上に納得もしました。あなたが魔法薬作りに並々ならぬ才を持っていたことは私もよく覚えています。

 あの繊細さと忍耐力は誰にでも真似できるものではありません。セブルスがその特技を存分に活かせる職に就かれたことを、心から嬉しく思っています。

 

 さて、本題です。昨年度からホグワーツに、私の娘——カティアが入学しています。

 カティアが赤ちゃんの時、子守をしてもらったこともありましたね。何かと余計な注目や悪意を集めやすい子です。あなたの寮ではなかったかもしれないけれど、どうか娘のことをよろしくお願いします。

 

 そしてもう一つ。これは善意の忠告です。

 私のタロットの精度は忘れていませんね? 今年のホグワーツは荒れます。学校の教員ならば、学内で不穏な兆しがあれば必ず気を配ることです。

 

 あなたの旧友として、心からの信頼を込めて。

 

 ナターシャ・アシュリー

 

―――

 

 信じられない思いで、カティアは手紙の縁をなぞった。

 単純に情報量が多すぎる。どこから突っ込めばいいのか全く分からなかった。つまりこれは、母がスネイプに送った手紙だということなのだろうか。

 

「"エカテリーナ"。これは君が悪戯で送ってきたものか?」

 

 スネイプがじれったく聞いた。

 

「いいえ」カティアは本気で答えた。「しかしスネイプ先生、あなたは私のお母様と——」

 

「知り合いではあった」

 

 スネイプは素っ気なく認めた。死喰い人であったことを認めるも同然の発言だ。

 しかもカティアは遥か昔、この男に面倒を見て貰ったことがあるらしい。思わずギョッとして凝視するが、スネイプは意味ありげに自分の左腕をローブの上からひと撫でし、それ以上の説明をするつもりはないとばかりに視線を逸らした。

 

「しかしアシュリー、それは貴様には関係ない話だ」スネイプは静かに言った。「重要なのは、娘として『人喰いナターシャ』から何か聞かされていないか、ということだ」

 

「聞かされていないかと言われましても……」カティアは眉をひそめた。

 

 ふつふつと怒りが湧いてきた。こんな無神経な話があるだろうか。

 こっちは八歳の時に母と死別していて、その討伐者は他ならぬアルバス・ダンブルドアなのだ。これではあまりにも自分への配慮に欠けている。

 

「母は死にましたが」カティアは平坦な声で言った。

 

「然り。君の母はダンブルドアに『討伐』された」

 

 手紙から目を離さずにスネイプも冷たく言った。

 

「しかし、この手紙には吾輩とナターシャ本人しか知りえないような情報が含まれている」

 

 スネイプが何を言いたいのか、カティアにもようやく分かってきた。

 つまりは——彼は『人喰いナターシャ』が今も生きていて、それが手紙を送ってきたのではないかと疑っているのだ。

 

「分からないか、アシュリー」

 

 スネイプが一歩、机を回り込んでカティアに近づいた。

 蝋燭の灯りが顔の片側だけを照らし、もう半分を闇に沈めている。声は低く落ち着いていたが、瞳の奥に強い疑心の光が揺らめいていた。

 

「本当の事を言え。母親から遺言や仕掛けの類を託されてはいないんだな?」

 

「その手紙があるなら私を不審者扱いして問い詰めるのではなく、まず私を守るのが筋ではないのです?」カティアは勝手に席を立った。「私にとってお母様との思い出は特別な物です。先生に共有できるようなものは一つもありません」

 

 




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