銀髪美少女お嬢様(ワケあり)のホグワーツ生活実践編 作:トリスメギストス3世
それから数日の間、ホグワーツはミセス・ノリスが襲われた話でもちきりだった。
大多数の生徒がカティアこそが犯人だと考えていたが、それはグリフィンドール生も例外ではない。ハロウィンの翌朝、カティアがまだ半分眠ったまま朝食の席に座っていると、向かいのロンが身を乗り出してきた。
「あの壁の落書きはよく分からないけど、ミセス・ノリスを石にしたのはカティアだろ?」
ロンの目はきらきらと輝いていた。
どうやら、カティアが悪いことをしたとは考えていないらしい。ミセス・ノリスは生徒たちに非常に嫌われている猫なので、石にするのはむしろ英雄的な行いだと彼の中で解釈されたのだろう。
「ロン!」ハーマイオニーが鋭く口を挟んだ。「カティアはフィルチに恨みがあったとしても、その飼い猫を狙うような人じゃないわ!」
「別にフィルチに攻撃したりもしないけれど……」
カティアはヨーグルトのスプーンを口に運びながら遠い目をした。
しかし客観的に見て、自分が非常に疑わしいのは認めるしかなかった。メイベルとミセス・ノリスの仲の悪さはそれなりに知られていたし、カティアは変身術の名手だ。そこに『人喰い』の娘という肩書きまで加わる。
『吸血鬼の血筋で変身術の天才が、飼い犬にちょっかいを出してきた猫を魔法でカチコチに固めて松明の腕木に吊るした』——あまりにもあり得そうな話で、理論的な反論はとても難しかった。
「やってないのに……」
しょんぼりとコーンフレークを掬うと、ロンはひどく気まずそうに視線を逸らした。
数日のうちに、ハリーたち三人は友情からかカティアが犯人ではないと信じてくれるようになった。
「僕は最初から違うと思ってたよ」
そう耳打ちしてくれたのは、妖精の呪文の授業中のハリーだ。
ちなみにハリーはハロウィンの夜、ほとんど首なしニックの『絶命日パーティー』に出席していたらしい。お人好しすぎて断り切れなかったのだろうとカティアは思った。
「それにしても、“あの声”は何だったんだろう」ハリーがふと眉をひそめた。
「ハーマイオニーとロンには聞こえなくて、ハリーだけに聞こえたっていう声?」
その話はハーマイオニーから少し聞かされている。カティアの相槌にハリーは頷いた。
「壁の中を移動していたんだ。それで『腹が減ったぞ』とか『八つ裂きにしてやる』とか……」ハリーは声を潜めた。「周りには誰にも聞こえていないのに、僕にははっきり聞こえたんだ」
「私ではないわね」カティアは言った。「私は床の上を移動していたもの。壁の中じゃないわ」
何にしても、ミセス・ノリスの石化についてカティアはあまり気にしていなかった。
マンドレイクで元に戻るなら死ぬよりマシだ。時間が解決する問題を過剰に考えても仕方がない。それに猫を攻撃した犯人扱いで周りにひそひそと噂されても、カティアの毎日の生活はあまり変わらなかった。
しかしハーマイオニーはそうは思わなかったらしい。
その日の放課後、図書館でカティアが本を読んでいると、ハーマイオニーが空の手で戻ってきた。明らかに不満そうな顔をしている。
「『ホグワーツの歴史』が全部貸し出されているの」
ハーマイオニーはぷりぷりと怒りながらカティアの隣に腰を下ろした。
「しかもあと二週間は予約で一杯ですって。自分のを家に置いてこなければよかったわ。でもトランクがロックハートの本で一杯だったから入りきらなかったの」
「どうしてその本がほしいの?」向かいに座っていたハリーが顔を上げて聞いた。
「みんなが借りたがっているのと同じ理由よ」ハーマイオニーは声を潜めた。「『秘密の部屋』の伝説を調べたいの」
「それって、何なの?」ハリーが急き込んで聞いた。
「まさに、それが問題なのよ」ハーマイオニーは唇を噛んだ。「何かで読んだ気はするんだけど、どうしても詳しいところが思い出せなくて―――」
その日。カティアたちは魔法史のクラスへと向かった。時間割の中で一番退屈な科目だ。
担当のカスパート・ビンズ先生はホグワーツ唯一のゴースト教員だ。彼に関しては生徒の間に代々伝わる噂があるのだが、それによると先生は立ち上がって授業に出かける際、生身の体をうっかり職員室の暖炉の前の肘掛け椅子にそのまま置き忘れてきたのだという。
カティアはその話を聞くたびに、第一発見者は腰を抜かしたであろうと思いをはせるのだ。
もっとも、彼の“留まり方”はゴーストとしてはかなり珍しい部類だ。
なにしろゴーストというのは通常、死を恐れたり現世に強い未練や後悔がある者が、“次の世界”へ進むことを拒むことでしか発生しないのだ。無理やり解釈するなら『毎日の授業への執着』がビンズ先生を現世に留め置いたのだろうが、それにしても本人ですら無意識のうちというのは異色ではある。カティアは時々、ビンズ先生は自分が死んだことに気が付いていないのではと考える事があった。
しかしレアな経歴を持つ教員だからと言って、授業が面白くなるわけでもない。
今日もいつものように退屈だった。ビンズ先生はノートを開いて中古の電気掃除機のような一本調子の低い声で歴史についての文字列を読み上げ始める。カティアは早々に全てを諦めて机に突っ伏して眠っていたが、これはカティアが特別不真面目と言うわけでもない。ほとんどのクラスメイトも似たようなもので、時々はっと我に返っては名前や年号をノートに書き写し、またすぐに眠るのがこの授業の普通だった。
しかし今日は、これまでに一度もなかったことが起きた。
ハーマイオニーが手を挙げたのだ。カティアはぼんやりとした頭でそちらに目を向けた。ビンズ先生はちょうど一二八九年の国際魔法戦士条約についての、死にそうに退屈な講義の真っ最中だったが、チラッと目を上げ、驚いたようにハーマイオニーを見つめた。
「ミス――あー?」
「グレンジャーです。先生、『秘密の部屋』について何か教えていただけませんか」
ハーマイオニーははっきりした声で言った。カティアは飛び起きた。
口をぽかんと開けて窓の外を眺めていたディーン・トーマスが催眠状態から急に覚醒し、両腕を枕にしていたラベンダー・ブラウンが頭を持ち上げ、ネビルの肘が机から滑り落ちた。
ビンズ先生は目をぱちくりとさせる。
「わたしがお教えしとるのは『魔法史』です」干からびた声で先生がぜいぜいと言った。「事実を教えとるのであり、ミス・グレンジャー、神話や伝説ではないんであります」
先生はコホンと小さな音を立てて咳払いし、授業を続けた。
「同じ年の九月、サルジニア魔法使いの小委員会で……」
先生はここでつっかえた。ハーマイオニーの手がまた空中で揺れていた。
「ミス・グラント?」
「先生、お願いです。伝説というのは、必ず事実に基づいているのではありませんか?」
ビンズ先生はハーマイオニーをじっと見つめた。
「ふむ」ビンズ先生はしばらく考えてから言った。「それは……ええ、もちろん“全て”の伝説が事実に基づいているかと言えば、それは『否』。しかし大抵の神話や伝承というものは、現実に起こった事象の解明であり、現実を理解して乗り越えるための教訓でもある。その意味ではあなたのおっしゃる通りではあります――」
今やクラス中が先生の話に聞き入っていた。シンとした教室に声だけが響く。
「しかしながら。あなたがおっしゃるところの『秘密の部屋』は、これはまことに人騒がせなものであり、荒唐無稽な話とさえ言えるものであり、ここで語るものではありません……」ビンズは話を締めくくろうとした。
「先生!」カティアは生まれて初めて魔法史の授業で手を挙げた。
「ミス………クラーク?」
「アシュリーです。ビンズ先生、問題の『部屋』が実在するかはとにかく―――」カティアは一息に言った。「―――なぜその伝説が生まれたのか、そして何故語り継がれてきたのかは立派な『魔法史』であり、学問として考察の対象となりえるのではないでしょうか?」
ハーマイオニーが感動したようにカティアの二の腕を掴んだ。
教室中がビンズ先生の反応を待つ。先生は居心地悪そうに宙を見つめ、それから不承不承というように頷いた。
「……確かに、そういう側面もありましょう。……よろしい」
教室のあちこちから小さなどよめきが起きた。
「さて」ビンズ先生は咳払いをひとつして続けた。「当時生きていた人々が残した話は皆さんもご存知の通り―――組み分け帽子が毎年語る話でもあります―――ホグワーツは一千年以上前に創設されました。正確な年号は不明でありますが、最も偉大なる四人の魔女と魔法使いたちから始まったのがこの学び舎でございます。ゴドリック・グリフィンドール、ヘルガ・ハッフルパフ、ロウェナ・レイブンクロー、そしてサラザール・スリザリン。四人はマグルの目から遠く離れたこの地に、ともにこの城を築いたのであります」
先生は一息入れ、漠然とクラス全体を見渡してから続けた。
「彼らはその名にちなんで四つの学寮を作った。そして数年の間、創設者たちは協力しあって魔法の才を持つ若者を探し出しては城に招いて教育しました。しかし志を同じくする四人の間にも意見の相違が生じ始めた。もちろん創始者全員の間で教育方針や価値観の複雑なすれ違いは発生していたという記録もありますが……」ビンズ先生は鼻をひくひくさせた。「特に、スリザリンと他の創設者の間に生じた溝は深刻なものでありました。ホグワーツには選別された生徒のみが入学を許されるべきだと考えるスリザリンと残りの三人。……これについてはマグルによる迫害が激しかった当時の背景を抜きにしては語れないところはありますが……スリザリンは魔法教育は魔法族の家系にのみ与えられるべきだという信念を持ち、マグルの親を持つ生徒を入学させることを嫌ったのであります。この信念は今もなお、スリザリンという寮に受け継がれております」
カティアたち四人は深刻な顔で視線を交わした。
「この問題をめぐってスリザリンとグリフィンドールの間で激しい対立が起きたことは事実です。それが言い争いにとどまったか決闘にまで発展したかは解釈の分かれるところですが、何にしてもスリザリンは破れ、この学校を去ったのであります」
先生はそこで一拍置いた。
「ええ、信頼できる歴史的資料が語るのはここまでであります。しかし、スリザリンがこの城に、他の創設者には知られていない隠された部屋を作ったという話が存在するのであります。その伝説によれば、スリザリンは『秘密の部屋』を密封し、真の継承者が現れるまで誰も開けることができないようにしたとのこと。そしてその『継承者』のみが封印を解き、部屋の中の恐怖を解き放ち、それを用いてこの学校から魔法を学ぶにふさわしからざる者を追放するという―――」
ビンズ先生が作り話だと言い張りたい気持ちが、カティアには分からなくもなかった。
ここだけ妙にディテールが具体的で、芝居がかっていて嘘くさい。それにこれをサラザール・スリザリン本人が捨て台詞として言い放ったのならともかく、そうでないなら誰が言い出した話なのだろうか。
「もちろん、すべては戯言であります」先生は言い切った。「そのような部屋の証拠を求めて、最高の学識ある魔女や魔法使いが何度もこの学校を探索しましたが、そのようなものは存在しなかった。騙されやすい者を怖がらせるための作り話であります」
ハーマイオニーの手がまた空中に挙がった。
「先生――『部屋の中の恐怖』というのは、具体的にはどういうことですか?」
「何らかの怪物だと信じられており、スリザリンの継承者のみがそれを操ることができるとされています」ビンズ先生は干からびた甲高い声で答えた。
生徒たちが恐る恐る互いに顔を見合わせる。
「言っておきましょう。そんなものは存在しない」ビンズ先生はノートをぱらぱらとめくりながら続けた。
「『部屋』などない。したがって怪物もおらん。これはホグワーツが未成年の生徒が生活する城であるからこそ発生する、学び舎特有の作り話であります」
「でも、先生」シェーマス・フィネガンが身を乗り出した。「もし『部屋』がスリザリンの継承者によってのみ開けられるなら、ほかの誰も見つけることはできない、そうでしょう?」
「ナンセンス、オッフラハーティ君」ビンズ先生の声がますます険しくなった。「歴代のホグワーツ校長、女校長先生方が何も発見しなかったのだからして――」
「でも、スリザリンと血がつながっていないといけないのでは。ですからダンブルドアは――」
ディーン・トーマスがそう言いかけたところで、ビンズ先生はもうたくさんだとばかりに話を打ち切った。
「以上、おしまい。これは神話であります! 部屋は存在しない! スリザリンが部屋どころか、秘密の箒置き場さえ作った形跡はないのであります! こんなばかばかしい作り話をお聞かせしたことを悔やんでおる。よろしければ歴史に戻ることとする。実態のある、信ずるに足る、検証できる事実であるところの歴史に!」
ものの五分もしないうちに、クラス全員がいつもの無気力状態に戻ってしまった。
授業が終わると、夕食前に寮へカバンを置きに行く生徒で廊下は込み合っていた。その人混みをかき分けながら、ロンが切り出す。
「サラザール・スリザリンが狂った変人だってこと、それは知ってたさ――」
「先生は当時の価値観を考慮しなければならないって言っていたけれど」カティアは口を挟んだ。
「知るもんか」ロンはあっさりと一蹴した。「マグル嫌いの純血主義! ハッ、僕ならお金をもらったって、そんなやつの寮には入るもんか。組み分け帽子が僕をスリザリンに入れてたら、汽車に飛び乗ってまっすぐ家に帰ってたな」
ハーマイオニーは深く頷いていたが、なぜかハリーだけは少し調子が悪そうだった。
それに気が付いたカティアはさりげなく話題を変える。
「みんなは『継承者』については、どう思った?」
「素直に考えれば、サラザール・スリザリンの子孫よね」ハーマイオニーがすぐに答えた。「息子や娘に代々『部屋』の開け方を伝えていって、いつかは初代のやり残したことを果たすみたいな感じに聞こえたけど……」
「それならもう途切れていそう……」カティアはため息をついた。「こういうのって一子相伝でしょう? この手の秘密は秘匿性と失伝が紙一重だから、千年も続くとは思えないけれど……」
「え、どうしてだい?」ハリーが驚いたように聞き返した。
カティアは少し考えたあとに説明を続けた。
「親から子へと何かを伝承していくって、簡単そうに見えて実際にやるのはとても難しいのよ。土地でも爵位でも利権でも秘密でも、あるいは物理的な鍵でもね」
これでもホワイトホール家の令嬢なので、継承や相続の難しさは肌感覚として理解している。
「ほら、途中で事故や病気で急死した親がいたりとか、『そんな物騒な伝説は知らん、僕は普通に生きる』なんていう子供がいたりとか、単なるおとぎ話だと思って真面目に聞かない子が一人出てくるだけで、あっさり秘密の伝承は途絶えちゃうじゃない」
「つまりなんだい? カティアの意見じゃスリザリンの継承者はどこにいるんだい?」ロンがじれったそうに先を急かした。
「ロン、千年っていうのは三十世代以上よ」カティアは目を細めた。「現代イギリスでそこまで続いている家は一つも存在しないわ。だから間違いなくスリザリン家も断絶しているの。本当の意味でサラザール・スリザリンの意志を受け継いだ後継者がいるなんてあり得ないわ」
「じゃあ、あの壁の落書きは誰が書いたと思っているのさ?」
カティアは悪戯っぽく人差し指と中指を立ててみせた。
「考えられる犯人像は大きく分けて二つ……」
曲がり角から他の生徒たちがやってくる。
四人は自然と肩を寄せ合い、歩調を緩めて声をひそめた。
「一つは『秘密の部屋』という御伽噺を引っ張り出して、自分の箔付けに使っている権威主義のタチの悪い愉快犯。……一応言っておくけれど、これだって相当厄介よ。あの猫にかけられた呪いを見る限り、非常に強力な闇の魔法使いがこの学校をうろついていることになるんだからね」
「もう一つは?」
「相伝の秘密とは関係なく自分の力でホグワーツのどこかに存在する『秘密の部屋』を突き止め、サラザール・スリザリンの意志を勝手に呼び覚ました個人が実在する可能性ね。もっとも、私は『部屋』の実在そのものにかなり懐疑的だけど……」
「そうかしら……?」今度はハーマイオニーが口を挟んだ。
カティアは少し意外に思ってハーマイオニーを見る。
こういう突拍子もない噂話に目を輝かせて便乗するのはいつも男の子たちの役割だ。ハーマイオニーがこの手の話に肯定的な反応を示すのはかなり珍しい。
「よくわからないけれど」ハーマイオニーは眉をひそめた。「ダンブルドア先生でさえミセス・ノリスを治せなかった。ということは……私、考えたんだけど、猫を襲ったのは、もしかしたら——その——ヒトじゃないかもしれないわ」
「…………それって、もしかして私のことを言ってる?」
カティアはとても傷ついた。
「そんな、違うわ!」ハーマイオニーが焦り出す。「ねえカティア、友達をそんな風に言うわけないでしょう……!」
「ハーマイオニーはそういう意味で言ったんじゃないと思うよ」ハリーがすかさず助け舟を出した。「それで、どうしてカティアは『秘密の部屋』が存在しないと思ったの?」
「……だって、これっていわゆる『学校の怪談』でしょう?」
カティアは何とか気持ちを立て直しながら続けた。
「『秘密の部屋』だっていかにも古典的なフォークロアというか……マグルの学校にもあるのよね。『トイレの鏡に名前を三度唱えると血塗れの女性が現れる』『ボイラー室の地下には開校前に死んだ子どものゴーストが閉じ込められている』『ペストの遺体をまとめて埋めた跡地に学校が建っているから夜になると地下から叫び声が聞こえる』とかそういう類の……」
「へえーっ! マグルの子供の学校にはそんな面白い話があるのかい?」
ロンが興味津々で身を乗り出した。しかし、マグルの学校に通っていたハリーとハーマイオニーは覚えがあるようだ。
「ええ。『女子トイレに現れる幽霊』なんてのはマグルの子供でも定番の怪談よ。まあ、マグルはゴーストにはなれないから大抵は作り話なのだけれど……」カティアは言葉を濁した。
実は、マグルのプライマリースクールで一度だけ本物のゴーストと出会ってしまったことがあるのだ。
旧いエプロンドレスを着て四角いガスマスクの箱を斜めがけにした、小さな女の子のゴーストだった。もしかしたら彼女は、自分が魔法使いと知る前に死んでしまったマグル生まれの魔女だったのかもしれない。
「……つまり私が言いたいことはね、『秘密の部屋』なんて生徒の作り話ってこと」カティアは話を先に進めた。「サラザール・スリザリンがゴドリック・グリフィンドールに敗北して去ったという歴史を悔しがった大昔のスリザリン生が、『スリザリンはグリフィンドールに負けて逃げたんじゃない。マグル生まれを一掃する恐ろしい秘密を城に残したんだ。いつか継承者がそれを開く日を待つがいい』って具合の主張をするなんて実にありそうじゃない? そのホラ話が良く出来ていたからそのまま定着しちゃったっていうのが『秘密の部屋伝説』のオチではないかしら……」
ちょうどその時、人波に押し流されていく途中のコリン・クリービーがすぐそばを通りかかった。
コリンはハリーの姿を見つけるなりパッと目を輝かせたが、同級生らしい少年が『馬鹿!』と鋭く囁いてコリンの腕を掴んだ。その少年がカティアに向ける目は恐怖に染まっていた。
「また後でねーっ!」
そんな周囲の怯えなどどこ吹く風で、コリンはハリーに向かって元気いっぱいに手を振った。
「とにかく——」ハーマイオニーが何事もなかったかのように毅然と話を続けた。「カティアが『スリザリンの怪物』だとか『継承者』だなんてあり得ないわ。だってカティア、あなたロシア系でしょう?」
「お母様には東スラヴ系だって聞かされているけれど……」カティアは答えた。
「ならサラザール・スリザリンどころか、ホグワーツの創始者たちと血のつながりがあるはずがないわ」ハーマイオニーが朗らかに言った。
「……まあ父親が良く分かってないのがちょっぴり気になるけど、確かにそうね」カティアは認めた。
ぶっちゃけ千年前のサラザール・スリザリンどころか、実母の『人喰いナターシャ』が危険すぎるのだ。
今さら血筋にどんな犯罪者が紐づいても、カティアの状況はあまり変わらない気がした。
四人がちょうど角を曲がると、ずばりあの事件が起きた廊下の端に出た。
一同は足を止め、息をひそめて周囲を見回す。現場の様子はあの忌まわしい夜とほとんど変わっていなかった。違っていることといえば、松明の腕木に硬直した猫が吊るされていないことと、壁際にぽつんと監視用の椅子が置かれていることくらいだった。
「フィルチは留守みたいね」カティアが声を潜めて呟いた。
壁には、『秘密の部屋は開かれたり』の文字が完全に残っている。フィルチが強力な洗浄剤を持ち出してこの落書きを消そうと躍起になっているのをカティアは知っていたが、上手くいっていないらしい。
「ちょっと調べてみても損はないよね」
ハリーが肩からカバンをずり落とし、床に放り出した。そのまま四つん這いになって、何かしらの手がかりが残っていないかと床に顔を近づける。
「焼け焦げだ! あっちにも——こっちにもあるぞ——」
「みんな、ちょっと来て! これ、変よ……」ハーマイオニーが手招きした。
カティアが壁の文字のすぐ脇にある窓へ近づいていくと、ハーマイオニーは一番上の窓ガラスを指差していた。見ると、二十匹ばかりのクモの群れがガラスの小さなひび割れからガサゴソと先を争って外へ這い出そうとしている。
「クモがあんなふうに動くの、見たことある?」
「いや」ハリーが立ち上がりながら答えた。「ロン、君は? ——ロン?」
カティアが振り返ると、ロンは遥か後ろの方に立ち尽くしていた。今すぐその場から逃げ出したいのを必死でこらえているかのように全身を硬直させている。
「……クモ、苦手なの?」カティアは聞いた。
「ああ……」ロンの声は完全に引きつっていた。カティアとハーマイオニーは思わず顔を見合わせる。
「まあ、知らなかったわ」ハーマイオニーが心底驚いたようにロンをまじまじと見つめた。「クモなんて、『魔法薬学』の時間に材料として何度も使ったじゃないの」
「死んでるやつなら、どうってことないんだ!」
頑なに窓の方へ目を向けないよう、斜め上の天井を一心に見つめながらロンは言った。
「あいつらの、あの、カサカサした動き方が我慢できないんだよ……」
「そうなんだ……」カティアは反応に困り、雑な相槌を打つのが精一杯だった。
一方、ハーマイオニーは笑いを堪えきれずに肩を震わせていた。
「何がおかしいんだよ!」
ロンは耳を真っ赤にしてむきになる。
「わけを知りたいなら言うけどさ、僕が三つの時、フレッドのおもちゃの箒の柄をうっかり折っちゃったんだ。そしたらあいつ、仕返しに僕の——僕の大事にしていたテディ・ベアを、バカでかい大蜘蛛に変えちゃったんだぞ! 考えてもみろよ、いやだぜ。熊のぬいぐるみを抱きしめて寝ようとした瞬間に、急に毛むくじゃらの脚がニョキニョキ生えてきて……」
「あの双子はあんまり良いお兄さんではないわね……」カティアは同情するように眉をひそめた。
しかし隣のハーマイオニーは、まだ笑いをこらえるのに必死で肩を震わせている。
ハリーはこれ以上ロンを刺激したくないのか、廊下の先の『嘆きのマートル』のトイレの方を指さす。
「ねえ、あの夜の床の水溜りのこと、覚えてる? あれ、やっぱりマートルの仕業だったのかな」
「たしかこのあたりまで溢れてたよな」ロンは気を取り直して歩き出し、フィルチの置いた椅子から数歩離れた床を指さした。
四人とも、マートルに話しかけるのはひどく気が進まなかった。しかしここまで来て引き返すのも癪に障る。意を決して、四人はじめじめした女子トイレのドアを押し開けた。
「何か見なかったかって、聞いてみてよ」ハリーはハーマイオニーの耳元でボソリと囁いていた。
「嫌よ、ハリー、あなたから聞きなさい」ハーマイオニーがハリーを前に押し出した。
「そこで何をこそこそ突っ立ってるの?」
個室のドアの上からマートルが透き通った体を乗り出し、ハリーをじっと見下ろしていた。
カティアとロンは早々に出入り口付近まで撤退する。ハーマイオニーが恨めしそうにこちらを振り返った。
「何でもないよ。僕たち聞きたいことが……」ハリーが慌てて言った。
「みんな、わたしの陰口を言うのはやめてほしいの」マートルがたちまち涙で声を詰まらせた。「わたし、たしかに死んでるけど、感情はちゃんとあるのよ」
「マートル、だーれもあなたの気持を傷つけようなんて思ってないわ。ハリーはただ——」
「そんなこと、気にしていられるわけないじゃない!」マートルは興奮気味に胸を張った。「あの時はピーブズがあんまりひどいことを言うから、わたし、頭にきてこの個室に閉じこもって自殺しようとしたの。そしたら——当然だけど——急に思い出したのよ。わたしって——わたしって——」
「……もう死んでた」ロンが助け舟を出した。
それが決定打となった。マートルは悲劇的な絶叫とともに頭から真っ逆さまに便器の中へとダイブした。水が溢れるすんでのところで四人はトイレから脱出する。
肖像画の穴をくぐり、談話室に戻ってからようやくカティアは口を開いた。
「あんまり役に立つ情報はなかったね」
「まったくだよ。とんだ無駄足だ」ロンがぶつぶつと言う。
「だけどいったい何者かしら?」ハーマイオニーの声は落ち着いていた。「でき損ないのスクイブや、マグル出身の子をホグワーツから追い出したいと願っているのは誰?」
「それでは考えてみましょう」ロンはわざと頭をひねって見せた。「我々の知っている人の中で、マグル生まれはクズだと思っている人物は誰でしょう?」
ロンはみんなの顔を見回した。ハーマイオニーはまさか、という顔でロンを見返した。
「もしかして、あなた、マルフォイのことを言ってるの——」
「モチのロンさ!」ロンが勢いよく言った。「あいつが言ったこと聞いたろう? 『次はおまえたちの番だぞ、穢れた血め!』って。しっかりしろよ!」
「ロン。私の言ったこと覚えてる……?」カティアはガッカリしてため息をついた。
先ほどカティアが一生懸命に説明した時間は何だったのだろうか。
「あのねえ、ドラコ・マルフォイは良くも悪くもそこまでの器じゃないわ。能力的にも思想的にも——」
「カティア、あいつの家族を見てくれよ」ハリーが首を振った。「あの家系は全員スリザリン出身だ。父親が何か指示しているかもしれないし、スリザリンの末裔だっておかしくないよ」
「そうだ! 何世紀も『秘密の部屋』の鍵を預かっている家があるならあの家に違いない。親から子へ代々伝えて——多分、三十世代受け継ぐための魔法か何かがあるんだ!」ロンが続けた。
カティアは助けを求めようとハーマイオニーを振り返った。
「そうね——」ハーマイオニーは慎重に言葉を選んだ。「——少なくとも、ミセス・ノリスを石にしたのはスリザリン生だと思うわ」
「…………まあ、それは私もそう思うけれど……」
その点はカティアも認めた。
『秘密の部屋』を自力でこじ開けた個人でもおとぎ話を利用している強力な愉快犯であっても同じだ。その人物がスリザリン生であることは間違いない。
カティアが黙ったのを見てハリーが口を開いた。
「でも、どうやってスリザリン生だと証明するんだい? カティアがいつまでも犯人扱いされるのは駄目だよ」
「……まあそう言われたら悪い気はしないけれど……そうね。開心術とか?」カティアは言った。
「開心……ごめん、何だって?」ハリーが聞き返した。
「『開心術』。他人の心から感情や記憶を引っ張り出す魔法——」
「人の心が読めるのかい!?」ロンが目を剥いた。
見ればハリーとハーマイオニーも肝を潰している。少し戸惑いながらカティアは続けた。
「まあ……『読む』って言うよりは……」カティアは視線を泳がせる。「……対象の心に侵入して、思考、記憶、感情、視覚的な情景を追体験するみたいな……これで上手く説明できてるのかしら。かなり古い魔法なのだけれど……」
「で、それをカティアは使えるの?」ハリーが急いで聞いてきた。
「大昔にお母様に教わったきりだわ」カティアは肩を竦めた。「どちらかというと開心術への対策が優先で、開心術自体はついでだったけれどね。この魔法はあまり得意じゃないのだけれど……まあ、一度体験した方が分かりやすいと思うわ」
深く考えずすらりと杖を抜くと、三人が同時に数歩後退りした。
「いい、これから順番に『開心術』をかけてあげる。表層だけでも受けてみれば分かりやすいはずよ」
「い、いや、別にいいと思うわ! 別の方法があるから!」ハーマイオニーが大急ぎで言った。「要は、私たちがスリザリンの談話室に入り込んで、マルフォイに正体を気づかれずにいくつか質問すればいいだけの話よ。苦手な魔法を使う必要は絶対にないわ」
「私はマルフォイが犯人だとは……」カティアは言いかけたが考え直した。「……まあマルフォイも何かしら知っているかもしれないわね。だけどどうやってそれをするのよ。お邪魔しますっていくつもり?」
「スリザリン生の誰かに変身するの」
カティアは思わず笑ってしまった。
「私があなたをパンジー・パーキンソンか何かに変身させればいいの? 一応言っておくけれど、無駄よ。髪の色とか鼻の形を"寄せる"だけなら出来なくもないけれど、知り合いが見れば一発で見分けられるわ」
「そこよ!」どうしても開心術を使われたくないハーマイオニーが前のめりになって言った。「それを可能とする魔法薬があるの! スネイプ先生がクラスで話していたわ——『ポリジュース薬』。自分以外の誰かに、完全に変身できる薬なの」
今度はカティアが困惑する番だった。ハリーとロンと怪訝な視線を交わす。
「考えてもみてよ!」ハーマイオニーがじれったく言った。「私たちでスリザリンの誰かに変身するの。誰も私たちの正体を知らない。マルフォイは『部屋』について何か知ってるだろうし、いまごろスリザリン寮の談話室で自慢話の真っ最中かもしれない。それさえ聞ければ……」
「そのポリジュースなんとかって、少し危なっかしいな」ロンがしかめっ面をした。「もし元に戻れなくて、永久にスリザリンの誰かの姿のままだったらどうする?」
「しばらくすると効き目は切れるの」ハーマイオニーがもどかしげに手を振った。「むしろ材料を手に入れるのがとても難しいわ。『最も強力な薬』という本にそれが書いてあるって、スネイプ先生がそう言ってたわ。その本、きっと図書室の禁書棚にあるはずよ」
いよいよ無理が出てきた。
禁書棚の本を持ち出す方法はたった一つ——先生のサイン入りの許可証をもらうことだ。
「でも、薬を作るつもりはないけど、そんな本が読みたいって言ったら、そりゃ変だって思われるだろう?」ロンが当然のことを言った。
「たぶんね」ハーマイオニーはかまわず続けた。「理論的な興味だけなんだって思い込ませれば、もしかしたらうまくいくかも……」
「なーに言ってるんだか。先生だってそんなに甘くないぜ」ロンが言った。
「——でも……騙されるとしたら、よっぽど鈍い先生だな……」
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