銀髪美少女お嬢様(ワケあり)のホグワーツ生活実践編   作:トリスメギストス3世

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004:ホグワーツ特急にて

 九月一日の朝、カティア・アシュリーは五時に目が覚めた。

 

 吸血鬼の血を引くカティアにとって、太陽が昇る時間は本来眠りにつくべき刻限だ。

 意識の底に溜まる泥のような眠気を無視して無理やり動き出す。

 

 今日ばかりは二度寝するわけにはいかない。

 ふらつく足取りでドレッサーの前に座ると冷たい水で顔を洗い、無理やり意識を覚醒させた。鏡の中にいるのは眠気のあまり人を殺しそうな眼付きの少女だった。

 

 長く輝く銀髪を丁寧にブラッシングし、毛先をわずかに遊ばせる。

 キングスクロスに魔法使いのローブを着て行く気にはなれなかった。紺色のブレザーに袖を通してチェックスカートのプリーツを整える。

 

 一階に降りると、そこには既にハリーが待っていた。

 ホワイトホール邸で数日過ごした彼はダーズリー家にいた頃よりもずっと顔色が良かった。

 

「おはよう、カティア。……大丈夫? 眠そうだね」

 

「おはよう、ハリー。半吸血鬼が朝から元気いっぱいなわけないでしょ」

 

 カティアはハリーのボサボサの髪を羨ましそうに見た。

 

 朝食は、ジョセフが用意した焼きたてのトーストと、マーサ特製のオレンジマーマレード、トマトスープ。

 

「しっかりお食べなさい、二人とも」

 

 マーサが穏やかに微笑みながら二人の皿に卵を添える。感謝を伝えるハリーを漫然と見つめながら、カティアは欠伸を噛み殺した。

 

 食事を終えると、玄関先にはホワイトホール家のリムジンがエンジンを響かせて停まっていた。

 

 トランクを家の運転手に預けて、カティアは改めて養父母と向き合った。

 爽やかな九月の風が吹き抜ける。

 

「……おじい様、おばあ様。行ってきますね」

 

 声が少しだけ震えた。

 唇をギュッと結ぶカティアをマーサが抱きしめる。

 

「カティア、貴女がどこにいても、私たちは貴女の両親よ。それを忘れないで」

 

 カティアは感情を抑えようと必死だった。ジョセフが肩を叩いてくる。

 

「カティア、手紙を書くんだよ。私たちの事はまあ気にするな。カティアが来る前も何とかやっていたんだ」

 

「……行ってきます。必ず、クリスマスには帰ってきますから」

 

 最後にもう一度だけ振り返り、カティアはリムジンの後部座席に滑り込んだ。

 車が滑るように動き出し、ハイゲイトの優雅な街並みが遠ざかっていく。

 

「……ホワイトホールさん、とてもいい人たちだね」

 

「でしょう?」

 

 本人の意思を無視してダーズリー家に預けられたハリーと違い、カティアは“自ら保護者を選べた”という点が大きい。

 母を亡くし、魔法省の追手から逃れるためにマグルの世界へ身を潜めたあの日、逃げ込み先の選定には細心の注意を払っていた。

 

カティアは、わずかに緊張を滲ませた声で言う。

 

「……ハリー、いい? はぐれたら列車の中で合流しましょうね」

 

「分かった。僕も出来るだけ目立たないようにするよ。カティアも気をつけてね」

 

「私の場合、生徒の親に背中から呪いをかけられないとも限らないからね……」

 

 ナターシャ・アシュリーは、マグルしか口にしない偏食の吸血鬼として猛威を振るった存在だ。

 その全盛期には闇の勢力と手を組み、ダンブルドア率いる“騎士団”と幾度も衝突し、多くの魔法使いや魔女を傷つけ、命を奪ってきた過去がある。

 

 無対策のままホグワーツ特急に乗り込めば、母がかつて危害を加えたロングボトム、ボーンズ、マッキノンといった家の関係者と鉢合わせる可能性も低くない。

 子供同士ならまだしも、犠牲者の親や兄弟と顔を合わせるのはさすがに遠慮したかった。

 

 キングス・クロス駅に着いた時、時刻は十時。

 カティアは周囲を見渡してマグルがこちらを見ていないことだけを確認すると、パチンと指を鳴らしてトランクを白猫に変身させた。

 

「どうやるの?」

 

「ハリーも、いっぱい勉強したら出来るようになると思うよ」

 

 カティアは白猫を抱き上げ、パチンとウィンクする。

 ハリーは自分のトランクをカートに乗せて、二人で駅の中へと足を踏み入れた。

 

「ええと……九番線と、十番線……」

 

 ハリーが呟く隣でカティアは目を細めた。

 「9」と書かれた大きな札の下がるプラットホームの隣には、「10」と書かれた札がある。そしてその間には何もない。

 

「ないね」

 

 白猫を抱えたカティアが、あっさりと言い切った。ハリーは焦ったように辺りを見回す。

 

「駅員さんに聞いてみようか?」

 

「マグルの? 九と四分の三番線なんて言われても、困っちゃうと思うよ」

 

 キングス・クロス駅は、大変な混雑だった。

 

 ハリーと二人で顔を見合わせていた、まさにその時だった。

 不意にこんな言葉が飛び込んできた。

 

「……どこもマグルだらけだ。ホグワーツも、こんな所を集合場所に……」

 

 ハリーとカティアは同時に振り返った。

 プラチナブロンドを撫でつけた色白の少年が、仕立ての良いコートを翻しながらカートを押して歩いてくる。

 

「お静かになさい、ドラコ。魔法省が指定した唯一のルートなのです。あまり大きな声で『マグル』などと口にしてはいけません」

 

 その隣にいる、いかにも高慢そうな女性――母親と思しき人物が息子をたしなめた。

 細い指先で少年の肩に掛けられた外套の皺を何度も整えている。

 

「忘れ物はない? 温かい肌着は入れたかしら。あちらは冷えるわ。それに、何かあったらすぐにふくろうを飛ばすと約束なさい」

 

「分かっていますよ、母上。僕はもう子供じゃない。スリザリンに入れば、すぐにでも最高の友人に囲まれて――」

 

 その時、少年の視線が止まった。

 プラットホームの柱の影で、白猫を抱いて立つカティアとハリーの姿を捉えたのだ。

 

 一方でカティアはこの家族を知っていた。日刊預言者新聞で写真を見たことがある。

 

 カティア・アシュリーとナルシッサ・マルフォイは、同時に凍りつく。

 ドラコは当惑したようにハリーへと目を向け、額の傷跡に気付いた瞬間、はっと息を呑んだ。

 状況を理解していないハリーだけが、戸惑いながらナルシッサに声をかける。

 

「す……すみません。九と四分の三番線ですけれど……実は僕たち、行き方が分からなくて……」

 

「九番線と十番線の間の柵に向かって、迷わず突き進みなさい」

 

 ナルシッサはそれだけ言うと、ドラコの手を引いた。

 振り返ることなく、足早にその場を去っていく。

 

 礼を言おうとするハリーの手を、カティアは思わず引いた。

 

「待って、ハリー……!」

 

「な、えっと……カティアの知り合いだった?」

 

「知り合いかと言われたら、そうでもないけれど……」

 

 具体的にどうなのかは知らないが、マルフォイ家は元『死喰い人』だという噂がある。

 カティアとの関係、ハリーとの関係、数々の噂。あまりに複雑に絡み合った力関係をどう説明したものか迷っていると、背後からさらに声がした。

 

「ネビル、思い出し玉は持ったかえ」

 

 カティアは飛び上がった。

 弾かれたように振り返ると長い緑のドレスにハゲタカの剥製を載せた帽子の珍妙な姿格好の老魔女が雑踏の中に見えた。

 カティアは苦虫を嚙み潰したような顔になる。

 

 犬猿の仲であったベラトリックス・レストレンジとナターシャ・アシュリーが手を組んだあの事件は、『人喰い』が引き起こした様々な事件の中で最も忌まわしい物の一つだ。

 

 当然、ロングボトム家とは顔を合わせたくない。

 冗談抜きでこの場で殺し合いになってしまう可能性すらある。

 

「やっば………!! ハリー、また後で会いましょう!!」

 

「えっ、う、うん。分かった、カティア。列車で会おうね!!」

 

 返事を背に、カティアは駆け出した。

 

 誰が敵で、誰が被害者で、誰に顔を見られてはいけないのか。

 あまりにも複雑で思考が追い付かない。しかも知らない被害者や血縁が、まだどこかにいるかもしれないのだ。

 

 ロングボトム家がうっかりナルシッサ・マルフォイに出会わないようにと考えながら、カティアは九番線と十分の三番線の間の壁へと突っ込んだ。

 

 壁をすり抜ける。

 目の前に、紅色の蒸気機関車が現れた。

 プラットホームには『ホグワーツ行特急 11時発』の表示。煙が漂い、色とりどりの猫が足元を縫うように歩いている。

 

 だが、そんな光景に気を取られる余裕はない。

 後ろを振り返りながら、足早に進む。

 顔を伏せていても、無数の視線が肌に突き刺さった。

 

「……あれ……」

「まさか……」

 

 ひそひそとした声が、すれ違いざまに耳に入る。

 中年の魔女がカティアの顔を見た瞬間、ぎょっと目を見開いた。

 ローブ姿の老魔法使いは、はっきりと敵意を込めた視線を向けてくる。

 

 その中で一人の子供がカティアを指さした。

 

「ねえ、ママ……あの子……」

 

 母親らしき女は一瞬だけカティアを見て、すぐに子供の口を塞いで肩を抱き寄せた。

 

 カティアはそのまま無言で客車のステップに足をかける。

 鉄の手すりがひどく冷たかった。

 

 車内に入った途端、外よりも視線が濃くなった気がした。

 

「………ああもう」

 

 これが、カティアが二度と魔法界に関わりたくない理由、そのすべてだった。

 

 誰もが恐れている。誰もが許していない。

 ナターシャ・アシュリーと、その娘を。

 

 幸いにも空いているコンパートメントを見つけ滑り込んだ。

 抱えていた白猫が頭上の棚へと飛び乗り、元のトランクの形に戻る。

 

 扉を閉める。

 ようやく一人になると、カティアは顔を伏せた。

 

「………………なんで」

 

 最低の気分だった。

 

 魔法省はカティアを危険な半獣として処理しようとしている。

 ホグワーツへの入学だけがその逃げ道だから、泣く泣くホワイトホール夫妻のもとを離れて魔法界に飛び込んだ。

 

 分かっていた、覚悟はしていた。でも、いざ目の当たりにするとこれほどまでに息苦しいのかと思う。

 魔法界にカティアの居場所なんてやっぱりなかった。

 

 汽車が動き出してロンドンの街並みが流れる車窓を見つめながら、頬杖をつくカティアは深い溜息をつく。

 コンパートメントにカティアは一人きりだった。ドアには時折空き席を探す人影が差したが、ガラス越しに銀髪と真紅の瞳を捉えた瞬間、ギョッとしたように去っていった。

 

 カティアは不貞腐れ、靴を脱いで足をシートの上に放り投げた。

 

 魔法使いたちの反応はまったく理不尽だ。

 大前提として、カティアとナターシャは別人だ。そして幼いカティアに実の親である強大な吸血鬼を止める力が無かった以上、カティアが負うべき罪は無い。

 

 つまり魔法族が『人喰い』への嫌悪をカティアに向けるのは、筋違いもいいところだ。

 当然、母の罪を背負ってまで周りに頭を下げるつもりもこれっぽっちもなかった。

 

「………何を期待していたんだろ、私」

 

 ハリーと過ごした数日間、そしてホワイトホール夫妻との三年間。

 その温かさに触れていたせいで、カティアも心のどこかで淡い希望を持っていたことは否定できなかった。

 つまり、自分も魔法族に受け入れられるかもしれないという、ひどく甘い希望を。

 

 完全に甘かったとしか言いようがない。そんな単純な問題ではなかった。

 カティアは孤高の一匹狼を気取るタイプではない。周りにこうして除け者扱いをされると、やはり辛くて悲しかった。

 

「見つけた! カティア、ここにいたんだね!」

 

 ガラリ、と勢いよくドアが開き、聞き慣れた声がコンパートメントに飛び込んできた。

 眼鏡を少しずらして額に汗を浮かべたハリーは、迷うことなくカティアの向かいに腰を下ろす。

 

 だが、彼は一人ではなかった。

 

「あ、紹介するよ。こっちはロン・ウィーズリー。さっきそこで知り合ったんだ」

 

 そう言って振り返った先に立っていたのは、ハリーより頭ひとつ分は背の高い、赤毛の少年だった。鼻の頭にそばかすが散っている。

 

 ロン・ウィーズリーは、半ば押されるようにコンパートメントへ足を踏み入れてカティアを見た。

 

「は、ハリー。本当に大丈夫なんだよね?」

 

 ハリーが目を丸くする。

 

「ロン。大丈夫だよ、カティアは僕の友達で色んな所に連れて行ってくれて……」

 

 ロンはカティアの顔を直視できず、かといって目を逸らしすぎるのも失礼だと思っているのか、視線がカティアの鼻先や肩口あたりを泳ぐ。

 ハリーがロンの脇腹を小突くと、ロンは喉を一度鳴らし、意を決したように口を開きました。

 

「……えっと。……アシュリー、だよね? あの吸血鬼に娘がいたって噂が本当だったのがまず驚きなんだけど………」

 

「カティア・アシュリー。あの『人喰いナターシャ』の娘よ。それに間違いはないわ?」

 

 カティアはとても寂しそうに笑った。

 これは効いたようだった。ロンが一気に申し訳なさそうな顔になる。

 

 ロンは膝の上で両手を握りしめ、絞り出すように続けた。

 

「その……怒らないで聞いてほしいんだけど。……君、その、本当に……人間を食べたりとか………しないの?」

 

「もしかして空腹のライオンか何かだと思っていらっしゃる?」

 

―――――――――

 

「おったまげー。あの『人喰いナターシャ』の娘が、本当にマグルに紛れ込んでたの?」

 

 ロンが信じられないといった様子で、口をあんぐりと開けた。

 

「魔法省の手から逃れるためね。かれこれ三年ぐらい潜り込んでいたわ」

 

「へえー、じゃあマグルの生活にも詳しいんだ」

 

「プライマリースクールでは一番成績が良かったわ。そもそもマグルの学校に進学するつもりだったぐらいだもの」

 

 二十分も経てば、ロンの緊張もようやく落ち着いてきた。

 ハリーが間に入ったこともあり、彼はカティアが吸血鬼というよりも人間に近い存在だとようやく理解したらしい。

 

 カティアは車窓から田園風景を眺めながら、うんざりした口調で愚痴を漏らす。

 

「お母様が闇祓いに討伐された当時、勢い余って私まで『駆除』されかねない空気だったの。こっちも必死だったわ」

 

 ロンは居心地が悪そうに鼻の頭をかいた。

 誤魔化すように窓の外へ目をやりながら、ロンは言う。

 

「この流れで言うのもなんだけど、僕のパパは魔法省勤務なんだ」

 

「へえ、どこ?」

 

 カティアが軽く視線を向ける。ロンは呆れたように目をぐりぐりさせた。

 

「マグル製品不正使用取締局。万年ヒラさ」

 

「良かった。魔法生物規制管理部とか言われたらどうしようかと思った」

 

「パパはそういうのには全く興味が無いんだ。とにかくマグル贔屓で、家でもよくブレーキパッドやらオーブントースターやらに夢中だよ」

 

 要は閑職ということだろう。

 ロンが肩を竦めるのを、ハリーは興味深そうに見ていた。

 

「君の家はみんな魔法使いなの?」

 

 ハリーが聞いた。

 

「みんな魔法使いだよ。ホグワーツに入学するのは僕で六人目なんだ」

 

 そしてロンは、五人の兄と一人の妹がいるという話を始める。

 

「期待に沿うのは大変だよ。ビルは首席、チャーリーはクィディッチのキャプテン―――」

 

 "クィディッチ"という単語を聞いたハリーが不安げにこちらを見るが、カティアも魔法族のスポーツだという程度の知識しかない。

 それに気付かないまま、ロンは滔々と話し続ける。

 

「パーシーは首席、フレッドとジョージはイタズラばかりだけど成績はいいんだ。僕も優秀だって期待されてるけど、僕が何かやったところで、大したことじゃないって思われるんだ。それに兄貴が五人もいるもんだから、何にも新しい物が貰えないんだ。ローブはビルのお古だし、杖はチャーリーのだし、ペットだってパーシーのお下がりのスキャバーズ」

 

 ロンは上着のポケットに手を突っ込み、太ったネズミを引っ張り出した。ぐっすり眠っている。

 

「僕も新しいペットが欲しいけど、買う余裕がうちには無くて……」

 

 ロンは耳元を赤らめ、喋りすぎたと思ったらしく、窓の外へ目をやった。

 

 ハリーがダーズリー家での惨めな生活を語って慰めているのを聞きながら、カティアは少し目を逸らす。

 『人喰いナターシャ』との逃亡生活時代も、ホワイトホール家の養女になってからも、カティアは貧乏とは縁遠い生活を送ってきた。

 その手段も基本的には犯罪によるものなので、誇れるものでもない。

 

 ハリーの言葉で、ロンは少し元気を取り戻したようだった。

 

 話しているうちに汽車はロンドンを後にし、スピードを上げ、牛や羊のいる牧場のそばを走り抜けていく。

 カティアが通り過ぎてゆく野原や小道を眺めていると、十二時半ごろ、通路でガチャガチャと大きな音がした。

 

 えくぼのおばさんがニコニコ顔で戸を開けた。

 

「車内販売よ。何かいりませんか」

 

 ハリーが両腕いっぱいにお菓子を買い込むのを、カティアはぼんやりと眺めていた。

 

「カティアは買わないの?」

 

 ハリーが聞いた。

 

「少食なの。ロンは?」

 

「ママがサンドイッチを作ってくれてて……またコンビーフだ。嫌いだって言ってるのに……」

 

 ロンはでこぼこの包みを取り出して開いた。中にはサンドイッチが四切れ入っている。

 

「僕のと換えようよ。これ、食べて……」

 

 ハリーはそう言って、ロンにパイを差し出した。

 

 三人でパイやケーキを分け合う時間は、なんとも素敵だった。カティアも蛙チョコレートを一つだけもらう。

 

 ハリーは自分の蛙チョコレートを見つめて、半信半疑といった様子で言った。

 

「本物の蛙じゃないよね?」

 

「まさか。でも、カードを見てごらん。僕、アグリッパが出てないんだ」

 

「なんだって?」

 

「そうか、君、知らないよね。チョコを買うと中にカードが入ってるんだ。ほら、みんなが集めてるやつ。有名な魔法使いや魔女の写真が載ってるんだよ」

 

 アグリッパとプトレマイオスだけ持っていない、というロンの話を聞きながら、カティアもチョコレートの包みを開けた。

 

 カードには「アルバス・ダンブルドア」と書かれている。カティアはそれを軽く日差しにかざした。

 

 アルバス・ダンブルドア  

 現在ホグワーツ校校長。近代の魔法使いの中で最も偉大な魔法使いと言われている。特に、一九四五年、闇の魔法使いであるグリンデルバルドを破ったこと、『人喰い』ナターシャを討伐したこと、ドラゴンの血液の十二種類の利用法の発見、パートナーであるニコラス・フラメルとの錬金術の共同研究などで有名。趣味は室内楽とボウリング。

 

 気になる名前をスルーしながらカティアは嘯く。

 

「んー……多分、パニーニ・ステッカーみたいなものかな」

 

「パニーニ……何?」

 

 ロンが目を丸くして聞き返す。

 

「マグルにも似たようなのがあるの。サッカー選手のステッカーで、レアなのを引くとクラスのヒーローになれるから、クラスの男の子たちが集めていたな」

 

「サッカーって何?」

 

「ねえ、そこから? サッカーだよ? そんなマイナースポーツみたいな顔をされても困るよ。前から思ってたけど、魔法族ってマグルを知らなすぎではないかしら」

 

「僕のパパみたいな変人でもない限り、マグルのことを気にする魔法使いなんていないよ」

 

「私は好きよ、サッカーもカーレースも戦争も。マグルたちが一生懸命に手を伸ばそうとする感じが健気で」

 

 ロンは呆れ半分、感心半分といった様子でため息をついた。

 

「君はきっとパパと気が合うよ。驚いたなあ……半吸血鬼だっていうのにマグル贔屓なんだ……」

 

「上から目線でフィクサー気取りの傲慢な魔法族より、よっぽど可愛げがあると思うけれど」

 

「おいおい、本気かい? あの『人喰い』の娘の言葉とは思えないな」

 

 男の子が三人もコンパートメントに入ってきた。

 中心の子は、先ほどキングス・クロス駅で見かけた子だ。ナルシッサ・マルフォイの息子は強い関心を示してハリーとカティアを見ている。

 

「ほんとかい? このコンパートメントにハリー・ポッターと『人喰い』の娘がいるって、汽車の中じゃその話で持ちきりなんだけど」

 

「そうだよ」

 

 ハリーが答えた。

 カティアは残りの二人に目をやる。二人ともがっしりとした体格で、中心の小柄で青白い男の子の両脇に立っていた。

 

「ああ、こいつはクラッブで、こっちがゴイルさ」

 

 カティアの視線に気づいた青白い子が、無造作に言った。

 

「そして、僕がマルフォイだ。ドラコ・マルフォイ」

 

 ロンは軽く咳払いをした。それをドラコ・マルフォイは目ざとく見咎める。

 

「僕の名前が変だとでも言うのかい? パパが言ってたよ。ウィーズリー家はみんな赤毛で、そばかすで、育てきれないほど子どもがいるってね」

 

 それからハリーに向き直る。

 

「ポッター君。そのうち家柄のいい魔法族と、そうでないのが分かってくるよ。間違った連中とは付き合わないことだ。そのへんは僕が教えてあげよう」

 

 男の子はハリーに手を差し出して握手を求めたが、ハリーは応じなかった。

 カティアが腕を組み、横から口を挟む。

 

「ちなみに、マルフォイ家としては、この私はどういう枠に入っているのかしら?」

 

「ああ、あの野蛮な『人喰い』の家だろ。父上が、汚らしい半獣とは付き合うなとおっしゃっていてね」

 

 マルフォイはカティアに侮蔑の視線を向けた。

 ハリーとロンが血相を変えて腰を浮かせたのを、カティアは片手で制した。

 

「あら、随分と嫌われていること。あなたの家は、私のお母様の“お仲間”だと思っていたけれど……」

 

 カティアは薄く笑って強く釘を刺した。

 『人喰いナターシャ』は、かつて“あの人”の勢力に属していた。当然、マルフォイ家のルシウス・マルフォイとも面識があった可能性は高い。

 しかし今のご時世にそれを認めることは文字通りの命取りだ。ドラコ・マルフォイは僅かに怯む。

 

「……黙れ、アシュリー。何を言っているのか分からないな」

 

「そう? お母様が悲しむわね」

 

 心にもないことを軽く言い、カティアは肩をすくめた。実際、確証があるわけでもない。

 

「マルフォイ。僕の友達選びが間違っているかどうかくらい、自分で見分けられると思うよ。どうもご親切さま」

 

 ハリーは冷たく言った。

 ドラコ・マルフォイは真っ赤にはならなかったが、青白い頬にうっすらとピンク色が差した。

 

「ポッター。僕ならもう少し気をつけるがね。アシュリーやウィーズリー家みたいな下等な連中と一緒にいると、君も両親と同じ道をたどるだろうよ」

 

 ハリーもロンも立ち上がった。

 カティアは腕を組んだまま、ガチリと軽く歯を鳴らす。

 

「へえ、僕たちとやるつもりかい?」

 

 カティア達の様子を見たマルフォイはせせら笑った。

 

「出ていく気分じゃないな。君たちもそうだろう? 僕たち、自分の食べ物は全部食べちゃったし、ここにはまだあるみたいだし」

 

 ゴイルはロンのそばにある蛙チョコに手を伸ばした。

 だが、それに触れるか触れないかのところで、ゴイルが恐ろしい悲鳴を上げた。

 

 スキャバーズがゴイルの指にかみついていた。

 ゴイルはスキャバーズを振り回してわめき、クラッブとマルフォイは後ずさる。

 やっと振りほどかれたスキャバーズは窓に叩きつけられた。三人は足早に去っていった。

 

「素敵なネズミね?」

 

 カティアが心から賞賛すると、ロンは照れ笑いしながら、ノックアウトされたスキャバーズを大事そうに膝に乗せた。

 

「まあ……ほら、地味でも情が湧くってあるだろ? 昨日、少しは面白くしてやろうと思って、黄色に変えようとしたんだ。でも呪文が効かなくてさ。やって見せようか――見てて……」

 

 ロンはトランクをがさごそと探り、くたびれた杖を取り出した。

 

 杖を振り上げたそのとき、再びコンパートメントの戸が開いた。

 そこに立っていたのは栗色の髪の女の子。すでに新しいホグワーツのローブに着替えている。

 

「誰かヒキガエルを見なかった? ネビルのがいなくなったの」

 

 カティアはぎくりと体を強ばらせたが、幸いネビル・ロングボトムの姿はない。

 

「ヒキガエルは見てないよ」

 

 ハリーが答えたが、女の子は聞いていないようだった。むしろロンの杖に興味を引かれている。

 

「あら、魔法をかけるの? それなら見せてもらうわ」

 

 女の子はずかずかとロンの隣に座り込む。

 

「あー……いいよ。お陽さま、雛菊、とろけたバター。デブで間抜けなねずみを黄色に変えよ」

 

 しかし、何も起こらなかった。スキャバーズは相変わらずねずみ色のまま、ぐっすり眠っている。

 

「その呪文、間違ってないの?」と女の子が言った。

 

「まあ、あんまりうまくいかなかったみたいね。私も練習のつもりで簡単な呪文を試してみたけど、全部うまくいったわ。私の家族には魔法族がいないの。だから手紙をもらったときは驚いたけど、とても嬉しかったわ。だって、最高の魔法学校だって聞いているもの……教科書も、もちろん全部暗記したわ。それで足りるといいんだけど……」

 

 一息にそう言ってから、女の子は胸を張った。

 

「私、ハーマイオニー・グレンジャー。あなたたちは?」

 

 ちらりと横を見たが、少なくともハリーとロンがカティアと同様に教科書を暗記していないことは確かだった。

 カティアも(マグルの)勉強はよく出来る方だが、勉強が好きかと聞かれるとそうでもない。むしろ普通に大嫌いだ。

 

「カティア」

 

「僕、ロン・ウィーズリー」ロンはもごもごと言った。

 

「ハリー・ポッター」

 

「ほんとに? 私、もちろんあなたのこと全部知ってるわ。『近代魔法史』『闇の魔術の興亡』『二十世紀の魔法大事件』なんかに出ているもの」

 

「僕が?」

 

「まあ、知らなかったの? 私があなただったら、できるだけ全部調べるけど。二人とも、どの寮に入るか分かってる? 私、いろんな人に聞いて調べたけどグリフィンドールに入りたいわ。絶対一番いいみたい。ダンブルドアもそこ出身だって聞いたの。でもレイブンクローも悪くないかもね……」

 

 そこで一度言葉を切り、ハーマイオニーは立ち上がった。

 

「とにかく、もう行くわ。ネビルのヒキガエルを探さなきゃ。二人とも着替えたほうがいいわ。もうすぐ着くはずだから」

 

 ハーマイオニーが去っていき、三人は深刻に視線を交わした。

 

「私がカティア・”アシュリー”ってことまで伝えていたら、あの子爆発したかもね」

 

 カティアは大きなため息をついた。

 

「いい判断だったと思うよ」

 

 ハリーは言った。

 カティアとしても、ハーマイオニーが参考書で仕入れた『人喰い』の悪行を長々と耳元で語られるのだけは御免被る。

 

「どの寮でもいいけど、あの子のいないとこがいいな」

 

 杖をトランクに投げ入れながらロンが言った。

 

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