銀髪美少女お嬢様(ワケあり)のホグワーツ生活実践編   作:トリスメギストス3世

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007:飛翔

 カティア・アシュリーのホグワーツ生活は、意外なほど順調な出だしだった。

 

 まずは最大の懸念事項であった半吸血鬼への偏見や差別だが、今のところ思っていたよりは酷くないというのがカティアの本音だった。

 確かに、カティアが廊下を歩いていると楽しそうに話していた他寮の女子グループが一斉に口をつぐんだりすることは良くあった。汚いものでも見るような目で距離を置かれた事や、罵倒された事も一度や二度ではない。

 しかし、背後から呪いをかけられないだけ御の字ではあった。何よりハリーやロンがそのたびに腹を立ててくれるおかげで、カティアはずいぶん気が楽になっていた。

 

 何より、グリフィンドール生たちのカティアに対する態度がずいぶんと和らいでいた。

 カティアを侮辱するような発言はパーシーが決して許さなかったし、人気者のフレッドとジョージが頻繁に話しかけてくれた事が非常に大きい。

 

 相変わらずネビルだけはあからさまにカティアを怖がっていたが、こればかりは時間が解決するものでもない。

 カティアはネビルに避けられることに関しては完全に諦めていた。幸い、彼は親の仇としてこちらに攻撃するようなこともしなかった。

 

 そして授業が始まって二週間が経とうとする頃だった。

 談話室でロンとチェスをしているハリーを見ていたらパーバティが話しかけてきた。

 

「あー、ねえ、カティア? ちょっといい?」

 

「ん、どうしたのパーバディ」

 

 パーバディは少し緊張したようにこう言った。

 

「マクゴナガル先生が、カティアにお話があるんですって。今日の夜七時からって」

 

「何かしたかな私………。ありがとうねパーバディ。今日の夜七時ね?」

 

 前に向き直ると、ロンが口をあんぐりと開けてカティアを見ていた。

 

「うわー、なんだろ。マクゴナガルがカティアに個別にお話?」

 

「生徒の親から苦情でも来たのかな………。『『人喰い』の娘とウチの子供が同じ建物なんて許せん!』って感じで………」

 

「『変身術』の課題はもう出さなくていいってだけの話かもしれないぞ」

 

 ロンの意見は流石に楽観的すぎる気がしたが、それでも気持ちは少し楽になった。

 

 その日の夜、カティアは七時五分前にマクゴナガルの部屋のドアを三度叩いた。

 重厚なドアの向こうから、厳格な声が返ってきた。

 

「お入りなさい」

 

 書斎に入ると、カティアの背後でドアが自動的に閉まった。

 

「エカテリーナ・アシュリーです。午後七時にお約束をいただいておりました」

 

 マクゴナガルの部屋は羊皮紙と古いインクの香りがした。マクゴナガルは机に向かって書き物をしていたが、カティアが入ると手を止める。

 

「時間通りですね、そこへお座りなさい。お茶はいかが?」

 

「……いただきます」

 

 マクゴナガルは杖を一振りして、ティーセットをカティアの前のテーブルへ出現させた。

 

「寮での生活は慣れましたか? ウィーズリーやポッターと一緒にいる姿をよく見かけますが」

 

「はい。彼らのおかげで楽しく毎日を過ごせています」

 

「それは何よりです。大切になさい」

 

 マクゴナガルは頷いた。そして手元の資料に目を落として本題に入った。

 

「フリットウィック教授から報告を受けています。妖精の呪文の授業で苦労しているとのことで間違いないですか?」

 

「そう………ですね」

 

 言葉に詰まった。

 カティアはつい先日、”ルーモス”で杖明かりを灯す事には成功してはいた。しかし、カティアの生み出す光はどうにも安定せず、気を抜けば消えてしまう程弱々しかった。

 

 マクゴナガルは、カティアの戸惑いを見透かしたように眼鏡の奥の瞳をわずかに和らげた。

 

「無理もありません。事実として半吸血鬼のあなたと我々は体質そのものが違います。人間が数百年かけて作り上げてきた魔法理論が肌に合わないのも当然の事です」

 

 マクゴナガルは断固とした口調でこう続けた。

 

「ですが、アシュリー。それは杖を使った術を疎かにして良いということにはなりません。あなたも半分は人間である以上、杖の魔法を磨くことはあなたの力を制御することです。フリットウィック教授の課題は他人の三倍の時間をかけてでもこなしなさい。これは命令ではなく、あなたの将来のための忠告です」

 

「はい、分かりましたマクゴナガル先生」

 

「杖は魔法使いの象徴です。ビンズ先生がお話しになられると思います。杖を扱う姿は、あなたが理性ある存在だという格好のアピールとなるのです」

 

 想像していたよりも遥かに力押しだった。

 つまりマクゴナガルは、『苦手でも出来るまで頑張りなさい』と言っているのだ。

 もっと具体的で効率的な解決法を示してくれると期待していたカティアは、内心で少し落胆した。

 

 マクゴナガルは再度書類に目を落とす。

 

「それから、もう一つ。厳しい事を言いますが、あなたは周囲の目が人一倍厳しいということを常に自覚するように」

 

「はい、心得ております」

 

 ――――――――

 

 カティアが談話室に帰ると、すぐにハリーが駆け寄ってきた。

 

「どうだった? マクゴナガル先生はどんな話を………」

 

「学校生活は上手く行ってるかって話と、杖を使った魔法の勉強を頑張りなさいって話だったよ。そこまで特別な事はなかったかな」

 

 ハリーは少し残念そうな顔をしていたが、あまりの面白みの無さに話は長く続かなかった。

 二人で、ちらりとグリフィンドールの談話室に貼られた掲示に目をやる。

 

 ――飛行訓練は木曜日に始まります。グリフィンドールとスリザリンとの合同授業です――

 

「カティアって箒で飛べるの?」

 

「試した事が無いから何とも……」

 

 カティアとハリーは、箒で空を飛んだことがなかった。

 ハリーは空を飛ぶ授業を楽しみにしていたため、スリザリンと合同と知った時にはとても落胆していた。

 

「上手く飛べなかったら、またマルフォイに馬鹿にされるんだろうな……」

 

「もしそうなっても気にしないこと。乗ったことが無いのだからしょうがないわ?」

 

 カティアは素直な意見を述べた。

 実際、マルフォイは飛行の話をよくした。一年生はクィディッチの寮代表選手になれないのが変だとか、マグルのヘリコプターを危うくかわしたとかいった自慢話だ。本当かどうかはかなり怪しいが。

 

 これに関してはマルフォイに限った話でもなく、ロンでさえもマグルのハンググライダーにぶつかりそうになった時の話をしたがるのだ。

 魔法使いの家の子がみんなひっきりなしにクィディッチの話をするので、その経験が無いマグル生まれやマグル育ちの子は気が立っていた。例えばハーマイオニーだ。

 

 ハーマイオニー・グレンジャーは飛行訓練の告知が出てからずっとピリピリしており、図書館で借りた「クィディッチ今昔」で仕入れた飛行のコツを延々と話すのだった。

 個人的には、魔法族の箒はマグルの自転車と同じで、『一度乗ってみなければ分からない』類の技術な気はするのだが、ハーマイオニーは教本さえ読み込めば箒もスムーズに乗りこなせると信じているらしい。

 

 ネビルは魔法使いの家で育ったにも関わらず、おばあさんの教育方針として一度も箒に触れずに育ったらしい。

 正直、カティアもおばあさんが正しいと思ったが、とにかくネビルも初飛行と言うことでとても緊張していた。

 

 そして飛行訓練当日の朝、カティアが半分眠りながらヨーグルトを食べていると、ネビルが白い煙のようなものが詰まった謎のガラス玉をみんなに見せていた。

 カティアはそれをぼんやりと眺めていた。

 

「『思い出し玉』だ! 何か忘れてると、この玉が赤くなって教えてくれるんだ。見ててごらん――こういうふうにギュッと握るんだよ。もし赤くなったら――あれれ……」

 

 思い出し玉が突然真っ赤に光りだしたので、ネビルは愕然とした。

 

「……何かを忘れてるってことなんだけど……」

 

 カティアは早々にネビルへの興味を失い、目の前のヨーグルトに集中することにした。

 実を言うと、カティアは箒に乗ったことはないが、空を飛んだことがないわけでもなかった。

 

 その日の午後三時半、グリフィンドール寮生たちと一緒にカティアは正面階段から校庭へと急いだ。

 よく晴れた、少し風のある日だった。日光に弱いカティアにとってこの昼間はそうとう辛かった。

 

 集合場所にスリザリン寮生はすでに到着していた。

 そこには二十本の箒が地面にきちんと並べられていた。

 

 そこへマダム・フーチがやって来た。

 白髪を短く刈り込み、鷹のような鋭い黄色い目をした女性だ。

 

「なにをボヤボヤしてるんですか」

 

 開口一番から大声だった。

 

「みんな箒のそばに立って。さあ、早く!」

 

 カティアは自分の箒をちらりと見下ろしたが、いかにも古ぼけた骨董品で見ているだけで目眩がしてきた。

 

「右手を箒の上に突き出して、『上がれ!』と言いなさい」

 

 カティアの箒は三十センチほど飛び上がったあと、地面にぽとりと落ちた。

 ハリーの箒はすぐさま飛び上がって手に収まったが、同じようにうまくいった生徒は少なかった。ハーマイオニーの箒は地面をころりと転がっただけで、ネビルの箒に至っては地面に縫い付けられているかのように微動だにしなかった。

 

「普通に拾っちゃダメなのかしら」

 

 カティアが思わずつぶやくと、マダム・フーチにぎろりと睨みつけられた。

 その後、箒の端から滑り落ちないようにまたがる方法や正しい握り方を習った。マルフォイがずっと間違った握り方をしていたと指摘されると、グリフィンドール生たちはこぞって大喜びした。

 

「さあ、私が笛を吹いたら、地面を強く蹴ってください。箒はぐらつかないように押さえ、二メートルほど浮上したら少し前屈みになってすぐに降りてきてください。笛を吹いたらですよ――一、二の――」

 

 しかしネビルは、緊張が限界に達したのか、先生の唇が笛に触れるより先に思いきり地面を蹴ってしまった。

 

「こら!! 戻ってきなさい!!」

 

 先生の大声をよそに、ネビルは空気の抜けた風船のように大空へと飛んで行った。

 地上を見渡す過程でうっかりカティアと目が合い余計に慌てたのか――ネビルは箒にしがみついたまま、またたく間に地上二十メートルほどまで舞い上がってしまった。

 

「ダメ!! ネビル!! 絶対に箒から手を離さないで!!」

 

 マダム・フーチが絶叫したが、願いも虚しく上空でネビルと箒が分離した。

 

 落ちたら死ぬなとカティアは直感する。

 

 カティアは思いきり舌打ちし、箒を投げ捨てて芝生の上を駆け出す。

 

「カティア!?」

 

 後ろでロンが声をあげた。

 カティアは数歩でトップスピードに乗せながら、背中に意識を集中させた。

 

 鋭い破裂音とともに、カティアの腰の辺りから蝙蝠に似た巨大な翼が噴き出す。

 左右一対のそれは、カティアに直接生えているわけではない。黒いローブを変形させて飛行呪文を乗せただけの外付けの翼だ。

 

 しかし翼は翼、大きく羽ばたきさえすればそれでいい。

 

 背後で悲鳴があがる中、カティアは一気に飛ぶ。

 猛烈な勢いで上方に加速して落下中のネビルの真上に滑り込んで、両手で彼のローブを引っ掴んだ。

 

「っ!! 重っ!?」

 

 肩が外れるかと思った。

 ぽっちゃりとしたネビルの体重は、おそらくカティアの二倍以上はある。

 何とか勢いを殺しながら、着地と墜落のちょうど中間といった有り様で無理やり地面に降り立った。

 

 落下のエネルギーを横方向に逃がすよう着地寸前にネビルを前へ放り投げ、カティア自身は芝生の上を横転した。

 

 ネビルは草の上にうつ伏せに、まるで草地にこぶができたかのようにどさりと突っ伏した。

 箒だけはさらに高く高く昇り続け、「禁じられた森」の方へゆらゆら漂いはじめ、やがて見えなくなってしまった。

 

「ネビル!! カティア!!」

 

 マダム・フーチは真っ青になって、ネビルのそばに屈み込んだ。

 芝生に座り込んだカティアのもとへ、ハリーとロンが血相を変えて駆け寄った。

 

「カティア!」

 

「痛っ!! まったくもう、最悪………」

 

 着陸の瞬間に足首を挫いてしまった。

 カティアは薄膜の"翼"をローブの形に戻しながら上体を起こす。

 

「カティア、怪我は!?」

 

「足首をちょっと捻っただけ。大丈夫、すぐ歩けるように―――」

 

 カティアは強がって立ち上がろうとしたが、足首に鋭い痛みが走って顔をしかめた。ハリーとロンが慌ててカティアを座らせる。

 

「何が『大丈夫』ですか!」

 

 気絶してしまったらしいネビルを背負ったマダム・フーチが、すさまじい形相でこちらへ大股に歩み寄ってきた。

 

「ネビルを助けた勇気は認めます。ですが、あなたのしたことはあまりにも無謀で、あまりにも危険です!」

 

 カティアが気まずそうに目を逸らすと、マダム・フーチは容赦なく彼女の腕を掴んだ。

 

「一緒に、今すぐ医務室へ行きますよ。さあ、歩けますね?」

 

「でも私はちょっと捻っただけで——」

 

 この程度の捻挫なら自力で治せるカティアだったが、マダム・フーチは有無を言わさずにカティアを抱きあげてしまった。

 先生は他の生徒のほうに向き直った。

 

「私がこの子たちを医務室に連れていきますから、その間誰も動いてはいけません。箒もそのままにして置いておくように。さもないと、クィディッチの『ク』を言う前にホグワーツから出ていってもらいますよ」

 

 カティアは観念したように力を抜き、マダム・フーチの腕の中でおとなしく運ばれることにした。

 

 芝生を離れて城へと続く小道に入るころ、ようやくフーチが低く口を開く。

 

「……ミス・アシュリー。今のは、どこで習ったのですか?」

 

 確かめるような声音だった。

 カティアは一瞬だけ目を逸らし、それから肩をすくめる。

 

「見ての通り、衣服を翼にして空を飛ぶ魔法です」

 

「誰から習ったのですか?」

 

 カティアは苦笑するしかなかった。

 

「小さかった頃に、お母様に教えてもらいました」

 

「………そうですか」

 

 マダム・フーチはそれ以上追及しなかった。

 『人喰いナターシャ』は様々な悪行を残しているが、その中でも特に有名なものに、マグルのジェット機に外側から取りつき撃墜したという物がある。

 カティアの”翼”はそれと全く同一の代物だった。

 

 揺れる視界の中でぼんやりと城の壁を眺めていると小さな影が空を切り裂くように急降下していた。

 

 どういう状況なのかは分からないが、ハリーが箒に乗って空を飛んでいた。

 何かを追いかけるように、ほとんど垂直に近い角度で地面へと突っ込んでいくと、地面スレスレの所で間一髪で箒を引き上げて水平に立てなおしていた。

 

「何をやっているのです…………!!!!」

 

 窓の外を見るマダム・フーチが怒りのあまり震えていた。

 

―――――――――

 

 医務室にたどり着いた頃には、カティアの捻挫はすっかり治っていた。

 それでも校医のマダム・ポンフリーは、疑わしげに眉をひそめながら何度もカティアの足首を確かめて念入りに検査を続けた。

 

「いいこと、ミス・アシュリー。外見がどうであれ、怪我というものは後から悪化する場合もあるのです。決して軽く見てはいけませんよ」

 

「でも私、骨折くらいなら一分で治せます……」

 

「痛くないからといって安心はできません! 一晩はここで安静にして、様子を見るべきです!」

 

 カティアは相当嫌がったが、結局ベッドに押し込まれてしまった。

 

 一瞬だけ隣のベッドへ目をやると、白いシーツの上で、気絶したネビルが規則正しい寝息を立てていた。

 その寝顔をしばらく眺めて、カティアはぽつりと呟いた。

 

「………んー?」

 

 カティアにとって、このグリフィンドールの同級生は実に厄介な存在だった。

 

 ネビル・ロングボトムの両親は、かつてカティアの母親に襲撃されて廃人同然となっている。

 しかし、その件でカティアがネビルに心から謝罪することは未来永劫無いだろう。

 

 何故ならば、カティアは母親を愛しているからだ。

 そして、ナターシャを殺したダンブルドアや魔法族そのものを、実はあんまり許していないからだ。

 だというのにネビルがいるだけで、カティアはあっと言う間に加害者の娘と言う立場に固定されてしまう。口には出さないが、相当不快なのは間違いなかった。

 

「…………余計なことをしたかな」

 

 何にしても我ながら随分と子供っぽい考え方だった。解決できない過去を嘆くほど不毛なことはない。

 

 カティアは頭を振って、思考を切り替えた。

 今の状態では、目を覚ましたネビルと顔を合わせる気にはなれなかった。

 

 マダム・ポンフリーはすでに薬棚の方へ向かい、何やら瓶を取り出し始めていた。

 カティアは窓をそっと開け、音もなく病棟から抜け出した。

 

――――――――

 

 フーチ先生に飛行禁止を言い渡されながら、好き勝手に箒で飛んでいたハリーがその後どうなったのかについてはカティアも地味に気になっていた。

 

 退学はないにしても罰則ぐらいはあるだろうと予測していたが、どうやら紆余曲折の末、グリフィンドールのクィディッチチームにシーカーとして大抜擢されたらしい。

 

「つまり、それはすごいことなの?」

 

「すごいよ!!!!」

 

 凄さが分かっていないカティアに、ロンはステーキ・キドニーパイを口に入れながら叫んだ。

 

 夕食時の大広間、カティアの“翼”も大いに話題になっていたが、グリフィンドール一年生最大の話題はやはりハリー・ポッターのことだった。

 カティアが聞いた話によると、ハリーはマルフォイと小競り合いを起こした結果、シーカーに選ばれたらしい。棚からぼたもちもいいところだ。

 

「カティア、ハリーは最年少の寮代表選手だよ!!」

 

「そうなんだ………」

 

 周囲の生徒たちは大興奮だったが、クィディッチを良く知らないカティアにはいまいち反応に困る話だった。

 ロンはぼーっとハリーを見つめる。

 

「ここ何年ぶりかな……」

 

「百年ぶりだって。ウッドがそう言ってたよ」

 

 パイを食べていたハリーは補足したが、不意にカティアへ心配そうな視線を向ける。

 

「ところでカティア。足首は大丈夫だった? ネビルを助けるときに挫いてたよね」

 

「大丈夫。ネビルの方も気絶しているだけだよ。マダム・ポンフリーが言うには、今夜は医務室で様子を見るって」

 

「よかった。……ねえ、カティアもすごかったよ。あの黒い翼の魔法。よくネビルを助けられたね」

 

「覚えてくれている人がいて嬉しいわ?」

 

 ハリーのシーカー就任というニュースが話題になりすぎて、カティアの足首のことはすっかり忘れ去られた節があった。

 ありがたいことではあるが、どこか納得がいかないのも確かだった。

 

 稀血の吸血鬼が翼を生やしたことよりクィディッチの新星誕生のほうが遥かに注目されるのは、確かにいかにもホグワーツらしい。

 カティアはパイをフォークで強く突き刺した。

 

「来週から練習が始まるんだ。でも誰にも言うなよ。ウッドは秘密にしておきたいんだって」とハリーが言う。

 

「秘密も何も、もう学校中の誰もが知っているんじゃないの?」

 

 カティアは素っ気なく返すと、それを裏付けるように双子のウィーズリーがホールに入ってきて、ハリーに足早に近づいてきた。

 

「すごいな」ジョージが低い声で言った。

 

「ウッドから聞いたよ。僕たちも選手だ――ビーターだ。今年のクィディッチ・カップはいただきだぜ」フレッドが言った。

 

 ハリーたちが話している間、カティアには別に話しかける相手がいた。

 ハーマイオニーだ。マグル生まれの彼女もまたクィディッチにはそれほど興味がないようで、話題はカティアの翼に移る。

 

「ねえ、ネビルを助けたときのことだけど、あの空飛ぶ魔法、一体どうやったの?」

 

「ん? えっと……」

 

 カティアが返事に困っていると、ハーマイオニーはぐいっと距離を詰め、耳元で囁いた。

 

「『クィディッチ今昔』には、『人の姿のままで、何の助けも借りずに飛ぶことを可能にする呪文は、いまだ考案されていない』と書いてあったわ。箒も絨毯もなしに、どうやって飛ぶの?」

 

「あ、ああ。そういう話? 私の“翼”は、衣服を変形させているだけよ?」

 

 “翼”は、魔法法則上の難題とされる『完全な自力飛行』ではない。

 やっていること自体は、箒や絨毯といった道具を介した飛行と原理は変わらない。

 その場で布を翼に変形させて、”飛行呪文”などを付与しているだけなのだ。

 

「でも、とても難しいはずよ。どうやってやるのかしら」

 

「ハーマイオニー、私たちは”出来る”のよ。吸血鬼はそういう魔法が得意なだけよ」

 

 正直、“できる”だけで理論はまったく理解していないのが本音だった。

 しかしハーマイオニーは、本に書いてあることと目の前の現実が食い違うと居ても立ってもいられなくなるらしい。

 

 ハーマイオニーはさらに食い下がる。

 

「……どんな理論を使っているの? 何個の魔法を同時に重ねがけしたら、あんなふうに空を飛べるの?」

 

「えっ。えーっと……多分、人間には無理かも……」

 

「おいハーマイオニー、カティアを困らせるなよ」

 

 ロンが目ざとく様子に気づいて声をかけてきた。

 ハーマイオニーの眉が吊り上がる。ロンはニヤニヤ笑いながらかぼちゃジュースを傾けた。

 

「君がホグワーツでネビルの次に箒が下手くそだったからって、翼を生やす必要はないさ」

 

「私はただ理論の話をしているだけよ!」

 

 ハーマイオニーの顔がぱっと赤くなった。

 テーブルを叩いて抗議されたロンは「どうだか」という顔を隠さず肩を竦めた。

 

 そしてハリーのもとには、今度はクラッブとゴイルを従えたマルフォイが現れていた。

 

「ポッター、最後の食事かい? マグルのところに帰る汽車にいつ乗るんだい?」

 

「地上ではやけに元気だね。小さなお友達もいるしね」

 

 ハリーとマルフォイが言い合っていると、カティアの隣に座り直したハーマイオニーの表情が険しくなっていった。

 マルフォイは顎を突き出して言う。

 

「僕一人で、いつだって相手になろうじゃないか。ご所望なら今夜だっていい。魔法使いの決闘だ。杖だけでな。どうしたんだい? 魔法使いの決闘なんて、聞いたこともないんじゃないの?」

 

「もちろんあるさ。僕が介添人をする。おまえのは誰だい?」

 

 ロンが口を挟んだ。それから売り言葉に買い言葉で魔法使いの決闘の段取りを決めていた。

 ”深夜にトロフィー室で決闘をする”などと話している男子たちを呆れながら見届けていたら、ハーマイオニーが立ち上がった。

 

「ちょっと、失礼」

 

 ハリーとロンがうんざりした顔でハーマイオニーを見上げた。

 どうやら規則を重んじるハーマイオニーにとっては譲れない一線だったらしい。カティアとしては放っておけばいいのにと思ってしまうが。

 

「まったく、ここじゃ落ち着いて食べることもできないんですかね?」

 

 ロンが言う。ハーマイオニーはロンを無視して、ハリーに話しかけた。

 

「聞くつもりはなかったんだけど、あなたとマルフォイの話が聞こえちゃったの……」

 

「聞くつもりがあったんじゃないの」ロンが呟いた。

 

「……夜、校内をウロウロするのは絶対ダメ。もし捕まったらグリフィンドールが何点減点されるか考えてよ。まったく、なんて自分勝手なの」

 

「まったく、大きなお世話だよ」

 

 ハリーが言い返した。

 ハーマイオニーが苛立たしげに振り返った。

 

「ねえカティア、何とか言ってよ!」

 

「え……私を巻き込まないでもらえる?」

 

 カティアは慌てて一歩引いた。ハリーとロンはニヤリと笑って顔を見合わせた。

 何故か裏切られたような顔になるハーマイオニーだったが、カティアは魔法史の授業で彼女に一コマで四度もたたき起こされて、そのたびに説教された恨みを忘れてはいなかった。

 

「バイバイ」ロンが言い放った。

 

「カティア、行こう」

 

 ハリーに呼ばれ、カティアは立ち上がった。

 ハーマイオニーを残して階段を上がりかけたとき、カティアはふと後ろを振り返った。ハーマイオニーが追いかけていないことをそっと確認してから、声を低くした。

 

「……二人とも。少し言い過ぎじゃない?」

 

「何の話?」

 

 ロンが首を傾げた。

 

「ハーマイオニーのことよ。あの子だって悪意があるわけじゃないでしょう。ちょっとお節介なだけで」

 

「そうだな、他人を見下して上から目線で説教して、先生のお気に入りになろうとすることを"悪意"とは呼ばないよな、確かに」

 

 ロンは意地悪く言った。カティアは腰に手をあててため息をつく。

 

 マグルの学校にも、ときどき正義感と規則への意識が強すぎて煙たがられる女の子がいるものだが、ハーマイオニーはまさにその典型だった。

 ただひたすら友達の作り方が不器用なうえに鼻につくところがあるだけで根っからの意地悪でもないし、この手のガリ勉ちゃんは案外繊細な内面を持っているものだ。

 

「……もう少し優しくしてあげたら?」

 

「ごめんだね。ハーマイオニーがいるだけでホグワーツがつまらなくなるんだ」

 

「まあ、わたしもそこまであの子を庇う義理はないけれど」

 

 カティアは肩を竦めて説得を諦めた。

 ハリーはすこしばつの悪そうな顔でカティアを見た。

 

「でも、マルフォイがあんなことを言ってきたんだ。黙ってはいられないよ」

 

「そうだよ。スリザリンに舐められたままじゃ終われないさ」

 

「止めたりしないから安心して。男の子同士の約束に口を出すほど野暮じゃないわ」

 

 ロンは、深夜の冒険への興奮で頭がいっぱいのようだった。

 

「カティアも来ればいいのに。来てくれたら心強いのになあ」

 

 ニヤリと笑うロンに、カティアは澄ました声で返した。

 

「絶対に嫌よ。私はハーマイオニーに目をつけられたくないもの」

 

 思わず三人で笑い合った。

 

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