銀髪美少女お嬢様(ワケあり)のホグワーツ生活実践編   作:トリスメギストス3世

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008:ヴァンパイアガール

 深夜の女子寮。

 天窓から差し込む青白い月光が、微かな埃を照らし出していた。

 

 規則正しい寝息が二つ。ラベンダーとパーバティは、なんの心配事もなく夢の中だ。

 そんな静寂を、衣擦れの音が小さく乱した。

 

 ハーマイオニー・グレンジャーがのそのそとベッドから起き上がり、ピンクの分厚いガウンに袖を通していた。

 使命感に燃えるその表情を見て、カティアは軽くため息を漏らす。

 

「行くの?」

 

 カーテンの隙間からかけられた声に、ハーマイオニーは短い悲鳴を上げて飛び上がった。

 声の主であるカティアは、ベッドに座ったまま暗闇の中からハーマイオニーをじっと見つめた。

 

「……カティア。起きていたの?」

 

「本来は夜行性なのよ。それで、あなたはハリーとロンを止めに行く気?」

 

 カティアは退屈そうにイチイの杖を指先で弄ぶ。

 ハーマイオニーは小さく肩を怒らせ、声を潜めたまま噛みつくように言った。

 

「当たり前よ。ちゃんと止めないと。私が稼いだグリフィンドールの点数が台無しになるのを、黙って見ているなんてできない!」

 

 こうやってハーマイオニーが大騒ぎをするから、ハリーとロンが余計に後に引けなくなっているような気がしてならなかった。

 ガウンの紐をきつく握り、意地を張るようなその様子を見て、カティアは思い直す。

 

「そう。頑張ってね」

 

 カティアはそれだけを言うと、小さく欠伸をしてベッドに潜り込んだ。

 ハーマイオニーは拍子抜けしたように口を動かしかけたが、結局そのまま「……ええ、おやすみなさい」

と短く返し、忍び足で寝室を出ていった。

 

――――――――

 

 翌朝の大広間。カティアは眠い目をこすりながら、ハリーとロンのひどく疲弊した顔を見比べた。

 

 昨夜の「決闘」の結果だが、やはり彼らはマルフォイに嵌められたらしい。

 トロフィー室にマルフォイの姿はなく、代わりにいたのは鼻を膨らませた管理人フィルチだったという。

 

 ロンは荒々しくベーコンにフォークを突き立てた。

 

「ワルだぜ、あいつ。フィルチに告げ口したんだ……」

 

「ああ、やっぱりそうなったのね。私も昨日、それを言おうか迷ったのよ」

 

「分かっていたなら、なんで言ってくれなかったんだ……!」

 

「あなたたちがハーマイオニーにあんな態度を取ったからに決まっているでしょう? 賭けてもいいわ。私が何を言おうと絶対にあなたたちは行っていたもの」

 

 これにはハリーもロンも黙り込んだ。図星だったらしい。

 拗ねて無言で朝食を口に詰め込み始めるロンを一瞥し。ハリーの方に向き直った。

 

「しかしまあ、良くフィルチに捕まらなかったわね」

 

「そう、カティア、聞いてくれ。昨日の夜なんだけど―――」

 

 つまり、ハーマイオニー(“太った婦人”が肖像画から消えたせいで締め出された)と、ネビル(合言葉を忘れて廊下でうずくまっていた)を加えた四人で行動することになってしまったハリーたちは、フィルチとミセス・ノリスの追跡から必死に逃げ回るうちに四階の「禁じられた廊下」へ迷い込んでしまったらしい。

 そしてフィルチを撒いたと安堵したその瞬間、自分たちが巨大な三頭犬と同じ部屋にいることに気づいたのだという。

 

 臨場感たっぷりの“冒険譚”を聞いたカティアは、怪訝そうに眉をひそめた。

 

「三頭犬? 本気で言ってる?」

 

「本当なんだカティア! 僕たちは全員それを見たし、急いで逃げ出したんだ。危なかったんだ」

 

 ハリーの顔は興奮で火照っていたが、朝に弱いカティアはヨーグルトを突きながら気だるげに返す。

 

「へえ、そりゃまた随分と珍しい闇の生物を飼っているものね、ホグワーツ……」

 

「珍しいなんてレベルじゃないよ! カティア。あんなのが学校の中にいるなんて、どうかしてるぜ!」

 

 拗ねるのをやめたらしいロンが小声で激しくまくし立てた。ハリーはさらに声を潜める。

 

「……あいつ、隠し扉の上に立っていたんだ。何かを守っているに違いないよ。それでカティア、僕がハグリッドの小屋で話したこと、覚えてる?」

 

「あなたがダイアゴン横丁に行った日に、ハグリッドが七一三番金庫の中に入っていたものを取り出したって話だっけ? 後日に同じ金庫に侵入者が出たとか何とか………」

 

「それを隠しているに違いないよ!! ねえカティア、あんなに厳重な警備が必要な物って、いったい何だと思う?」

 

 カティアも、その話題にはだいぶ興味をそそられた。

 

「ハリー、もっと詳しく覚えていない? 金庫には何が入っていたの? 大きさとか形とか………」

 

「それが、茶色の紙でくるまれた、汚れた小さな包みなんだ」

 

「変なの。骨董品か何かなのかしら」とカティア。

 

「ものすごく大切か、ものすごく危険な物だな」とロン。

 

「その両方かも」とハリー。

 

 謎の包みについては五センチぐらいの長さのものだろうということしかヒントがないので、それ以上なんの推測もできなかった。しかし、三人でああでもないこうでもないと色々と推測するのはとても楽しかった。

 

 カティアがハリーたちと笑いながら席を立つ時、ふと視線を感じて横を向いた。

 そこには、分厚い教科書の陰からこちらを射抜くような鋭い目で見つめるハーマイオニーがいた。

 

「何か御用かしら?」

 

 カティアが一応声をかけると、ハーマイオニーは教科書を指が白くなるほど強く握りしめた。

 

「別に! 私はただ、あなたたちがまた懲りずに何か良からぬ計画を立てているんじゃないかと思って見ていただけよ!」

 

「行こうぜカティア」

 

 ロンが割り込んだ。

 ハーマイオニーを置いて三人で魔法薬学の教室に向かいながら、ロンは苦々しく毒づいた。

 

「あいつ、僕たちが決闘に行くことをパーシーに告げ口しようとしたんだぜ」

 

「あー………」

 

 カティアは遠い目をした。

 それは致命的だ。身内のルール違反を権力者に流すような人間は、どんな事情があっても信用できない。寮生活において”告げ口屋”は最低の裏切り者だ。

 

 カティアの表情から内心を推察したのだろう。ロンがハーマイオニーの声真似をした。

 

「『もしかしたらみんな殺されてたかもしれないのに。もっと悪いことに、退学になったかもしれないのよ!』だってさ!! まったく、なんであんなのがグリフィンドールに―――」

 

「やめてよロン………一応告げ口はしなかったのでしょう? それに悪口には付き合わないからね。あなた達と違って私はあの子と同室なのよ?」

 

「まったく、君が男だったらなあ」

 

 ロンはしみじみと言った。

 

 カティアは曖昧に肩を竦める。

 ロンの言う通りにカティアが男だと、今度はネビルと同室になってしまうのが大きな問題だ。

 

 魔法薬学の教室はホグワーツ城の地下深く、冷え冷えとした地下牢に位置している。

 三人で一足早く席に着き、一斉に『薬草ときのこ千種』を取り出した。

 

「ハリー、少しはこの教科書の内容を覚えたか?」とロン。

 

「全く。他の授業の宿題でも忙しくてそんな時間は無いよ」とハリー。

 

 魔法薬学の授業では、ハリーはスネイプに難しい質問を投げかけられて恥をかかされるのが常だ。

 ハリーはとても憂鬱そうだった。もっとも、スリザリン贔屓を隠さないスネイプの魔法薬学は、ハリーに限らずグリフィンドール生殆どが嫌っていた。

 

「ほら、今回の授業は『軽い火傷を治す軟膏』よ。調合する量に関わらずナメクジの粘液はきっかり四滴という事と、一度でも左回りに攪拌した軟膏を塗ると肌が青くなって戻らなくなる事が主な注意点かしら」

 

 カティアがハリーの耳に早口で対策を吹き込むと、彼は羊皮紙の切れ端に必死にメモしながらこう返した。

 

「ありがとうカティア。それ、いつ覚えてるの?」

 

「授業で扱う薬は大体決まっているのだから、やりようはあるでしょう?」

 

 教科書というのは端から端まで暗記する必要はない。

 要点さえ押さえれば、合格点以上は取れるというのはマグルの学校でも同じだった。

 

「カティア、なんかハーマイオニーみたいだぜ」

 

「どう返しても角が立つじゃないのそれ」

 

 ドラコ・マルフォイがクラッブとゴイルを従えて、横柄な足取りで教室に入ってくるのを見ながらカティアはぼやいた。

 マルフォイはハリーたちの席を通り過ぎる際、勝ち誇ったような嫌な笑みを浮かべた。

 

「ポッター、まだホグワーツにいたのかい? 昨夜はさぞかし楽しい”散歩”だったろうな」

 

「ご愁傷様。おかげで僕は面白いものが見れたよ」

 

 ハリーは冷たく言い放った。マルフォイは鼻白んだようにカティアに標的を移す。

 

「おや、アシュリー。君も夜歩きに付き合えばよかったのに。君の血なら夜でもよく見えるだろう?」

 

「あなたこそ。やさしいママがお手々を握ってあげないと、ドラコ坊ちゃんは暗くて怖ーい夜の廊下を歩けないでちゅねえ?」

 

 ハリーとロンは大喜びだった。

 周囲のグリフィンドール生も爆笑し、マルフォイの青白い顔色にピンクが差し込む。

 

 直後、教室の奥のドアが勢いよく開いてセブルス・スネイプが黒いローブを翻して入室してきた。

 マルフォイは忌々しげにカティアを睨みつけると、スリザリンのテーブルに去っていく。

 

「静まれ。全員教科書を出せ」

 

 スネイプの冷え切った声が響くと、教室の賑やかさは一瞬で消え去った。

 マルフォイは受けた屈辱を隠そうと不自然なほど素早く教科書を開いた。スネイプは出席を取りながら、わざとらしくハリーの名前のところで手を止めた。

 

「ポッター、本日調合する『軽い火傷を治す軟膏』において、ナメクジの粘液の量はどう規定されている?」

 

「きっかり四滴です。調合する量に関わらず」

 

 ハリーが反射的に答えた。

 スネイプの黒い瞳が僅かに細められた。正解するとは思っていなかったのだろう。

 

「では、攪拌する方向についての注意点は?」

 

「一度でも左回りに混ぜた軟膏を塗ると、肌が青くなって戻らなくなります」

 

 カティアはテーブルの下で拳をぐっと握りしめた。

 山勘がここまで的中したのは流石に初めてだ。教室に沈黙が下り、スネイプは忌々しげに鼻を鳴らした。

 

「教科書を丸暗記してきたようだな。しかし知識と実践は別物だ。さっさと作業に取りかかれ。二人一組だ」

 

――――――――

 

 結局あの後も、スネイプによるグリフィンドールいじめは収まらなかった。

 カティアとハリーは「切り方が雑だ」「火が強すぎる」と繰り返しダメ出しを受け、ロンも手順を一つ進めるたびに、教室中に響く声で誤りを指摘された。

 

 しかし授業の途中でそれどころではない騒ぎが起きた。

 ネビルが“火傷を治す軟膏”の攪拌方向を忘れ、何度も誤って左回りに杖を動かしてしまったのだ。その結果、大鍋からは毒々しい緑色の煙が噴き出し、混乱したネビルは誤って鍋に手を突っ込んでしまって激しい火傷を負った。

 

 駆けつけたスネイプが呪文で事態を収拾したがネビルの右腕は指先から肘まで真っ青に変色し、医務室送りになってしまったのだ。

 

「ねえカティア、左回しの軟膏で青くなった肌って、本当に戻らないの?」ロンが言った。

 

「戻らないことはないんじゃないかなぁ……多分……」カティアは返した。

 

 午前中に魔法薬学がある金曜日は、授業が終わってしまえば午後はまるまる自由だ。

 昼下がりのグリフィンドール談話室はのどかで、三人は百味ビーンズをつまみながらとりとめのない話に花を咲かせていた。

 

「どっちにしても」

 

 ハリーは箱の中へ手を伸ばした。

 

「どんなに焦ったって、ぼくは沸騰した大鍋に手を突っ込んだりしないけどな」

 

 カティアは思わず笑い声をあげた。ネビルには悪いが、彼は少しばかりそそっかしすぎる。

 三人でひとしきり笑いあったあと、カティアは何気なく箱の中へ手を突っ込んだ。

 薄い黄色。レモン味だろうとあたりをつけて口に放り込んだ瞬間、カティアはソファから転げ落ちた。

 

「――っ! ……ぅ……っ!!」

 

「カティア!?」

 

 喉を掻きむしって悶絶するカティアに、ハリーとロンが慌てて身を乗り出した。

 カティアは声にならない呻きを漏らしながら、必死に喉の奥のものを飲み下す。

 

「変なのに当たったのか!? 腐った卵味か?」ロンがカティアの肩を叩く。

 

「…………にんにく……だった……」

 

「ああ、なるほど……。大丈夫? 水、持ってくる?」

 

 胃のあたりがヒリヒリする。しばらく体調不良だろう

 カティアがようやく落ち着いたころ、ハリーがふいに口を開いた。

 

「ねえ、カティア。ずっと聞こうと思ってたんだけど」

 

「うん? なあに?」

 

「きみって……その、半吸血鬼なんだよね」

 

「そうだよ?」

 

「本当に血を飲まなくても平気なの?」

 

 ロンはぎょっとしてハリーを見た。魔法界では口にするのも憚られるような禁忌の問いだ。

 カティアもかなり不意をつかれた。それでも、手の中の百味ビーンズ(ハッカ味だった)をめげずに口へ放り込んだ。

 

 椅子の背もたれに深く体を預けて首を傾げる。

 

「………いつ聞かれるかと思ってたけれど………あー………ハリーが吸血鬼って存在をどれぐらい知ってるの?」

 

 カティアが吸血するのか、またそうした欲求があるのかどうかについては、対面する人間にとっては死活問題だ。

 

 きっとロンも初対面のときから聞きたかったのだろう。どうやら落ち着かない様子で周囲を見回していた。ハリーは申し訳なさそうにこう続ける。

 

「マグルの映画だと、首筋に噛みついて血を吸わないと死んじゃったりするよね? だから、君がお腹を空かせて我慢してるんじゃないかと思って」

 

「仮にそうだとしたらダンブルドアが入学を許可しないと思うわ。危険すぎるもの」

 

 ロンが気まずそうに目を逸らした。

 なまじマグル育ちだからこそ、ハリーの方が容赦なく突っ込んでくる。カティアはくすくすと喉を鳴らして笑った。

 

「大丈夫よ、ロン。……あのね、ハリー」

 

 カティアはここで言葉を区切った。

 

「前提として、吸血鬼は“生きる屍”です。闇の魔法で動き回る死体と考えてちょうだい。ゾンビとかをイメージしてくれれば分かりやすいかしら」

 

「えーっと、つまり……」

 

「純粋な吸血鬼の話だから。私を見られても違うよ」

 

 あまりの気まずさにロンが顔を手で覆った。カティアは適当に手を振って話を続ける。

 

「それで、吸血鬼が恐れられる理由だけど……そうね。私がハリーの首筋にガブリと噛みついて、血を吸い尽くして殺したとするでしょう? ―――例え話よ怖がらないで」

 

「う、うん」

 

「とにかく、その場合は失血死したハリーの死体がむくりと起き上がるの。これが私の『眷属』………つまり吸血鬼です。これだけで吸血鬼が忌み嫌われる理由が分かりそうなものだけど………」

 

 半吸血鬼のカティアだが、この方法で増やした吸血鬼は純粋な吸血鬼になる。

 そのまま人差し指を立てて説明を続ける。

 

「それで、吸血鬼そのものの性質だけど……魔法省的には“ヒトたる存在”に分類される、闇の生物になるわ。小鬼や鬼婆と同じカテゴリなの」

 

「あー、ケンタウロスとか?」

 

 ロンが尋ねたが、カティアは困った顔になる。実はカティアはケンタウロスが大嫌いだった。

 

「あれは“動物”。ちょっと歴史的に面倒な経緯があって………話を戻すよ。吸血鬼そのものの性質だけれど、まずは特筆すべきは吸血衝動と食人嗜好を持ちます。……まあ、ほぼ殺人衝動ね。さらに種族として変身術への高い適正や、高度な身体能力と再生力を併せ持ちます。クィレル先生が怖がるのも無理はないの。危険すぎるから」

 

 唾を飲み込むハリーとロンにカティアは淡く微笑む。

 

「それでも本来、吸血鬼ってそこまで強大な種族ではないのよ。日光やにんにくへの深刻な脆弱性だったり、銀へのアレルギーとか露骨で明確な弱点があるからね。アンデッドの宿命として火にもあまり強くないわ。ここまで欠点の多い生物も珍しいってぐらい苦手な物が多いのよ」

 

「僕が見た映画では、心臓に杭を撃ち込むと死ぬって言ってたけど」とハリー。

 

「うーん……? まあ………そんな事されたら死んじゃうとは思うけれど………でも心臓に杭を撃ち込まれたら、吸血鬼に限らず大抵の生き物は死ぬんじゃないかなあ……」

 

 カティアは首を捻った。マグルの考えることは良くわからない。

 

「ついでに言っておくと、マグルの映画で良く出てくる"十字架に弱い"とは完全なデマよ。流水とかも平気ね。どこから出てきた噂なのかしら……」

 

「なるほど。それで、君のお母さんが………つまり、闇の生物だったんだね?」

 

 カティアは頷いた。

 

「そうね。………動く死体である吸血鬼は、元となった魔法使いや魔女の潜在能力次第で手がつけられない強さになることがあるの。私のお母様がその最たる例で、全盛期のナターシャ・アシュリーはドラゴンやキメラすらも凌駕する史上最強の魔法生物だったわ。だけど三年前に討伐されました。この辺りは過去の新聞記事でも探してちょうだい」

 

 カティアは話を一度区切った。

 

「それはそれとして、純粋な吸血鬼って大体は"元人間"じゃない? 中には人間時代の社会性を維持できる個体もいて、人間に恋する存在も珍しくないの。お母様もそういう存在だったみたいで、それで産まれたのが私ってわけ」

 

 カティアは手の甲を見せるように両手を広げ、自分自身を示した。

 

「私のような半人半鬼は、大前提として"生きている"わ。体温も人並みだし、死んだらそこで終わり。人間の食べ物だけで問題なく生きていける。だけど吸血鬼としての長所や短所も色々と引き継いでいるの」

 

「……ニンニクに弱いとか?」

 

 ロンは手の中の百味ビーンズに目を落としながら言った。カティアは頷く。

 

「そうそう。朝に弱いとかね。一方で”魔法の瞳”や”変身術の適正”、”怪力と再生力”と、私は吸血鬼の長所も割と受け継げてるの。何より私は。吸血衝動が基本的に"無い"のよ。半分は人間だからね」

 

 ロンが安心したように肩の力を抜いた。

 一方でカティアは慎重に言葉を選んだ。吸血鬼にとって吸血衝動は食欲であると同時に、自身を増やす本能としての側面もある。だからこそ、今は吸血衝動が無いとしても成長してどうなるかはカティア自身にも分からなかった。

 

「そもそも吸血鬼って相手を完全に殺し切らないと眷属にできないから、噛んで血を吸うだけなら意外と無害なの。ぶっちゃけ相手を咬み殺すって割と大変だもの。そこらへん、一噛みで”感染”する狼人間とは違った生き物と言えます」

 

「じゃあ君が僕を噛んでも、僕が死ななければ吸血鬼にはならないってこと?」

 

 ハリーが言った。

 カティアは頬が熱くなるのを感じた。ハリーの発言はほとんど『子供が出来るような事をしても受精しなければ子は出来ない』と同義だ。

 

「あー……まあ、そうね。その通りよ。うん。狼人間は相手を噛み殺したら狼人間が増えないから大きな違いではあるかも。……まあ私が噛んだ場合でも、呪いの噛み傷にはなるから中々治らないと思うわ。多分」

 

 カティアはお茶を濁した。

 ハリーは単なる確認のつもりなのだろうが、主観的にはとてもプライベートな話だ。

 

「とにかく私も半分は人間なの。同族を喰らうことへの本能的な忌避感があるわ」

 

「………じゃあ皆、君のことを怖がる必要なんてないじゃないか!」

 

 ロンが素っ頓狂な声を上げた。

 伝わってくれたのはとても嬉しいが、まさにそこが問題だ。

 

「………自分でもそう思うわ。だけど半吸血鬼も誰かを吸血鬼にすることは可能だし、客観的に見て"危険な闇の生き物"として扱われるのは仕方のない部分もある。何より、『人喰い』の娘というのがどうにも………見ての通りの嫌われようというか………」

 

 魔法省をはじめとした魔法界は、カティアを「ナターシャ・アシュリーの遺産」としてしか見てくれないのだ。

 ハリーとロンが憤慨したが、カティアは苦虫を嚙み潰したような顔で続けた。

 

「ロン、例えばあなたのご両親は、あなたが私と仲良くしていることをどう思っているかしら?」

 

 ロンが口をつぐんだ。

 実はウィーズリー家の子供全員が実家からふくろう便を受け取ったことをカティアは知っていた。おそらく内容は”アシュリーと距離を置きなさい”というものだったのだろう。

 

「ね? それでも私と仲良くしてくれるあなたや、三人のお兄様には感謝しているのよ。でもあなたのご家族がそう言うのは仕方のないことだから、そのこと自体に文句を言うつもりはないわ」

 

「ママも………実際に君に会ったら絶対に印象が変わると思うんだけど………」

 

「そう? じゃあ楽しみにしているね」

 

 カティアは思わず笑ってしまった。

 

 ――――――――

 

 気がつくと、ホグワーツに来てからもう二ヶ月が経っていた。

 入学前はさして期待もしていなかったホグワーツだったが、いざ学校生活が始まってみるとこれがなかなか楽しかった。

 

 カティアは『妖精の呪文』には相変わらず大苦戦したものの、他の教科はおおむね順調で、中でも得意の変身術にいたっては三回目の授業で実技を免除されてしまった。

 もっとも、変身術の授業で寮の点数を荒稼ぎする手段が消えたわけなので手放しで喜べるとも言いがたい。それでも、先生から特別扱いを受けるのは悪い気分ではなかった。

 

「まあ、しょうがないんじゃない?」

 

 この贅沢な悩みを打ち明けたところ、ロンはキドニーパイで口をいっぱいにしながら答えた。

 

「変身術の授業のたびに感動したマクゴナガルから三十点ずつもらってたら、今年のグリフィンドールの得点の九割はカティアが稼いだことになっちゃうよ」

 

 魔法薬学四回めの授業では小さなトラブルも起きた。

 大鍋を火にかけるのにどうしても杖を使った”引火呪文”が必要だったのだ。これまではペアの生徒に着火を頼んでごまかしてきたが、ついにスネイプに弱点を見抜かれてしまった。

 

「ミス・アシュリー、今日はひとりで調合してもらおう」

 

 カティアは真っ青になったが、コップの水を石油に変えてマグル式の火を起こすという回り道でなんとかその場を乗り切った。

 

「杖を使わない吸血鬼も、一応人間とおなじ魔法薬を作れるはずなんだけど……」

 

 授業が終わってもカティアがぼやいていると、ハリーが口を挟んだ。

 

「君のお母さんは、そういうのを作ってなかったの?」

 

「うーん………。素手でホッキョクグマを殴り殺せる個人が、わざわざ毒入り餌を用意すると思う?」

 

 あまりにも強大であるがゆえに、小細工が必要ないのが『人喰い』という吸血鬼だった。

 とはいえ、ホグワーツ生徒のカティア自身は魔法薬学もキッチリ頑張りたいのが本音だ。何か解決法は探さなければならなかった。

 

 また、カティアがそれなりに箒に乗れることが発覚した。

 

 二回目のスリザリンとの合同飛行訓練の締めくくりに五百メートルほどの簡単な箒レースが催されたのだが、一年生の半数以上が離陸すらままならない中、律義に箒にまたがったカティアは少なくとも完走は果たせた。

 

「………自分の翼で飛んだら絶対に一位だったのに」

 

 備品のオンボロ箒はとにかく速度が出ず、物足りなかった。

 一方、マルフォイに僅差で競り勝ったロンは今にもスキップしそうな勢いだった。

 

「君はセンスあるよ。ほら、あいつを見てみなよ」

 

「誰を?」

 

 一応は分からないふりをしたが、ロンの言いたいことは明白だった。

 ハリーと同時に振り返ると、ハーマイオニーが一人でとぼとぼと歩いていた。唇をきつく噛み締めじっと下を向いて歩いていた。

 

「多少は苦手なことがある方が親しみやすくない?」

 

 カティアが先回りした。

 実際、ハーマイオニーがスリザリン生に散々馬鹿にされる姿は見ていてとても同情を誘うものだった。グリフィンドール生まで馬鹿にしたら流石に可哀そうだ。

 

 しかしロンは、鼻につく優等生の失敗が面白くて仕方がないようだった。

 

「親しみねえ………。そうだね、ハーマイオニーが僕の覚え間違いを頼んでもないのに毎回指摘してこなければ、もしかしたらそう思えたかもしれないけど」

 

 ハリーとカティアは曖昧に肩を竦めた。

 ハーマイオニーのお節介で散々な目に遭わされているため、ロンの言葉を否定しきれなかったのだ。

 

 

 

 

 

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