オロホスを照らす夢   作:三日月ノア

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TS転生Vtuberもの書きたいのですが、革新的で差別化できるアイデアが出せないですねえ。ほのぼのは極力避けたいというくらいで。先駆者の方々の作品見ていると勉強になります。



3章 屋敷の底の世界
第19話 先回りの失敗


「これ」

不意に、オロホスが部屋の中から少しだけ高い声を出した。

扉の外で止まったまま、反射で顔を上げる。

ユウもそちらを見る。机の端に、古い記録箱みたいなものがあった。オロホスはその蓋を半分だけ開けている。触る前に、こっちの方を見た。誰かに許可を取る顔じゃない。見つけたものを、自分でもどう扱っていいか分からない時の顔だ。

ユウが近づく。

「何かある?」

「紙」

「読めそう?」

「……読めない。でも、残したかった感じがする」

その言い方が、妙に残る。

残したかった感じ。意味じゃない。感情でもない。ただ、捨てられなかった形だけを拾う。オロホスはたぶん、ずっとそうやってこの家を見てきたんだろう。中身までは読めなくても、捨てられなかった方だけを覚えている。

ユウが箱の中の紙を一枚持ち上げる。端が湿気で波打っていて、字の半分が潰れている。

「まっすぐ読めないな」

そう言いながらも、ユウは投げない。読めなくても読む。拾ったら、とりあえず持つ。その癖が、オロホスとは逆に見えて、少しだけ腹が立つ。腹立ちに似ているだけで、たぶん別のものだ。焦りとか、置いていかれる感じとか、そのへんが混ざっている。

オロホスも箱の上を少しだけのぞく。紙そのものの重さや傷み方を先に確かめる顔だ。読むより前に、どれが大事だったかを感じ取ろうとしている。そういう近づき方をする。ユウとは逆の順番で、でも同じものを見ている。

「これ、難しい」

ユウが一枚だけ箱に戻した。

「そっちは?」

「全部、難しい」

「でも」

「でも、少し違う紙がある」

「どれ」

オロホスが一枚だけ引き抜く。ユウに渡す前に、少しだけ自分で見る。そこで初めて、少しだけ眉が寄った。読めていないのに、嫌な感触だけ先に来た顔だ。その顔を見てから、こっちも扉の外で一歩だけ動いた。入るには早い。でも動かないままでもいられない。

「……苦しそうな字、じゃないの」

「どんな」

「怒ってる字」

ユウがそれを受け取って、さっきより長く見る。

「確かに」

「読める?」

「少しだけ。服従、命令、それらしい語は並んでる」

「それ、誰が書いたの」

「分からない。でも、最後の行だけ字が変わってる」

二人で同じ紙を見ている。その並び方が、昨日より近い。

「オロホス」

名前を呼ぶ。

二人ともこっちを向く。入ってきたことに気づいた顔だが、驚きはない。予想していたのか、それとも気づいていたのに今まで待っていたのか、どちらとも取れた。

「それ以上、奥へ行くな」

出てきたのはその言葉だった。遅い。遅すぎる。けれど、ここで黙ったままにもできなかった。

ユウが少し眉を寄せる。

「どうして」

「危険だからだ」

「ここまで来てそれ言うんですか」

「ここまで来たから言ってる」

雑だ。正しい説明じゃない。けれど、正しい説明を始めた瞬間にもっと壊れる気がした。全部知っているみたいな顔で理由を並べたら、もう戻せない。今の自分にそこまでの確信もない。

オロホスはまだ箱の横にいる。

「ソマン姉様」

その呼び方が、前より少しだけ違って聞こえる。怖がっているわけでも、従うだけでもない。いま初めて、何かを一緒に見てしまった相手への呼び方に近かった。

「何」

「怒る?」

聞かれているのは、たぶん自分が怒るかどうかじゃない。ここから先へ行ったら、全部がどこまで壊れるかだ。見つかることより、もう戻らない感じの方を聞かれている。

「……怒るだろうな」

そうとしか言えない。

ユウがそこで、ほんの少しだけ息を吐いた。

「じゃあ、あと少しだけ」

勝手に決めるな、と言いかけて止まる。その「あと少し」を切る線が、こっちにも引けていない。止めたいくせに、どこで止めるかが曖昧だ。

「五分だ」

口から出たのは、そんな半端な言葉だった。

ユウが少しだけ目を見開く。オロホスはそれを聞いて、小さく首を傾げた。

「五分?」

「それ以上は戻れ」

自分でもひどいと思う。けれど、完全に止めることも、完全に通すこともできないなら、この半端さしかなかった。時間で区切れば、まだ自分が何かを決めた気になれる。そういう小さいごまかしだと分かっていても。

ユウは少し迷ってから、うなずいた。

「分かりました」

「たぶん」

オロホスが小さく言う。

「何だ」

「今の、前のソマン姉様っぽくない」

そこで黙る。

二人はまた箱の方へ向き直った。

こちらは扉の縁に手を置いたまま動けない。入れば壊れる。出なくても壊れる。その間に立っている感じだけが、やけに生々しかった。

五分という言葉が遅れて自分に返ってくる。五分で何が変わる。五分で何を止められる。そんなものは、ただの猶予じゃない。責任を先延ばしにするための細い線だ。それでも引いた。引いてしまった。完全に止める勇気も、完全に通す覚悟もないまま。

そこで、ようやく少しだけ分かった。

守りたいんじゃないんだ。失う順番だけは、自分で選びたくない。それだけのことかもしれない。

部屋の奥で、金属が触れ合う小さな音がする。

ユウが何かを持ち上げたのか、オロホスが机に触れたのか、それすら分からない。

「五分って、短い?」

オロホスが、振り向かないまま聞く。

「場所による」

「ここは?」

「……短いだろうな」

「じゃあ、急がないと」

その一言に、背中が冷える。

ユウは何も言わない。けれど、紙をめくる音が続く。二人とも、もう自分の五分を時間じゃなく、密度として受け取っている。短いなら、そのぶん拾う。そういう方へ動く。

先回りしたつもりで、自分から急がせている。

本当に失敗だと思う。

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