────この部屋も、随分と様変わりしたものね。
ふと、現在拠点にしている小屋の中で、椅子に座りながらティータイムを楽しんでいる少女は心の中でそう呟いた。
顔面の右半分ほどを白い包帯で覆い隠したその少女は、巻かれた包帯を差し引いても美少女と呼べる容姿をしていた。胸元と肩の部分までを露出させた艶やかな白いドレスを身に纏い、流れるような麗しい黒髪は後ろに1つ、前にお下げの形で2つに分けて纏められ、その上にお洒落な翠色の宝石を埋め込んだカチューシャを身に付けた少女。
「知識の私と同じようにここを拠点にしたのはいいものの、あまりの汚さに驚いたわ。洋館でバイオハザードが起こったのはついこの間の事だから、最近まで人の手が入っていたっておかしくないっていうのにあの有り様・・・・・・“知識”での私はよくあんな状態の小屋に住めていたわね」
────まあ、曖昧な悪夢を彷徨い続けているような感覚だったでしょうし、衛生観念とかそこらが丸ごと欠如していたのでしょうけれど。
そう結論付けて、少女はまた優雅に紅茶を啜る。
暖炉の火の淡い明かりが、少女の白い肌を妖しく照らしていた。
「至る所に蜘蛛の巣が張ってるわ、床は木の破片や廃材で散らかってるわ、埃が幾重にも被ってるわで・・・・・・散々だった」
故に、念入りに手入れ、掃除した後に洋館の方からいくつか生活用品や装飾に役立ちそうなものを拝借し、小屋の部屋にしては中々豪華でお洒落な部屋に仕上がった。
館の方から拝借してきた赤い絨毯を敷き、光源には暖炉以外にも天井にシャンデリアを吊り下げ、暖炉の前にはティータイム用の丸形テーブルと椅子を配置。
奥の方には勉強用の机と、その隣には本をびっしりと詰め込んだ本棚が設置されている。
本棚に詰め込まれた本は全て、少女が洋館の方から研究の知識に役立ちそうなものを見繕って持ってきたものだった。
最初の頃に比べ、随分と様変わりしたものだと少女は感慨深げに耽った。
「洋館に行ったら道中ゾンビだらけだの、実験室では研究三昧だの・・・・・・これくらいの贅沢はしないとやってられないもの」
紅茶のカップをソーサーの上に置き、呟く。
その時だった。
ズン、ズン、ズンと小屋とその周辺を揺らす重量感のある足音が少女の耳に入ってくる。
「・・・・・・?」
しかし、少女は慌てた風もなく外のドアの方へと目を向けた。
ギィ、と無機質にドアが開かれる音が響く。
その途端、最初に目に入ったのは、人1人の頭を容易に鷲づかみにできる程の大きさを持つ大きな手だった。
その奥には、明らかにそのまま状態ではドアの入り口を潜り抜けられない程の背丈を持つ人影が少女の目に映った。
やがてその人影は、頭を屈むようにしながらドアの入り口を潜り抜け、再びズン、ズンと重量感のある足音を響かせながら少女────リサ・トレヴァーの前に立った。
「あら、お帰りなさい────
『・・・・・・Queen・・・・・・』
「・・・・・・そう呼ばなくていいって言ってるのに、貴方も融通が利かないわね」
深淵から響かせるような、低いおぞましい声音で自らを「
瞳のない白目、全身に黒いトレンチコートを身に纏い、口回りをこれまた黒い覆面で覆い隠したその大男は、遠目では辛うじて普通の人間と認識できるだろうが、こうしてリサの視点で見てみればそんな認識は彼方へと吹き飛ぶだろう。
一目見て、この人型は化け物であると、誰もがそう理解するだろう。
にも関わらず、リサはそれを気にする様子もなく、まるで散歩から帰ってきた隣人に接するかのような態度で、優雅にまた紅茶のカップを啜りながら、大男に話しかける。
「それで・・・・・・洋館の警備は問題ないかしら?」
『・・・・・・All・・・clear・・・・・・』
「異常なし、か。重複感染させたゾンビたちはどうかしら? 襲われでもした?」
リサの問いに、男は首を僅かに横に振って回答する。
「・・・・・・そう、簡易ネメシス『Ne-δ』の寄生による、敵味方識別も問題なく機能しているようね。順調で良かったわ。
────尤も、襲いかかってきた所で、
言いながら、リサは大男に右腕に括り付けたソレを見ながら、冗談めかしく笑う。
「MINIMI軽機関銃の初期型・・・・・・貴方に使えそうなピッタリな武器がないか館中を漁ってみたけれど、意外な物が見つかってビックリしたわ。さしずめ何かあったときのための対B.O.W.用にアンブレラが用意したものだろうけど、有り難く使わせて貰う事にしたのよね。使用感は、特に問題ないかしら?」
「・・・・・・」
こくり、とまた小さく頭を振って頷く大男に、リサは満足そうに微笑みながら再び紅茶を啜る。
「やっぱり、護衛兼助手がいるだけでも効率が段違いね。
態々、幹部養成施設にまで出向いて、
「コードネーム【T-001】・・・・・・
「・・・・・・」
悪戯っぽい上目遣いで笑いながら、そう呼んでくるリサに対し、大男は何も答えないまま見つめた。
「先達者の研究資料が無いから、変異型tウイルスの研究については後回しにしようと思っていたけれど、やっぱりサンプルの数が多いと思った以上にデータが入ってくれるわね。館中にゾンビに対しての変異型tウイルスの重複感染実験・・・・・・やってる事がラクーンシティでのコネクションと同じなのが癪に障るけど・・・・・・B.O.W.研究進捗に大きく貢献してくれたって部分については今更ながら同意できる気がするわ。
結果的に、貴方という成果が生まれたのだから」
独白するように、リサは続ける。
「本来、プロトタイラントは戦闘能力こそ当初の目標値に達していたものの、体内のt-ウイルスが極度に作用しすぎてゾンビと同様に皮膚が腐り落ち、脳へのウイルスの作用も酷く、知能もゾンビ並になってしまった」
「だから、そんな貴方に「Ne-α」を寄生させた所で得られる知能なんて、高が知れてる。私の知識の中にある、本来のネメシス-t型のモノには到底及ばないモノになっていたでしょうね」
リサの知識の中にある本来のネメシス-t型は、元からある程度知能が保たれている量産型タイラント【T-103】を素体にNe-αを寄生させることで、ようやく複雑な任務遂行を可能とする知能を得ていた。
「でも、ここでこの館中のゾンビに対する変異型tウイルスの重複感染実験のデータが大いに役立った。一度通常のtウイルスに感染して前頭葉を破壊されたゾンビは、変異型tウイルスに重複感染することで知能がある程度復活する。でも────それは決して脳機能そのものが回復した訳じゃない」
一度破壊された記憶は戻らない、破壊された脳は決して再生しない。
それでも、彼らという例外から多くのデータを取ったことで、ようやく実現できた。
「変異型tウイルスによる血に宿る記憶の伝承能力。脳に宿る記憶ではなく、血に宿る記憶を参照して行動することで、知能が蘇る。それでもゾンビ程度ならその知能も高が知れてるのだけれど・・・・・・でも、貴方は例外」
誇らしげに、大男の方を指差し、リサは語り続ける。
「廃棄処分された
総括するわね、とリサは説明の締めに入る。
「知能をある程度復活させる変異型t-ウイルスの追加投与、そして私が生み出す、変異型t-ウイルスにも適応した変異Ne-αの寄生による更なる知能強化、そしてその寄生に耐えうるタイラントシリーズの強靱な生命力・・・・・・これら3つが合わさって、今の貴方がある」
簡単に言えばね、と、付け加えるリサ。
実際は、これまで変異型tウイルスの重複感染ゾンビたちの研究データを短い期間で大量に集められたことによって成せた業だ。そう簡単な話でもなかったりする。
「結果として、貴方は私の知るネメシス-t型と遜色ない知能を得て、こうして私の複雑な命令にも従ってくれるのよね」
そう締めくくったリサは、紅茶のカップを飲み干してソーサーの上に置く。
今の話を、この変異型ネメシス-t型がどう受け取ってくれるかは謎だ。
知能が回復したと言っても、生まれたてで人格と呼べるほどの情緒が育っていないのだから。
「元々、t-ウイルスの作用による腐敗で脊髄が露出していたのもあってか、寄生手術における切開の手間が省けて丁度いいなって思ったのもあるんだけどね。
でも、さすがに寄生完了直後に私の事を『女王』だなんて呼んだ時はビックリしたわ・・・・・・血による記憶伝承作用の贈り物か、すぐに言語を喋り始めたことにも驚きだったのだけれど・・・・・・何より、ゾンビ達に寄生させた敵味方識別用の『Ne-δ』たちといい、大本のNe-α寄生体を持つ私を、ちゃんと母と認識してる事にね」
「・・・・・・Yes・・・・・・Queen・・・・・・」
「分かった、分かったわよ。好きに呼びなさい。これからもよろしくね、マッド」
そう言いながら、リサは立ち上がって紅茶のカップを片付けるのだった。
オリB.O.W解説
・変異ネメシス-t型(愛称:マッド)
女王ヒルの目を盗んで、幹部養成施設から運んだプロトタイラントに、変異型t-ウイルスを追加投与し、更に露出した脊髄にリサが産んだ変異Ne-αをダイレクト寄生させることで誕生したB.O.W。女王であるリサに付き従っていることからも分かる通り、肉体の主導権はNe-α側にある。
ちなみに、変異Ne-αはウイルス制御能力が元の試作型Ne-αよりも大幅に向上しているため、それにより素体のプロトタイラントへのTウイルスの作用も精密にコントロールされており、右腕の巨大な爪もなくなり、半ばスーパー化状態だった形態も解かれているため背丈も量産型タイラント並になっている。
トレンチコートはリサが見繕ったモノ。
しかし相変わらず左頬の肉は腐り落ちて歯茎が露出したままであり、非情にグロテスクな顔面をしているので、覆面で口回りを覆い隠している。
・簡易ネメシス(コードネーム【Ne-δ】)
リサが自らが生み出す変異型Ne-αを改良して誕生した寄生B.O.W。寄生対象に対する大きな肉体負荷も外見的変化も起こさないため、Ne-αとは異なり寄生対象を選ばず寄生させる事が可能。その代わり大きな知能向上や能力向上もなし。
しかし、大本のNe-αを宿すリサを「女王」と認識し、同じネメシス寄生体を宿すマッドの事も味方と見做しており。リサが生み出すNe寄生体たちや、それに寄生されたB.O.Wに襲いかかることがなくなる。
味方と見做す個体の条件こそ限られるが、知能が低いB.O.Wに寄生させることで、敵味方識別能力を獲得させる。