第3のジム、『ミラー・レイク』。
巨大な湖の上に作られた、ガラス張りのステージ。
ジムリーダーは、元トップモデルであり、氷と水の使い手、『ナルシス』。
美しい男だった。だが、その目は氷山のように冷たい。
「君の噂は聞いているよ。レン君」
ナルシスは手元のグラスを揺らしながら言った。
「死に急ぐ少年。ジムを荒らしているそうだね」
情報が回っている。
僕は冷や汗をかきながら、一番手のウツセミ(ヌケニン)を繰り出した。
相手が水タイプなら、ヌケニンで完封できる可能性がある。
「……愚かだね」
ナルシスはため息をつき、指を鳴らした。
「スターミー、舞台の準備を」
現れたのは宝石のようなコアを持つスターミー。
ナルシスの指示は攻撃技ではなかった。
「『あられ』」
上空に氷の雲が発生し、鋭い氷の粒が降り注ぐ。
天候ダメージ。
『ふしぎなまもり』は、技のダメージは防げるが、天候によるスリップダメージは防げない。
シュゥゥ……。
氷の粒が一つ、ウツセミの体に触れた瞬間。
彼のHP1は、儚く散った。
何もできずに、ウツセミがボールに戻る。
ナルシスは冷たく言い放つ。
「ヌケニン対策など、初歩の初歩。君はポケモンを道具として見ているようだが、その使い方が雑すぎる」
正論だ。あまりに痛い。
僕は唇を噛み切り、血の味を感じながら次のボールを握った。
小細工は通じない。真正面からの殴り合い? いや、スターミーのスピードと火力に勝てるか?
ハヤテ(テッカニン)のスピードでも、氷技を受ければ致命傷だ。
「……見せてやるよ。雑草の強さを!」
僕はシリウス(キルリア)と、新入りのキャンバス(ドーブル)を同時に繰り出した。
「ダブルバトルか。……スターミー、『ハイドロポンプ』。ラプラス、『フリーズドライ』」
高火力の濁流と、水を凍らせる冷気が迫る。
まともに受ければ全滅だ。
「キャンバス、『スケッチ』した技を使え!」
キャンバスが前に出る。
彼が昨日、野宿の最中にシリウスの練習を見て『スケッチ』した技。
それは、攻撃技でも防御技でもない。
――『トリックルーム』。
空間が歪む。
時間の流れが逆転する。
「素早いポケモンほど、動きが遅くなる」異空間。
超高速のスターミーとラプラスが、まるで泥沼にハマったように動きを止める。
逆に、足の遅いキャンバスと、病気で反応の遅れている僕の思考が、誰よりも速くなる。
「なっ……! 氷のステージで空間歪曲だと!?」
ナルシスの美しい顔が歪む。
「今だ! シリウス、キャンバス! 『手助け』からの『マジカルリーフ』!」
キャンバスがシリウスの背中を押し、パワーを増幅させる。
シリウスが舞う。
必中の魔法の葉が、身動きの取れないスターミーのコアを直撃した。
パリーン!
ガラスが割れるような音と共に、スターミーが吹き飛ぶ。
「まだだ! ラプラス、耐えろ!」
ラプラスが高い耐久力で耐える。
『トリックルーム』の効果時間は短い。切れたら終わりだ。
「キャンバス、もう一つ……とっておきを見せてやれ!」
キャンバスがニヤリと笑い、尻尾を振るった。
彼が街中で見た、工事現場のカイリキーからスケッチした技。
『ばくれつパンチ』
ドーブルの細い腕から繰り出されるとは思えない、渾身の拳。
ラプラスの横っ面を捉え、混乱状態に叩き込む。
ジムリーダーは対策している。
だからこそ、その対策の「さらに裏」をかく。
有名ではない、セオリー無視の、野良犬のような戦い方。
それが僕の――死に損ないの戦術だ。
氷の粒が止む頃。
フィールドには、息を切らしたシリウスとキャンバスだけが立っていた。
「……美しくはない。だが」
ナルシスは倒れたラプラスを戻し、濡れた髪をかき上げた。
「その泥臭い執念、嫌いではないよ」
投げ渡されたのは、水滴の形をした『レイクバッジ』。
3つ目。
だが、冷気で冷やされた僕の身体は、限界を超えて震えていた。
リミッターの音が聞こえない。寒さで機能停止しているのか、それとも僕の心臓が止まりかけているのか。
僕は意識を手放さないように、必死でバッジを握りしめた。