ポケットモンスター 君がいた記録   作:人間国宝

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第12話

 

 

 

『ミラー・レイク』を越え、次の街へ向かうには、標高3000メートル級の雪山『白銀の背骨』を越えなければならない。

 アイオン地方の北側、冬の領域だ。

 

 猛吹雪だった。

 視界は白一色。自分の足元さえ見えない。

 気温はマイナス20度。装備は整えたはずだが、僕の身体機能はとっくに崩壊している。

 

「……ハヤテ、戻れ。……凍っちゃう」

 

 僕は先導していたハヤテ(テッカニン)をボールに戻した。

 彼は虫・飛行タイプだ。氷点下では羽が凍りつき、墜落死する危険がある。

 

 代わりに、ウィック(ヒトモシ)を抱きかかえる。

 彼の炎だけが頼りだ。

 

『ポゥ……』

 

 ウィックの炎が小さい。酸素が薄いせいだ。

 そして僕の意識も薄い。

 

 リミッターの警告音が聞こえない。寒さでバッテリーが落ちたか、それとも僕の心臓が警告するほどの力を失ったか。

 

 足の感覚がない。雪を踏んでいるのか、空を歩いているのかわからない。

 

(ここで眠れば、楽になれるな)

 

 甘い誘惑。

 その時、白い闇の向こうから、青い光が近づいてきた。

 救助隊か? 

 

 違う。

 

 野生のフリージオの群れだ。

 氷の結晶の身体を持つ彼らは、獲物を氷漬けにして保存食にする。

 5体、いや10体。

 

 鎖で獲物を縛るように、僕を取り囲む。

 『れいとうビーム』の照準が、動けない僕に向けられる。

 

「……シリウス……」

 

 ボールに手を伸ばすが、指が動かない。凍りついている。

 間に合わない。

 

 ヒュンッ!

 

 光線が放たれる直前、僕の懐から勝手にボールが弾け飛んだ。

 現れたのは、黄金の残像。

 

 ハヤテだ。

 戻れと言ったのに、勝手に出てきた。

 

 ブォンッ!

 

 ハヤテはその驚異的なスピード(特性:かそく)で、僕の周りを旋回した。

 

 摩擦熱が発生するほどの超高速移動。

 氷のビームが、ハヤテの残像を貫くが、本体には当たらない。

 彼は「避ける」ことで僕を守り、同時に「壁」になっている。

 

 しかし、ここは極寒の地だ。

 数秒飛ぶだけで、ハヤテの薄い羽に霜が降りる。

 動きが鈍れば、撃ち落とされる。

 死ぬ気か。僕のために、たった数日の付き合いの僕のために。

 

「……やめろ、ハヤテ!」

 

 僕の絶叫に、ハヤテは止まらない。

 彼は知っているのだ。ヌケニンという「抜け殻」と別れ、本体として生きることを選んだ自分の命の意味を。

 

 刹那に輝くことこそが、テッカニンの生だと。

 ハヤテが急降下し、フリージオの群れに突っ込む。

 

 『いのちがけ』。

 

 自分のHPを削り、相手に同等のダメージを与える決死の技。

 

 ドォォォォン!!

 

 雪崩のような爆発。フリージオたちが吹き飛ぶ。

 同時に、ハヤテも雪の中に墜落した。

 黄金の羽が折れ、雪に埋もれていく。

 

「ハヤテ!!」

 

 僕は雪を掻きむしり、這いずって彼を抱き上げた。

 冷たい。動かない。

 僕の体温じゃ、彼を温められない。

 

(熱が……熱が欲しい……!)

 

 僕が祈ったその時、腕の中でくすぶっていたウィック(ヒトモシ)が、僕の「絶望」と「渇望」を吸い上げた。

 カッ、と紫色だった炎が、白熱した青色に変わる。

 

 

 

 

 雪洞(かまくら)の中で目を覚ました。

 暖かい。

 焚き火をしているわけではないのに、ストーブの前にいるようだ。

 

「……生きてる?」

 

 身を起こすと、目の前に「それ」はいた。

 黒い帽子のような頭部。ガラスのホヤのような胴体。そして、そこから伸びる二本の長い腕。

 

 ランプラー。

 ヒトモシが進化した姿だ。

 ウィックは進化したのだ。

 図鑑にはこうある。『臨終の時を迎えた人の元に現れ、魂が肉体を離れると吸い取る』。

 

 不吉の象徴。

 だが、今のウィックは、その長い腕で僕と、傷ついたハヤテを抱きかかえ、自身の炎で温め続けてくれていた。

 

『……ポゥ』

 

 ウィックが僕を見る。

 その目は以前のような無邪気な食欲だけではない。もっと深く、暗い執着の色があった。

 

 歪んだ独占欲。

 けれど、今の僕にはそれが、どんな優しさよりも頼もしかった。

 

「……ありがとう、ウィック。かっこいい腕だな」

 

 僕が触れると、ウィックは嬉しそうに腕を絡めてきた。

 進化して腕が生えたことで、彼は物理的に僕を支えられるようになった。

 僕が歩けなくなっても、その腕で引きずってでも連れて行くつもりなのだろう。

 

 ハヤテも意識を取り戻していた。

 羽はボロボロだが、『きずぐすり』を使えば飛べるようになるだろう。

 シリウス(キルリア)が、心配そうにハヤテの頭を撫でている。

 

 雪は止んでいた。

 外に出ると、雲の切れ間から、山頂にある街の灯りが見えた。

 

 第4のジムがある街、『ライメイ・シティ』。

 常に雷雲に覆われた、発電所の街。

 僕はウィックの腕に掴まり、立ち上がる。

 

 懐中時計のバッジは3つ。

 折り返し地点。

 僕の身体はもう、ウィックの支えなしでは真っ直ぐ歩けなくなっていた。

 

 

『ライメイ・シティ』のジムは、街一番の高層ビル、電波塔の頂上にあった。

 

 エレベーターで昇った先、屋上のバトルフィールドは、強風と轟音が支配する場所だった。

 頭上には黒雲。バチバチと静電気が肌を刺す。

 

「ようこそ、空に近い場所へ」

 

 ジムリーダーの『ヴォルト』は、パンクロッカーのような男だった。

 エレキギターを背負い、風に逆立てた金髪が稲妻のようだ。

 タイプは電気。そして、この場所ならではの「飛行」の複合。

 

「俺のビートについてこれるか? リズムを外せば、即黒焦げだぜ!」

 

 ヴォルトがギターをかき鳴らすと、アンプ代わりのスピーカーポケモン、ストリンダーが咆哮した。

 

「行くぞ、ハヤテ!」

 

 僕は先発にテッカニン(ハヤテ)を選んだ。

 電気タイプ相手に飛行タイプは不利だ。だが、ハヤテは「速さ」で雪山を越えた。ここで引くわけにはいかない。

 

「ハヤテ、『つるぎのまい』!」

 

 ハヤテが回転し、攻撃力を高める。

 ヴォルトが笑う。「遅い! ストリンダー、『オーバードライブ』!」

 

 爆音の衝撃波。

 

 これは「音」の技だ。回避率に関係なく、広範囲を制圧する。

 ハヤテが空中でバランスを崩す。

 

「そこだ! エモンガ、追撃!」

 

 ダブルバトル形式。もう一匹のエモンガが、上空から『エアスラッシュ』を放つ。

 絶体絶命。

 

「……見切れるはずだ。死線を越えたお前なら!」

 

 僕の叫び。

 ハヤテの複眼が光る。

 音の波、風の刃。その隙間にある、針の穴のような安全地帯。

 ハヤテは『まもる』を使わなかった。

 

 ただ、加速した。

 音速を超え、衝撃波を置き去りにし、エモンガの背後を取る。

 

「なにっ!?」

「『バトンタッチ』!」

 

 攻撃するのではない。

 ハヤテは自らの加速したスピードと、剣の舞で上げた攻撃力を、そのまま後続に託してボールに戻った。

 現れたのは、白い騎士。

 シリウス(キルリア)だ。

 

 ハヤテの残した「超高速」を受け継いだシリウスは、テレポートのように瞬時にストリンダーの目の前に現れた。

 今はまだキルリア。

 しかし、ハヤテから受け継いだ攻撃上昇が、彼の拳に宿る。

 

「シリウス、物理で殴れ! 『ドレインパンチ』!」

 

 キルリアの細い腕が、剛速でストリンダーの腹に突き刺さる。

 

 ドゴォッ!

 

 強烈な一撃。さらに与えたダメージに応じて体力を回復する。

 ストリンダーが吹っ飛び、エモンガが慌てて援護しようとするが――

 

「逃がさないよ。ウィック、出番だ!」

 

 僕はキャンバス(ドーブル)ではなく、進化したウィック(ランプラー)を投入した。

 

 ウィックは空中を浮遊し、エモンガを長い腕で捕縛しようとする。

 

「『10まんボルト』!」

 

 ヴォルトが叫ぶ。

 エモンガが放電する。

 だが、ウィックはニヤリと笑った。

 

 進化した彼は、タイプが変わっているわけではない。だが、その「魂の器」は大きくなっている。

 雷撃を正面から受け止め、そのエネルギーごと美味そうに飲み込んだ。

 

『ポゥ……ゲフッ』

 

 余裕のげっぷ。特防お化けの本領発揮だ。

 

 ウィックは腕を伸ばし、エモンガに『のろい』を貼り付けた。

 自分のHPを半分削り、相手に毎ターン絶大なダメージを与える呪術。

 シリウスの高速格闘技と、ウィックの呪い。

 「速さ」と「執念」のコンビネーションが、雷鳴のスタジアムを制圧していく。

 

 最後は、ヴォルトの切り札、ライボルトが放った『かみなり』を、シリウスがハヤテ譲りのスピードで躱し、カウンターの『サイコカッター』で切り裂いた。

 

 雨が上がった。

 雲の切れ間から、夕日が差し込む。

 

「……シビれたぜ。命知らずのビートだ」

 

 ヴォルトは髪をかき上げ、稲妻の形をした『ボルトバッジ』を投げ渡した。

 

 4つ目。

 これで半分だ。

 僕は手すりに寄りかかり、眼下に広がる雲海を見下ろした。

 

 心臓が痛い。

 バトルの興奮が引くと同時に、鉛のような疲労が襲ってくる。

 ウィックがスッと近づき、僕の身体を支えてくれた。

 シリウスも、ハヤテのボールを心配そうに覗き込んでいる。

 

「……半分か」

 

 あと4つ。

 そして、チャンピオンロード。

 僕の時間は、あとどれくらい残っているんだろう。

 夕日に照らされた僕の手は、血の気が引いて、白蝋のように透き通って見えた。

 

 

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