第二の回廊、鏡の部屋。
四天王『ナル』のエスパーポケモンたちが作り出す幻影は、僕の心を直接削りに来た。
「君の望みを見せてあげよう」
ナルの言葉と共に、鏡に映る景色が歪む。
そこに映っていたのは、点滴もリミッターもない、健康な身体で笑う僕の姿。
隣には、イサナがいて、両親が生きていて、普通の学校に通っている「あり得たかもしれない未来」。
甘美な夢。
そこへ逃げ込めば、痛みはない。
「フーディン、『さいみんじゅつ』」
「エーフィ、『ゆめくい』」
現実の身体が重くなる。瞼が強制的に閉じられそうになる。
シリウス(エルレイド)が必死に僕を揺さぶるが、彼自身も、無数の鏡に映る自分自身の虚像に惑わされ、攻撃対象を見失っていた。
どこを斬っても鏡。本体はどこだ?
「……悪趣味だな」
僕は舌を噛んで意識を保った。
「そんな未来、僕じゃない。……今の僕を作ったのは、この痛みと、こいつらとの旅だ!」
僕は叫んだ。
「シリウス、目を閉じろ! 目で見るな、心で感じろ!」
「キャンバス、『ダークホール』だ!」
キャンバスが尻尾を振り回す。
かつて、どこかの幻のポケモンが使ったという伝説の技のスケッチ。
漆黒の闇が広がり、鏡の反射を塗り潰していく。
光がなければ、鏡はただの板だ。
幻影が消える。
「闇の中なら、こっちのものだ! シリウス、『つじぎり』!」
シリウスの刃が黒く輝く。
視覚を封じられた空間で、彼の研ぎ澄まされた精神感応だけが、敵の殺気を捉える。
ザシュッ!
フーディンが悲鳴を上げる。
エーフィが吹き飛ぶ。
ナルが目隠しを外した。その素顔は、汗で濡れていた。
「……君の心は、闇よりも深いのか」
鏡が砕け散る。
僕たちは破片の上を踏みしめて、次へ進む。
だが、今の精神攻撃で、僕の脳血管は限界寸前まで収縮していた。
第三の回廊。
そこは、天井から無数の棘付き鉄球が吊るされた、拷問部屋のような空間だった。
床は鋼鉄。壁も鋼鉄。
四天王『アイアン』。元軍人の、鋼使い。
彼は巨大な盾を構え、無言で立ち塞がった。
「……前進ヲ、阻ム」
繰り出されたのは、エアームド、ハガネール、そしてボスゴドラ。
物理耐久の塊。
さらに、フィールドには『まきびし』と『ステルスロック』が撒かれる。
交代するたびにダメージを受ける、消耗戦の構え。
「ハヤテ、頼む!」
ハヤテが出るが、ステルスロックの尖った岩が羽を傷つける。
鋼タイプに有効打がないハヤテは、攪乱に徹するしかない。
だが、アイアンの戦術は鉄壁だった。
「ボスゴドラ、『ヘビーボンバー』」
体重差がそのまま威力になる技。
ハヤテのような軽量級が受ければ、即死どころか粉砕される。
「戻れハヤテ! ……シリウス!」
シリウスが出る。格闘技は鋼に抜群だ。
だが、連戦の疲労で彼の膝が笑っている。
インファイトを撃てば、防御が下がり、反撃で沈む。
ジリ貧だ。
僕の意識が遠のく。
リミッター代わりのウィック(ランプラー)の炎も、僕の生命力の枯渇に合わせて小さくなっている。
その時、ボスゴドラの拳が、僕の足元の床を砕いた。
衝撃で体勢が崩れる。
追撃のアイアンヘッドが、無防備なシリウスに迫る。
「ウツセミ!」
とっさにボールを投げた。
ウツセミが現れ、ボスゴドラの攻撃を受け流す――はずだった。
しかし、アイアンは冷徹だった。
「予測済ミ。『すなあらし』」
ハガネールが地面を揺らし、砂嵐を起こす。
ウツセミの『ふしぎなまもり』は、天候ダメージを防げない。
シュゥゥ……。
ウツセミは何もできずに、砂に削られてボールに戻る。
盾を失った。
「終わりダ」
ボスゴドラの拳が振り下ろされる。
シリウスが、僕を庇って前に出る。
ダメだ、受けきれない!
ガギィィィン!!
金属音が響く。
シリウスは倒れていなかった。
彼の肘の刃が、砕けていた。
自分の刃を犠牲にして、ボスゴドラの拳を受け止めたのだ。
『……レン、指示を。僕の刃は、まだ折れてない』
シリウスの眼光。
右腕の刃は砕けた。だが、左腕がある。そして、心がある。
僕は泣きながら叫んだ。
「行けぇぇぇッ! 『きあいだま』!!」
物理攻撃の刃がダメなら、特殊攻撃の気弾だ。
シリウスが残った左手で、魂を凝縮した気弾をゼロ距離で放つ。
鋼鉄の鎧がひしゃげる。
ボスゴドラが轟音と共に倒れた。
アイアンが初めて表情を崩し、敬礼をして道を開けた。
僕たちは勝った。
けれど、シリウスの右腕はだらりと垂れ下がり、もう動かなかった。