ポケットモンスター 君がいた記録   作:人間国宝

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第16話

 

 第二の回廊、鏡の部屋。

 四天王『ナル』のエスパーポケモンたちが作り出す幻影は、僕の心を直接削りに来た。

 

「君の望みを見せてあげよう」

 

 ナルの言葉と共に、鏡に映る景色が歪む。

 そこに映っていたのは、点滴もリミッターもない、健康な身体で笑う僕の姿。

 隣には、イサナがいて、両親が生きていて、普通の学校に通っている「あり得たかもしれない未来」。

 甘美な夢。

 そこへ逃げ込めば、痛みはない。

 

「フーディン、『さいみんじゅつ』」

「エーフィ、『ゆめくい』」

 

 現実の身体が重くなる。瞼が強制的に閉じられそうになる。

 シリウス(エルレイド)が必死に僕を揺さぶるが、彼自身も、無数の鏡に映る自分自身の虚像に惑わされ、攻撃対象を見失っていた。

 どこを斬っても鏡。本体はどこだ?

 

「……悪趣味だな」

 

 僕は舌を噛んで意識を保った。

 

「そんな未来、僕じゃない。……今の僕を作ったのは、この痛みと、こいつらとの旅だ!」 

 

 僕は叫んだ。

 

「シリウス、目を閉じろ! 目で見るな、心で感じろ!」

「キャンバス、『ダークホール』だ!」

 

 キャンバスが尻尾を振り回す。

 かつて、どこかの幻のポケモンが使ったという伝説の技のスケッチ。

 

 漆黒の闇が広がり、鏡の反射を塗り潰していく。

 光がなければ、鏡はただの板だ。

 幻影が消える。

 

「闇の中なら、こっちのものだ! シリウス、『つじぎり』!」

 

 シリウスの刃が黒く輝く。

 視覚を封じられた空間で、彼の研ぎ澄まされた精神感応だけが、敵の殺気を捉える。

 

 ザシュッ! 

 

 フーディンが悲鳴を上げる。

 エーフィが吹き飛ぶ。

 

 ナルが目隠しを外した。その素顔は、汗で濡れていた。

 

 「……君の心は、闇よりも深いのか」

 

 鏡が砕け散る。

 僕たちは破片の上を踏みしめて、次へ進む。

 だが、今の精神攻撃で、僕の脳血管は限界寸前まで収縮していた。

 

 

 

 

 第三の回廊。

 そこは、天井から無数の棘付き鉄球が吊るされた、拷問部屋のような空間だった。

 

 床は鋼鉄。壁も鋼鉄。

 四天王『アイアン』。元軍人の、鋼使い。

 彼は巨大な盾を構え、無言で立ち塞がった。

 

「……前進ヲ、阻ム」

 

 繰り出されたのは、エアームド、ハガネール、そしてボスゴドラ。

 物理耐久の塊。

 さらに、フィールドには『まきびし』と『ステルスロック』が撒かれる。

 交代するたびにダメージを受ける、消耗戦の構え。

 

「ハヤテ、頼む!」

 

 ハヤテが出るが、ステルスロックの尖った岩が羽を傷つける。

 鋼タイプに有効打がないハヤテは、攪乱に徹するしかない。

 だが、アイアンの戦術は鉄壁だった。

 

「ボスゴドラ、『ヘビーボンバー』」

 

 体重差がそのまま威力になる技。

 ハヤテのような軽量級が受ければ、即死どころか粉砕される。

 

「戻れハヤテ! ……シリウス!」

 

 シリウスが出る。格闘技は鋼に抜群だ。

 だが、連戦の疲労で彼の膝が笑っている。

 インファイトを撃てば、防御が下がり、反撃で沈む。

 ジリ貧だ。

 

 僕の意識が遠のく。

 リミッター代わりのウィック(ランプラー)の炎も、僕の生命力の枯渇に合わせて小さくなっている。

 その時、ボスゴドラの拳が、僕の足元の床を砕いた。

 

 衝撃で体勢が崩れる。

 追撃のアイアンヘッドが、無防備なシリウスに迫る。

 

「ウツセミ!」

 

 とっさにボールを投げた。

 ウツセミが現れ、ボスゴドラの攻撃を受け流す――はずだった。

 しかし、アイアンは冷徹だった。

 

「予測済ミ。『すなあらし』」

 ハガネールが地面を揺らし、砂嵐を起こす。

 ウツセミの『ふしぎなまもり』は、天候ダメージを防げない。

 

 シュゥゥ……。

 ウツセミは何もできずに、砂に削られてボールに戻る。

 盾を失った。

 

「終わりダ」

 

 ボスゴドラの拳が振り下ろされる。

 シリウスが、僕を庇って前に出る。

 

 ダメだ、受けきれない!

 

 ガギィィィン!!

 

 金属音が響く。

 シリウスは倒れていなかった。

 彼の肘の刃が、砕けていた。

 自分の刃を犠牲にして、ボスゴドラの拳を受け止めたのだ。

 

 『……レン、指示を。僕の刃は、まだ折れてない』

 

 シリウスの眼光。

 右腕の刃は砕けた。だが、左腕がある。そして、心がある。

 僕は泣きながら叫んだ。

 

「行けぇぇぇッ! 『きあいだま』!!」

 

 物理攻撃の刃がダメなら、特殊攻撃の気弾だ。

 シリウスが残った左手で、魂を凝縮した気弾をゼロ距離で放つ。

 鋼鉄の鎧がひしゃげる。

 ボスゴドラが轟音と共に倒れた。

 

 アイアンが初めて表情を崩し、敬礼をして道を開けた。

 僕たちは勝った。

 けれど、シリウスの右腕はだらりと垂れ下がり、もう動かなかった。

 

 

 

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