ポケットモンスター 君がいた記録   作:人間国宝

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第18話

 

 

 

 外に出た。

 そこは、雲の上。星空だけが広がる、世界の頂点。

 

 『頂の祭壇』。

 

 祭壇の中央に、一人の人物が立っていた。

 長い髪を風になびかせ、足元に巨大な時計の意匠が刻まれたフィールドに立つ女性。

 チャンピオン、『アイオン』。

 この地方の名前を冠する、最強のトレーナー。

 

「……よく来ましたね。時の旅人よ」

 

 彼女の声は、優しく、どこか懐かしかった。

 彼女の周りには、時を司るようなポケモンたちが控えている。

 

 未来を予知するサーナイト。過去を象徴するプテラ。時間を超えるセレビィ(これは幻影か?)。

 僕は――ウィックとの融合が解け、その場に崩れ落ちそうになった。

 

 それを、片腕のシリウスが支える。

 ハヤテが肩に止まる。

 キャンバスが足元を守る。

 ウツセミのボールが、静かに揺れる。

 

 僕の身体は冷たい。心臓は、もう数分もすれば止まるだろう。

 イサナの薬も切れた。ウィックのエネルギーも使い果たした。

 残っているのは、魂の燃えカスだけ。

 

「殿堂入り、おめでとう。……と言いたいところですが」

 

 アイオンは静かにボールを構えた。

 

「ここは、生きた証を刻む場所。死にゆく者が、最後に何を残せるのか。……私に見せてください」

 

 最後のバトル。

 勝っても負けても、これが最後だ。

 僕は懐中時計を握りしめた。

 8つの歯車が、最後の力を振り絞って回っている。

 

「……ああ。見せてやる」

 

 僕は震える指で、ボールを投げた。

 

 恐怖はない。

 ただ、この一瞬が、永遠に続くことだけを願って。

 

「みんな……ラストダンスだ!」

 

 0時00分。

 運命の針が重なる。

 僕の人生、最後の戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『頂の祭壇』の空気は、真空のように澄んでいた。

 音がない。風もない。

 ただ、頭上の星空だけが、冷徹に僕たちを見下ろしている。

 

「……行きますよ」

 

 チャンピオン・アイオンが、細い指先で最初のボールを弾いた。

 放たれたのは、太古の翼。

 アーケオス。

 化石から蘇った、過去を象徴するポケモン。

 

「ハヤテ(テッカニン)、頼む……!」

 

 僕の声は、もう囁き声に近かった。

 それでも、ハヤテは反応した。

 ボロボロの羽を震わせ、音速で飛び出す。

 

 アーケオスは『いわなだれ』の構え。巨岩が無数に降り注ぐ。

 ハヤテは避けない。いや、避けられない。羽の凍結が進み、旋回性能が落ちている。

 

 ならば、一点突破。

 ハヤテは岩の隙間を縫うように直線的に加速し、アーケオスの懐へ飛び込んだ。

 

 ザシュッ!

 

 『シザークロス』。

 アーケオスの翼の付け根を切り裂く。

 アーケオスが悲鳴を上げ、特性『よわき』が発動する。体力が半分を切ると戦意を喪失する特性。

 

 過去の亡霊は、生への執着を持つハヤテの気迫に押され、戦場から逃げ出すようにボールへ戻った。

 まず一勝。

 だが、ハヤテも限界だった。着地と同時に雪の上に転がり、動かなくなった。

 瀕死ではない。だが、もう飛べない。

 僕は無言でハヤテを戻す。

 ボール越しに伝わる体温が、急速に冷たくなっていくのが怖かった。

 

「素晴らしい速さです。……では、こちらは『未来』を」

 

 アイオンの二手目。

 空間が歪み、幾何学的な模様を持つポケモンが現れた。

 シンボラー。

 古代都市の守り神とも言われるが、その能力は異質だ。

 

「シンボラー、『みらいよち』」

 

 シンボラーが怪しく光る。

 何も起きない。

 いや、違う。攻撃は「未来」にセットされた。

 数ターン後、忘れた頃に致命的なダメージが降り注ぐ、回避不能の時限爆弾。

 

「……未来なんて、待ってられるか!」

 

 僕はキャンバス(ドーブル)を繰り出した。

 キャンバスはフィールドに出ると、すぐに尻尾の絵筆を構えた。

 彼が狙うのは、シンボラーではない。

 自分自身だ。

 

 キャンバスは自分のお腹に、何かを描いた。

 それは、太鼓の絵。

 『はらだいこ』。

 自分のHPを半分削り、攻撃力を最大まで引き上げる、捨て身の技。

 キャンバスの体力が削れる。ふらつく足元。

 だが、その瞳には炎が宿っていた。

 

「一撃で決めるぞ! 『神速(しんそく)』!」

 

 キャンバスが、かつてライメイ・シティで見たウインディからスケッチした神速を放つ。

 

 目にも止まらぬ体当たり。

 シンボラーがリフレクターを張ろうとするより速く、キャンバスの頭突きが直撃した。

 

 ドォォォン!

 

 シンボラーが吹き飛ぶ。

 だがその直後、キャンバスの頭上に亀裂が走り、光の塊が落ちてきた。

 『みらいよち』の着弾。

 キャンバスは避けない。自分が倒れても、後ろには仲間がいると信じているからだ。

 

 爆光。キャンバスが倒れる。

 

 総力戦。

 アイオンは、ドータクン、ミロカロスと、耐久力の高いポケモンを次々と繰り出してきた。

 こちらは、ウツセミ(ヌケニン)の一瞬の無敵時間や、片腕のシリウス(エルレイド)のカウンターで応戦する。

 一進一退。

 だが、決定的に違うものがあった。

 アイオンは涼しい顔をしているが、僕は――

 

 ドクン。

 

 心臓が、大きく跳ねた後、沈黙した。

 視界がセピア色に染まり、音が遠くなる。

 立っていられない。

 膝から崩れ落ちる。

 

 

 

 僕を支えたのは、背後に浮いていたウィック(シャンデラ)だった。

 

 彼は戦いには参加していない。

 僕の生命維持装置(バッテリー)として、常に僕の背中に張り付き、青い炎を送り続けていたからだ。

 だが、その炎も今は弱々しい。

 僕という燃料が尽きかけ、ウィック自身の命も削れている。

 

「……立てませんね」

 

 アイオンが静かに言った。

 

「それが人間の限界です。時は残酷に、あなたの寿命を奪っていく」

 

 彼女の場に残っているのは、あと一匹。

 僕の場に残っているのも、あと一匹。

 シリウスだ。

 彼は片腕が折れたまま、肩で息をしている。

 

 ウツセミはもう動けない。ハヤテも、キャンバスも戦闘不能。

 ウィックは僕を生かすだけで精一杯。

 

「終わりましょう。私の最高のパートナーで」

 

 アイオンが最後のボールを投げた。

 現れたのは、純白のドレスを纏ったような、優雅なポケモン。

 サーナイト。

 だが、ただのサーナイトではない。

 その首元には、『サーナイトナイト(メガストーン)』が輝いている。

 

「メガシンカ」

 

 まばゆい光と共に、ドレスが膨らみ、漆黒の胸元があらわになる。

 メガサーナイト。

 特性『フェアリースキン』。

 最強の特殊アタッカー。

 

 対するシリウスは、片腕のエルレイド。

 サーナイトとエルレイド。

 かつて同じラルトスだった、分岐進化の対極。

 「守るための魔法」を極めた女王と、「切り拓くための刃」を選んだ騎士。

 

(……シリウス)

 

 声が出ない。

 だから、心で呼んだ。

 シリウスが振り返る。

 彼は笑っていた。

 

 

 シリウスが前に出る。

 メガサーナイトが、哀れむように彼を見下ろした。

 

「『ハイパーボイス』」

 

 アイオンの指示。

 メガサーナイトが口を開く。

 特性によりフェアリータイプとなった爆音が、破壊の波動となってシリウスを襲う。

 

 シリウスは格闘タイプが入っている。フェアリー技は効果抜群。

 直撃すれば、塵も残らない。

 避けられない。

 防げない。

 終わった。

 

 その時。

 僕の背中で、ウィックが動いた。

 彼は僕の背中から離れ――つまり、僕の生命維持を放棄して――シリウスの前に飛び出した。

 

「……ウィック!?」

 

 ウィックは、そのガラスの身体で、メガサーナイトのハイパーボイスを正面から受け止めた。

 ピキ、ピキキキッ……!

 ガラスにヒビが入る。

 ゴーストタイプのシャンデラでも、この威力は耐えきれない。

 

 だが、ウィックはニヤリと笑った。

 砕け散る寸前、彼は『おきみやげ』を使ったのではない。

 『トリックルーム』を使ったのでもない。

 彼は、自らの炎を爆発させ、その熱風でシリウスの背中を強烈に押したのだ。

 「行け」と。

 そして、ウィックの身体は砕け散り、光の粒子となって消えた。

 僕の心臓が止まる。

 

 寒い。暗い。

 でも、目は逸らせない。

 ウィックの最期の爆風で加速したシリウスが、音の壁を突破してメガサーナイトの懐に飛び込んだ。

 残された左腕。

 そこに、ウィックの青い残り火が宿っている。

 炎のパンチ? 違う。

 これは、僕たちの命の色だ。

 

「……貫けぇぇぇぇッ!!」

 

 僕の、最後の叫び。

 シリウスの左腕が、メガサーナイトの胸元に突き刺さった。

 

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