ポケットモンスター 君がいた記録   作:人間国宝

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第19話

 

 その一撃は、物理法則を超えていた。

 

 シリウス(エルレイド)の左拳が、メガサーナイトの胸板を貫く寸前。

 拳に纏わりついた青い炎――ウィック(シャンデラ)が遺した命の残り火――が、シリウスの精神エネルギーと混ざり合い、眩い白光へと昇華した。

 

 それは技名のない、ただの「一撃」だった。

 けれど、そこには僕たちの旅の全てが詰まっていた。

 雪山の寒さ、砂漠の渇き、毒の痛み、そして死への恐怖と、生への渇望。

 

 ドォォォォォン……!

 

 音さえも置き去りにした衝撃が、祭壇の空気を震わせた。

 メガサーナイトの漆黒のドレスが光の粒子となって砕け散る。

 鉄壁の特殊防御を誇る女王が、物理の一点突破に耐えきれず、ゆっくりと、スローモーションのように後ろへ倒れていく。

 

 メガシンカが解ける。

 美しいサーナイトの姿に戻り、雪の上に静かに伏した。

 

 勝負あり。

 

 風が止まる。

 シリウスは拳を突き出したまま、残心を解かない。

 いや、動けないのだ。

 全てを出し尽くし、彫像のように固まっている。

 

 チャンピオン・アイオンが、ほう、と白く美しい息を吐いた。

 彼女は倒れたサーナイトを優しくボールに戻すと、静かに拍手をした。

 

「……見事です。私の『永遠』が、あなたの『一瞬』に追い抜かれました」

 

 彼女の言葉は、遠くから聞こえるようだった。

 僕の視界は、もう針の穴ほどしか残っていない。

 暗いトンネルの向こうで、アイオンが微笑んでいるのが辛うじて見える。

 

「おめでとう。あなたが、新しいチャンピオンです」

 

 その言葉を聞いた瞬間。

 僕の膝から、完全に力が抜けた。

 地面に倒れ込む――はずだった身体を、誰かが抱き止めた。

 

『……』

 

 シリウスだ。

 右腕は折れ、左拳は砕け散っている。それでも彼は、ボロボロの身体で僕を支えていた。

 

 彼の目を見る。

 赤い瞳が、静かに潤んでいる。

 

 

 言葉ではない、安堵と誇りの波動が伝わってくる。

 

「……ああ。行こう、シリウス」

 

 僕はシリウスに体重の全てを預け、引きずられるようにして歩き出した。

 

 目指すのは、祭壇の奥にある、巨大な石碑のようなマシン。

 殿堂入り記録装置。

 数メートルの距離が、数キロにも感じられた。

 心臓はもう動いていない気がする。

 惰性だけで血液が流れている。指先の感覚はない。

 

 マシンの前に立つ。

 冷たい金属のパネルに手を置いた。

 

『生体認証完了。新チャンピオン・レン。……パートナーを登録してください』

 

 無機質な音声が、夜空に響く。

 僕は震える手で、腰のボールを一つずつ、所定の窪みに嵌め込んでいった。

 

 一つ目。

 テッカニン、ハヤテ。

 雪山を越え、空を切り裂いた黄金の翼。

 誰よりも速く駆け抜けた、命知らずの特攻隊長。

 

 二つ目。

 

 ヌケニン、ウツセミ。

 何も言わず、ただ僕の影として寄り添った虚無。

 最後の最後で、その身を犠牲に勝利を切り開いた守護神。

 

 三つ目。

 ドーブル、キャンバス。

 世界の醜さと美しさを描き続けた芸術家。

 どんな局面でも、意外な技で道を照らしてくれた知恵者。

 

 四つ目。

 シャンデラ、ウィック。

 僕の病を喰らい、僕の命を繋いだ共犯者。

 最期まで僕の心臓代わりとなって、燃え尽きた青い灯火。

 

 五つ目。

 エルレイド、シリウス。

 僕の「生きたい」という叫びを受け止め、剣となった騎士。

 最初の友達。最高の相棒。

 

 

 僕は、自分の懐中時計を外した。

 8つのバッジが嵌め込まれ、傷だらけになった、僕の旅の証。

 それを、最後の窪みに押し込む。

 

 カシャン。

 マシンが重低音を響かせ、光の柱を空へと放った。

 モニターに、僕たちの写真とデータが表示される。

 

 Champion: Ren

 

 記録が、確定した。

 このデータは、アイオン地方のサーバーに永遠に保存される。

 僕が死んでも、100年経っても。

 ここに「レン」というトレーナーが生きて、戦ったという事実は、誰にも消せない。

 

「……残せた、な」

 

 僕はモニターの光を見つめながら、ずるずるとその場に座り込んだ。

 安堵と共に、最後の糸が切れた。

 寒さはもう感じない。

 痛みもない。

 

 ただ、ひどく眠い。

 

 シリウスが、僕の横に座り込んだ。

 彼は僕の頭を自分の膝に乗せ、優しく撫でてくれた。

 その手は、ゴツゴツしていて、温かかった。

 

「……シリウス。ちょっと、寝るよ」

 

 僕は霞む目で、満天の星空を見上げた。

 星が綺麗だ。

 あの中の一つに、僕もなれるだろうか。

 

『……おやすみ、レン』

 

 初めて、シリウスの声がはっきりと聞こえた気がした。

 テレパシーじゃない。

 耳元で囁かれたような、懐かしい声。

 

 僕は目を閉じた。

 リミッターの音はしない。

 心臓の音もしない。

 あるのは、穏やかな静寂だけ。

 

 僕の時計の針は、ここで止まる。

 けれど、物語は残る。

 瞬きより速く駆け抜け、永遠より長く刻まれた、僕たちの旅。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――レポートを、書き残しました。

 

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