『迷いの森』を抜けた先に待っていたのは、霧とは対照的な、整然とした白い石造りの街並みだった。
『レクイエム・シティ』。
死者を弔う大聖堂を中心とした、静謐な祈りの街。
その街の入口、石橋の上に、白衣の男が一人立っていた。
「……遅かったな、レン」
イサナだ。
彼は腕組みをし、医者としてではなく、冷徹なトレーナーの目をしていた。
足元にはタブンネではなく、首に植物の芽を巻いた恐竜のようなポケモン――ベイリーフが控えている。
「約束だ。ここで俺が勝ったら、強制的に入院させる。……手加減はしない」
「望むところだ。退くつもりはない」
僕はウィック(ヒトモシ)のボールを握りしめる。
街の住人たちが、何事かと遠巻きに見守る中、私闘が始まった。
「ベイリーフ、『ひかりのかべ』!」
「ウィック、『ひのこ』!」
開幕、ベイリーフが光の壁を展開する。ウィックの炎が半減され、ベイリーフの厚い皮膚を焦がすに至らない。
イサナの戦術は徹底していた。
『こうごうせい』で回復し、『どくのこな』でこちらの体力を削る。
「時間をかければ、レンの身体が先に参る」という、僕の弱点を突き刺すような遅延戦術。
「……卑怯とは言わないさ。それが一番、僕に効く戦い方だからな!」
僕は唇を噛む。毒を浴びたウィックが苦しげに明滅する。
僕の息も上がってきた。焦りがリミッターを過熱させる。
だが、イサナの計算違いが一つあった。
今の僕には、騎士がいる。
「ウィック、戻れ! シリウス(キルリア)、頼む!」
交代で出したシリウスは、舞うようにフィールドに降り立った。
イサナが眉をひそめる。
「進化したか。だが、毒への対策はないはずだ」
「毒が回るより早く、終わらせればいい。……シリウス、『めいそう』だ!」
シリウスが目を閉じ、精神を研ぎ澄ます。
イサナは攻撃の手を緩めない。
「ベイリーフ、『のしかかり』!」
重量級の一撃。しかし、シリウスは紙一重でかわす。
僕の「痛み」を知る彼は、僕が長引けば倒れることを誰よりも理解している。だからこそ、防御を捨てて特攻を上げる選択をした。
シリウスの周囲に、張り詰めた念力のオーラが渦巻く。
一回、二回。限界までの積み込み。
「決めろ! 『サイコキネシス』!」
カッ!
目に見えない巨人の拳が、ベイリーフを上空から叩き潰した。
リフレクターごと粉砕する圧倒的な火力。
ベイリーフが悲鳴を上げ、石畳に沈む。
「……バカな。耐久特化のベイリーフを一撃で……」
イサナが呆然とする隙に、僕は追撃の手を緩めなかった。
その後も、イサナが出すポワルン、ラッキーを、覚醒したシリウスと、回復したウィックの連携でなぎ倒した。
勝負あり。
イサナが最後のボールを落とし、膝をついた。
「……はぁ、はぁ、はぁ……ッ」
僕もまた、立っていられずにその場に座り込んだ。
勝利した。けれど、視界がチカチカする。
イサナが近づいてきた。
彼は無言で懐から『なんでもなおし』を取り出し、僕のポケモンたちにスプレーした。
そして、僕の手首を掴み、脈を測る。
「……心拍数160。危険域だ」
「でも……勝ったぞ。約束は……守れよ」
僕が睨みつけると、イサナは苦虫を噛み潰したような顔をして、僕の手を離した。
「ああ、負けは負けだ。……行けよ。気が変わらないうちに」
彼は背を向けた。
その背中が「お前を死なせたくない」と震えているのがわかった。
僕は礼を言う代わりに、深く頭を下げ、次の街へのゲートをくぐった。
イサナくんは陰からこっそり見守ってます。