昏い昏い洞窟の奥。俺は三角とその周囲を囲む紋章の上に痺れ薬を飲まされて横にされていた。同じ紋章のアクセサリーを首から下げている。男たちがなにかをぶつぶつ呟くと床の紋章が光って、その光が俺を包んでいく。
『我らは痛みを分かち合うもの。隣人と共に痛み、嘆き、生を分かち合うことを誓わん』
そして男たちが一斉に体のあちらこちらを黒い杭で突き刺す。
「ぐぁあああ!!」
俺の身体に沢山の痛みが走る。そして体のあちらこちらから血が流れる。理屈はわからない。だけど彼らが体を刺した痛みと傷が俺に伝わったことだけはわかった。
『繋げ。我らが主の導きのままに。痛みが我らを人たらしめん。忍ぶな、分かち合え。我らの主よ。その御心とお言葉を預けたまえ!』
俺の身体に黒い線が走っていく。そして激しい痛みと共に何かが俺の中に入ってきた感触を覚えた。
「ああ!あああぁあああああ!!」
『おお!!我らが神がいまここに!!』
そして光と俺の身体を走った線は消えた。
なぜ私を起こした?
声が聞こえた。
『お言葉が聞こえる!我らが主よ!我らはあなた様が地上に来るのを大筒木の邪教が世に広まる前よりずっと待っていたものです!!』
なら私がここにいる意味はない。もう人に言葉は与えた。
『我らは千年の王国を夢見ているのです!主の齎す福音の世界を!』
私はこの世界を救う気などない。そしてお前たちはもう下された言葉と共に生きるだけでよかったのだ。
このような幼子に痛みと傷を与えろなどと私は一度たりとも望んだことはなかった。
「うぁあああああああああああああ!!!」
俺の掌から激しい火が漏れ出す。そしてそれを男たちに向ける。
「うぁああ!!なぜですか!なぜなのですか!主は我等を見捨てたもうたのですか!!ジャシン様!!」
私はお前たちを見捨てたりなどしない。ただお前たちは他者に痛みを与えた。それは私の望むところではなかった。それだけのことだ。
俺がまき散らした火が男たちをみんな灰に変えてしまった。その凄惨な光景に俺は震えた。
「ううぅなんでなんでぇ……」
俺は泣きながらそこにうずくまる。だけどすぐにひどく腹が減ってきた。すると周囲の灰から何かの光が集まって俺の身体に溶けていく。飢えはそれで消えていった。だけどまだ腹は減っていた。俺は震える体で歩いていく。洞窟の外へ出た。
「止まれ。ジャシン教の信徒だな?」
前に見たことがある湯隠れの額あてをした忍者たちがいた。彼らはクナイや刀を俺に向けている。そして彼らは印を組んで忍術を俺に放ってきた。俺はとっさに手をかざす。だけどそれらの忍術の水や雷は俺の身体を痛めつけた。体がボロボロになって倒れて呻く。
「なんだ大したことないな。飛段のような不死ではないということか」
忍び装束の男たちが俺を囲む。
「噂の実験は失敗だったようだな。だが見せしめは必要だ。小僧恨むなよ。お前が信じた神が悪かったのだ」
そしてクナイを忍者が俺に向かって振り下ろす。それをぼうっと見ているしかなかった。だけどクナイは俺を刺さなかった。誰かがそのクナイを刀で押しとどめていた。
「まだ生きてるな?」
「だれ?」
着物の男の人が俺に背中を向けて忍者たちの前に立ちはだかっていた。
「間に合ってよかった。今片づける」
そして男の人の姿がふっと消えた。そして気がついたら忍者たちが皆切られて死んでいた。男の人は血を浴びて真っ赤に染まっていた。だけどその血よりもなお深い赤い瞳で俺を見ていた。
「まだ生きたいか?」
「……死にたくない……」
「ならついてこい」
死んだ忍びたちからさっきみたいな光が出てきて俺の身体に座れる。体の傷が治っていく。そして飢えも満たされていく。
「あなたはだれ?なんで俺を助けるの?俺は親にも売られたいらない子なのに」
「いらない人間なんてこの世界にはいない。行こう。お前を必要としてくれる人はどこかにいるから」
そして男の人は俺の手を取って引っ張る。これが俺が忍者になる物語の最初の瞬間だった。
近くに川があって温泉も湧いていた。この国にはたくさんの温泉がある。そこで俺と男の人は湯を浴びて体を洗った。男の人はリュックから着物を出して俺に渡した。ぶかぶかだったけど裸だったから嬉しかった。男の人も新しい着物に着替えた。
「俺はほむらゲンジ。一応侍を自称している」
「忍者じゃないの?」
「チャクラは使えるけどね。忍者は性に合わないんだ」
男の人は刀の血を落としながらそう言った。
「お前の名は聞いている。運が悪かったな。親に売られてよりにもよってジャシン教に売られるとはね」
「……ジャシン教……人殺しの?」
「ああ。カルト教団だな。不死を求めてお前に実験を施すことを聞きつけてここに来た。湯隠れに先を越された時は焦ったよ。まあ結果オーライだけどな」
「なんで不死になりたいの?」
「人を沢山殺す戒律を守るためだ。本末転倒だがね。さてこれからだが……お前を火の国に連れて行こうと思う」
「あの大きな国の?」
「ああ。さっきお前はチャクラを忍びの死体から吸収しただろう?」
「うん」
「見えていたわけじゃない。ただ感じたんだ。実験でなにか体に細工されたんだろう?そのせいなんだろうね」
人買いに売られた。親が俺を売った。人買いは遊郭に行くんだとか言っていたのに、待っていたのはひどく痛いなにか。
「実験じゃない」
俺はそう言った。
「実験ではない?ではなんだったんだ?」
「神様に会うって言ってた」
俺がそう言うとゲンジさんは目を細める。
「まさか……」
ゲンジさんが俺の額に触れる。そしてひどく驚いた顔をしていた。
「……何かがお前の中にいる?まさか……そんな……尾獣じゃない。それよりも……もっと畏ろしい……」
ゲンジさんは考え込み始める。
『話すな』
声が聞こえた。
「今何か声がした?」
「なに?俺には聞こえないぞ」
『知らぬ方がいい』
「また何か言った」
「……お前の中にいる存在か?名前は?名前を聞けるか?」
「え?うん。名前はなに?」
『ジャシン。かつてはそう呼ばれた』
「ジャシンって言ってるよ」
「……あいつら本当に神に呼び寄せたというのか?」
『呼ばれたわけではない。私はいつも人の隣にいる』
「呼ばれたわけじゃないって言ってるよ」
「意味が分からない。だけど思っていた以上に厄介な出来事のようだ。……神代さえまれだった存在。預現者……現代に復活させてしまったというのか……」
ゲンジさんはしゃがんで俺と視線を表す。
「お前の出自をごかます必要がある。かつての名前は名乗らない方がいい。なにか名乗りたい名前はあるか?」
「……名前なんて……いらない……親がつけてくれるものなのに。もう親なんていないから……捨てられたから……」
『そうかお前は名無しか』
「名無し?ナナシ?」
「ナナシ?……そうか。いっそいいかもしれない。姓も与えよう。お前はこれから『ただのナナシ』だ。これくらいふざけた方がいっそ忍者らしいだろう」
「忍者?俺は忍者じゃないよ」
「いやお前には忍者になってもらう。腹の中にジャシン、まあ本物かは知らないが、そんなものがいるんだ。身を護るためには忍術を修めなきゃいけないだろう。では行こう。火の国に。そして木の葉の里へ」
ゲンジさんは俺の手を引く。俺はその手を握り返す。
『汝、隣人を……』
忍者のことはよく知らない。だけど忍者にならないときっと俺は生きていけないんだ。ならきっと目指さなきゃいけないんだ。
ジャシン様?!ジャシン様じゃないか?!