呪術廻戦IF:呪術悲劇ハムレット   作:役を解かれぬ者

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第12話 墓標の筆致

 

 

 

裏門の蝶番(ちょうつがい)が、湿った悲鳴を上げた。

 

夜半を過ぎた頃、乙骨の手によって王宮の裏門が内側から開かれた。

 門外に現れたのは、闇を凝り固めたような三つの影。

 

王権の法を焼き捨て、聖職者の説く倫理を泥に沈めてなお、暴かねばならない真実がある。

 その劇薬を生むための舞台には、人ならざる毒を宿した「役者」が必要だった。

 

最初に入ってきたのは、両面宿儺だ。

 乙骨を遥かに凌ぐ巨躯。四本の腕が夜気に溶け、二対の瞳が王宮の石壁を冷酷に舐め回す。

 彼が踏みしめた石畳は、凍りつくのではなく「老いた」。

 呪力が周囲の息吹を奪い、数十年分の時間を一瞬に凝縮したかのように、目地が細かく(ひび)割れていく。

 

裏梅が音もなく続き、最後に入ってきた真人は、軽やかにステップを踏んで石を蹴った。

 

「案内しろ」

 

宿儺の命令が、裏門の狭い通路に重く響き渡る。

 

一行が向かった大広間(グレート・ホール)では、数日後に控えた「新王即位の宴」の(しつら)えが着々と進められていた。

 戴冠の儀を終えてなお、自らの正当性を国内外に誇示せんとする王の虚飾。

 乙骨は、その祝宴の余興として、一つの劇をねじ込むことに成功していた。

 

その王宮の心臓部(グレート・ホール)へ彼らが踏み込んだ瞬間、空気は逃げ場のない泥のように重く澱んだ。

 祝祭を待つ金銀の装飾も、異形の影が放つ腐敗の気配に蹂躙されていく。

 見張りの衛兵たちは、呼吸の仕方を忘れたかのように立ち尽くしていた。

 本能的な忌避感から誰もが後退り、広間の中心には、光さえ届かない底なしの闇が口を開けた。

 

宿儺は、ホールの最奥に鎮座する「玉座」へと、迷いなく歩みを進める。

 代々の王が座り、国権の象徴として崇められてきたその高座に、足がかけられた。

 

「呪いの王」にとって、人間の権威などは塵に等しい。

 

彼が平然と玉座を占拠し、肘をついた瞬間、城全体が耐えかねたように低い軋みを上げた。

 それは羂索が必死に守り抜こうとする秩序が、いかに無力かを突きつけているようだった。

 

 

葬儀から今夜までの全てを、乙骨は感情を排した声で語った。

 五条の死、王の正体。そして、自らの誓い。

 

里香にさえも決して語れぬ「毒」を、彼は今、目の前の怪物たちに吐き出していた。

 道徳も情愛も持たぬ異形を相手にしている時だけ、彼は唯一、人間に戻る必要から解放されたのだ。

 

「確証がほしい」

 

乙骨の声は、石壁に染み込む夜気よりも冷徹に響いた。

 

「先生の見せた記憶が、本物だという確証が」

 

成すべきか、成さぬべきか。

 まだ迷う素振りを見せる乙骨の話を聞き終えると、宿儺は腹の底から笑い声を上げる。

 

「殺すなら無様に殺せ。愛だの呪いだの――下らぬ肉付けは不要だ」

 

呪いの王の眼差しを、乙骨は正面から受け止めた。

 

「これは劇じゃない。……あいつの喉元に突きつける、僕の刃だ」

 

宿儺の笑いが、止まった。

 

「……己の墓標を、自ら刻むか」

 

低く、腹に響く声だった。

 嘲りよりも深い、純粋な愉悦。

 自ら死地へ歩む羽虫を眺めるような瞳が、乙骨の絶望を値踏みしていた。

 

 

 

稽古が始まれば、舞台の上の真人が、指の角度に至るまで正確に「死」を模倣していく。

 毒薬の瓶を手に取る、軽薄な仕草。

 殺害の場面を繰り返すたびに、異なる「愉しみ」を見つけては(わら)う。

 

乙骨は脚本を広げ、羽ペンを走らせていた。

 その内側では、(くら)い独白が渦巻いている。

 

この役者は、ただの幻影。

 絵空事のために全身全霊をかけ、心に描く人物をまざまざと映し出す。

 しかし、罪ある者の気を狂わせ、何も知らない者たちの目と耳を疑わせるだろう。

 

それなのに、真の大義を持つ自分はなぜ、こうも静かにペンを動かしているのか。

 

内に澱んだ嫌悪を、インクの滴に託して叩きつける。

 紙を侵す黒は、出口を失った呪詛のように滲み広がり、逃げ場のない淵を形成していく。

 軋む羽ペンの先が、己の(かお)を抉り出すように、紙面を凄惨に削り歩いた。

 

「ブランケットの掛け方を変えてください。右肩から丁寧に、左は後だ。その後、指先を首元に一度触れさせてから、離す」

 

「随分と細かいね」

 

 真人が愉しげに目を細める。

 

「細かくなければ、刃にならない」

 

真人はそれを、完璧に演じ切った。

 吐き気がするほど正確な「裏切り」の模写。

 乙骨は感情の蓋を押し付け、ただ羽ペンを軋ませ続けた。

 

 

宿儺は玉座から、その光景を眺めていた。

 ペンが走るたびに響く不穏な音。真人のステップ。乙骨の止まらない指。

 必死に軋むその音を聞き、宿儺は喉を鳴らして薄く笑った。

 

舞台の上で毒薬の瓶が燭台の炎を反射し、冷たい光を放つ。

 乙骨の羽ペンの音は、なおも止まらなかった。

 

 

 

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